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第2話 雄猫マロン(その2)

最近、私は考える時間がいつにも増して増えてきた。

もし私が地球上にたった一人しか残っていないとしたら、高級車に乗って宝石を身につけて走りたいと思うか? それどころか、人がいる状況でなぜそれをしたいと思うのだろうか。 正直なところ、地球上に誰もいなかったら、そんなことはどうでもいいと思えてくる。

化粧もせずに悶々と考える私をマロンは退屈そうに見つめている。


マロンは考えている。猫なりに考えることも多い。

人々の日常を垣間見るのは本当に面白い。

本当にいろんな人間がいるのだと、つくづく思う。


人々の日常を見ていると、自分は存在していいんだなと感じる。

俺は、物事をできるだけきれいに保ちたいと思っている。 でも、コートに猫の毛がついていて、靴がとても汚れている人が世界中にいるのは興味深いことだ。まぁ、猫の毛の原因は俺にも一端があるかもしれない。俺は完璧主義者なので、綺麗にしないといけないと思っているけど、綺麗じゃない人を見ても何も感じない。


俺が何を言いたいのかというと、人の数だけ人生があり、それぞれに個性があり、それぞれが違うということが。 そしてどれも存在感があって、個性にあふれている。言うまでもなく、どんなに親しい間柄であっても、完全に自分のことを知っている人間はいない。 考え方や生き方は同じように見えても、生き方は全く違う。

「もう少し、肩の力抜いて生きてみてはどうかな、お嬢さん」

俺は目の前の悩める娘に向かって、そっと呟いた。


また、別のある日、私はマロンに尋ねてみた。

「ねぁ、マロン。他人への気遣いは難しいって思わない?」

相手を思いやることの難しさについて、私はマロンの意見を聞いてみた気分だった。

恋人から返事がない。 そんな些細なことで悩んでしまう私がいる。

「この時間に返事が来ると思ってメッセージを送ったんだけど、何時間経っても返事がないの。いつもなら速攻で返信がくるのに」

過去に3回もフラれた経験から、今度はもっと慎重に行こうと思っていたのに。なかなか私の性格は変わらないみたいだ。

マロンはめんどくさそうに私を見つめて「へぇー」と短く相槌をうってくれた。

それに気をよくした私はどんどん話を続ける。

「相手が自分の仕事を大切にしていることはわかっているの。だから、相手の勤務時間中は一切メッセージを送らないようにしているの。でも、仕事が終わって疲れているのだろうと考えてしまうと、連絡が取れなくなってしまうの。また、朝は朝でメッセージを送りません。なぜなら相手が、朝の時間が貴重だと言っていたのをよく覚えているから」

私は胸につかえている想いを一気に解放した。そんなことを考えていたら、無限にメッセージが送れなくなってしまう。 本当に大切にしたいことがたくさんある。

私はわがままなのだろうか。自分勝手になって自分のアプローチが成功したときだけが、わかままとそうじゃないかを分けるのだろうか。まだわからない。

大学生の私には時間がたっぷりある。授業で少し忙しくしたほうが良いのかもしれない。空き時間はもっと有意義に過ごした方がよいのかもしれない。でもスケジュール詰め込みたくない。

そんな私を見かねたマロンが口を開く。

「君は、暇があるときはいつでも、恋人のことを考えるね。その反面、忙しくなると課題に追われて余裕がなくなってしまう」

マロンは意地の悪そうな笑顔である。

私の心配は尽きない。 恋人から満足のいく返事をもらったとしても、不満を感じ始めるかもしれない。 あまりにも平凡でつまらないという不満。変化のないことへの不満。

それはおそらく、人々が一生心配し続ける宿命のようなものが。

今まで悩むことすら許されなかったけど、悩むことができる幸せを感じたい。 今の状況が普通じゃないと常に考えていれば、悩みに振り回されなくて済むと思う。 ありふれた言葉だけど、今を大切にしたい。

マロンも同様のことを考えたらしく、「 今できることをやってみましょう。 正解はありません」と、あっさりと言い放って寝てしまった。


またまた別の日。

窓辺で日向ぼっこをしているマロンに問いかける。

「ねぇ、マロン。私はかなり自意識過剰だと思わない?」

例えば、お昼に何を食べたかと聞かれたら、「おにぎりとサンドイッチ」と簡単には答えられない。おにぎりはまだいいけど、サンドイッチも付け加えたら大食いだって周囲に思われてしまう。 謎の自意識がむっくりを目を覚ましてくる。

「私は、なんで正直に答えられないんだろうってずっと思っていたの」

自意識過剰で言えなかったとは考えが至らなかった。

そんな疑問を抱いていた時、マロンと出会った。マロンは私と全く反対のタイプのようで、自意識過剰のかけらもない。それはそれで救われるけど。

「今日一人で買い物に行ったら、人に見られているような気がしたの。だから、 背筋を伸ばしていないと綺麗に歩けなくなるの。さらに悪いことに、友達と縁を切ったとき、ショックすぎて家に来られないとか、昔捨てた元カレに刺されるぞとか、本気で考えてしまったの」

現実は全然違う、縁は切れてちゃんと私は生きている。

マロンは、そんな私の疲弊した様子を感じたのか、口を開いて話し始めた。

「過度の自意識は君をかなり疲れさせるね。自意識過剰で周りの目が気になりすぎて、等身大の君を隠しているような気がするよ。彼氏や家族以外の人の目が気になって、友達が少なくなっていると思う。 等身大の自分を表現できないことにうんざりしているね」

マロンと接する私は等身大だ。マロンに自分をさらけ出すことで、本当の自分が受け入れられるようになることを願うばかりだ。


また別の日。

私はマロンに宣言した。

「私、気ままに生きることにしたの」

付き合って1ヶ月も経っていない恋人に「もう付き合うのやめよう」と言われ日に宣言した。

確かに、付き合い始めてから何も変わっていない。

でも、お互いに連絡を取り合うまでに時間はかからなかったので、「お互いに充実しすぎてるから、今すぐ恋人にならなくてもいいんじゃない?」と薄々感じていた。

社会人である彼が私のことを思って言ってくれたことだと思うし、そういう人だと思っていたので、彼の最後の行為を無下にはできない。

「そういう考え方は一理あると思うよ」

いつの間にか、私の前に来たマロンは話始めていた。

「俺が聴いてあげるから、心の中の想いをはなしてごらん」

私はマロンに促されるままに話始めた。 私はすぐに結婚するつもりはないし、簡単に他の人を好きになることはない。それでも1年間片思いをして、やっと叶ったのに一瞬で灰になった。 仲の良い友達と出かけて、彼との関係を話したら、おめでとうと言ってくれたのに。

「君は辛い思いをしたんだね」

マロンは私を見て慰めてくれている。頼りになる雄猫である。

「私は、直してほしいところはあるけど、自分でいろいろ経験していくうちに気づいてほしいと言われたの。 正直なところ、私は完全に自己満足な性格だと思っているの。 私の気持ちを彼は完全に無視しているとも考えたりしないの」

とにかく相手はもう彼氏という束縛から解放されてしまった。その後も色々考えて、泣いて、何度も考えたけど、ひとつの結論に達した。


「私、気ままに生きることにしたの」

また、私はマロンに宣言した。

だからこそ自由に生きることにした。

恋人に言われたので、他の恋人を作って経験を積んでもいいと思っていたけど、好きじゃない相手と付き合うのは失礼だと身をもって知っているからやめておく。 私は自分で決める。

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