目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
09この物語の主人公は世界を顧みない

 バリィはライラの『無効化』に気づいていた。

 メリッサたちを鍛えるために公都に来ていた。

 僕がリコーに会ったことで僕が公都に来ていることにと気づいた。


 恐らくそういうことなんだろうが……、常軌を逸している。


「バリィ……、すまない。僕は急いでいるんだ、頼むから『無効化』を解いてくれ。今はまだ『超加速』が必要なんだよ」


 僕は素直な気持ちをバリィに伝える。


 ああ、畜生。

 的確過ぎるだろう。


 どれだけ僕が困っても、焦っても。


 子供を傷つけるようなことは出来ない。

 それはクロス先生の教えから外れてしまう。


「まあ落ち着けよ。どんなにかしても俺はライラに『無効化』を解除させねえし、おまえも力技でライラをどうこうすることはない。おまえの最速最短は……俺が納得するまで話に付き合うことだ。まあ、座ろうぜ」


 バリィは焦る僕に対して、たっぷり余裕を持って着座を促す。


 ……従うしかない。

 擬似加速じゃあ解錠は不可能だ。


 ここから僕は、バリィを納得させるために語った。


 僕の出自や、育った環境。

 クロス先生、ビリーバーについて。

 エネミーシステムやサポートシステム。

 魔力との親和率低下。

 魔物とステータスウインドウやスキルによる停滞。


 世界を正しい姿に戻す有用性。

 スキル至上主義の異常性。

 スキル自体の危険性。

 父上の狂気や『無効化』の管理。

 勇者イベント。

 このままだと『無効化』を持つライラも狙われること。

 公国を帝国に落とさせたのはスキルを失った際のアフターケアも兼ねていること。

 世界に混乱が訪れても、言語の差異がないのでなんとかなること。


 時間を使ってしっかり丁寧に、バリィが納得できるように。

 僕が用意した全ての言い訳を使って語ったが。


「俺は腹を割った話をしに来たんだ。聞かせろ、吐け、おまえはどうしてここにいるんだ」


 一つ残らず潰されて、バリィは僕に強くしんのある問いを投げ続け……いや撃ち込み続ける。


「………………っ、僕は、ただ……」


 言葉に詰まる。


 言うのか……?

 こんなわがままを。


 世界を顧みないこんな、ただのわがままを。

 こんな世界中でなんの意味も持たない、僕だけの理由を。


 くっそ……、知られたくなかった。

 こんなかっこ悪いこと、クロス先生なら口が裂けても口にしないのに……。


 やっぱり僕は、馬鹿で雑魚だ。


「…………先生に、見つけてもらいたくて……」


 観念して、僕はそう洩らした。


 ああ、だっせえ。

 言いたくなかった。


 先生は多分もう、、こんなことをしているなんて。


 わかっていて、待ち続けることしか出来ていないことを。

 壊れることで、世界を顧みないことでしか、生きられなかったことを。

 誰にも知られたくなかったんだ。


「……そうか。引き止めて済まなかったな、背中は任せとけ」


 全てを汲んだバリィはそう言って、ライラのお腹をぽんぽんと叩く。


「うー? うーんっ!」


 ライラはバリィの方を向いて、ご機嫌な様子で『無効化』を解除した。


 そこから僕はひたすらに『超加速』をぶん回して、四十八億の四乗通りのパスコードと向き合い。

 途中でタヌー氏が来ていたことにも気づかないほど、集中して。

 地上では帝国が公都を完全に制圧し、民間人への周知が行われ。


 夜が明けた頃。


 扉が開いた。


「思ったよりも早かったな。では、私も仕事をしよう」


 解錠に成功した僕に、頭にライラを乗せたタヌー氏がライラをバリィに渡しながらそう言って立ち上がる。


 なんかめちゃくちゃ仲良くなっている……、意外にタヌー氏は子供が得意なんだな……。

 タヌー氏はそのまま『第二種管理者権限』を使って、エネミーシステムの扉を開く。


「…………頼む」


 扉を開いてタヌー氏は、ゆっくりと扉から離れる。


 僕は入れ替わるように、エネミーシステム装置のある部屋に入った。

 部屋の中……、というより部屋そのものが大きな装置だった。


 何が何なのかわからない機械が通路をけるようにギチギチ詰まっていた。

 装置同士は様々な太さのケーブルで複雑に絡み合う様に繋がり、扉の外の白くて綺麗な様子とは違っておどろおどろしい雰囲気だった。

 狭い通路を抜けると同じ大きさのおけのような……、帽子が入る位の大きさで金属製の箱が奥の壁までギッチリと並んでいた。


 その箱にはガラスの小窓のようなところがあったので覗いてみると。


「……っ!」


 思わず絶句してしまう。


 それは

 恐らく人間の脳が機械に繋がれていた。


 ゾッとする。

 これ、全部…………そうか。


 魔法は魔力という与えられた情報によって形を変えるエネルギーを、想像力によって現象に変換するものだ。

 つまりこの大量の脳で、無尽蔵の魔力を魔物に変換し続けているんだ。


 この脳は、恐らく過去のビリーバーたちのものだ。

 これだけの数のビリーバーが、異世界から送り込まれて、装置の部品として使われている……。

 ああ、だからタヌー氏は装置の破壊を嫌がったのか。


 ここにあるのは、かつての同僚たち……。

 いくらもう完全に死んでいるとしても、これを破壊するのは……無理だろう。


「……お疲れ様でした」


 僕は一人、そう呟いて消滅魔法で一気に部屋の装置を全て消し去った。


 次にそのままサポートシステム装置の扉に入る。

 やはりこちらも同じように部屋全体が一つの装置となっていて、同じく大量の脳が繋がれていた。


「……ありがとうございました」


 そう呟いて、同じように装置を消し去った。


 その瞬間、喪失感を覚える。

 『無効化』を使われた時とも違う、使えないのではなく失われた感覚。


 世界は正しい姿に、戻ったんだ。


「……ありがとう、全てのビリーバーを代表して君に感謝を伝えたい。これで我々は救われた……本当にありがとう」


 タヌー氏はしみじみとそう言って、部屋から出てきた僕を出迎えた。


「……いや、感謝なんてしないでくれ」


 僕はタヌー氏にそう返すと。


「よし、角ありのおっさん。俺らを地上に送ってってくれ、自力じゃ戻れん」


「ん!」


 バリィとライラはタヌー氏に堂々と、そう言ってから。


「クロウはまだ居るんだろ?」


 僕に尋ねる。


「うん、もう少しだけね」


 僕は素直にそう答える。


「おう、次会う時はトーンの酒を持ってこい。リコーもセツナに会いたがってるから連れてこいよ。じゃあな」


 そう言って、バリィと小さな手を僕に振るライラはタヌー氏の転移魔法で地上へと戻った。


 そこから僕は一人、誰もいない地下二万メートルで数時間ほど待ち続けた。

 世界から魔物とステータスウインドウとスキルという、僕らの常識が消え去って恐らく地上は大混乱だろう。


 それでも。


 やっぱりクロス先生が現れることは、なかった。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?