目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第12話 ゴブリン姫

 教会をでると、エルガの案内で、妹がいる家にむかった。



 家の中に入ると、台所があった。鍋や食器は綺麗に並べられており、数は少ない。


 椅子は二つ、テーブルは小さい。


 人の気配がなく、寒々とした雰囲気だ。



「誰もいないね。お父さんとお母さんは?」


「いません。母は妹を生んですぐに、父は事故で」


「あっ、ごめん」


「気にしなくていいわ。母と父の死を、悲しんでいる暇なんてなかったから」


 力なく笑うエルガ。



 アゲハはもう、何も聞けなかった。



 エルガに先導され、二階に上がると、寝室に入った。


「お姉ちゃん?」


「ただいま。ソフィヤ」




「おかえり。ねえ、誰かいるの?」




 姉と同じ、黒色の髪をし、白いドレスを着た少女が、ベッドの上に座っていた。


 全盲なので、両目は開いていない。


 顔つきは姉と違い、静かで落ち着いている。


 子供なので背は小さく、アゲハよりも低かった。



「うん。えっと、カンタロウさんに、アゲハさん」



 ソフィヤは手を横にむけ、空中に浮かせた。


「カンタロウだ。よろしくな」


 握手だと解釈し、カンタロウは手を握る。


 指は細く、肌は日焼けしていないため白い。



「男性ね。こちらこそ」



 声とゴツゴツとした肌触りでわかったのだろうか、すぐに男性だと見抜いた。


 次にアゲハが、ソフィヤの手を握った。


「私はアゲハ。よろしくソフィヤちゃん」


「女性だね」


 幼い子供特有の、鈴のような、よく響く声だ。


「ねえ、いくつ?」


「十歳」


「へぇ。じゃ、お姉ちゃんはいくつに見える? っておかしいか。見えないもんね」


「そうだね。十二ぐらい?」



「そっ、そうだね。私は十四だよ」



 年齢より幼く思われるらしい。


 アゲハの後ろでカンタロウが、笑いをこらえている。


「お姉ちゃんのお友達?」


「ううん。この人達は、あなたを護るために、私が雇ったハンター」


「そう。今日だもんね」


 抵抗もなく、愚痴もなく、悲しみさえも失せてしまった諦めの声音。


 お城にむかった娘達がどうなったのか知っているのか、それとも姉の態度からわかるのか。


 目が見えていないはずなのに、ソフィヤは窓から青い空を眺めた。



 アゲハは話題を変えようと思い、ソフィヤに話しかけた。



「綺麗な服だね」


「そう? たしかに着心地はいいよ」


「町の知り合いにもらったんです」エルガは指で目をこすっている。


 餞別のような形で、もらったのだろう。


「そうなんだ。素敵だよ」


「ありがとう。王様に会うんだもんね。綺麗にしとかなきゃ」


 ソフィヤは不安を打ち消すかのように、精一杯明るく笑ってみせる。


 エルガはしばらく、ぐっと拳を握っていたが、覚悟を決めたのかソフィヤに寄りそった。



「……そろそろね」



「うん、わかった」


「夕刻までには、お城に到着しとかないとね。お姉ちゃんが背負っていくわ」


「うん」


 エルガはソフィヤを慎重に、大切に、背負った。


 歩行に必要な杖は、カンタロウが持つ。



 家をでて、エルガは意図的に人通りの少ない道を選び、お城へとつづく道を歩いていった。



 山の入口に着くと、岩の上に、皮の鎧を着た白髪の老人が座っている。


「あの人が案内人です」


「あのおじいさんが? どんな人なの?」


「お城の元兵隊さん。今は引退してます」


 老人はエルガを見つけると、手を上げた。




「おう。来たな」




「ヨドさん。お願いがあります。この方達を一緒に連れていってくれませんか?」


 ヨドは二人の顔を見て、すぐに余所者であることがわかった。


 ヨドの視線が、カンタロウとアゲハの剣と鎧にむかう。


「剣士? どうして?」


「ソフィヤを護るためです」


「そんなことか。大丈夫だ。この町には神脈結界がある。まあ最新式の装置じゃないから、レベル3までの能力しかだせないけどな。もし結界内に、神獣が入ってきても、俺が撃退してやるよ。それとも老兵では不満かね?」


「そんなことはありませんが……」


「ははっ、まっ、若い方が頼りがいがあるわな。よろしく頼むぜ。お兄ちゃんに、その妹か?」


 若さと容姿から、怪しい人物ではないと、判断されたのだろう。


 兄妹と勘違いされている。


 アゲハは両手を腰にやった。



「違います。私はこの人の愛人です」



「違う。ただの知り合いだ」カンタロウは即拒否した。


「そうかそうか。どおりで。お嬢ちゃんは獣人だもんな。若いカップルか」


「だから違う。そこで会った、知り合いだ」カンタロウはもう一度拒否した。


 ヨドは岩から立ち上がると、身なりを整える。


「それじゃ、行こうか」


 エルガはソフィヤを背中から下ろす。


 カンタロウが近寄り、


「今度は、俺が背負っていこう」


「はっ、はい。ありがとうございます」


 姉の挙動不審に、ソフィヤが反応し、


「お姉ちゃん。照れてるの? 声が震えているよ?」


「かっ、からかわないの!」


「へへぇ」悪戯っぽく笑う。


 カンタロウは杖をアゲハに渡し、腰を下ろした。


「乗れるか?」


「うん」


「しっかりつかまってろよ」


「うん、ありがと」


 ヨドはカンタロウ達の準備が完了したのを見て、声を張り上げた。


「いいか? ちゃんとついてこいよ。まっ、俺の足より、お前達の足の方が速いだろうけどな」


 さすが元兵士だけあって、足腰は丈夫のようだ。


 ヨドはさっさと城へ歩いていく。


「それじゃ。よろしくお願いします」


「わかった。任しといて!」


 頭を下げるエルガに、アゲハは元気よく手を振る。


「お姉ちゃん」


「うん?」


「できるだけ早く帰ってくるからね」


「……うん」


 さざ波のような消え入りそうな笑みで、エルガはソフィヤを送りだした。





 城にむかう山道は、ぐるりと山を一周しなければならないようだ。


 山には多くの木が茂っており、下界にある町の姿は見えない。



 全身に赤みがあり、くちばしの長い小鳥が、人間達を見下ろしている。


 空は晴れており、雨が降る気配はない。木の間から、肋骨のような雲が見えた。



「ねえ。お兄ちゃん」


 沈黙に耐えられなくなったのか、それとも子供ながらの好奇心からか、ソフィヤはカンタロウに話しかけた。


「うん?」


「いろいろ旅してるんだよね?」


「まあな」


「大帝国について知ってる?」


「ある程度はな」


 五大帝国の一つ。


 唯一エコーズと交流のある国。


 カンタロウは昔、ハンターとして仕事に行ったことがある。


「大帝国には魔物を封じ込めた、お姫様がいるんだよね? それって本当なの?」




「ああ、『ゴブリン姫』か」




 誰でも知っている有名な話だ。


 目が見えず、外で子供達と遊べないソフィヤにとって、人の話こそが娯楽だった。


「ゴブリン?」



「罪人達が集まってつくった民族だ。茶色の肌に、丸い耳をしているのが特徴だったな」



「どうしてその娘に、魔物を封じ込めたの?」


「それは……」


 さすがに詳しい話はわからない。


 大帝国の国章血印を持つ、アゲハに目線を送る。


 アゲハはそれに気づき、話し始めた。


「ゴブリン族が今まで犯してきた、すべての罪を帳消しにするためだよ。二十年前ぐらいかな。エコーズと五大帝国の大陸戦争が、終盤にさしかかったとき、三代目エコーズの王コウダさ……」


 危うくコウダ様と言いかけてしまい、アゲハは誤魔化すように咳をする。


 人間の大陸で、エコーズに敬語を使うことは御法度だ。


 それぐらいの心得ぐらいは知っていた。


「コウダはホーストホースという最終兵器を使用した。ホーストホースは神脈結界を飲み込み、大帝国に攻め込んだの」


「神脈結界がきかないの?」


「そう。当時はまだ月の都レベル5結界は使用されてなかったけど、それでもホーストホースには通用しなかったと言われてる。強力な魔物に五大帝国は大損害をだし、エコーズ有利の状態だった。でもホーストホースが制御できなくなり、エコーズさえも飲み込み始めた」


 流ちょうな口調で、歴史を語るアゲハ。


 その知識は朧やサラから得たものだ。


「自業自得だな」


 カンタロウは首を振った。


「そうだね。それでコウダは五大帝国の王の前に姿をあらわし、交渉したの。このままではお互いが絶滅してしまう。その前に同盟を組み、ホーストホースを倒そうじゃないかと」


「敵の言うことを聞いたのか?」


「ううん。もちろん、大帝国の王以外は反対。そりゃそうだよね。自分達の国はまだ被害がでてないんだから。結局、大帝国の王とコウダが組むことになった。コウダは王に罪人をだせと要求してきたので、ゴブリンの娘がホーストホースの前にだされることになる。あとは儀式を行って、ホーストホースを娘の体内に封印したの。もちろん、娘には種族の罪を帳消しにしてやるって条件でね」


「その後、娘はどうなったの?」


「大帝国のある塔で、何不自由なく暮らしてるみたいだよ。私は見たことないけど」


 話は終わりのようだ。アゲハは興味なさそうにあくびする。


 カンタロウは少し顔をしかめた。




「……なんか汚いな。娘を生け贄にして、塔に閉じ込めるなんて」




「そうかな? でも娘は大事にされてるし、この大イベントがなかったら、エコーズとの戦争はまだ続いていたはずだよ。ホーストホースの封印が破られるのを恐れて、帝国平和条約が結ばれ、晴れてエコーズと人間、亜人の戦争は終結したんだから」


 チラリと細目で、カンタロウの顔をうかがう。


 カンタロウは納得いかないのか、何もしゃべらなかった。



「ふぅん。いいな」



 空気の中に溶け込みそうなほどの小さな声で、ソフィヤはポツンとつぶやいた。


「どうして? 外にでられないんだよ?」


「うん。確かに外にはでられないけど、みんなから大事にされてるんでしょ? 私は盲目だし、お姉ちゃんに負担ばかりかけてる」


 姉の苦労を知っているのだろう。


 盲目ゆえに移動も、食事もままならない。


 姉に頼らざるおえない人生は、ソフィヤに暗い影を落としていた。


「……気にするな。ソフィヤは姉さんの負担にはなっていない」


「どうして?」


「ソフィヤが生きているだけで、彼女はきっと幸せだからだ。じゃなかったら、俺達を雇ったりはしない。大切にされてるさ」


「ほんとかな」


「絶対だ。俺が約束する」



「……うん。ありがとう。カンタロウさん」



 ソフィヤの顔が、カンタロウにそっと寄せられる。


 二人の距離が少し近くなっていた。


「いいこと言うじゃん。このマザコンめ」


「痛い。腹を殴るな。あと親孝行だ」


 ボスボスとカンタロウの腹に、ジャブを入れるアゲハだった。





 もう二時間はたっただろうか。城がだいぶ近づいてきた。


 山の上から、寒風が吹いてくるのか、足下が肌寒い。


 子猫のようにうるさく鳴いていた鳥の声も、聞こえなくなっていた。



「もうすぐ着くぞ。あれが城の正門だ」



 指さす門は、暗く、黒いカビがはえ、泥が寄生するかのように張りついている。


 清掃はまったくされていないようだ。


 遠くから見える城の優雅な姿とは、まったくの逆だ。



「あっ、もう道わかったから、おじいさんは帰っていいよ」



 アゲハはやっかい払いするかのように、ヨドに帰宅をうながす。


 カンタロウは慌ててアゲハを呼びとめた。


「おい、どうして……」




「だって邪魔じゃん。私達、お城を探るんでしょ?」




 アゲハは不機嫌そうに、小さく語気を強める。


 カンタロウは目を丸くした。


「そうか。そうだったな」


「やると言った以上はやります。アゲハさんは真面目だからねぇ。カンタロウ君。私を褒めてもいいぞ」


「ふん、初めから言えばいいのに」


「それボソッと言ったつもり? 聞こえてますよぉ?」


 二人のやりとりを聞き、カンタロウの背中で、ソフィヤがくすくす笑っていた。



「大丈夫か?」



 ヨドが三人に近づいてくる。


「大丈夫、大丈夫。若い力を信じろ」


「そうか。まあそれなら甘えるが、城の正門についたらカインって男が待っている。白髪の若い男だ。素性はわからんが、娘を預かってくれるからな」


「オッケー。あとは任せて」


「そうか。じゃ、ソフィヤ。達者でな」


 もう会えないかのように、ヨドの声は沈んでいた。


 町民や自分に顔すら見せない王が、どうして障害をもつ娘をほしがるのか。


 人間の悪の部分を見てきたヨドにとって、王の異常行動により、ソフィヤがどうなるのか嫌な想像ばかり浮かぶ。




「うん。お姉ちゃんによろしく」




 ソフィヤはそれを感じ取ったのか、努めて明るくふるまった。


 ヨドは手を振ると、ソフィヤを見ることなく去っていった。



「さて、それじゃ行こうか? カンタロウ君」


「ああ、行こう」



 カンタロウとアゲハは、頭巾のような雲に隠れた太陽の下、城の正門へむかった。





 影となった道を歩んでいたヨドが、ふと、何かを思い出したかのように、立ち止まる。




「うむ……。それにしてもあの男。どこかで見たことがあるような……」




 剣帝国に勤めていた頃のことを、ヨドは思い浮かべながら、家路へと帰っていった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?