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第16話 獣のいる城

 地下のプラントをでて、三人は螺旋階段を上っていく。


 壁に手を置くと、夜の寒い温度が伝わってくる。


 足下を黒く、小さな虫が、ガサガサと逃げていった。



 螺旋階段のそばにある、扉を一つ一つ開けていくと、ベッドのある部屋を見つけることができた。


 扉の先には、仄かに光る窓がある。


 どうやら、町の灯りのようだ。



 他にはカーテン、棚、燭台が置かれてあった。



 アゲハは部屋に入ると、窓辺に手を置き、




「この部屋で、明日まですごそうよ」




 眺めのいいこの部屋を、一目で気に入ったようだ。


「ベッドもあるのか。豪勢な部屋だな」


 カンタロウはベッドに手を置く。そこに、ソフィヤを座らせようとした。


「ちょっとほこりはたくね」


 アゲハがカンタロウを止め、上げ下げ窓を開け、シーツを叩いて、ほこりをはたく。


 雪のような白いほこりが、窓の外へ飛ばされていった。きちんとベッドに敷いていく。


「ソフィヤ、座れるか?」


「うん。ありがと」


 カンタロウにうながされ、ソフィヤはベッドに、ちょこんと座った。


 両手で、ベッドの感触を確かめてみる。


「わぁ、ふっかふか。こんなベッド初めて」


「へえ。そうなんだ?」


 アゲハにとっては珍しくないのか、ソフィヤと比べると、反応が鈍い。


「確かに、いいベッドだ」


「そうかな?」


 カンタロウにも言われ、アゲハは何度も、ベッドを指で押してみる。




「ここで明日の朝まですごせば、安全だろう」




「それまでちょっと暇だね」


「寝てればいい。俺は起きてる」


 アゲハのそばを通りすぎ、カンタロウは部屋を物色し始めた。


 危険がないかどうか、確かめているのだ。


「ソフィヤちゃん。お姉ちゃんと寝てようか?」


「うん」


 アゲハはソフィヤを寝かすと寝転がった。


「俺は床で」


「待って、カンタロウ君」


「どうした? また俺を枕にするのか?」




「違う。腹減った。ちょっと食べ物取ってきてよ」




「食べ物か……わかった。水もいるな」


「そうそう。食べ物を取ってくるのは、男の役目なんだからさ」


「よし。そこで大人しくしてろよ」


 カンタロウは食料を確保するために、扉にむかう。


 でていく瞬間、後ろをむき、アゲハと目を合わせた。



 アゲハは自信ありげにうなずいた。



 廊下にでたカンタロウは、闇を見つめる。


 背筋がチリチリと、何かを察知している。





 ――嫌な気配が濃くなってきている。アゲハも気づいたか。





 カンタロウはランプを掲げ、螺旋階段を降りる。


 食料庫は、涼しげな地下付近にあることを知っているからだ。


 ランプの灯りであらわれる自分の影が、罪人の首吊り姿のように、ゆらゆらと揺れる。



 ――まずは水を確保しないとな。



 カンタロウは不安を払拭するために、目的のことだけを考えた。


 一階を探していると、何かの臭いがしてきた。


 足が自然とそこへむかう。



 臭いのする部屋に入ると、ランプを上に掲げてみた。


 ――ここが台所か。


 食物の色が染みこんだ、机がある。乾燥肉もあるようだ。ただ、色がどす黒い。




「うっ……」




 異様な臭いが鼻をついた。戦場でよくかぐ臭いだ。


 カンタロウはランプを、机に置いた。


「この臭い……」


 樽の方からしてくる。


 樽の蓋を開けてみると、黒い虫が一斉に飛びだしてきた。慌てて顔を、手で守る。


 ――ハエか。


 ハエは集団で部屋からでていった。


 あとに残ったのは、赤黒い液体。


 白い物体が浮かんでいる。





「これは……骸骨か?」





 カンタロウは手を入れて取りだしてみる。



 白いものはやはり、人の頭蓋骨だった。



 指がちょうど、眼窩の部分にひっかかっている。





 ――動物じゃない。人間の骸骨だ。





 この城で感じていた不安が、一気に緊張感に変わった。


 血管が細くなり、汗が額を流れる。


 カンタロウの呼吸が速くなり、心臓の鼓動がドクドク鳴動する。



「うん?」



 カンタロウは気配を感じた。


 かまどのすぐ横に、カンタロウと同じ背丈の人形が立っていた。




 ――どうしてこんな所に人形が……。




 動揺していたのか、カンタロウは不用意に、その人形に近づいた。


 風が胸を切った。


 カンタロウの胸の服が切り裂かれ、赤い血が染みだしてくる。



「くっ!」



 激痛が脳に警戒信号を与える。


 カンタロウはよろけると、壁に背をついた。


 ズルズルと、その場に座り込む。





「馬鹿な……どうして結界の中に……」





 人形の両腕は、鋭い剣となっていた。


 足がゆっくりと動き、カンタロウに近づいてくる。


 ランプの灯りに照らされた表情は、まったく無く、全身は白い裸。何も着ていない。


 カンタロウはその物体を、嫌というほど知っていた。






「神獣が……」






 神獣の剣が、カンタロウにむかって大きく振りかぶった。





 アゲハとソフィヤはベッドの中にいた。


 アゲハは布団をソフィヤにかけると、冷えた体を暖めてやり、


「ソフィヤ、疲れた?」


「うん、ちょっと」


「そっ、でも明日になれば、家に帰れるからね」


「うん」


 ソフィヤは仰向けに寝ている。


 目線の先には、黒い天井があった。


「ねえ、アゲハさん」


「うん?」


「城に連れていかれた娘達。どうなったかな?」


「さあ……ね。でも明日になればすべてわかるよ」


「そうかな」


「そうだよ。ソフィヤは心配しなくていいの」


 アゲハは努めて明るく言った。




「……ここに来てから、変な視線を感じるの」




「へぇ、どんな視線?」


「悪意はないの、憎しみのない、どこか暖かい視線」


「ふぅん。今でも感じる?」


「ううん。今は感じない」


「そっ、それなら気のせいかもね」


「それならいいけど」


 急に、ソフィヤは顔を、アゲハの方にむけた。


「どうしたの?」





「ねえ、アゲハさんって――人間?」





「えっ? ううん。私は獣人」


「そうなんだ? あっ、そうだったね」


「どうしてそんなこと聞くの?」




「私が今まで会った人と、まったく別の感じがするから。まるでこの世界のものとは、まったく違う気配」




 ソフィヤの胸をなでていたアゲハの手が、止まった。



「ははっ、そうなんだ――まっ、あながち間違ってないかも」



 アゲハは笑っていた。


 表情は、氷のように冷却されている。



 盲目のソフィヤはその表情に気づかず、朗らかに笑っていた。





「何っ!」





 突然、後ろでガラスが破裂した。


 アゲハは素早くベッドから跳ね上がる。


 窓が割れ、部屋の中に、顔のない白い裸の物体が入ってきた。




「そんな、神獣!」




 すぐに神獣だと気づき、アゲハはベッドから離れる。ソフィヤから神獣の視線を外すためだ。


「くっ、こっちだよ!」


 アゲハの声に反応して、神獣が突進してきた。


 太い体のわりに、予想以上の速さだったため、アゲハはかわすことができない。


「ぐはっ!」


 アゲハの胸に鉛のような衝撃が走る。神獣と一緒に、壁に激突した。




「こっ、このぉ!」




 アゲハは剣を持ち、赤眼化する。


 右目が魔力で、血のような鮮血に染まっていく。


 神獣の喉元に、剣を突き刺し、逆に押し返した。




「おおおおっ!」




 アゲハは神獣を突き破られた窓まで押し返すと、壁ごと外へと弾き飛ばした。


 壁が崩れ、大きな穴があき、真っ暗な闇夜が目の前に広がる。


「はあ、はあ、はっ……」


 アゲハの息がつまった。


 闇の中に、白い物体がいくつも見える。


 翼を持った神獣だと、認識するのにしばらくかかった。





 ――そんな。神獣がこんなに。





 数十体以上の神獣が、アゲハを空から見下ろしている。


 彼らは皆白い裸で、顔がない。


 冷たい風を上回るほどの、寒気が背筋を走った。



 ――翼を持つ神獣。【イカロス型】。いつの間にか囲まれてる。



 アゲハは緊張からか、思わず唾を飲み込んでいた。


「お姉ちゃん!」


 ソフィヤの声で我に返る。アゲハはここから逃げることを選択した。


「ソフィヤ! この部屋からでるよ!」


「オオオオ!」神獣の口が開き、大きく叫ぶ。


 一斉にアゲハ達に襲いかかった。


 獲物を見つけたコウモリのように、口から数本もの鋭い歯を剥きだしにしている。


「くっ!」


 ソフィヤを急いで背負うと、アゲハは出口にむかって走った。



「しっかりつかまっててよ! ソフィヤ!」



 恐怖からか、ソフィヤは何も答えない。



 アゲハは廊下にでると、扉をすぐに閉めた。


 神獣達はミサイルのように突っ込んだため、木製の扉にヒビが入る。


 確認する間もなく、アゲハはとにかくカンタロウのいる下に逃げようとした。




「オオオオオオ!」




 階段の下から神獣が叫んでいる。


 アゲハはすぐに、階段の下から上に方向転換した。



 ――まずい。神獣同士が声を張り上げて、連携プレーをとってる。ということはつまり……。



 大量の汗が、アゲハの体中から吹きだした。


 嫌な予感がヒシヒシと、体に抱きついてくる。


 無我夢中で階段を上っていく。





 ――この城には人じゃない。【エコーズ】がいる。





 城に入っていたときに、感じていた気配。


 アゲハは、その正体を知った。

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