地下のプラントをでて、三人は螺旋階段を上っていく。
壁に手を置くと、夜の寒い温度が伝わってくる。
足下を黒く、小さな虫が、ガサガサと逃げていった。
螺旋階段のそばにある、扉を一つ一つ開けていくと、ベッドのある部屋を見つけることができた。
扉の先には、仄かに光る窓がある。
どうやら、町の灯りのようだ。
他にはカーテン、棚、燭台が置かれてあった。
アゲハは部屋に入ると、窓辺に手を置き、
「この部屋で、明日まですごそうよ」
眺めのいいこの部屋を、一目で気に入ったようだ。
「ベッドもあるのか。豪勢な部屋だな」
カンタロウはベッドに手を置く。そこに、ソフィヤを座らせようとした。
「ちょっとほこりはたくね」
アゲハがカンタロウを止め、上げ下げ窓を開け、シーツを叩いて、ほこりをはたく。
雪のような白いほこりが、窓の外へ飛ばされていった。きちんとベッドに敷いていく。
「ソフィヤ、座れるか?」
「うん。ありがと」
カンタロウにうながされ、ソフィヤはベッドに、ちょこんと座った。
両手で、ベッドの感触を確かめてみる。
「わぁ、ふっかふか。こんなベッド初めて」
「へえ。そうなんだ?」
アゲハにとっては珍しくないのか、ソフィヤと比べると、反応が鈍い。
「確かに、いいベッドだ」
「そうかな?」
カンタロウにも言われ、アゲハは何度も、ベッドを指で押してみる。
「ここで明日の朝まですごせば、安全だろう」
「それまでちょっと暇だね」
「寝てればいい。俺は起きてる」
アゲハのそばを通りすぎ、カンタロウは部屋を物色し始めた。
危険がないかどうか、確かめているのだ。
「ソフィヤちゃん。お姉ちゃんと寝てようか?」
「うん」
アゲハはソフィヤを寝かすと寝転がった。
「俺は床で」
「待って、カンタロウ君」
「どうした? また俺を枕にするのか?」
「違う。腹減った。ちょっと食べ物取ってきてよ」
「食べ物か……わかった。水もいるな」
「そうそう。食べ物を取ってくるのは、男の役目なんだからさ」
「よし。そこで大人しくしてろよ」
カンタロウは食料を確保するために、扉にむかう。
でていく瞬間、後ろをむき、アゲハと目を合わせた。
アゲハは自信ありげにうなずいた。
廊下にでたカンタロウは、闇を見つめる。
背筋がチリチリと、何かを察知している。
――嫌な気配が濃くなってきている。アゲハも気づいたか。
カンタロウはランプを掲げ、螺旋階段を降りる。
食料庫は、涼しげな地下付近にあることを知っているからだ。
ランプの灯りであらわれる自分の影が、罪人の首吊り姿のように、ゆらゆらと揺れる。
――まずは水を確保しないとな。
カンタロウは不安を払拭するために、目的のことだけを考えた。
一階を探していると、何かの臭いがしてきた。
足が自然とそこへむかう。
臭いのする部屋に入ると、ランプを上に掲げてみた。
――ここが台所か。
食物の色が染みこんだ、机がある。乾燥肉もあるようだ。ただ、色がどす黒い。
「うっ……」
異様な臭いが鼻をついた。戦場でよくかぐ臭いだ。
カンタロウはランプを、机に置いた。
「この臭い……」
樽の方からしてくる。
樽の蓋を開けてみると、黒い虫が一斉に飛びだしてきた。慌てて顔を、手で守る。
――ハエか。
ハエは集団で部屋からでていった。
あとに残ったのは、赤黒い液体。
白い物体が浮かんでいる。
「これは……骸骨か?」
カンタロウは手を入れて取りだしてみる。
白いものはやはり、人の頭蓋骨だった。
指がちょうど、眼窩の部分にひっかかっている。
――動物じゃない。人間の骸骨だ。
この城で感じていた不安が、一気に緊張感に変わった。
血管が細くなり、汗が額を流れる。
カンタロウの呼吸が速くなり、心臓の鼓動がドクドク鳴動する。
「うん?」
カンタロウは気配を感じた。
かまどのすぐ横に、カンタロウと同じ背丈の人形が立っていた。
――どうしてこんな所に人形が……。
動揺していたのか、カンタロウは不用意に、その人形に近づいた。
風が胸を切った。
カンタロウの胸の服が切り裂かれ、赤い血が染みだしてくる。
「くっ!」
激痛が脳に警戒信号を与える。
カンタロウはよろけると、壁に背をついた。
ズルズルと、その場に座り込む。
「馬鹿な……どうして結界の中に……」
人形の両腕は、鋭い剣となっていた。
足がゆっくりと動き、カンタロウに近づいてくる。
ランプの灯りに照らされた表情は、まったく無く、全身は白い裸。何も着ていない。
カンタロウはその物体を、嫌というほど知っていた。
「神獣が……」
神獣の剣が、カンタロウにむかって大きく振りかぶった。
*
アゲハとソフィヤはベッドの中にいた。
アゲハは布団をソフィヤにかけると、冷えた体を暖めてやり、
「ソフィヤ、疲れた?」
「うん、ちょっと」
「そっ、でも明日になれば、家に帰れるからね」
「うん」
ソフィヤは仰向けに寝ている。
目線の先には、黒い天井があった。
「ねえ、アゲハさん」
「うん?」
「城に連れていかれた娘達。どうなったかな?」
「さあ……ね。でも明日になればすべてわかるよ」
「そうかな」
「そうだよ。ソフィヤは心配しなくていいの」
アゲハは努めて明るく言った。
「……ここに来てから、変な視線を感じるの」
「へぇ、どんな視線?」
「悪意はないの、憎しみのない、どこか暖かい視線」
「ふぅん。今でも感じる?」
「ううん。今は感じない」
「そっ、それなら気のせいかもね」
「それならいいけど」
急に、ソフィヤは顔を、アゲハの方にむけた。
「どうしたの?」
「ねえ、アゲハさんって――人間?」
「えっ? ううん。私は獣人」
「そうなんだ? あっ、そうだったね」
「どうしてそんなこと聞くの?」
「私が今まで会った人と、まったく別の感じがするから。まるでこの世界のものとは、まったく違う気配」
ソフィヤの胸をなでていたアゲハの手が、止まった。
「ははっ、そうなんだ――まっ、あながち間違ってないかも」
アゲハは笑っていた。
表情は、氷のように冷却されている。
盲目のソフィヤはその表情に気づかず、朗らかに笑っていた。
「何っ!」
突然、後ろでガラスが破裂した。
アゲハは素早くベッドから跳ね上がる。
窓が割れ、部屋の中に、顔のない白い裸の物体が入ってきた。
「そんな、神獣!」
すぐに神獣だと気づき、アゲハはベッドから離れる。ソフィヤから神獣の視線を外すためだ。
「くっ、こっちだよ!」
アゲハの声に反応して、神獣が突進してきた。
太い体のわりに、予想以上の速さだったため、アゲハはかわすことができない。
「ぐはっ!」
アゲハの胸に鉛のような衝撃が走る。神獣と一緒に、壁に激突した。
「こっ、このぉ!」
アゲハは剣を持ち、赤眼化する。
右目が魔力で、血のような鮮血に染まっていく。
神獣の喉元に、剣を突き刺し、逆に押し返した。
「おおおおっ!」
アゲハは神獣を突き破られた窓まで押し返すと、壁ごと外へと弾き飛ばした。
壁が崩れ、大きな穴があき、真っ暗な闇夜が目の前に広がる。
「はあ、はあ、はっ……」
アゲハの息がつまった。
闇の中に、白い物体がいくつも見える。
翼を持った神獣だと、認識するのにしばらくかかった。
――そんな。神獣がこんなに。
数十体以上の神獣が、アゲハを空から見下ろしている。
彼らは皆白い裸で、顔がない。
冷たい風を上回るほどの、寒気が背筋を走った。
――翼を持つ神獣。【イカロス型】。いつの間にか囲まれてる。
アゲハは緊張からか、思わず唾を飲み込んでいた。
「お姉ちゃん!」
ソフィヤの声で我に返る。アゲハはここから逃げることを選択した。
「ソフィヤ! この部屋からでるよ!」
「オオオオ!」神獣の口が開き、大きく叫ぶ。
一斉にアゲハ達に襲いかかった。
獲物を見つけたコウモリのように、口から数本もの鋭い歯を剥きだしにしている。
「くっ!」
ソフィヤを急いで背負うと、アゲハは出口にむかって走った。
「しっかりつかまっててよ! ソフィヤ!」
恐怖からか、ソフィヤは何も答えない。
アゲハは廊下にでると、扉をすぐに閉めた。
神獣達はミサイルのように突っ込んだため、木製の扉にヒビが入る。
確認する間もなく、アゲハはとにかくカンタロウのいる下に逃げようとした。
「オオオオオオ!」
階段の下から神獣が叫んでいる。
アゲハはすぐに、階段の下から上に方向転換した。
――まずい。神獣同士が声を張り上げて、連携プレーをとってる。ということはつまり……。
大量の汗が、アゲハの体中から吹きだした。
嫌な予感がヒシヒシと、体に抱きついてくる。
無我夢中で階段を上っていく。
――この城には人じゃない。【エコーズ】がいる。
城に入っていたときに、感じていた気配。
アゲハは、その正体を知った。