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第13話 イデリオ城

 三人はイデリオ城の正門にたどりついたものの、まだカインはそこにはいなかった。



 仕方なく、道に倒れていた、大木の上に座り待つ。


 数分がすぎても、カインはあらわれなかった。



 カンタロウは刀を地面に立て、両目をつぶり大人しくしている。


 ソフィヤは待つことに飽きてきたのか、両足をぶらぶらさせていた。


 アゲハはイライラしているため、貧乏ゆすりがすごい。




「遅い!」




 アゲハがついにしびれを切らし、立ち上がり、




「もう三十分はたってんじゃん! 遅すぎる!」


「まだ三十分だ。もう少し待てばでてくるさ」


「待てない! 疲れた! お腹すいた!」




 カンタロウと城にむかって叫ぶ。それでも誰もでてこない。


「もう乗りこもうよ。門番だっていないしさ」


「それはまずいだろ」


「いいの! 門番設置しない奴が悪い!」


「そういう問題じゃない」


「どういう問題なんだよ!」


 アゲハがカンタロウにくってかかる。


 冷静に対応されたことが、よけいに腹が立つらしい。



「待って、カンタロウさんも、アゲハさんも喧嘩しないで」



 ソフィヤが二人の喧嘩を止める。


 アゲハは口をムッと閉めた。


 子供に注意されては、やめざるおえない。


「カインていう男がでてくる手はずになっているんだったな。ソフィヤ、知っているのか?」


 カンタロウが話題を変えた。


「うん知ってる。声しかわからないけど、優しい人だと思う」



「私は無視ですかね?」アゲハはプイッとそっぽをむくと、また大木に座った。



「会ったことがあるのか?」


「うん。握手の感覚からして、アゲハさんみたいな体格かな」


「背が低いんだな。いつからいるんだ?」



「小さい言うな」アゲハが独り言のように、つっこむ。



「わかんない。たぶん、私がもっと小さかったときから」


 下をむくと、ソフィヤはカインのことを思い出していた。


 アゲハが暇つぶしに、カインについて聞いてみる。


「何してる人なの?」


「王様の身の回りの世話だと思う。町へ食料や水を買いに来ていたし」



「一人だけで?」



「う~ん。それはよくわからないけど。でもお城にいる人は、少ないって聞いたよ。あまり使用してないみたいだから」


「なるほど。お城は飾りみたいなものなんだよ。こんな田舎じゃ不似合いだわ」


 両手を後頭部にやると、アゲハは両足をおもいっきり伸ばした。


「あっ、そういえば……」


「どうした?」





「この前お姉ちゃんと散歩してるときに会ったんだけど、耳元で『待ってる』って言われた気がした」





「ふむ……」




 待っている。




 それはソフィヤが城へ来ることがわかっていたのか。それとも別の意味なのか。



 カンタロウは目を開けると、盲目の少女を見る。


 ソフィヤはカンタロウの視線に気づいたのか、赤い唇でニコリと笑った。


「まっ、王の側近なんでしょ? 招待客ぐらい知ってるでしょ」


 アゲハは金髪の髪を、手でかき上げる。


「ねえ、今度はソフィヤが聞いていい?」


「うん?」



「どうしてカンタロウさんは、ソフィヤを護ってくれるの?」



 それはアゲハも聞きたいことだった。人よりも長い耳を、カンタロウにむける。


 カンタロウは静かに語った。



「エルガに依頼内容を教えられたとき、なんとなく思ったんだ。ソフィヤの雰囲気が――母に似ているなと。だから受けた」



 アゲハは狐につままれたように、ポカンとする。


 ――ええっ! 何それ?


 アゲハの想像としては、かわいそうな少女を、若さゆえの正義感から助けたいのだと思っていた。


 王にとりいったり、お金のためではないことはわかっていた。



 それがまさか、母に似ているからとは想像の外だ。



「へぇ。ソフィヤ、カンタロウさんのお母さんとそっくりなんだ」


「そうだな」


「じゃ、カンタロウさんのお嫁さんになれるかな?」


「なれるさ。俺も嬉しい」


 カンタロウは照れたように笑う。




 ――カンタロウ君! 危ないっ! その発言は危ないっ!




 アゲハの心の叫びは、カンタロウに届いていなかった。



「まっ、まあとにかく。もういくら待っても来ないよきっと。だからお城に行こうぜ」



 相方がマザコンであることを再認識し、アゲハは無理矢理自分を落ち着かせて、再び立ち上がった。


「我慢できない奴だな」


「いざゆかん! お城へ!」


 剣を抜き、城をさす。もう気持ちが止められない。



「仕方ない。行くか」



 カンタロウは待つことを諦め、ソフィヤを背負うべく、腰を下ろした。


「あっ、待って。今度は私がソフィヤをおぶっていくよ。ロリコンのお兄ちゃんより、まともなお姉ちゃんの方がいいよね?」


 アゲハはソフィヤに提案する。



「誰がロリコンだ」カンタロウは不快感を、おもいっきり顔にだす。



「ううん。いい。ソフィヤ、カンタロウさんにおぶってもらう」


「ええっ!」


 アゲハが驚いているすきに、ソフィヤはカンタロウの背におぶさった。


 白いドレスのスカートが、ひらりと花のように舞う。



 ――ぐっ、小娘のくせに色気づきおって。



 心の声をぐっと飲み込むアゲハ。


「悔しいか?」




「別に! ふんだ!」




 カンタロウ達をおいて、アゲハは一番乗りに城に入っていった。





 城に入ると、前庭は異常な状態だった。



 バラが生い茂り、太いトゲが侵入者の足下を阻む。


 バラは城や塔、教会に張りつき、壁を傷つけている。


 庭に建てられてある、ブロンズ像にもこびりついていた。



 ブロンズ像は老若男女あり、皆裸姿で、手を上げ叫んでいるように見える。


 バラがトゲで、像を突き刺しているのだ。


 皮膚に食いこみ、片目をつぶし、口にもトゲが侵入していた。



 門には剣を片手に持った、カラス頭の門番の像が立っている。


 まるで何者もこの城から逃がさないように、形相は険しく不気味。


 魔界から来た住人を描いたのだろうか。



 雨は降っていないのに、中央のくぼみに、池のような水たまりができている。


 赤いバラの花が水に溶け、鮮血が流れてきたかのように真っ赤。


 どこからか、腐臭が漂ってくる。




「うわぁ……これ……」




 アゲハは絶句した。こんな城の惨状は、生きてきた中で見たことがない。


「嫌な気がする」


 目が見えなくとも、嫌な気配はするのか、ソフィヤは自然と腕に力が入った。




「これ、おかしいね」


「ああ、同感だ」




 カンタロウとアゲハの意見が一致した。


 王の精神状態をあらわしているのだろうか。



 もしそうだとしたら、もはや常軌を逸している。



「ソフィヤ。大丈夫か?」


 カンタロウの声に、ソフィヤはコクコクうなずき反応した。


「町の住民は、この城に入ったことがないのか?」


 この城の状況を見れば、誰でも違和感に気づく。



 今日まで町の住人が、騒がないのはおかしい。



「うん。王様が病気だから、立ち入り禁止だって聞いた」


 ソフィヤの声質が震えている。


 カンタロウとアゲハの緊張感を感じとっているのかもしれない。




「とにかく、城の中へ入ってみるか」




 バラのトゲを避け、魔物が待ち受けているような威圧感を感じながら、城の玄関へとむかう。



 バラが巻きついてきそうな気がして、カンタロウとアゲハは足下から目を離せなかった。

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