上昇風が城の屋上に吹き荒れた。
アゲハの金髪が、バサバサと風に揺れ、月のように輝く。
獣人にしては、鋭く尖った耳が、カインの瞳に映り、
「君は、何者だ?」
「ただのハンターだよ」
あどけない言葉のわりには、表情は熟成した女性のように大人びている。
カインは不思議な少女を、しばらく何も言わずに見つめていた。喉のすぐ横で、鋭い剣が光る。
「……戦いのプロに挑んでも、勝てないな」
「そういうことだね。あなたのことを教えてくれる?」
「……僕は望んでこうなった。後悔はない」
アゲハの言葉を無視して、カインは月のでている、夜空を見上げた。
アゲハはとまどうことなく、
「あなたのことはどうでもいい。私はあなたを、そんなにした人物に興味があるの。少し、痛い目みる?」
「そうさ。後悔はない。僕は――人になれたんだ」
カインは歯を少しだして、笑った。
唐突に、地面が真っ赤になる。
「なに?」アゲハは、赤い光が空から発せられていることに気づき、見上げ、
「空の色が、いや、結界の色が変わった」
結界の色は、ほぼ無色透明。赤くなることはありえない。
城が微弱に振動している。
アゲハが耳をすますと、どこか遠くで、機械音が聞こえる。地下で、呻き声を上げていた。
「城にあった吸収式神脈装置を起動させたの?」
アゲハの問いに、カインは勝ち誇ったように、薄く笑い、
「城にある装置は、普通は城のみの結界用だけど。町の魔法円にも連動している。そうすれば結界のレベルは上がり、レベル5以上の能力をもつ」
「そんなことすれば、警報アラームや安全装置が働くはず……そんな、まさか!」
「すべて外しておいた。もう機械を停止できない」
アゲハはそうすることで、どういう事態が起こるのか、まったくわからない。嫌な予感が全身を巡る。
「はあ、しょうがない」
カインから離れると、アゲハは後ろを振りむいた。
「どこへ行くんだい?」
「装置を破壊するの。わかってるでしょ?」
「無駄だよ。装置のそばには、集積吸収型神獣を配置してあるし、見てごらん。神脈が異常な濃度で、赤く染まっているだろ?」
集積吸収型神獣とは、厳選された神獣に、神脈の吸収を集中させたもののことだ。
普通神獣は、神脈結界の中では神脈を吸収され、体を維持できない。
少数精鋭にしぼり、活動を制限することによって、結界の中でも維持が可能となる。
カインは話しを続け、
「循環が悪くなり、設定容量を超え、空気に触れた神脈は水蒸気となって、雲をつくる。雲の中ではすさまじいエネルギーが、雷のように放電し始める。するとどうなると思う?」
アゲハは考え、最悪の事態を思いつき、
「……結界の中で、絶縁破壊したエネルギーは、雷となって地上へ落ちる」
「そうだよ。神の雷さ。結界の中にあるこの町は――すべて破壊される。もう手遅れだ」
「どうして、そんな手間のかかることをするの? あなたは神獣を使える。それを使えば、この町を破壊できるんじゃないの?」
「それじゃ、駄目なんだよ。そんな単純なことじゃ。神の仕業だと思わせなきゃ、人は絶対に反省しない」
「どういうこと?」
「君にはわからないさ。君には――」
カインは笑みをやめた。
両目が虚空を見つめる。
白い髪から見える瞳が、月を紅く染めている。
「どうしたら結界を止められる?」
暗闇から、カンタロウが突然あらわれた。神獣との戦いが、終わったようだ。
服装が多少崩れたぐらいで、身体はほとんど無傷だった。
赤眼化は解除され、黒い瞳に戻っている。
「あらっ? 生きてた」
アゲハはわざとらしく、驚いてみせた。
仲間が無事だったことに安心したのか、右目が碧に戻った。
「あたりまえだ。あの結界がでてから、神獣も消失したしな」
「ふふっ、君もすごいね。君の所には、特に多めに神獣をむかわせていたのに」
カンタロウのしぶとさに、カインはまた笑った。
もう、結界を発動させてしまったために、神獣を召喚することができない。
カインの手詰まりだ。
「ほんと凄腕の剣士なのに、いろいろと残念だよ。カンタロウ君」
「どういう意味だ?」
アゲハの嫌みに、素で返すカンタロウ。
「カンタロウ?」
カインが初めて、カンタロウを見入る。
「話してくれ、どうしたら、あれを止められる」
「…………」
カインはカンタロウに向かって、しばらく黙っていたが、しぼりだすような声で、
「止められない。結界を破らないかぎり」
「結界を破って、エネルギーを結界の外に解放するってことね。よし、カンタロウ君。ここにいよう」
アゲハは何かを思いついたのか、ぽんっと手を叩いた。
カンタロウは鼻をすすり、
「どうして?」
「安全だから。この城にある吸収式神脈装置は、この城専用の結界。それなら、城の周りには魔法円が仕込まれているはず。つまり、自分達だけは助かるように、城には結界が張られてる、でしょ?」
アゲハはどうだと言わんばかりの表情で、カインを見下ろす。
「抜け目ないな、君は」カインは正直に告白した。
「だから、ここにいれば安全。私達ができることはもうない」
「いや、ある」
カンタロウの反論に、アゲハはおもいっきり顔を曇らせ、
「どうする気? まさか、今から町の人を、ここに避難させる気? 言っとくけど、絶対に間に合わない。私は自己犠牲でしかない正義はごめん」
「違う。アゲハ、悪いが、俺をあの結界まで運んでくれ」
カンタロウはちょうど真上にある、結界を指さした。
神脈の雲が出来上がっていない。
ただ、町の方面では、雲ができており、青白い光が雷のように、激しい音をたてている。
「えっ! なんで?」
「時間がない。あの結界の所まで運んでくれればいい。俺は飛翔魔法は使えないんだ」
カインは提案を聞き、
「どうする気なんだ?」
か細い声で、確かめるように、カンタロウに問う。
「お前に見せてやる――常識がくつがえる瞬間を」
カンタロウの口調は、自信であふれていた。