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第20話 結界切り



 エルガがソフィヤの部屋に入ってきた。


 表情はぼんやりとしている。




 町の長に呼びだされ、衝撃的な事実を教えられたからだ。




 明日は急いで、城にむかわなくてはならない。



「どうしよう……」



 ソフィヤがいつも寝るベッドに座る。


 棚に置かれてある、ぬいぐるみを手に取る。


 抱きしめると、顔を埋めた。


 妹の匂いが、愛らしさと懐かしさを思い出させる。




「ソフィヤ……」




 考えがまとまらない。


 どうしていいか、わからない。


 思考がハエのようにブンブン唸る中、耳に雷音が入ってきた。


「大雨がくるのかしら?」


 窓を見ると、赤い光が入ってきている。さすがに不安な気持ちになり、窓辺に立った。





「空が、赤い」





 窓を開けて、空を眺める。


 黒い雲が町を覆い、青白い光が波のように走っている。


 城の方角を見てみると、何かが飛んでいた。



「あれは……」



 鳥ではなかった。





 アゲハはカンタロウの左腕を持つと、大空を飛んでいた。


 赤眼化し、背には水神の翼をはばたかせている。


 体力の消耗が激しいのか、アゲハは息切れを起こし、




「カンタロウ君! 重いんですけどっ!」




「我慢しろ。もうすぐ結界だ」


「結界まで行って何する気?」


「時間がない。とにかく早くしてくれ」


 地上から一千メートルぐらいまできただろうか。




 神脈結界の中心点が見えてきた。虹色の渦が、渦巻いている。




「すごい、結界に虹の渦ができてる。こんなの始めて見た」


「もうすぐだな」


 アゲハとカンタロウは、結界の表面に近づいてきた。


 カンタロウの右目が赤く染まる。赤眼化したのだ。


 轟音が鳴った。


「雲が近づいてくる! あんな中に入ったら、すぐに焼け焦げちゃう!」


「ここでいい。俺をあそこまで放り投げろ」


「簡単に言うよね! この仕事終わったら、なんかおごってよ!」


「了解」



「ふんっ!」



 アゲハはカンタロウを持つ手に力を込めると、空中でグルグル振り回した。


 遠心力を利用し、カンタロウを結界まで放り投げる気なのだ。


 赤眼化の力と、水神の魔法を利用し、うまく形にはまった。




「よっしゃ、行ってこい!」




 アゲハは、おもいっきりカンタロウを投げる。


 カンタロウは空中でも、冷静に刀の鞘を握った。風の抵抗を小さくするため、腰を下ろす。


 目は水平に、結界を見据え、手を柄にそえる。


 赤い結界が、目の前にまで近づいてきた。




「はっ!」




 カンタロウは、一気に刀を抜き、大きくなぎ払う。


 刀で切られた結界は、横線に割れていった。波及し、ガラスのようなヒビが入り、形が崩れ、次々と蒸発していく。





「そんな、結界を切るなんて」





 アゲハはあぜんとした。


 普通ではあり得ないことだ。


 神脈結界を剣で切れば、すぐに元に戻ってしまう。


 形が崩れることはあっても、壊れることはない。



「アゲハ! 回収してくれ!」



 地上に急降下している、カンタロウが叫んだ。



「はっ、あっ、はいっ!」



 アゲハは慌てて、カンタロウを追いかけた。


 カンタロウはアゲハにむかって、手を伸ばす。


 アゲハはカンタロウの手を、しっかりとつかみ、


「ふう、すごいじゃん、カンタロウ君!」


「そうか?」


「どこでそんな技、覚えたの?」



「父からだ。あの人から、教わった」



 カンタロウの表情に、寂しげな影が走った。


「そう……」


 アゲハはそれ以上、何も聞かなかった。


 破られた結界から、雲が吸い込まれていき、四散していく。


 雷音はやみ、いつもの夜空へと戻っていった。





「結界を切るなんて、すごいな。カンタロウ」


 城では、カインが仰向けに、空の様子を眺めていた。


 吸収式神脈装置も、トリップを起こし、機械を強制停止させたようだ。


 起動するには、時間がかかる。



 カインは立ち上がると、気絶しているソフィヤを、優しげに見つめた。



「ソフィヤ、クシギ、ミユ、ヒバリ、リズ。僕は間違っていたのかもしれない。だけど、君達と一緒にいるときだけ、僕は人間でいられた」



 城に招待した女性達の名をあげると、屋上の端にむかう。



「もう人間を捨ててしまったけど、後悔はない。君達が奇跡の人となれば、道を開けると思ったけど、あいつのようにもしかすると、別の道があるのかもしれない」



 カインは端に立つと、夜空を見上げた。


 下から冷たい風が、足下を揺らす。


 何もない闇が、カインを待ち構えるように、両腕を広げる。




「だけど、もう僕には道がない。もう人でないのだから――」




 カインは目を閉じた。そこにあったのは、さらなる闇だった。



「待て!」



 カンタロウがカインの行動に気づいて、叫ぶ。


 アゲハとともに、屋上に帰ってきたのだ。


 カインは何かを思い出したのか、楽しそうに笑うと、闇の中へと飛び上がった。



「くっ!」



 カンタロウは赤眼化し、すさまじい速さで走ると、落ちていくカインの手をつかんだ。


 全身を使って、その場に踏ん張る。それでも力が足りず、体が宙に放りだされた。




「ちょっと! カンタロウ君?」




 アゲハがジャンプし、カンタロウの腕をつかんだ。カインの落下を防ぐことができた。


 アゲハは二人分の命を、その手に託された。


「……どうして僕を、助けるんだい?」


 闇だけを見つめていたカインは、カンタロウを見上げた。


「さあな。どうしてこんなことをしたのか、聞きたかったからかもな」


 カインを持つ手が震える。


 何度も赤眼化し、体力を消耗したアゲハも、辛そうに顔を歪ませた。


 カインは高揚のない笑みを見せる。


「……変わらないね。カンタロウ。君は立派に成長した。僕と違って」


「どういうことだ?」





「わからないか。そうだろうな。僕だよカンタロウ――ルウだ」





 カンタロウの記憶が、ルウという名に反応して、大きな科学反応を起こした。


 黒い瞳を全開にして、カインを見つめる。




 カインは力なく笑っていた。

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