「とりあえず、教会で話を聞いてもらえませんか?」
「いいけどさ。お金はあるの?」
「あります。報酬はきちんと払います」
真剣な表情だ。嘘を言っているとは思えない。
「わかった。行こう。俺はカンタロウだ」
「私はアゲハ」
「私の名前は、エルガといいます。では、行きましょう」
エルガはカンタロウとアゲハを先導し、町の教会へむかった。
教会につくと、神父が花壇に水まきをしている。
煉瓦造りの建物は、小さく古い。
天使の像が、入口を見下ろしている。
神父はエルガに気づくと、シワを刻み、笑顔になった。
「おや? エルガじゃないか」
「おはようございます。神父様」
エルガはふかぶかと挨拶した。
「今日は、あの日ではないのかね?」
「そうです。昼頃に連れていこうと思います」
「そうか。まあ辛いだろうが……。おや? そちらの方々は?」
「私の知り合いです」
カンタロウとアゲハはお互いの顔を、見合わせた。
エルガとは、さっき知り合ったばかりだが、何か事情があるのだろう。
そう思い、二人は何も言わなかった。
神父はカンタロウとアゲハの剣に、視線をむける。
「ほう? 剣士の知り合いがいたのかね?」
「はい。急ぐので、これで」
エルガは会話をすぐに切り上げ、そそくさと教会の中に入っていく。
カンタロウとアゲハも神父に会釈すると、後ろをついていった。
神父は三人の様子をしばらく眺めていたが、すぐにまた水まきを再開した。
教会の中に入ると、エルガは祭壇近くの長椅子に座った。
その隣にアゲハ、カンタロウが座る。
教会の中はひんやりとしており、静かで落ち着いた雰囲気があった。
二人が席に座ったことを確認すると、エルガの口が開いた。
「あなた達に依頼したいことがあります。私の妹、ソフィヤをお城へ連れていってほしいのです」
「城へ? あの山の?」
「そうです。あのお城の名前はイデリオ。剣帝国王後継者であり、第三皇子だったラインベルン皇子が住んでいます」
「皇子だった?」
エルガはうつろな顔で、教会の祭壇を眺める。
「はい。今は精神的病を患っており、お城に引きこもっています。国王継承権もなくなっています」
「どうして、精神病を発症したんだ?」
「詳しいことはわかりません。ただ、父である前剣帝国王が死んだときから、おかしくなったと聞いています」
カンタロウは不意打ちにあったように、目を丸くした。その様子に、アゲハ、エルガは気づかなかった。
エルガは話を続けた。
「あの城はラインベルン皇子が建てたお城です。病を患う前は、理性的で、良き王でした」
「その王様が、どうしてあなたの妹をお城へ招待したの?」
「理由はわかりません。ただ、半年前から急に町の娘に招待状が届きました。それから一ヶ月ごとに一人、招待状が届き、もう四人の娘がお城から帰ってきていません」
興味がわいたのか、アゲハが身を乗りだしてきた。
「それで、私達にどうしろっていうの?」
「妹をお城に連れていき、現状がどうなっているのか、探ってきてほしいのです」
「ふぅん、王様っていくつ?」
「三十前後だと思います」
「もしかして、お嫁さんでも探してるんじゃないの?」
「それはありません。絶対に」
エルガは断言した。
「絶対に? どういうことだ?」
「連れていかれた娘は、皆障害を持っています。手を動かせなかったり、片足をなくしていたり。私の妹も、生まれたときから全盲です」
急に、アゲハは両足を投げだした。
「なるほど。それで町の人達の批判も少ないってわけね。やっかいな障害者を、お城でめんどう見てくれるんだから。この町の規模だといい医者や病院もなさそうだし」
「それは……」
エルガの言葉がつまり、声が弱々しくなる。
「悪いけどさ。それは自分達で解決してくれる? ハンターに頼む仕事じゃないよ。私達の仕事は怪物や魔物を退治することが主であって、介護は専門外だから……」
「わかった。やろう」
カンタロウが突然、依頼を引き受けた。
「えっ?」
「はあっ?」
エルガとアゲハは、同時に声を上げた。
「仕事を引き受ける。妹さんを連れていき、お城の状況及び、帰ってこない娘達がどうなったのか、知りたいんだろう?」
「はっ、はい」
エルガはコクコクと、何度もうなずく。
「ちょっと、カンタロウ君! こんな仕事引き受けてどうするの! 個人の問題じゃん! 他人が介入することじゃないよ!」
アゲハは反対のようだ。
エコーズがらみの問題ではないため、あまり乗り気ではない。
「それなら俺一人でやる。アゲハはやめてもかまわない」
カンタロウの表情には、一点の曇りもない。
アゲハは逆に、しかめっ面だ。
「ええぇ~。もう! マザコンのくせに!」
「親孝行だ」
「あっ、あの。ほんとうによろしいのですか?」
エルガは意見の食い違う二人に、オロオロしている。
「ああ、かまわない。まだ状況はわからないが、あのお城で、娘達が幸せに暮らしているといいな」
屈託のない笑顔で、優しく言うカンタロウ。
エルガはその整然とした姿に、気持ちが動いたのか、頬が赤く染まる。
「はい――ありがとうございます」
アゲハは、カンタロウに見とれているエルガの背中をつついた。
「はい?」
「言っとくけど、あの人マザコンだから。母しか愛していないから。惚れても無駄だよ」
「そっ、そんな! 惚れてなどいません!」
慌てて両手を左右に振るが、明らかに自分の気持ちを言い当てられて照れている。
――あ~駄目だ。犠牲者がでちゃった。
マザコンは冗談ではなく、本当であることを、エルガはまだ知らなかった。