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第23話 そしてカッコウが騒ぎだす

 城にむかう道の入り口、案内人のヨドがいた場所にまでたどりついた。



 女性が一人、立っている。



 アゲハはそれが誰なのかわかり、



「あっ! あそこにいるの、エルガじゃん」


「ああ、そうだな。でも、どうしてあんな所に?」



 カンタロウ達に気づくと、エルガはすぐに走ってきた。



 ソフィヤが無事帰ってきたことによる、嬉しさからだと二人は思った。



 アゲハは元気よく手を振り、


「ヤッホー。どうしたの? こんな所で……」




「カンタロウさん! お願いです!」




 エルガはアゲハを無視すると、ソフィヤの体をつかんだ。


 無理矢理カンタロウの背中から引き剥がそうとする。



 華奢なソフィヤは、痛さと姉の鬼気迫る態度に、困惑し、


「お姉ちゃん?」





「ソフィヤを返して!」





 埒が明かないので、カンタロウはソフィヤをエルガに渡した。


 エルガはソフィヤを抱きしめると、懐かしい匂いを鼻いっぱいに吸い込み、



「……ソフィヤ」



「ねえ、お姉ちゃん? どうしたの?」


 エルガはすぐにソフィヤを抱き上げた。


 女の力とは思えないほどの、素早さだった。





「……ごめんなさい」





 エルガは、カンタロウ達に目を合わせず、一言謝ると、そそくさと家へ帰ってしまう。



 アゲハはぽかんとして、様子を眺めていた。



 エルガが去った後、ぞろぞろと町の人間達がでてきた。


 手には剣やクワや斧を持っている。男ばかりで、女は一人もいない。


 皆殺気だった表情で、まるで敵を前にした軍隊のように、異様な雰囲気が辺りを包んだ。


「なっ、何? あれ?」




「……そうか、そういうことか。バレたんだな」




 アゲハは豹変した町の態度にたじろいだが、カンタロウは力が抜けたように冷静だった。





「やっぱりあいつだ! 剣帝国王、カストラル様を見殺しにした、無能な騎士の息子だ!」





 老兵のヨドが、カンタロウを指さした。


 ヨドは剣帝国都市グランデルにいたことがあるため、カンタロウの素性を知っていた。


 カンタロウと会ったときに感じた違和感は、それだったのだ。





「貴様のせいで、ラインベルン様はおかしくなったんだ! 昨日の夜の異常な現象も、結界が壊れたのもあいつのせいだ!」





 ヨドに同調して、中年の男達が武器を振り上げた。今にも襲いかかってきそうな勢いだ。





「でていけ! この町からでていけ!」





 老人達も唾を飛ばして、威嚇する。


「なっ、なんでよ! どういうこと!」


 アゲハは無実を訴える罪人のように、町の人達にむかって叫んだ。


「アゲハ」


「カンタロウ君! どういうことなの?」


「アゲハ、もういい。でよう。この町から」


「ちょっと! カンタロウ君!」




「俺の前を歩いてろ」




 カンタロウはアゲハを町から外へむけると、両肩を押さえ、自分の前を歩かせた。




「ぎゃはは! 死ねばぁか! 犬小屋に帰れ!」


「おい! 頭に当てれば賞金だ!」


「よしっ! やってやるぜ!」




 勢いをつけるため、酒に酔った若い男達が、カンタロウにむかって石を投げつけた。



 力加減も容赦なく、銃弾のように飛んでくる。


 ゴツンと鈍い音がし、カンタロウの頭から、赤い血が頬を伝った。




「カンタロウ君、血が……」


「いい。かまわない。俺の前を歩いていればいい。アゲハは背が低いからな、守りやすい」


「でも!」





「いいんだ。これで。いいんだ」





 カンタロウは自分でも驚くほど、落ち着きすんだ声をしていた。





 カンタロウとアゲハはいったん町を離れ、森の中へ入った。


 町の人間は追いかけてこない。


 剣を持っていたのが、攻撃の抑止力になったのかもしれない。



 アゲハはカンタロウを岩の上に座らせると、怪我の具合を見てみた。


 カンタロウの額から流れる血は、まだ止まらず流れている。


 血の滴が、点々と地面に落ちた。


「……ひどい。アイツ等、恩を仇で返すなんて! 後で町潰す!」


 アゲハはむかむかと腹が立ってきて、乱暴に吐き捨てた。


「落ち着け。そんなことしても仕方ない。それに、俺と組んでると、こんなことはよくある」


 カンタロウは自分で包帯を巻くために、布を怪我した部分に当てる。


「あっ、待って。私がやるから。じっとしてて」


 アゲハはカンタロウから包帯を取ると、頭に巻き始めた。手慣れており、すぐに巻き終わる。


「包帯の巻き方、うまいな」


 包帯が巻かれた部分を触りながら、カンタロウはアゲハを少しだけ見直した。


「どういたしまして。私を尊敬した?」


「ああ、したした」





「さて、じゃ、教えて。どうして君はあんなことされるの?」





 アゲハはカンタロウの目の前にある岩に座った。


 アゲハの青い獣人の目に、カンタロウの姿が映る。


 カンタロウはその瞳に吸い込まれそうな気がし、




「……俺の父親は、剣帝国騎士団団長だった。王の親友でもあり、憧れの人だった。これが、俺が元貴族だった証だ」




 赤眼化し、鉄の入った右手の手甲を外す。そこには、蛇のような魔物が描かれていた。





「国章血印……見たことない、こんなの」





「だろうな。この国章血印の名前は『夜刀』、角のある蛇だ。騎士団の印でもあった。今は王が変わって、廃止になっている。カストラルの血筋の者が、王になっていないからな」





 現在、剣帝国の国章血印は『ソードドラゴン』。





 剣を持った竜だ。


『夜刀』を引き継がなかったのは、その国章血印を持ったカンタロウの父が、王の暗殺者をつかまえることすらできなかったということで、汚点の印とされたからだ。


 王の血筋の者は、誰も王の後継者とならなかったため、国章の変更に反対する者はいなかった。


「それで私のこれを、国章血印だとわかったんだね」


 アゲハは手袋で隠された、右手を上げた。


「ああ。そうだ」


 カンタロウはうなずくと、森の木を見上げた。


「父、コウタロウは剣帝国王カストラルに進言しに行ったんだ。表面上は国民受けのいい王様だったが、内面では軍備を強化し、他の帝国への侵略戦争の準備をしていた。反対する官僚達を首にし、処刑までした。そのうち、暴君に、誰も何も言えなくなった。そのことで揉め、父は王を手にかけてしまった」


「えっ! そうだったの? 私が聞いたのは、暗殺者に殺されたって……」


「そう。俺も子供の頃はそう思ってた。父が王を暗殺者から守れなかった。だから処刑されたのだと」


 森の木には、くちばしの太い黒い鳥が、人間達を見下ろしている。その粒のような瞳に、感情はない。


「だが事実は違った。父は王と喧嘩し、つい殺めてしまったんだ。それを知った官僚達は、父を咎めこそしなかった。嫌ってた王が、死んでくれたんだからな。だが、王の死を、国民にどう示せばいいのかわからなかった。何せ、王は国民に慕われていたからな」


「じゃあ、もしかして、そのためにお父さんを処刑したの?」


「いいや。他国への追放が有力候補だったらしい。だが、父が、責任を取ると処刑を望んだ。そのかわり、俺達家族を助けてくれるよう願いでた。そして、あの日、外にでることを許されなかった日。父は処刑された。母は父のそばにすら行けず、ずっと、泣いていた」





 カンタロウの父が処刑された当日。





 六才になったカンタロウは、外に遊びに行こうと、靴をはいていた。


 スズが止めた。


 目元には、泣いたような跡があった。服装も、普段より地味だったような気がする。



 屋敷は静かで、いつもいる使用人も見かけない。


 やることがなくなったカンタロウは、嫌な予感がして、母の部屋に入った。


 母は畳の上で正座し、黒い着物を着て、静かに座っていた。


 カンタロウが来ると、優しい笑みで、手招きした。


 カンタロウは喜んで母の胸に顔を埋めた。母は強く息子を抱きしめる。



 母の腕の隙間から、庭が見えた。



 黄色い菊の花を咥えた、黒いカラスが、石垣の上に立っている。


 父のことを思い出し、どうして帰ってこないのか聞いてみた。


 母の顔が歪み、涙がカンタロウの目元に落ちた。



 カンタロウは父に何かあったことを知った。



「俺は何も知らなかったよ。父がどうなっていたかなんて。まだ子供だった」


「なら、どうして、こんなことになってるの?」


「官僚が父との約束を、反故にしたからだ。頭のおかしい犯罪者に家を燃やされ、借金もたてかえてくれなかった。俺達親子は山奥にまで追いやられた」


「そんな……じゃあ、どうして事実を国民に公表しないの? みんな間違ってるじゃない。このままじゃ、あなたのお父さんは王を守れなかった、無能な騎士のままじゃない」


「俺もそう言った。しかし、剣帝国がそれを公表すれば、確実に非難される。偉大で優秀な王を悪者にし、どうして無能な騎士をかばうのかと。今は新しい王をたて、政治を改革している途中だ。国民感情を損ねるわけにはいかないと、あいつに説得された」


「あいつって?」


「現騎士団の団長だ。スズ姉の仲間だよ」


 スズとは、確かカンタロウがホームシックになっていたときに聞いた、保護者のような人物だなと、アゲハは思い出した。


 仲間ということは、たぶん元騎士だったのだろう。


「罪を、かぶせられたわけだね」


「そうなるな。だが、俺は真実を聞いて、少しだけ楽になった」


「どうして?」


「――やっぱり、父はすごいなと。母を惚れさせるだけはあるなと。俺はそう思った」


 父は暴君を止めた英雄なのだと、カンタロウは今でも信じている。


 自分ではどうにもならない負の感情を、父のおかげで抑えられている。


 誰にも信じられなくとも、前向きに進むことができたのだ。




「だから耐えられるんだ。俺も、母も。こんな不条理な世の中に」




「そっか」アゲハはカンタロウの晴れ晴れとした顔つきを見て、安堵のため息をついた。


「その国章血印。捨てないの? 今後、何かと不便だよ。きっと」




「捨てられないんだ。これは唯一俺が持ってる――父親との絆だからな」




 カンタロウは手甲を元に戻し、大切そうになでた。


「さっ、話は終わりだ。行こう。たとえ誰にも認められなくても、俺達は良いことをしたさ。きっとソフィヤやエルガ、城の娘達はわかってくれる」


 アゲハに告白したことによって、気持ちが軽くなったのか、カンタロウは立ち上がると森の中を進んだ。




 その後ろで、アゲハは手で顎を触り、ニヤニヤ笑っている。





 ――へえ。なるほどなるほど。





 あまりのおかしさに、つい口から歯が覗く。





 ――国から捨てられた元貴族の子。死んだ所で、誰も悲しんでくれない。かわいそうな子。





 影無やカインに見せた、不気味な笑顔。


 笑っているようで、笑っていない表情。





 ――かわいそうな、かわいそうな、カンタロウ君。私が利用してあげる。その美形も、その強さも、そして優しさも。





 人間を飼育し、大きくなった所で食べる魔物のような瞳で、カンタロウの後ろ姿に、目を据える。






 ――我等、エコーズのために。






 カンタロウがアゲハの視線に気づいて、後ろを振りむいた。


 アゲハは普段どおりの表情に戻り、ニコニコ笑った。


「どうした?」


「ううん、なんでもない。よっしゃ、とりあえず何かおごれよ。昨日から何も食べてないからな」


「わかったよ。今回だけだぞ」


 カンタロウはアゲハの本心に気づくことなく、素朴な笑顔を見せると、また歩き始めた。


 アゲハは前進する前に、町の方を振り返った。


 木々の間から見える町は、何事もなかったかのように、そこに建っている。


 神脈結界レベル1も、きちんと発動されていた。


 ――一つだけわかったことがある。ゴーストエコーズを生みだしている人物。そいつはエコーズじゃないってこと。


 アゲハは町に背を見せ、カンタロウを追いかけ、


 ――なぜなら、そいつは、結界の中に入れる。




 黒い鳥が、一声鳴き、空へとはばたいていった。









 イデリオ城正門から、四人の若い娘達がでてきた。


 クシギ、ヒバリ、ミユ、リズの障害を持った娘達だ。


 片足のないヒバリは、クシギに背負われながら、しくしく泣いている。


「カインさぁん」


「泣くなよヒバリ」


「だってぇ」


 ヒバリの背中を、片目に眼帯をした、ミユがさする。


「いいから、泣かせてあげよ」


「そうだね。いっぱい泣くと……すっきりするしね……」


 片手が動かない、リズはしゃっくりを上げていた。


「ミユだって泣いてるよぉ。リズだってぇ」


「結局、お前達泣くんだねぇ。まあ私も泣いたけどさ……」


 城近くにある湖畔まできたとき、クシギが人の気配に気づいた。


 湖畔に建てられたカインの墓の前に、誰かが立っている。


 すでに墓からは、不吉の象徴である赤い花が、満開に咲いていた。




 ――あれ? 誰かいる……。




 髪は茶色、短パンから黒い毛だらけの足が見える。


 耳にはピアス、両手は指輪だらけ、色柄もののシャツを着ている。


 故人の墓の前に立つには、あまりにも軽装すぎる。





「クハッ、残念だなぁ。俺の好みだし、せっかく神獣をうまくコントロールできる奴だったのになぁ」





 墓の前で、何かをしゃべっている。


 太陽の光で輝く湖の中、それはとてつもなく違和感があった。




 ――男? 見たことない奴だ。




 何とか性別は判別できた。男はまだ何かをつぶやいている。





「クハハッ、まっ、いっか。この世界から逃れたかったようだが、人を捨てたお前は――一生この醜い世界を回るだろうさ」





 男がクシギに気づいたのか、こちらをむいた。


 その顔は猿のようなシワがあり、若いが年寄りのような印象を受ける。


 男はクシギにむかって、鋭い歯を剥きだしてニヤリと笑った。






「まあ、それでも、見えない檻に気づかず、喰われるために生かされている現実よりかは、マシかもな、クハハッ」






 クシギの背中に悪寒が走った。



 ――あの両目、まさか。



 悪寒の原因はその両目。赤く、血のような、獣の目。右目下に、神文字はない。



 ――エコーズ……。



 あまりの緊張感からか、ゴクリと唾を飲み込んだことさえ、忘れていた。


「どうしたの?」


 ヒバリがクシギに声をかける。


 クシギは我に返ると、もう一度湖畔に視線をむけた。


「えっ? あっ、あれ?」


 男はすでに、風のように消えていた。

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