仕方なく、カンタロウはアゲハを両腕で抱え、ランプを持たせた。お姫様だっこというやつだ。
アゲハはランプの光で、廊下を照らす。
三つの影が重なって、変な生き物が出来上がっていた。
「やれやれ」
二人を背負うカンタロウは、大きくため息をつく。
「いやぁ、ほんとすみませんねぇ。パパは力持ちだね。ソフィヤ」
「うん。パパ大好き」
アゲハとソフィヤが褒めてくる。
「おだてても何もでないぞ」
カンタロウの頬が、ほんのりと赤くなる。まんざら嫌でもないようだ。
「おやっ? カンタロウ君。ちょっと照れてるじゃん」
「ほっといてくれ」
自分の気持ちを悟られて恥ずかしいのか、カンタロウはわざと、アゲハに毒づいた。
廊下を歩いていると、地下へと続く階段があった。
古い扉が、だらしなく開いている。
扉の隙間から生暖かい風が、首筋をねちっこくなでた。
「……あっ、ここもしかして」
アゲハが口に手をやる。
「ねえ。この下におりてみようよ」
アゲハの提案に、カンタロウは少し戸惑った。
「それはいいが、この状態でか?」
「私が下りるよ。もう腰治ったから」
「大丈夫か?」
「うん、平気。ありがと、カンタロウ君」
カンタロウはアゲハを慎重に下ろした。
アゲハは、腰が抜けたことさえ忘れたのか、さっさと階段の下におりていく。
お化けに対する恐怖心すらないのか、顔が妙に生き生きしていた。
「さ、行くぞ」
アゲハが手に持っているランプを掲げ、カンタロウ達を元気よく誘う。
「急に元気になったな。ソフィヤ。平気か?」
「うん。ねえカンタロウさん」
「うん?」
「アゲハさんって、王女様みたいだね」
ソフィヤが突然、予想外な発想を言葉に発した。
カンタロウは目をパチクリさせる。
「王女? どうして?」
「なんか、雰囲気が奔放というか、町の女の人とはちょっと違うから」
「そうか?」
カンタロウはアゲハを念入りに眺めてみる。
獣人にしては鮮やかな金髪。瞳も宝石のように青い。
見た目、確かに王女に見えなくもない。
ソフィヤは目が見えていないので、恐らく、アゲハの行動や言動から判断している。
それならば話は別だ。
剣術にたけ、神魔法を使え、赤眼化も可能。
性格は確かに自由奔放だが、世間知らずというほどでもない。
どう考えても、王女だという発想じたい浮かばない。
――まっ、国章血印の持ち主だ。身分の高い者であることは間違いなさそうだが、王女はないな。
カンタロウは考えを捨てるかのように、首を振った。
「とりあえず、行こうか」
カンタロウはアゲハを追いかけるために、地下階段を下りていった。
地下二階の大きな部屋に、巨大な機械が置いてあった。
数は三台。
鉄でできた箱の外側から、蜘蛛の足のような配管が、いくつも飛びでている。
近くには大きなポンプがあり、それはライオンぐらいの大きさだ。
箱の前には制御盤がおかれていて、表示灯は光を灯していない。
カンタロウは見たことのない機械に、ぼうぜんとなり、
「これは……なんだ?」
「吸収式神脈装置だよ。ここは地下プラントだね」
アゲハは機械の正面を、ランプで照らしている。
「ほら、賢帝国の国章が刻印してあるし、ネームプレートもついてる」
賢帝国国章、機械少女『アイスドール』。
ドワーフという種族が多く、その技術力は世界随一。
吸収式神脈装置は、ドワーフの技術者が造りだしたものだ。
「初めて見るな。アゲハも初めてなのか?」
「うん。さすがの私も、厳重な警戒態勢の中には入れないよ」
カンタロウとアゲハは感嘆している。
吸収式神脈装置は都市の絶対機密。一般市民が見ることはない。
「ねえ、カンタロウさん。どんな大きさ?」
興味があるのか、ソフィヤが興奮気味に聞いてきた。
「そうだな。ゾウみたいな大きさだな」
「ゾウ?」
「ああ、そうか。知らないか。そうだな。物置小屋よりも少し大きいぐらいか」
「へぇ」
イメージできたのか、ソフィヤもカンタロウたちと同じく感嘆の声を上げた。
「さわってみるか?」
カンタロウはソフィヤを、鉄の表面に近づけた。
ソフィヤの細い指が、剥げかけた塗装部分に触れる。
「固い。鉄でできているね。それに何か塗ってある」
「防錆として塗装されてるの。そこは外装部分。防音のために造られてるよ。この中はもっと複雑な機械が設置してある」
アゲハはうまくソフィヤに説明している。
「この中に神脈が入るのか?」
「そうだよ。配管を通って、ろ過して、神脈を魔力に変えて、結界として広げるの」
「詳しいな」
「そんなこと、教科書にのってるからね。常識」
「そうだったのか。俺はまともに勉強していないからな」
アゲハに痛いところをつかれ、学校に行ったことのないカンタロウは、自分の無知さに暗い表情になった。
「そう悲観的にならない。私でよければ、いつだって教えてあげる」
「ああ、よろしく頼む」
「さて、カンタロウ君。ここで一つわかったことがある。それはなんでしょう?」
唐突に問題をだすアゲハ。
カンタロウは少し考え、
「こんな重要機密を野ざらしにしている。ということは、この城は、おかしい」
「そう。この装置は結界都市の要、毎年の定期整備は必須。敵に場所を知られてはいけないし、常に装置を起動させておかなければ、エコーズが入ってしまう。それなのに、ここにあるすべての装置が稼働していない」
アゲハの言うとおり、制御盤に灯りがない。機械が動いていない証拠だ。
音もしない。まるで死人のように、機械は何の物音もたてない。
「えっ? でも町は結界で守られてるよ?」
「たぶん、町の住人が、自分達で吸収式神脈装置を保有してるんだよ。ここにあるのは、この城専用の装置」
ソフィアの疑問に即答するアゲハ。
普通、神脈装置を個人で所有することはない。だいたい村単位、町単位の購入が主だ。
「ぜいたくだな。この機械を一つ買うだけで、相当な金がかかるというのに」
「ともかく、この城に人はいない。いたとしても、まともじゃない。町に引き返して、この状況を説明するのが妥当だと思う」
「そうだな。だけどもう日が暮れている。暗闇の中、町へ帰るのは危険だ」
「そう……だね。町へ帰るにしても距離がありすぎか……まるで、人を寄せつけないようにね」
カンタロウとアゲハは、城までの道のりを考えてみる。
曲がりくねった道、うっそうと茂った森、時間がかかる距離。しかも案内人がつかなければ、城へ行くことができないのだ。
王が町の住人を、拒絶しているとしか思えない。
「じゃ、どうするの?」
「この城に一泊して、明日の朝帰るさ。一日ぐらい大丈夫、だと思う」
「よし、それで決まり。じゃ、上に帰ろう」
アゲハは機械を見学できて満足したのか、さっさと階段を上り始める。
カンタロウはソフィヤの温もりとは別に、寒く、冷たい視線を感じていた。