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第10話 エルガ

 三日後。



 カンタロウとアゲハは、緑の山姿が見えるふもとを、剣を持ち走っていた。


 後ろから、白い神獣が追いかけてくる。襲われているのだ。



 二人の前にある雑草から、神獣がはえ、人の何倍もある腕を振り上げる。



「やあっ!」



 アゲハは剣で腕を切り落とした。


 今度は太い枝の上から、神獣が襲ってきた。



 カンタロウは刀で片腕を切り落としたが、もう一方の腕までは注意していなかった。


 気づいたときには、すでに頭近くまでせまっている。



「くっ!」


「危ないっ!」



 アゲハは剣で手首を切り落とし、カンタロウを守った。



 神獣は痛覚を感じないので、次に容赦なく体当たりをしかけてくる。


 カンタロウは木に足をつき、ジャンプでかわした。


 神獣の体当たりをくらった樹木は、悲鳴を上げるかのように、バリバリ音をたてながら、地面に倒れていく。



「きりがないね! カンタロウ君!」


「ゴーストエコーズの巣が近くにあるんだろう。とにかく今は逃げよう!」



 アゲハは納得いかなかった。


 元をたたなければ、神獣はハエのようにわいてでてくる。


「どうして?」




「母のことがちらついて、集中できん」




 カンタロウは顔を、手で押さえた。


「それ、かなり重症じゃん!」


 カンタロウのホームシック病は、まだ治っていなかった。


 アゲハの計らいで、多少は症状が治まったものの、やはり本物と偽物では雲泥の差がある。


 完全に完治したわけではなかったのだ。



 ――やっぱ、この人と組むの、失敗だったな。



 三日目にしてようやく、アゲハはカンタロウと組んだことを後悔し始めた。


 足手まといになると、カンタロウが言ったのも間違いではない。


 奇病持ちだったとは予想外だ。



 神獣から逃げ、森を抜け、二人は緑の草が生い茂る草原へとでた。


 太股を草がなでるのを我慢して、走っていると、アゲハが違和感に気づき立ち止まる。


 カンタロウも同じく足を止めた。



「……追いかけてこないね」



 神獣の気配が、唐突に消えた。


 不気味な音をたてる風が、背の高い草をもて遊ぶ。


 カンタロウは危機が去ったと判断し、刀を鞘に収めた。



「巣から離れたんだろう」



 カンタロウは緊張から解放されたのか、ため息をついた。



 ゴーストエコーズが人を襲う要因の一つは、自らのテリトリーに、敵が侵入した場合だ。


 テリトリーに入らなければ、人を襲ったりはしない。


 そこから抜けだせたと予想できる。



「大丈夫? ホームシック治さなきゃ戦えないぞ」


「だから言ったろう? 俺は足手まといになると」


「ああ、まあ、今君が言った意味がわかったよ」


「今からでも遅くはない。俺をおいて……」


「あっ、町がある。あそこで休んでいこうよ」



 アゲハは遠くを指さした。


 町の屋根が見える。


 カンタロウの表情が、少し固くなった。




「剣帝国の町だな……乗らないな」




「なんでよ? ほらほら。私は疲れたんだ。行くぞカンタロウ君」


 アゲハは先頭を歩み始めた。


 カンタロウが渋々ついていく。



 ちゃんとした道を見つけることができた。道は町へとむかっている。



 道の側には麦畑が広がっていた。


 遠くに白いもやのようなものが、地面からチョロチョロ吹きでているので、神脈結界だとすぐにわかる。


 麦畑はその中にあった。


「農作物が豊かだね。結界もちゃんと張ってるし」


「そうだな」


「あっ、お城がある。そのわりには町は小さいね」



 町の北側の小山の上に、お城が見える。



「田舎だからだろう。人口も少なそうだ」


「宿屋あるかな?」


「さあな。せめて馬小屋でもあればいいほうさ」


「お金はたっぷりあるのにね」


「俺はあまり使いたくないから、安い部屋に泊まるよ」


「一緒の部屋にしようよ。そのほうが安上がりだし」


 若い女が男と一緒の部屋を選ぶ。


 常識ではありえない。


 夜にいつも、女として恥じらいもなしに、男の体を枕にするぐらいの感覚なのだ。



「……アゲハは変わってるな」



 呆れたように、カンタロウは両腕を軽く伸ばした。


「どうして?」


「いや、なんでもない」


 首を傾げるアゲハを、カンタロウは追い越してしまった。





 町に到着し、宿屋を探していると、若い娘の視線を感じる。


 アゲハは違和感を覚え、視線を追ってみると、ある人物にたどりつく。


 鼻筋がとおり、口元が引き締まった、意思が強く男性的だが、どこか儚く、悲しげな影を持つ青年。




「なんだか目立つよね」




 注目されているのは、カンタロウだった。


「そうか?」


 カンタロウが娘に視線をむけると、皆恥ずかしそうに目をそらす。


 町から滅多にでないため、外から来たハンターが珍しいのと、顔立ちが整った異性に興味津々なのだ。


 鈍感なのか、カンタロウは女の好意的な視線に、まったく気づいていない。



「君、天然だって言われない?」



「特に言われないが」


「ああっ、そっか。マザコンて言われるからか」


「親孝行だ」


 自分がマザコンであることは、認めていないらしい。



 宿屋を探していると、突然二人の前に女が立ちふさがった。



「もし、もしかして、ハンターの方ですか?」



 黒髪で、眉が険しく、気が強そうな引き締まった表情をしている。


 年齢は二十歳前後。


 服装は周りの女達と同じだ。


「うん。そうだけど。だけどこの人は、母しか愛してないよ」



「はっ?」



 カンタロウに、告白したいわけではないらしい。


 武器を所持している所から、ハンターだと判断したようだ。


「冗談冗談。何?」




「……あなた達に、頼みたいことがあるんです」




 女の目に、影が走った。

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