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第18話 アゲハの戦い

「それで、あいつは何なんだ?」




 カンタロウがソフィヤを抱きかかえる、カインを見さだめる。


 白髪の男が、優しく微笑んでいた。


「見てのとおりじゃん。ただ、正規のエコーズじゃないよ。たぶん」


「どういうことだ?」





「恐らく――ゴーストエコーズ。名前はカイン」





「カイン? 人間じゃなかったのか?」


「そこなんだよねぇ。謎は」


 アゲハとカンタロウが不思議がるのも当然だった。




 カインは町の人間に姿を見せている。ヨドやエルガも知っている人物だ。


 彼がエコーズであれば、町に入れないはず。


 真っ赤な両目も、人に警戒心を抱かせるはずだ。




「おい、どうしてお前は、この結界の中に入れる?」




 響くような大声で、カンタロウはカインに話しかける。





「理由は簡単さ。僕は元『人間』だから」





 カインはカンタロウに興味がないのか、目を合わせようとしない。



「後は任せたよ」



 カインの背中から、白い翼があらわれた。


 白鳥のような美しさに、カンタロウは寸刻、目を奪われる。



 カインはソフィヤを抱えたまま、開いた窓から外へと飛び去っていった。


 残された神獣は、アゲハとカンタロウを囲い始めた。




「カンタロウ君。ここ、任せていい?」




 アゲハの背に、水の翼がはえてきた。


 魔力が背に集中しているのだ。


 羽のような水の飛沫が、舞うように大きく伸びあがる。



「ああ、行ってきてくれ」



 カンタロウは刀を構え、神獣達を睨む。




「アゲハ、死ぬなよ」


「お前もな」




 アゲハは親指をだすと、カインがでていった窓から飛び去っていった。


 月の光が水の翼に反射して、宝石箱のようにきらめいた。




 カンタロウは灯台の光に希望を託すように、それをしばらく眺めていた。





「さて、後始末するか。来いよ。手加減しなくていいぜ」





 神獣は獣のように叫び、カンタロウに一斉攻撃をしかけた。





 城の外にでたアゲハは、カインにぴったりとついていく。


 吠えるような風を、切り込むように飛ぶ。



 スピードはアゲハの方が、カインより速い。



 カインの赤い目が、アゲハを睨む。


 ソフィヤを抱いていない手を、上にあげた。


 離れた地上から煙が上がり、イカロスが三体、恐ろしいほどの速さで飛んでくる。




「水神の名において命じる! 三本の刃で敵を貫け!」




 アゲハはスピードをあげたまま、一桁詠唱を唱えた。




 一桁詠唱とは、その名のとおり、一言で魔法を発動させる技だ。


 赤眼化が必須条件であるこの詠唱方法は、時間短縮に大幅に貢献した。




 アゲハの手から魔力に変換された神脈が放出され、水の槍となり、イカロスの胸を貫く。


 一瞬にして、アゲハは三体の神獣を倒してしまった。


 カインは飛ぶスピードを緩めると、アゲハにむきあった。



「どうしたの? 観念した?」



 アゲハも空中で止まる。



「違うよ。この子を、傷つけたくないだけだ」



 カインはソフィヤの頬にそっと触れる。表情は母親のように、温かい。


「ソフィヤを持ってちゃ、戦いづらいんじゃない?」


「それはお互い様さ。君もこの子を傷つけたくはないだろう?」


 腰から細長い剣を抜くカイン。


 鋭い目が、白い月に反射している。 





「冗談、私にとっては――どうでもいいことなんだよね」





 薄ら笑いするアゲハ。


 獲物を見つけ、舌なめずりするかのような表情。



 ――気味の悪い顔だ。何を狙っている?



 カインの顔に、初めて動揺の色が浮かんだ。


「水神の名において命じる。水流の渦で敵を巻き込め!」


 片手を上げると、アゲハは一桁詠唱を唱えた。


 手から水の渦があらわれ、詠唱者をつつんでいく。


 カインにむかって水の渦が放たれた。




 ――水の竜巻を。本気でこの子を巻き込む気か。




 カインは渦から素早く逃げだした。


「逃がさないよ!」


 アゲハは魔法を操作し、カインの逃げ道を追いかける。


 激しい水音が、耳をそばだてた。


 カインは開いている手を動かした。


 アゲハの左右に、イカロスが飛び上がってきた。


 神獣はアゲハにむかって、左右同時攻撃をしかける。




「攻撃が見え見え!」




 アゲハは左手で魔法をコントロールし、右手で剣を持ち、


「はっ!」


 突進してきた右のイカロスを、たやすく切り裂く。


「もう一体!」


 アゲハは横に剣をなぎ払う。


 左のイカロスはわき腹に刺さった剣を、片腕で押さえつけた。



 ――わざと体で剣を……。



 アゲハがそう思った刹那、鋭い剣が、胸に突き刺さった。


「ぐっ!」


 剣はイカロスの体を、貫いてきたのだ。


 イカロスの後ろには、カインがいた。




「僕のことは、見えなかったようだね」




「がっ、はっ」




 アゲハは吐血した。


 胸から血が流れ、剣を赤く染める。





「さようなら。美しい獣人の娘」





 カインが剣を引き抜こうとしたとき、アゲハの体が透明に透けていった。


 目の錯覚かと思ったが、間違いなく空気に溶けていっている。


 おぞけが背筋を這っていく。



 ――体が、消えていく。神魔法か?



 カインの肩に激痛が走った。鉄の塊を受けたような衝撃だ。



「ぐはっ!」



 カインの鎖骨が折れ、翼の力を失った。


 重力に逆らえず、地上へまっさかさまに落ちていく。


 痛みで一瞬、意識がとんだ。





「はい、おしまい」





 カインの肩に剣の鞘を打ち込んだ、アゲハが冷ややかに見下ろしている。


 カインはソフィヤを両腕で守ると、城の傾斜のある屋根に、背中から落ちる。



「ぐうっ!」



 カインの体が跳ね上がり、今度は傾斜のない、広い屋根に激突した。


 ソフィヤをつい手放してしまう。


 固い石の地面に、肩をすりつけ、ようやく止まった。



「くっ……。ソフィヤ……」



 ソフィヤは仰向けに倒れていた。


 小さな口から、呼吸音が聞こえる。


 口からでる息で、髪がさらりと頬をなでた。



「よかった……息はある……君は死んじゃいけない」



 カインの腕から赤い血が流れる。顔からも血が、ドクドク出血していた。


 カインは震える右手を、ソフィヤにむかって上げる。




「ぐっ!」




 手を靴で踏まれた。


 アゲハが、カインの手を足で押さえつけたのだ。





「はいはい。ソフィヤは無事みたいだね。まっ、あなたが盾になってくれると思ってたけど」





「結果が……見えていたということかい? もし僕がソフィヤを見捨てていたら?」


「そのときはそのとき。さて、話を聞かせてもらおうかな。せっかく生かしてあげたんだから」


「ぐうっ!」


 腹に蹴りを入れられ、カインは仰向けに寝かされる。


 アゲハは剣を、カインの喉元に打ち立てた。






「あなたを作ったのは――誰?」






 赤眼化されたアゲハの右目が、血が滴るように、深い赤みをおびていた。

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