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第15話 吸収式神脈装置

 仕方なく、カンタロウはアゲハを両腕で抱え、ランプを持たせた。お姫様だっこというやつだ。




 アゲハはランプの光で、廊下を照らす。


 三つの影が重なって、変な生き物が出来上がっていた。




「やれやれ」




 二人を背負うカンタロウは、大きくため息をつく。


「いやぁ、ほんとすみませんねぇ。パパは力持ちだね。ソフィヤ」


「うん。パパ大好き」


 アゲハとソフィヤが褒めてくる。


「おだてても何もでないぞ」


 カンタロウの頬が、ほんのりと赤くなる。まんざら嫌でもないようだ。


「おやっ? カンタロウ君。ちょっと照れてるじゃん」


「ほっといてくれ」


 自分の気持ちを悟られて恥ずかしいのか、カンタロウはわざと、アゲハに毒づいた。




 廊下を歩いていると、地下へと続く階段があった。


 古い扉が、だらしなく開いている。


 扉の隙間から生暖かい風が、首筋をねちっこくなでた。


「……あっ、ここもしかして」


 アゲハが口に手をやる。




「ねえ。この下におりてみようよ」




 アゲハの提案に、カンタロウは少し戸惑った。


「それはいいが、この状態でか?」


「私が下りるよ。もう腰治ったから」


「大丈夫か?」


「うん、平気。ありがと、カンタロウ君」


 カンタロウはアゲハを慎重に下ろした。



 アゲハは、腰が抜けたことさえ忘れたのか、さっさと階段の下におりていく。


 お化けに対する恐怖心すらないのか、顔が妙に生き生きしていた。



「さ、行くぞ」



 アゲハが手に持っているランプを掲げ、カンタロウ達を元気よく誘う。


「急に元気になったな。ソフィヤ。平気か?」


「うん。ねえカンタロウさん」


「うん?」




「アゲハさんって、王女様みたいだね」




 ソフィヤが突然、予想外な発想を言葉に発した。


 カンタロウは目をパチクリさせる。


「王女? どうして?」


「なんか、雰囲気が奔放というか、町の女の人とはちょっと違うから」


「そうか?」


 カンタロウはアゲハを念入りに眺めてみる。



 獣人にしては鮮やかな金髪。瞳も宝石のように青い。


 見た目、確かに王女に見えなくもない。



 ソフィヤは目が見えていないので、恐らく、アゲハの行動や言動から判断している。


 それならば話は別だ。


 剣術にたけ、神魔法を使え、赤眼化も可能。


 性格は確かに自由奔放だが、世間知らずというほどでもない。




 どう考えても、王女だという発想じたい浮かばない。




 ――まっ、国章血印の持ち主だ。身分の高い者であることは間違いなさそうだが、王女はないな。


 カンタロウは考えを捨てるかのように、首を振った。


「とりあえず、行こうか」


 カンタロウはアゲハを追いかけるために、地下階段を下りていった。




 地下二階の大きな部屋に、巨大な機械が置いてあった。


 数は三台。


 鉄でできた箱の外側から、蜘蛛の足のような配管が、いくつも飛びでている。


 近くには大きなポンプがあり、それはライオンぐらいの大きさだ。


 箱の前には制御盤がおかれていて、表示灯は光を灯していない。




 カンタロウは見たことのない機械に、ぼうぜんとなり、


「これは……なんだ?」




「吸収式神脈装置だよ。ここは地下プラントだね」




 アゲハは機械の正面を、ランプで照らしている。


「ほら、賢帝国の国章が刻印してあるし、ネームプレートもついてる」




 賢帝国国章、機械少女『アイスドール』。




 ドワーフという種族が多く、その技術力は世界随一。


 吸収式神脈装置は、ドワーフの技術者が造りだしたものだ。


「初めて見るな。アゲハも初めてなのか?」


「うん。さすがの私も、厳重な警戒態勢の中には入れないよ」


 カンタロウとアゲハは感嘆している。




 吸収式神脈装置は都市の絶対機密。一般市民が見ることはない。




「ねえ、カンタロウさん。どんな大きさ?」


 興味があるのか、ソフィヤが興奮気味に聞いてきた。


「そうだな。ゾウみたいな大きさだな」


「ゾウ?」


「ああ、そうか。知らないか。そうだな。物置小屋よりも少し大きいぐらいか」


「へぇ」


 イメージできたのか、ソフィヤもカンタロウたちと同じく感嘆の声を上げた。


「さわってみるか?」


 カンタロウはソフィヤを、鉄の表面に近づけた。


 ソフィヤの細い指が、剥げかけた塗装部分に触れる。




「固い。鉄でできているね。それに何か塗ってある」


「防錆として塗装されてるの。そこは外装部分。防音のために造られてるよ。この中はもっと複雑な機械が設置してある」




 アゲハはうまくソフィヤに説明している。


「この中に神脈が入るのか?」




「そうだよ。配管を通って、ろ過して、神脈を魔力に変えて、結界として広げるの」




「詳しいな」


「そんなこと、教科書にのってるからね。常識」


「そうだったのか。俺はまともに勉強していないからな」


 アゲハに痛いところをつかれ、学校に行ったことのないカンタロウは、自分の無知さに暗い表情になった。


「そう悲観的にならない。私でよければ、いつだって教えてあげる」


「ああ、よろしく頼む」





「さて、カンタロウ君。ここで一つわかったことがある。それはなんでしょう?」





 唐突に問題をだすアゲハ。


 カンタロウは少し考え、




「こんな重要機密を野ざらしにしている。ということは、この城は、おかしい」





「そう。この装置は結界都市の要、毎年の定期整備は必須。敵に場所を知られてはいけないし、常に装置を起動させておかなければ、エコーズが入ってしまう。それなのに、ここにあるすべての装置が稼働していない」





 アゲハの言うとおり、制御盤に灯りがない。機械が動いていない証拠だ。


 音もしない。まるで死人のように、機械は何の物音もたてない。



「えっ? でも町は結界で守られてるよ?」



「たぶん、町の住人が、自分達で吸収式神脈装置を保有してるんだよ。ここにあるのは、この城専用の装置」


 ソフィアの疑問に即答するアゲハ。


 普通、神脈装置を個人で所有することはない。だいたい村単位、町単位の購入が主だ。


「ぜいたくだな。この機械を一つ買うだけで、相当な金がかかるというのに」



「ともかく、この城に人はいない。いたとしても、まともじゃない。町に引き返して、この状況を説明するのが妥当だと思う」



「そうだな。だけどもう日が暮れている。暗闇の中、町へ帰るのは危険だ」


「そう……だね。町へ帰るにしても距離がありすぎか……まるで、人を寄せつけないようにね」


 カンタロウとアゲハは、城までの道のりを考えてみる。


 曲がりくねった道、うっそうと茂った森、時間がかかる距離。しかも案内人がつかなければ、城へ行くことができないのだ。


 王が町の住人を、拒絶しているとしか思えない。


「じゃ、どうするの?」



「この城に一泊して、明日の朝帰るさ。一日ぐらい大丈夫、だと思う」



「よし、それで決まり。じゃ、上に帰ろう」


 アゲハは機械を見学できて満足したのか、さっさと階段を上り始める。




 カンタロウはソフィヤの温もりとは別に、寒く、冷たい視線を感じていた。

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