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第7話 マザコン剣士



 神脈結界の外では、異変が起きていた。



 神獣達が急に動きを止めると、体に亀裂が走っていく。


 砂のように崩れていった。


 形を保っていられなくなったのだ。




「なんだ! 何が起こった!」




 エコーズを自慢の鼻で探していた獣人が、状況を理解できず戸惑っている。


 人間や魔女達も何が起こったのか理解できず、キョロキョロしていた。



「神獣の形が崩れた……まさか。エコーズを誰かが倒したのか?」



 空から様子を見ていた天空人が、異変の正体に勘づく。


 それが的中したかのように、神脈結界がレベル5からレベル1へと移行していった。





 仕事が終わり、ハンター達が散り散りになっていく中、カンタロウとアゲハは都市の外にあるテントに呼びだされた。


 報奨金が支払われるのだ。


 まずカンタロウがテントの中に入り、アゲハは外で待たされた。



 テントの中には眼鏡をかけた細身の男と、口髭をたくわえた中年の男が椅子に座っている。


 どちらも獣人だ。


「うむ。よくやってくれた」


 まずはねぎらいの言葉をかけると、中年の男は髭を手でさする。


「兵達の目撃証言や神獣の消滅からして、その男が魔物であることは間違いなかろう。ちなみにエコーズであるという確証は、死体がないのでわからない。今後仕事がほしければ、よけいなことは言わないことだ。わかったな?」


 影無と名乗ったエコーズの、死体はない。


 自らの影によって自滅したからだ。


「心得ている」


 カンタロウは特に疑問も問わず、ただうなずいた。


「そうか。ならばこれが報奨金だ。受け取るがいい」


 布の袋がカンタロウに渡される。


 中をチェックすると、金貨と銀貨が数枚入っていた。


 エコーズがらみになると、やはり報奨金は高い。



「今後も何かあれば、この都市にきてくれ。以上だ」



 カンタロウは貨幣を目視し、本物であることを確認すると、テントの外にでていった。


「次の者!」アゲハがテントから呼ばれる。



「外で待っててね」アゲハはカンタロウに声をかけると、中に入った。



「うむ。お主も女でありながらよくやってくれた。これが報奨金だ」


 カンタロウと同じ額の報奨金が払われる。


「ども」


 アゲハはそれを受け取ると、すぐにテントからでようとした。


 中年の男に呼び止められた。


「あとお主に話したいことがある」


「何?」


「この都市で働かないか? 赤眼化所持者であるようだし、剣の腕もかなりのものと聞く。待遇ははずむぞ?」


「ほんと?」


 赤眼化所持者は、軍や傭兵団などから、勧誘されることが多い。



 赤眼化することにより、身体能力が向上し、常人以上の力がだせる。


 さらに、長い魔法の詠唱を必要とせず、神の力を使用できるのだ。


 神の力を苦手とするエコーズ対策として、戦争時はかなりの優遇措置を受けていた。


 別名を高位魔道師とも呼ばれている。


「ああ、大歓迎だ。どうだ?」


 中年の男はアゲハの手を取ると、いやらしくさする。


 意図を悟り、アゲハは冷ややかな目つきで男を見下げた。


「……じゃ、聞くけど。さっきの男の人も誘ったの?」


「ああ、あれはいい。確かに赤眼化でき、剣の腕もたつようだが、人間だし、知名度もないハンターだ。必要ない」


「でも、けっこう強かったよ?」


「強いだけでは駄目だな。見てのとおり、この神脈結界がある以上、この都市は無敵だ。ハンターなど必要ない」



「あっそ、じゃ」



 アゲハは男の手を振り払うと、さっさとテントからでていった。


「あっ! おいっ!」男は呼び止めたが、アゲハの姿はもうなかった。


「……はあ。まったく。惜しい女だ」


「ほんとうによろしいので? エコーズが結界に入った事実を公表しなくて……」


 細身の男が心配そうに、中年の男に耳打ちする。


 実際、ハンター達には詳しい説明はせず、魔術で神獣を操っていた魔物だったと言ってある。


 しかし、そんな魔物いるはずもなく、聞いたこともない。


「よい。言ったであろう? あれがエコーズである証拠がないと」


 仮にエコーズであれば、この都市の欠陥を指摘され、富裕層が逃げてしまうかもしれない。


 強力な結界を広報していたため、損害賠償問題に発展する可能性もある。


 よけいな風評被害だけはさけたい。




 この事件は隠蔽することになった。




「戦闘行為が都市外部でよかったわ」


 中年の男は気が抜けたように、大きく背伸びした。





 アゲハがテントの外にでると、カンタロウの姿はなかった。



「えっ! ちょっと?」アゲハは困惑しながら、カンタロウを探しに市場に入る。


 人混みの中、必死で探していると、ようやく見覚えのある黒髪の後ろ姿を見つけた。



 カンタロウは都市から、どんどん離れていた。




「カンタロウ君!」




 アゲハは急いで、カンタロウに駆け寄っていく。


 金色の穂が風になびくように、金髪がさらさらと流れた。


 カンタロウの足が止まった。


「待っててって、言ったじゃん。もう!」


 アゲハは腹いせに、カンタロウの腹に軽くパンチを入れた。


「何か用か?」


「報奨金。分けるんでしょ? まっ、助けてくれたわけだし、ほらっ」


 アゲハは二つに分けた袋のうち、重い方をカンタロウに差しだした。



 カンタロウは、ぽかんとそれを見ていた。


 まさか本当に、報奨金を分けあうなどとは思っていなかったからだ。


「疑ってるの? ちゃんと計算してるから。君も持ってる報奨金、六対四にしなよ」


 手をだそうとしないカンタロウに、アゲハはもう一度呼びかけた。



 カンタロウはしばらくじっとしていたが、アゲハから報奨金を受け取った。


 そして自分の報奨金を全額、アゲハに渡す。



 予想外の重さに、アゲハは袋を落としそうになった。


「えっ、おもっ! ちゃんと分けたの?」


「俺が持ってる報奨金の全額だ。お前にやる」


「えっ? どうして?」





「女がてら、ハンターやってるのには理由があるんだろ? 受け取っておいてくれ。じゃな」





 後ろをむくと、カンタロウはその場から去っていった。



 アゲハは本物かどうか、袋を開けて確かめてみる。金貨と銀貨が入っていた。



 ――あら、本当に全額くれたよ。なかなかの紳士じゃん。



 アゲハは少し、カンタロウに好意をもった。


 今まで会ったハンターの中でも、上物の対応だ。


 顔もわりと好み、男性特有な匂いもいい。


「待ってよ! カンタロウ君!」


「まだ何か用なのか?」


 カンタロウは立ち止まらない。



 アゲハはカンタロウの隣にまでくると、わざと肩を腕に当てた。


 アゲハの背の高さでは、カンタロウの腕ぐらいしか届かないのだ。



 カンタロウはアゲハの積極的な行動に驚いたが、表情は崩れない。


「ねえ。私と組まない? 君強いしさ。一緒に旅しようよ」



「悪いが、俺は誰とも組まない。それに――国章血印の持ち主が、助けなんているのか?」



「あっ、見えてた?」


 アゲハは手の豆防止のため、皮の手袋をつけていたが、影無との戦いでやぶれてしまっていた。


 それで影無にも、カンタロウにも、国章血印が見えてしまったのだ。



「大帝国国章、双頭蛇。右の蛇には目があり創世を、左の蛇は目がなく破壊と無をつかさどる。その国章を持つ者は、国内最高峰の資格を持つ者。普通は目のある蛇が描かれるが――」



 少し間をおく。



「――目のない蛇。盲目の蛇の国章血印を持つ者は、大帝国と同盟を結び、政治にも関与しているエコーズの王。コウダの息がかかっている者。つまり、エコーズ討伐を専門とするハンターに与えられる称号だ」





 国章血印。





 赤眼化しなければ、印をあらわさない。


 持ち主が高位魔道師であるという、お墨付きを与えているからだ。


 ハンターの質が高いと思われるので、依頼を多くもらえる。



 アゲハの国章血印に刻まれている蛇には、目がない。


 それを見て、カンタロウはアゲハがただのハンターでないことを見抜いていた。


「へぇ……。よく知ってるじゃん。それがわかってて、私と組まないの?」


「俺は足手まといになるだけさ」


「なんでよ? ぜんぜん大丈夫だよ。私、君のこと気に入ったし」


「すまない」


 カンタロウが唐突に立ち止まった。



 二人のそばを旅人が通りすぎて行く。


 アゲハはなぜカンタロウが謝ったのか、意味がわからず、次の言葉を待った。





「――俺は、母しか愛していないんだ」





「へっ?」


 それだけ言うと、カンタロウは再び歩き始めた。


 アゲハは呆然と、その後ろ姿を見つめている。


 ――なっ、何? この早くも失恋しちゃった感じ? それよりも……。


 冗談なのか。


 それとも本気なのか。


 もし、それが本当なら。




 ――マザコンだ!




 カンタロウは母のことを想いすぎ、すくすくとマザコンに育っていた。

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