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No.3 第2話『悲しませる存在』- 1



どうしてこんなにイライラするんだろう。


翼の行動にイライラするのはこれが初めてじゃない。

けどこんなにも、長くイライラが続くなんてことは今まで無かった。


「……何だその荷物は」

「入ってる中身?主にAVとゲーム」

「違う。中身を聞いてるんじゃない。その量の荷物はどういう意味だって聞いてんの」


いつも通り平然と答えを返してくる翼へ目線を向ける。

一度向けた視線をもう一度大量の荷物の方へ戻して眉間に皺を寄せた。


つーか今聞き流しそうになった。この荷物の何割AV占めてんの1割以上なら殺す。

いや1割も何も1つでもあったら問題だろ。落ちつけ。


「ひな聞いてないの?俺今日から一週間ここ泊まんの」

「は?!聞いてない!!翼こそ聞いてないの?今日から両親2人とも旅行行ってんだよ?一週間!」

「あ、それは聞いてる。有休重なって取れたんだって?良かったじゃんハワイ」

「わかってんなら何で来んの!」

「俺の親2人とも出張で一週間以上香川と和歌山にいるからひなん家泊まれって。親同士は話通ってるし俺も知ってた」


両手で顔面を覆いながら自分の親を呪う。

家族みたいに育ってきたからと言って思春期の異性2人を同じ家で寝泊まりさせるなんて考えられない。


そりゃあ翼は兄弟くらいにしか思ってないけど!

それでも万が一間違いがあったらどうするつもりだ!


「あー腹減った。ひな何か作って」

「AVセットしながら何ほざいてんの…?」


何も問題がないと言いたげに鞄からAVを取り出して準備をし始める。

その翼の背中すれすれに足を持ち上げて、踏み潰すべきかどうか真剣に悩んだ。


でも持ち上げた足は体重をかけて翼の背中へ下ろすことはなく、重力に従って元の位置へと静かに戻っていった。


仕事で両親がいないっていうのは、いくつになっても寂しく感じる時がある。

それは私だけじゃなくて、きっと翼もどこかで感じてるはずだ。


一向に止まる気配のない翼の準備に目を逸らしながら、諦めて小さく呟いた。


「…AVだけ持って帰って。一週間泊まっていいから」

「マジ?洗濯とかやってくれんの?」


浅く頷きながら無言で右手を前へ差し出す。


手のひらを上へ向けて週に一度手渡されるものを催促したら、お前も見たかったのか仕方ないなって顔でAVを手渡された。ふざけんな。


「食費!」

「冗談だろ。そんな真剣にキレなくてもいいじゃん」

「翼がイラつくことばっかするからじゃん!」

「俺なんかやった?ひな最近機嫌悪かったのもその所為?」


首を傾げながら問われた質問にうっと押し黙る。

最近イライラしている明確な理由はわからないけど、ひとつだけ心当たりはあった。


でも色んな意味で言い辛い…


「あ、わかった。ひなが機嫌悪い理由」

「え…」

「生理前だろ」

「鼻の穴1つにされるのと尻3つに割られるのどっちがいい?」

「……し、尻」


2番目を選んだ翼の尻に蹴りを入れてから台所へ移動する。

冷蔵庫の中を覗いて夕飯のメニューを考えていたら、翼が片手で尻を抑えながら寄ってきた。


「…何?早くAV直しに行きなよ」

「明日持ってく。それより怒ってる理由教えて」

「…やだ」

「何で。理由もわかんなかったら謝れないじゃん」


別に…謝ってもらいたいなんて思ってない。

自分でも何でこんなに腹立たしく思っているのかもわからないし…


チラッと翼に視線を向けながらまな板を取り出す。

一向に私の側を離れようとしない翼から視線を逸らして、ポツリと呟いた。


「翼…彼女出来たでしょ?」

「うん」

「高橋さん…だっけ?翼と付き合いだしたことでイジメ紛いのことされてんじゃん?」

「そう。すっげェムカついた。柏木ってああいう奴だったんだな」

「……。」


そうだよ。今さら気付いたの?

高橋さんの時はすぐに気がついて、私の時は気がつかなくて…


スーパーで柏木さんが私のこと睨んでた時だって気付かなかったじゃん。

学校で、私が机に落書きされても椅子にボンド塗られても気付かなかったじゃん。


そりゃクラスが違うし気付きにくいだろうけど、今に始まったことじゃない。

昔からひどいことされてきたのに。


ぐっと歯を食いしばりながら言いたいことを飲み込む。

言いたいことはたくさんあるけど、イジメてくる人が悪いのであって翼が悪いわけじゃない。


だから、ほんの少しだけ愚痴を零すみたいに小さな声で囁いた。


「私も…中学の時いじめられてたよ。翼を好きだって子に…」

「…!」


初めて打ち明けた内容に翼が目を見開いて驚く。


やっと言えた。ずっと我慢してきたことを言えてすっきりする。

これで少しは私のことも気にしてくれるだろうと思って一息ついた時だった。


「うわーごめんごめん。完全に気付いてなかった。でもひななら返り討ちにしそう」

「…!」


いつもなら、自然と拳を振り上げて翼の腹を殴っている。

でも何故か、この時だけは悲しいって感情の方が強過ぎて力が出なかった。


高橋さんの時は気付いて、守って、心配して…いじめる相手へ本気で怒っていた。


でも私は?私の時は…?

気付かなくて、守ってくれなくて、心配してくれなくて…怒ってもくれないの?


翼なんかに特別扱いされたいと思ってる自分がわからない。

どうしてこんなに悲しくなるのかもわからない。


「なあ、どうやって返り討ちにした?」

「……。」


俯いていた私の顔を覗き込むようにして翼が話しかけてくる。

悪気のない笑顔を向けてくる翼へ、軽くだけどチョップをお見舞いした。


それから何とか笑顔を作って言葉を返す。


「こうやって返り討ちにしたんだよバーカ」

「なるほど。高橋にも教えてやって」

「翼が守ってあげれば良い話じゃん。教える必要ないよ」

「まあそれもそうか」


精一杯会話を続けながら包丁を握る。

調理を始めた両手は微かに震えていて、自分でも抑えられなかった。

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