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神脈結界の外では、異変が起きていた。
神獣達が急に動きを止めると、体に亀裂が走っていく。
砂のように崩れていった。
形を保っていられなくなったのだ。
「なんだ! 何が起こった!」
エコーズを自慢の鼻で探していた獣人が、状況を理解できず戸惑っている。
人間や魔女達も何が起こったのか理解できず、キョロキョロしていた。
「神獣の形が崩れた……まさか。エコーズを誰かが倒したのか?」
空から様子を見ていた天空人が、異変の正体に勘づく。
それが的中したかのように、神脈結界がレベル5からレベル1へと移行していった。
*
仕事が終わり、ハンター達が散り散りになっていく中、カンタロウとアゲハは都市の外にあるテントに呼びだされた。
報奨金が支払われるのだ。
まずカンタロウがテントの中に入り、アゲハは外で待たされた。
テントの中には眼鏡をかけた細身の男と、口髭をたくわえた中年の男が椅子に座っている。
どちらも獣人だ。
「うむ。よくやってくれた」
まずはねぎらいの言葉をかけると、中年の男は髭を手でさする。
「兵達の目撃証言や神獣の消滅からして、その男が魔物であることは間違いなかろう。ちなみにエコーズであるという確証は、死体がないのでわからない。今後仕事がほしければ、よけいなことは言わないことだ。わかったな?」
影無と名乗ったエコーズの、死体はない。
自らの影によって自滅したからだ。
「心得ている」
カンタロウは特に疑問も問わず、ただうなずいた。
「そうか。ならばこれが報奨金だ。受け取るがいい」
布の袋がカンタロウに渡される。
中をチェックすると、金貨と銀貨が数枚入っていた。
エコーズがらみになると、やはり報奨金は高い。
「今後も何かあれば、この都市にきてくれ。以上だ」
カンタロウは貨幣を目視し、本物であることを確認すると、テントの外にでていった。
「次の者!」アゲハがテントから呼ばれる。
「外で待っててね」アゲハはカンタロウに声をかけると、中に入った。
「うむ。お主も女でありながらよくやってくれた。これが報奨金だ」
カンタロウと同じ額の報奨金が払われる。
「ども」
アゲハはそれを受け取ると、すぐにテントからでようとした。
中年の男に呼び止められた。
「あとお主に話したいことがある」
「何?」
「この都市で働かないか? 赤眼化所持者であるようだし、剣の腕もかなりのものと聞く。待遇ははずむぞ?」
「ほんと?」
赤眼化所持者は、軍や傭兵団などから、勧誘されることが多い。
赤眼化することにより、身体能力が向上し、常人以上の力がだせる。
さらに、長い魔法の詠唱を必要とせず、神の力を使用できるのだ。
神の力を苦手とするエコーズ対策として、戦争時はかなりの優遇措置を受けていた。
別名を高位魔道師とも呼ばれている。
「ああ、大歓迎だ。どうだ?」
中年の男はアゲハの手を取ると、いやらしくさする。
意図を悟り、アゲハは冷ややかな目つきで男を見下げた。
「……じゃ、聞くけど。さっきの男の人も誘ったの?」
「ああ、あれはいい。確かに赤眼化でき、剣の腕もたつようだが、人間だし、知名度もないハンターだ。必要ない」
「でも、けっこう強かったよ?」
「強いだけでは駄目だな。見てのとおり、この神脈結界がある以上、この都市は無敵だ。ハンターなど必要ない」
「あっそ、じゃ」
アゲハは男の手を振り払うと、さっさとテントからでていった。
「あっ! おいっ!」男は呼び止めたが、アゲハの姿はもうなかった。
「……はあ。まったく。惜しい女だ」
「ほんとうによろしいので? エコーズが結界に入った事実を公表しなくて……」
細身の男が心配そうに、中年の男に耳打ちする。
実際、ハンター達には詳しい説明はせず、魔術で神獣を操っていた魔物だったと言ってある。
しかし、そんな魔物いるはずもなく、聞いたこともない。
「よい。言ったであろう? あれがエコーズである証拠がないと」
仮にエコーズであれば、この都市の欠陥を指摘され、富裕層が逃げてしまうかもしれない。
強力な結界を広報していたため、損害賠償問題に発展する可能性もある。
よけいな風評被害だけはさけたい。
この事件は隠蔽することになった。
「戦闘行為が都市外部でよかったわ」
中年の男は気が抜けたように、大きく背伸びした。
*
アゲハがテントの外にでると、カンタロウの姿はなかった。
「えっ! ちょっと?」アゲハは困惑しながら、カンタロウを探しに市場に入る。
人混みの中、必死で探していると、ようやく見覚えのある黒髪の後ろ姿を見つけた。
カンタロウは都市から、どんどん離れていた。
「カンタロウ君!」
アゲハは急いで、カンタロウに駆け寄っていく。
金色の穂が風になびくように、金髪がさらさらと流れた。
カンタロウの足が止まった。
「待っててって、言ったじゃん。もう!」
アゲハは腹いせに、カンタロウの腹に軽くパンチを入れた。
「何か用か?」
「報奨金。分けるんでしょ? まっ、助けてくれたわけだし、ほらっ」
アゲハは二つに分けた袋のうち、重い方をカンタロウに差しだした。
カンタロウは、ぽかんとそれを見ていた。
まさか本当に、報奨金を分けあうなどとは思っていなかったからだ。
「疑ってるの? ちゃんと計算してるから。君も持ってる報奨金、六対四にしなよ」
手をだそうとしないカンタロウに、アゲハはもう一度呼びかけた。
カンタロウはしばらくじっとしていたが、アゲハから報奨金を受け取った。
そして自分の報奨金を全額、アゲハに渡す。
予想外の重さに、アゲハは袋を落としそうになった。
「えっ、おもっ! ちゃんと分けたの?」
「俺が持ってる報奨金の全額だ。お前にやる」
「えっ? どうして?」
「女がてら、ハンターやってるのには理由があるんだろ? 受け取っておいてくれ。じゃな」
後ろをむくと、カンタロウはその場から去っていった。
アゲハは本物かどうか、袋を開けて確かめてみる。金貨と銀貨が入っていた。
――あら、本当に全額くれたよ。なかなかの紳士じゃん。
アゲハは少し、カンタロウに好意をもった。
今まで会ったハンターの中でも、上物の対応だ。
顔もわりと好み、男性特有な匂いもいい。
「待ってよ! カンタロウ君!」
「まだ何か用なのか?」
カンタロウは立ち止まらない。
アゲハはカンタロウの隣にまでくると、わざと肩を腕に当てた。
アゲハの背の高さでは、カンタロウの腕ぐらいしか届かないのだ。
カンタロウはアゲハの積極的な行動に驚いたが、表情は崩れない。
「ねえ。私と組まない? 君強いしさ。一緒に旅しようよ」
「悪いが、俺は誰とも組まない。それに――国章血印の持ち主が、助けなんているのか?」
「あっ、見えてた?」
アゲハは手の豆防止のため、皮の手袋をつけていたが、影無との戦いでやぶれてしまっていた。
それで影無にも、カンタロウにも、国章血印が見えてしまったのだ。
「大帝国国章、双頭蛇。右の蛇には目があり創世を、左の蛇は目がなく破壊と無をつかさどる。その国章を持つ者は、国内最高峰の資格を持つ者。普通は目のある蛇が描かれるが――」
少し間をおく。
「――目のない蛇。盲目の蛇の国章血印を持つ者は、大帝国と同盟を結び、政治にも関与しているエコーズの王。コウダの息がかかっている者。つまり、エコーズ討伐を専門とするハンターに与えられる称号だ」
国章血印。
赤眼化しなければ、印をあらわさない。
持ち主が高位魔道師であるという、お墨付きを与えているからだ。
ハンターの質が高いと思われるので、依頼を多くもらえる。
アゲハの国章血印に刻まれている蛇には、目がない。
それを見て、カンタロウはアゲハがただのハンターでないことを見抜いていた。
「へぇ……。よく知ってるじゃん。それがわかってて、私と組まないの?」
「俺は足手まといになるだけさ」
「なんでよ? ぜんぜん大丈夫だよ。私、君のこと気に入ったし」
「すまない」
カンタロウが唐突に立ち止まった。
二人のそばを旅人が通りすぎて行く。
アゲハはなぜカンタロウが謝ったのか、意味がわからず、次の言葉を待った。
「――俺は、母しか愛していないんだ」
「へっ?」
それだけ言うと、カンタロウは再び歩き始めた。
アゲハは呆然と、その後ろ姿を見つめている。
――なっ、何? この早くも失恋しちゃった感じ? それよりも……。
冗談なのか。
それとも本気なのか。
もし、それが本当なら。
――マザコンだ!
カンタロウは母のことを想いすぎ、すくすくとマザコンに育っていた。