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第14話 アゲハの弱点

 城の中は暗く、人の気配もなく、ひんやりとしていた。



 床は洞窟のようにぬめり、足が何本もある虫がはう。


 壁は黒いカビがはえ、元の色がわからないほど黒ずんでいる。


 風が城へ侵入しているのか、ヒュウと、どこか遠くで叫んでいた。



 ――なんだ、この空気。それにこの臭い。



 空気が鉛のように重い。


 どこからか、何かが腐った臭いがする。


 こんな城の中に、人が住むことなどできるのか。




「ああっ! カンタロウ君!」




 カンタロウは背中に水を受けたように、驚いた。


「どうした?」




「靴に変な液体ついちゃったぁ」




 どうやら、外にあった水たまりの水が、靴にこびりついたらしい。


 アゲハの靴に、小さく赤い染みができている。本人に怪我はない。


「……で?」




「どうしよっ! 何かで拭わなきゃ! カンタロウ君! 服貸して!」




「俺の服で拭うと? 嫌だ」


「あぁもぉ、最悪の最悪だよ」


 アゲハの声が裏がえり、足で地団駄を踏む。


 本気でショックを受けたようだ。


「靴を大切にしても、戦いで汚れるだろ?」


「わかってるよ! 変な液体がつくのが嫌なの!」



「そこなのか?」カンタロウはアゲハの意外な性癖に驚いた。





「まあ、もうそれはいいとして。くらぁい! 城の中くらぁい!」





 今度は城の奥にむかって、アゲハが大声でがなる。


 カンタロウはアゲハの行動の意図がわからず、目を白黒させた。


「見ればわかる。叫ぶことないだろ?」



「アゲハさん、暗いの苦手なの?」



 ソフイヤもアゲハの異常行動が、心配なようだ。


「いっ、いや、苦手ってことはないけどさ……なんかこの雰囲気が嫌」


 両手で自分の体を抱くと、アゲハはカタカタと震えている。


「震えているのか? 暗いのが怖いのか?」


「だから、違うって。その、あの、あれだよ。あれがいるかもって思うと……」


「あれ?」




「おっ、おっ、お化けがいるかもしれないって」




「お化け? なんだそれは?」


 カンタロウはきょとんとした。お化けという単語すら知らないからだ。




「お化け知らないの? 世界の常識じゃん!」




「そうなのか? すまん」


 律儀に謝るカンタロウ。



「カンタロウさん、お化けは絵本なんかにでてくる、創作の生き物のことだよ」



 ソフイヤがカンタロウの耳元で、お化けについて教えてくれた。


「なんだ。それならいないだろ」




「いるし! お化けはいるの!」




 アゲハはお化けの存在を信じていた。


 怪談話や肝試しが苦手で、そういうたぐいのものに参加したことはいっさいない。


 普段の状況であれば、落ち着いて対処できるが、今回のようにお化け屋敷のような現状では、冷静でいられないのだ。




 異常行動の根幹は、単にお化け嫌いからきている。




「まあ、どっちでもいいが。城の中を探索してみるか」


 アゲハの心境が理解できないカンタロウは、灯りを探そうと壁に手をついた。


 小さなくぼみに、ランプが置いてある。


 手に持つと、重みがあり、中で液体が揺れていることがわかった。



「よし、これを使うか」



 一時的に赤眼化すると、魔法で火種をつくる。


 ランプに火が灯った。


 灯りを手に入れ、城の中を進んでみる。



 奥へ、奥へむかっても、誰一人でてこない。


 またどこからか、隙間風が、ヒュウと唸った。



「おい」



 カンタロウが細い目で、アゲハを一瞥し、


「何?」



「腕をつかむな。何かあったとき、刀が持てない」



 左手にはランプを持ち、右手はアゲハがしっかりとつかんでいる。




「いいじゃん! 腕の一本ぐらい!」




 怖さからか、アゲハは逆ギレした。


「わかった、わかった。怒るな」


 アゲハの様子を聞いていたソフィヤは、少しだけ悪戯心がうずいてしまった。


「カンタロウさん、何か嫌な気配がする」


 わざと小さく、低い声で話す。


「そうか?」




「嘘っ、なになに! お化け? どこにいるの!」




 もうパニック状態になるアゲハ。


 頭をグルグル動かし、見えない何かを探している。


「そう……アゲハさんの、後ろからする」




「ひぃあぁ!」




 アゲハは悲鳴を上げると、カンタロウの前に立ち、胸を押さえつけた。


「うっ、うわっと!」


 カンタロウはランプを落としそうになったが、なんとか踏ん張った。


「カンタロウ君! 私のために、犠牲になって!」


 どうやら後ろのお化けに対して、カンタロウを盾にしているらしい。


「俺を盾にするな。あとソフィヤ。こんな状況で冗談はやめてくれ」


「へへっ、ごめん」


 予想どおりの反応に満足したのか、ソフィヤは可愛らしく舌をだした。


「アゲハ。もう俺を押さえるの、やめないか?」



「おっ、お化けいないの?」



「いないよ。そんなもの」


「絶対? 証拠は! 証拠だせ!」


「いっ、いや、証拠と言われてもなぁ」


 カンタロウはランプを後ろにむけてみる。


 灯りの先には、もちろん誰もいない。


「ほらっ、後ろには誰もいないだろ? 安心しろ」


「…………」


 黙り込むアゲハ。


「俺を信じろ。なっ? 誰もいないだろ?」




「……カンタロウ君。だっこ」




「はっ? 何を言ってるんだ?」


「腰、抜けちゃって……」


「……はぁ」


「ごめん」



 アゲハは真っ赤な顔になり、その場にへたりこんだ。

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