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No.12 第6話『好きだよ』- 1



「じゃあ…行ってきます」


いくら私がこのままの関係を望んでも、前のように一緒にはいられない。

いくら私がこの気持ちを隠し続けても、翼の大切な人はこの状況を知れば知るほど傷ついていく。


痛い現実をこれでもかというくらい噛みしめてから、玄関の扉を開けて真っ白な世界に足を踏み出した。

一面真っ白な雪が太陽の熱に溶かされてキラキラと輝いている。


もしも翼がついてきていたら興奮して雪玉をぶつけて来るだろうなと、無駄な想像を膨らませた。

そうでもしないとこの喪失感には耐えられそうにない。


翼と祝うクリスマスは今日が最後。

私の家に出入りするのもあと数日だけ。

そう自分自身に誓約したからには、今翼といられる時間を大切にしたい。


ふっとお腹の辺りに力を入れて真っ直ぐ前を向く。

キラキラと輝き続ける雪に励まされながら、ケーキ屋への道を急いだ。

なのに…


「あんたいい加減ウザいんだよ!さっさと別れなよ!」


まさか、こんなタイミングでこんな状況に出くわすとは思わなかった。


「そんなことしたって無駄だよ!そっちこそいい加減諦めて!」


あまり聞き慣れない高橋さんの声が大音量で耳に響いてくる。

その合間に聞こえてくる声は、いつも聞き慣れている柏木さんの罵声。


しっかり目を凝らして数メートル先を見れば、間違いなく2人が雪の積もった空き地で言い合いをしていた。


どうしてこの2人がここに鉢合わせてんの…?

柏木さんの家が近かったことは、スーパーで会った時にわかった。

けど冬休みにわざわざこの二人が対面するなんてことあるんだろうか…


眉間に皺を寄せながら考えていたその時、柏木さんが興奮して高橋さんを突き飛ばした。


柏木さんが怒ったら何をするかわからない。

それは私自身も経験していたし、数日前に見た翼の姿でも想像がつく。


頭で考えるよりも先に体が動いていたみたいで、気がつけば地面に倒れた高橋さんの前で手を広げて庇っていた。


「暴力はやめなよ!」

「は?何?あんた関係ないじゃん」

「暴力はやめなよ!」

「同じこと2回も言うな!」


イジメられた経験は山のようにあるけど、イジメを庇う行為は初めてで戸惑う。

思うように言い返す言葉が浮かばなくて同じことを言う羽目になった。


でも間違ったことは言ってない。

絶対に、今私がやっていることは間違いじゃない。


「どいて。今あんたに用無いから。こいつが私と話あるって言うから出向いてやったのに」

「え、実は仲良いの?」

「ただの幼馴染だよ!」

「じゃあ尚更今も仲良くしないと駄目じゃん」

「うるさい!あんたは黙ってろ!」


ドンっと強く押された拍子にバランスを崩して背中から地面へ倒れ込む。

そんな私を心配して両手を差し出してくれた高橋さんに、あまり目を合わせられなかった。


卑怯なことをしている自分と、良い人ぶっている自分が汚く感じて、純粋に心配してくれている高橋さんの表情が見れない。


「…あー、なるほどね。そういや吉井さんって大宮くんのお…ガボッ」


言ってはいけないことを口にしかけた柏木さんへ間髪入れずに雪玉をぶつける。

見事タイミングよくヒットした雪玉は柏木さんの顔面に直撃して秘密を死守した。


翼が高橋さんに知られたくないと言っていたことを、ここで柏木さんの口からバラすわけにはいかない。


「今のはさっきのお返し!」

「は?!あんたただ言われたくないだけじゃ…ガボォ!」

「これは高橋さんにしたことのお返し!それから…柏木さんが大宮くんと付き合えなかったのは自分の所為じゃん!」


叫んだ私の言葉に一瞬だけ柏木さんが目を見開く。

眉間に皺を寄せっぱなしだった柏木さんの表情が、ほんの少し悲しそうな表情へと移り変わった。


「…私、前にも言ったよね?直接あいつに告白しに行きなよって。こんなことしてるよりずっと有効的だよって」

「……。」

「でも柏木さん、一度も想い伝えに行ったことないじゃんか!高橋さんみたいに、真っ直ぐ大宮くんにぶつかりに行ったことなんてないじゃんか!」


柏木さんに叫んでいるはずの内容が、一つ一つ自分の胸へと突き刺さってくる。

喉の奥が痛くなって、また泣きそうになっているんだとわかった。


けど今は、泣いてる場合なんかじゃない。


「自分で幸せ逃したのに!高橋さんに八つ当たりして、これ以上大宮くんに嫌われてどうすんのさ!」

「ッ……」

「意地になってこんなこと続けてても、何も良いことなんてないよ!こんなことしてたらまた…」


自分の手で、幸せ逃すよ!!


一際大きな声で放った言葉が、鋭い刃物になって自分の胸へと返ってくる。

目の前で悲しそうに表情を歪ませる柏木さんが、自分の姿と重なって辛かった。


数日前、優衣に言われたことを頭の中で繰り返す。


『みんなから人気ある人を好きになったら自分もみんなと同じになっちゃうって…自分だけは特別でいたいとか、他と同じになりたくないとか…無意識でそんな感覚ない?』


そう何度も繰り返す度に、その時わからなかったことが今になってストンと腑に落ちた。


私はずっと、柏木さんと同じになりたくなかったんだ。


翼の話題を楽しそうにしながら騒いでいる柏木さん達を見て、何度馬鹿らしいと思ったかわからない。

素直な感情を表に出して笑っている彼女達を馬鹿にして、同じになりたくないとずっと思っていた。


本当は、柏木さんも私もほとんど変わらなかったのに……


柏木さんは、表現の仕方がすごく悪い。

人を傷つけるような行動を選んでしまった柏木さんは良くないけど、でも、翼が好きだという想いは強く全面に出していた。


高橋さんは、勇気を振り絞って誰もしなかった翼への告白をやってのけた。

イジメられることも予想出来たのに、翼に振られる可能性もあったのに、精一杯頑張って想いを伝えたんだ。


じゃあ私は…?

この中で一番卑怯で、汚いことをしているのは誰なんだろう。


それはきっと、想いを伝えようともせずに幼馴染という立場を利用して、少しでも側にいようとする私自身だ。

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