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No.5 第3話『対象外』- 1



『…学校で話しかけんのとか、やめてほしい』


今朝翼から言われた言葉を思い出しながら、購買で買ったおにぎりに齧り付く。

もぐもぐと口は動かすものの味は全然わからなかった。


「ひな…ひーな!」

「わっごめん」

「なんか朝からぼーっとしてるね」


一緒に昼食を食べていた優衣が心配そうに顔を覗きこんでくる。

何でもないよと言いかけた私へ優衣の手が伸びてきて無理やり口を塞がれた。


「優衣わかるよ。ひなが落ち込んでる理由」

「え?!」

「おにぎりの具間違って買ったんでしょ」

「そうそう明太子だと思って鱈子の方買っちゃってハッハッハ」


じゃあ朝から落ち込んでた理由は何なんだと優衣に内心突っ込みを入れながら話を合わせる。

本当の理由を知られてしまったら、何だか痛いところを突かれてしまいそうだから。


「…まあ冗談はさておき。優衣は本当にわかってますよ」

「え…何が?」

「大宮くんでしょ!ひなの落ち込んでる理由!」

「は?!え?!いや明太子食べたかっただけだし!辛くてぷちぷちの大量の生命を摂取したかっただけだし!」

「若干言ってることキモいからやめてひな」


慌てて言った否定は余計な言い訳まで付けてしまって信憑性が無くなった。

けどこれだけ動揺してしまったのにはちゃんとした理由がある。


優衣は翼と同じクラスなだけであって翼と関わりはないし、半同棲状態のことも知らない。


幼馴染だってことも私の口からは言ったことがないし、学校で翼と関わろうとしたことがないから、優衣には私と翼の関係がわからないはず…


「やーっぱりひなも大宮くんのこと気になってたんだね!大宮くん人気あるもんねー」

「え、や…違うけど」

「違わないでしょー!優衣も大宮くんはイケメンだと思うよ?優衣のタイプではないけど」


人の話は聞かずにどんどん話を進めていく優衣。

その隣でだらだらと冷や汗を流しながらひたすらおにぎりを頬張り続ける。


一口目よりも味が無くなっていくおにぎりに本気で明太子にしておけば良かったと後悔した。


「まあひなが落ち込むのも無理ないよね。彼女出来ちゃったもんね大宮くん…」

「だ、だから…私は好きじゃないって」

「はいはい、恋愛マスターの優衣に隠しても無駄よ!」

「あ、竹内くん発見」

「きゃー!どこどこどこ?!」


自称恋愛マスター(ネーミングセンス皆無)の興味を逸らせるため、窓の外に向かって指を向ける。

最近優衣がお熱になっている竹内くんを指させば、一瞬で私から顔を逸らして窓の外へ目を輝かせていた。


ちなみに竹内くんは2つ下の後輩で中々お目にかかれないから優衣にとってはイリオモテヤマネコ並に貴重な生物だ。


「あー竹内くんかっこよかったー。あ、ごめんねひな。大宮くんの話戻ろっか」

「戻らなくていい」


全力で断ったにも関わらず、また暴走しながら翼と私の話を続けようとする。


限りなくマイペースな友達を無表情で見つめていたら、1人話で盛り上がった優衣が勢い余って右頬をビンタしてきた。意味がわからない。


「もー!!言ってよひな!何で好きな人出来たって報告しないのよ優衣に!!超喜んで盛り上がったのに!」

「盛り上がった勢いでビンタしてくるような人に普通言わない。っていうか好きじゃない」

「認めないと2発目いくよー?」

「笑顔でグーパンしようとしても無駄。好きじゃないもんは好きじゃなグフッ」


マジでしやがったこの宇宙人…!

右頬を抑えながらわなわなと震える。


そんな私の両肩へ手を置きながら「愛の鞭よ目を覚まして」と真剣且つ心配そうな表情で呟いてきた。あんたが目覚ませ。


「ひな…こっからは真剣な話。ひなには幸せになってほしいし、好きな人と結ばれてほしいの」

「だから好きじゃないって」

「ひなが言いたくないならそれで良いけど…でもひなの口から好きだって言ってくんないと私も協力出来ないじゃん」

「……。」


いくら否定しても翼のことが好きだと決めつけてくる。

その根拠が甚だ疑問だけど、優衣の勘が良いのは確かだ。


もしかしたら学校で話そうとはしてなくても、何となく私と翼の親しい関係を察したのかもしれない。


「ねえ、ひな。当ててもいい?」

「…何?」

「ひなって昔からアイドルとか芸能人とかモデルの男に興味湧いたことないんじゃない?」

「え、うん…そうだけど」

「学校で人気があるとかイケメンだとか、モテてる人に興味持ったことは?」

「ない、けど…」


次々とされる質問の意図がわからなくて困惑する。

首を傾げながら質問に答えていたら、優衣が珍しく大きなため息をついた。


「ひなはさ、興味持つとか持たないとか以前に最初から人気のある男子を恋愛対象から除外してない?」

「え…?」

「みんなから人気ある人を好きになったら自分もみんなと同じになっちゃうって…自分だけは特別でいたいとか、他と同じになりたくないとか…無意識でそんな感覚ない?」

「な、無いよそんなの!」

「別に恥ずかしがることじゃないよ。誰だってそう思うし、みんなとは違う特別でありたいって誰もが思ってるよ。でもさ…」


それで幸せになるチャンス逃してたらもったいないじゃん…

そう悲しそうな表情で言われた瞬間、出そうとしていた否定の声がぐっと抑えられた。


優衣は私を否定したくてこんなことを言ってるわけじゃない。


私の幸せを想って言ってくれてるんだ。

けど素直に受け止めようと思えば思うほど、優衣に言えてない事実を叫びたくなる。


私と翼は、幼馴染なんだよって。

昔から私の家で長い時間を過ごしていて、今じゃ家族よりも同じ時間を過ごしている親しい仲なんだよって。


それを伝えきれてないから、優衣は私の様子を見て翼のことが好きなんだと錯覚したんだ。

私が否定している理由は、他と同じになりたくないからだって思ってるんだ。


好きでもないのに、ただ親しい家族同然な仲だってだけなのに。

優衣は…


「勘違いしてるよ、優衣は…」

「え…?」

「私と翼は!…ッ」


そこまで叫んだところで、ふと翼に言われた言葉が頭の中に浮かんだ。


『ひなと俺が親しい関係だって…思われたくない』


高橋さんに勘違いされたくないって理由でそう言われたことを思い出す。


今私が感情的になって優衣に全てを話したとして、もしも高橋さんの耳にこの内容が伝わったら…?

そう思ったら、もう何も言えなくなっていた。


「……何でもない。忘れて」

「ひな…」


普段あまり空気を読まない優衣が言葉を詰まらせる。

今日は珍しいことがよくある日だなと思っていたら、悲愴感漂う表情で切なげに呟かれた。


「脳内では…翼って呼んでるんだね…」

「そう、です…」


良い言い訳が思いつかない以上、優衣の勘違いを肯定するしかない。


恥ずかし過ぎる…ていうか絶対違うことわかってて言ってるだろ。

こっちが簡単に否定出来ないことわかってて言ってるだろ優衣。


「…まあ、もう聞かないであげるよ。けどね、ひな」

「何…」

「優衣が言ったこと、忘れないでね。幸せ…」


逃したらだめだよ。


寂しそうな笑顔で呟いた優衣が勢いよく立ちあがる。


この時の私はまだ優衣の言っていることがいまいちわかっていなくて、特に理解もしていないのにわかったとだけ返していた。

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