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第6話 カンタロウ

「一つ聞きたい。どうして俺がエコーズだと? 顔は隠していたはずだ。写真もないはず」


「ふふっ、臭い」


 アゲハは指で、自分の鼻をさす。


「……ふざけた女だ。まあいい。吸収式神脈装置の場所はわかっている。お前を手早く殺して、結界の中に、神獣を入れないとな」


「それはこっちのセリフ」


 アゲハの声が、顎の下から聞こえた。


 影無が目を下にむけると、アゲハが剣を握り、懐に入り込んでいた。




「うおっ!」




 顔を隠していた黒い布が、剣に切り裂かれ破れる。顔面スレスレでかわすことができた。


 ――速い!


 アゲハの剣は、容赦なく影無を襲う。


 武器を持たない影無は、かわし続けることしかできない。




「ちっ!」




 影無は地面に手をつくと、自分の影に触れる。


 影が生き物のようにアゲハにむかってきた。


 ――影が!


 影の中から槍のような刃が、アゲハを攻撃する。


 危険を察知し、アゲハは後ろへ後退した。




「へぇ。影を操る能力を持ってんだ?」




 エコーズの特異能力。


 神脈がなく、赤眼化できないエコーズが、唯一持つ、魔法とは異となる攻撃方法。


 この特殊能力のおかげで、種族同士の小競り合いの中、大戦争にまで発展してしまったのだ。


「そうだ。まあ俺の影の質量だと、こんなものだがな」


 植物が地面からはえてくるように、巨大な黒い影の手が、姿をあらわした。


 その高さは影無と同じくらい、幅はほぼ体格と等しい。


「いいの? 敵にそんなこと教えて」




「別に。ハンデだ。お嬢ちゃん」




「そりゃどうも!」


 アゲハがまた影無の近くにまで走る。


 息もつかさぬ、連続攻撃をくりだす。


 影無は特に影を操ることなく、剣をかわすだけだ。



 アゲハの剣が、影無の足をとらえた。


 影無の体が、グラリと地面へ倒れる。




 ――もらった!




 トドメとばかりに、剣を振り上げる。


 影無の手が、アゲハの影にそっと触れた。



 アゲハは殺気を感じる。



 アゲハの影が、形を変えて、鋭い刃となっていた。




 ――私の影が! 他人の影も操れる?




 影の刃が、アゲハに突きかかる。


 アゲハは剣を振り上げたまま、硬直して動けない。





「はっ!」





 刃が目の前にまできたとき、別の影が上から降ってきた。


 アゲハの影を土ごとえぐった。





「……なるほど、影を消し飛ばせば、力は消えるってわけだな?」





 男が一人立っていた。


 鞘に入った刀を手に持ち、黒髪が風に揺れ、鉄の入った靴が砂煙を舞い上がらせる。


 両手には鉄の手甲をしていた。




「くっ、仲間か?」




 影無は一回転すると、距離をとるため二人から離れた。




「あっ、君。イケメン君」




 説明会のとき、席の隣にいたフードの男だ。




「カンタロウだ。お前の名前は?」


「アゲハ。って何しにきたの?」




 カンタロウは鞘から、スルリと刀を抜く。




「六対四でどうだ? それで手伝ってやる」


「それ取りすぎだよ。どうせ私の後、ついてきたんでしょ?」




 割に合わないため、アゲハは納得しない。


「まあな。あの中で冷静だったのは、お前だけだった。それに説明を聞いていても、神獣の動きに違和感があった。ゴーストエコーズのわりには、都市にこだわりすぎる」


「あら? 君もわかった?」


 アゲハも気づいていた点だった。



 エコーズが都市部狙いなのはわかる。


 障害となる人や獣人ですら、無視するのはありえない。


 都市ばかりこだわるのもおかしい。



 これらの行動が、都市に緊張感を与え、ハンターを呼び込む行為だとしたら合点がいく。



 ――さて、どうするか。



 影無が次の手を考えていると、ガヤガヤと後ろが騒がしくなった。


 都市部外に住む浮浪者達が、暇つぶしにやってきたのだ。


 手には安酒を持っている。




「なんだなんだ?」


「何してんだ? お前等?」


「何かのイベントか?」




 影無の目が、獲物を見つけたように、底光りした。




「逃げろ! そいつは敵だ!」




 カンタロウが声を張り上げる。


「へっ? 敵? 何の?」


 浮浪者の影に、影無が素早く手を触れる。ぐらりと意識を失った。


「おっ、おい! うっ!」


「ひっ、ひい! うわっ!」


 次々と浮浪者達を、影無は襲った。


 影に触れるたびに、意識がなくなり、受け身をとることなく地面に倒れていく。


 八人全員の影に触れると、浮浪者はすべて倒れていた。


「何をした?」




「人の影には魂が入ってるっていうのを知ってるか? 何、抜いてやっただけさ。影をな」




 アゲハの耳がピクリと動く。



 小さく、何かが這ってくる音。


 蛇のように、草むらに身を潜め、獲物を狙うような視線。


 野をかける不気味な風。



 城壁の影をつたって、音が耳立つ。



「カンタロウ君まずい! 影の中!」


「ああっ!」



 カンタロウも妙な音に気づいていた。



 二人が城壁の影を見上げたとき、人九人分ぐらい入りそうな、巨大な黒い手が振り下ろされた。


 地面に大きく亀裂が入り、土が血のように飛び散る。


 巨大な手は城壁の影に隠れ、獲物にむかって襲いかかったのだ。




「よし。しとめたか?」




 影無が目をこらす。


 青い翼が空へと飛び上がった。


 鳥のように羽ばたいていく。



 翼は空を舞うと、影無を見下ろした。アゲハだった。


 右目が赤く染まり、右目下には真紅の神文字が炎のように燃え上がる。


 背には水の翼。


 魔力の翼が太陽を背に、金色の輝きを見せていた。



「赤眼化か。神脈を持つ者ができる高等魔術。飛翔魔法の形態からして水神の力」


「よく知ってんじゃん。じゃ、特別にこの神文字の名前、教えてあげるよ。テファだ」



 不気味な笑みを見せるアゲハ。


 影無は苦笑いで、それに応え、


「まあね。敵のことについては、嫌でも詳しくなるさ」


 両手を広げると、アゲハを誘った。


「さて、どうする? こっちに来ないと、俺は倒せないぜ?」


 アゲハは影無の誘いに乗らず、状況を分析し始めた。



 ――魔法を使えば人が集まって、被害が大きくなるし、かといって今近づけば影の餌食か。



 城壁の影から、あの巨大な手が隠れている。


 影無はちょうど、城壁の影の中にいた。


 直接攻撃、間接攻撃ともに難しい。


「ふん。おじけづいたか。うん?」


 殺気を感じる。


 土煙がいきなり分散し、カンタロウが刀を手に、異常な速さで走ってくる。


 カンタロウの右目は赤く、右目下の神文字はテト。アゲハと同じ赤眼化魔法を使えたのだ。




「何っ!」




 影を操る余裕がない。


 刀が水平に腹にむけられた。


 体を反らし、なんとかそれをかわす。


「くっ! お前も赤眼化できたのか!」


 カンタロウはそれに答えず、上段から切り下ろした。


 影無は影の腕を操ると、刀を弾く。



「チッ! 調子に乗るなよ! 小僧!」


「よしっ、今だ!」



 はっと、影無は自分が城壁の影からでていたことに気づいた。


 ――しまった!


 影に触れなければ、コントロールすることができない。


 上空から一直線に、アゲハが剣を振り下ろした。




「もらい!」


「ぐっ!」




 影無の肩が裂けた。赤い血が飛び散る。


 なんとか倒れずに、こらえることができた。


「駄目か。浅かった」


 アゲハは空中でバク転すると、再び地上を見下ろす。




「おのれ! 時間もない! 見せてやろう! この影無の力を!」




 殺意を高めた影無が、城壁の影に両手を置くと、影がその手元に集まっていった。


 どんどん竜巻のような形になり、中心にむかって渦巻いていく。


 城壁の影は跡形もなく、なくなっていた。



「影が変なのになってる?」


「何をするつもりだ?」



 アゲハとカンタロウは、様子を見るため半身の状態となる。


 突然、風もないのに、アゲハの体が重くなった。


 何か巨大なものに、体を引っ張られるような感覚だ。




「うっ、何? 体が引き寄せられる!」




 カンタロウも同じ感覚を味わっているのか、すぐに城壁の壁を背にし、踏ん張った。


 強い力が、壁からカンタロウを引き離そうとする。


 足元の地面がえぐられていくのがわかる。


「くっ!」


 影無は歯を剥きだして笑った。




「これが俺の力だ! この渦の中に入れば、影ごと本体も飲み込まれる。影のある生物ならばすべてな!」




 状況を察知した兵士が、現場にかけつけた。


「お前達何をしてるっ、うわあっ!」


 踏み込んだ瞬間、足をとられ、影の渦へと引きこまれていった。


 手足をばたつかせ、なんとか抵抗しようとしたが、引き寄せる力の方が異常に強い。


 兵士は抵抗むなしく、影の渦に埋没していく。


「ぎゃあああ!」断末魔を上げ、兵士は影となり消えた。



「魔法が……もたない……駄目だ!」



 アゲハの水の翼が、影の吸い寄せる力に負け強制解除された。背中から下へ、落ちていく。



 カンタロウはそれを見て、急いで壁から自ら離れた。


 鞘を地面に立てつつ、アゲハの落下位置を予測する。


 アゲハを受けとめる体制をとった。



 アゲハはくるりと体を回転させ、足を落下点にむけた。


 予想外の身体能力に、カンタロウはよけることができず、アゲハの両足が胸に直撃する。


「ぐわっ!」


「あっ、ごめん。ってうわわっ!」


 急速に影の力が強まっていく。


 アゲハの蹴りを受け、地面に倒れたカンタロウの首を、アゲハはつかんだ。




「いつまで耐えられるかな? ははっ!」




 影無には影響がないのか、平然と立っている。



 渦の近くにいればいるほど引っ張る力がすごいらしく、遠くの住民には問題ないようだ。


 草むらにいた虫や羽虫、城壁近くにいた小鳥などは、影に飲まれていた。



「すごい力! どうしよう? カンタロウ君!」


「それよりもお前、俺の首を絞めてるぞ……」



 カンタロウの顔から血の気が引いていく。


「あっ、ごめんね」アゲハはすぐに、首から肩に手をかけた。



「……仕方ない」



 カンタロウは鞘を地面に突き刺すと、ポケットからハンカチを取りだした。


 何かの魔法をかけると、影無の方へ飛ばす。


 ハンカチはちょうど、影の渦のすぐ近くで、ヒラヒラと空中を舞い始めた。



「そんなハンカチ一枚でどうするつもりだ? この影の渦は、どんな魔法や剣だってつうじないぞ?」



「……だろうな」


 影に物理攻撃や魔法攻撃が効かないのは、なんとなく予測していたことだ。


 カンタロウはアゲハの手をつかむと、鞘の方へ持っていく。



「この鞘を握ってろ。離すなよ」


「えっ! どうするの?」



 言うが早いか、カンタロウは刀を握り、影無の方へ走った。


 影の渦の力も加わり、速度は普段の倍以上に速い。




「ちょっ、カンタロウ君!」




 アゲハはカンタロウの行動が読めず、鞘につかまったまま後ろを振りむく。


「特攻隊にでもなるつもりか? 無駄だ! お前の剣は、俺には届かない!」


 影無の前には、影の渦が障害となっていた。


 カンタロウの狙いはそれではなかった。



「ハンカチは吸いこめないようだな。生物だけか」



 カンタロウの言うとおり、ハンカチは渦に引きこまれていない。




「はっ、何を……」




 ハンカチが真っ二つに割れた。



 カンタロウの刀が、ハンカチを切り、さらに影無の脇腹を裂いたのだ。


 刀は影の渦に触れてはいない。


 紙一重の所で、飲みこまれずにいた。



 ――ハンカチで俺とこの影の渦の距離を測り、寸分の狂いもなく、俺だけを狙ったのか?



 達人クラスの剣の腕に、影無の思考がぐらつく。脇腹に激痛が走る。




 ――だが、まだ致命傷じゃない。影の渦を前に配置してよかった。これならまだいける!




 影の渦が壁となり、影無は致命傷をまぬがれ、まだ立つことができた。


 足に力を入れ、後ろにいるカンタロウを攻撃すべく、影をコントロールする。


 気を取られた瞬間、腹にすさまじい痛みが走った。




「ぐふっ!」




 アゲハが剣を影無の腹に突き立てていた。


 細身の剣だが、急所を確実に狙っている。


 痛みとともに、急速に意識が遠のいていく。



「きっ、きさま……」


「一瞬、影が崩れたよね? こんなチャンス、逃さないよ」



 アゲハが不気味な笑みを浮かべ、剣を影無の体から抜いた。


 影無は足腰の力を失い、地面に倒れる。



「くっ、そっ、こんな笑顔の汚い女に……俺の計画が……」



 剣が首近くに突き立てられる。万事休す。影無は死の覚悟を決めた。


「お前は、何者だ? いったい……」


「あなたに聞きたいことがある。ゴーストエコーズについてだけど」


「ゴースト……エコーズだと……あんなクズどもなど……俺は何も知らん」


「そっ、わかった」


 アゲハは金髪の髪を、手でかき上げた。


 影無はその動作に、目を見張る。


 右手の甲に、何かの紋章が見えた。




「その耳、それに、その国章血印、おまえは、まさか……」




 アゲハの獣人にしては尖った耳と、右手の甲にある『盲目の蛇』を見て、影無はすべてを理解できた。


 アゲハは人差し指を、そっと、口に当てる。




「シー。言っちゃ駄目だよ。このことが知れれば、すべての常識が変わってしまう」





「くくっ、はははっ。コウダの奴め、ぬけぬけとこんなことをしていたのか」


 影無は死が近づいているというのに、大笑いした。


「私の正体がわかったのなら――消しとかないとね。うわっ!」


 アゲハの体が浮いた。カンタロウがアゲハの体をだき抱え、影無から離れたのだ。


「ちょっ! 何を?」





「我らエコーズに栄光あれ!」





 影無が叫ぶと、影が一斉に津波のように盛り上がり、影無の存在すべてを飲み込んでいく。



「影が……自滅?」



 アゲハが振りむいたとき、影無は片手しかなかった。


 影の海の中に沈んでいき、無へと変わっていく。


 黒い海はすべてを飲み込むと、大きく弾け、蒸発していった。



「気づかなかったか? 奴を囲む影を」



 カンタロウは赤眼化を解除した。


 涼しげな瞳を、両腕で抱えたアゲハにむけた。




「これで仕事は終わりだ」

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