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08この物語の主人公は世界を顧みない

「ああメリッサか、なんか前も似たようなタイミングだったね。前回は姉弟喧嘩だったけど今回は……、憂さ晴らしだ。気に入らねえからぶっ殺すんだよ」


 僕はストレートにメリッサへ状況を伝える。


 まあもう少し複雑だし、もう少し色々とあるんだけど上手く伝えられないと思うし要約したらおおよそこうだ。

 僕の凶行を止めるべく、魔法使いに指示を出して姉さんをどこかに転移させた。


 仕方ないことだ。

 どう考えたって正しいことをしたのはメリッサだ。

 本来、生きることを優先とするべきだ。死ぬことで救われるなんてことになるクローバー侯爵家が歪なだけなんだ。


 ここからメリッサと話す。


 なんかちゃんと話すのは久しぶりだ。

 こんな状況じゃなかったら魚の燻製を広げて、お話をするのだが。


 どうやらそうもいかないらしい。

 僕は端的に、それっぽく、メリッサの質問に答える。

 子供騙しな答えを、子供相手に並べる。


 だが。


「クロウさん……、私は馬鹿だからクロウさんがやろうとしてるのが正義なのか悪なのかもわからない……、つーか…………、知らねえ!」


 メリッサは僕の話を聞きながら練り上げた魔力を魔法に変換しつつそう言って。


「なんか気に入らねえから、ぶっ飛ばすッ‼」


 端的に堂々と宣った。


 同時に、メリッサたち勇者パーティが加速した世界に入ってきた。


 驚いた。

 確かにジャンポール君からメリッサは擬似加速を使うという話を聞いたが。

 まさか集団で……、しかもちゃんと『加速』や『超加速』と同じように空間などにも干渉している。


 僕は『加速』がどんなものかを知っているから『無効化』対策に魔法で再現する擬似加速を作り上げた。

 ジャンポール君やガクラも擬似加速を習得したが、それは『加速』持ちの僕が教えたからだ。


 メリッサはそれを自分で作り上げて、さらに範囲魔法にまで進化させた……?

 凄いなメリッサ、正直努力の子だと思っていたけど、紛れもない天才だ。


 ここから加速した世界での攻防が始まった。


 驚きの連続だった。

 ブライみたいな前衛に、バリィみたいなじょうじゅつを使う回復役、ブラキスのように仲間のカバーを信じられる後衛魔法使い。


 言葉がなくてもピタリと合わせる連携の技量。

 これ……、ブライとバリィとブラキスに鍛えられた匂いがするぞ。


 リコーが言っていたのはこれか、なるほど確かに簡単にはいかない。

 でも、攻略は可能だ。


 僕は回復役からの離れ際に消滅魔法を展開する。

 この消滅魔法だけ速度をずらして設置する。

 加速した世界とは違う時間軸で、相対的にゆっくりと展開される。


 速度が違うので加速された魔力感知では、逆に気づけない。

 高速で飛んでいる羽虫を捉えるカマキリが、ゆっくり近づく子供の手には気づけないように。


 この世界じゃあ、この魔法は見えない。


 さらにそこから『超加速』で『棒ヤスリ』を乱射して撹乱し。

 メリッサと後衛魔法使いを牽制して。

 まずは前衛を地面に釘付けにして落とす。


 入れ替わりで出てきたメリッサを引き付けて、前衛を回復しようと回復役が前に出る。


 そこで設置していた消滅魔法に突っ込む。


 後衛魔法使いは気づいたようだが、遅い。

 回復役は右腕と右足と右側頭部、右半身をほとんど失って転げる。


 この加速した世界では出血はしないので死には至らないだろうが、もう動けまい。

 回復役が転げたと同時に、後衛魔法使いが回復役へと駆け出す。

 どうにもあの魔法使いは回復魔法も使えるようだ。


 メリッサは回復役を回復させる時間を稼ぐために、厳しく僕を殺す気でナイフを振ってくる。


 本当に強くなったなメリッサ、もうブライやアカカゲを超えている。

 でも魔法援護がないのなら、格闘戦が不得手な僕でもある程度は戦える。


 メリッサとの一騎打ちに持ち込む。


 メリッサが反応出来ないように誘って前のめりになったところに手を出す。

 しかしここでなんとメリッサは、消滅魔法をその身に纏った。


 予想外過ぎた。

 どれだけリスキーな魔法なんだ、少しでも魔力操作を間違えたら消えてなくなるぞ。


 僕の左手はもう止まらない。


 だから『超加速』でさらにまで加速をさせる。


 これが僕の最高速度であり、奥の手。

 これは『加速』では出せなかった『超加速』だから可能な速度だ。

 実質的な時間停止ともいえるが、光と同速の為に光が網膜を通して脳に届かない為に視覚が断たれる。

 もちろん音もなにも置いてきてしまっているので音も聞こえない。

 完全に世界から切り離される、完全な孤独だ。

 今、僕一人だけが行動ができる、『超加速』の真骨頂である。


 だがこの世界は質量を持った物質が光の速度で動くことを想定して作られていない。

 いくら世界に干渉して物理法則を捻じ曲げても、そもそもこんな想定外に世界が耐えられない。

 ものに接触しただけでどんなことが起こるのかも解ったもんじゃないし、こんな速度じゃ戦いどころじゃない。

 四十八億の四乗通りのパスコードを総当たりで解錠するくらいにしか使い道はない。


 だから本当にこれは限りなくゼロ秒に近い一瞬の中の一瞬、本来存在しない隙間を作り出すことにしか使えない。

 ほぼ静止した時の中で左手にを施して、元の速度に戻し消滅魔法を分解してメリッサのおでこに触る。


 接触出来た。

 初めから僕の狙いはこれだ。


 僕は『超加速』でメリッサの擬似加速の魔力消費を加速させて強制的に加速した世界から退室させる。


 今のは危なかった。

 本当にギリギリだった。


 メリッサの敗因は、トーンの冒険者たちの影響を受けすぎていたこと。

 ブライの身体操作も、バリィのじょうじゅつや戦術思考も、ブラキスの連携精神も。


 僕が教えたものだ。

 そして、もっと言えばクロス先生から教わったものなんだ。


 僕の方が理解度が高い。

 かなり厳しい戦いだったが、この戦いに僕は負けられない。


 加速の切れたメリッサたちを瓦礫の山へと弾き飛ばし。

 同時にちゅうに固定されていた『棒ヤスリ』が散らばって落ちる。

 まばたきに満たない時の中でついた決着だった。


 僕は素直にメリッサをたたえる言葉を伝えて、その場を後にしようとしたが。


「…………ぶばっ、ぶざげんだああああああああああああああ――――ッ‼」


 鼻血と吐血をき散らしながら、瓦礫を弾き飛ばして立ち上がってメリッサは叫んだ。


「……散々ガキ、扱いして! セツナと付き合ってたんなら言えよ馬鹿がぁ‼ ガキだから傷つけたくなかったってか、若い子にしたわれて気分良かったってか! 調子乗ってんじゃねえぞ馬鹿垂れ目ジジイ‼ 私は子供じゃあねえぇぇんだよ馬鹿野郎おおおおおおおおおお‼」


 さらにまくし立てるようにメリッサは心中を吐露する。


 驚いた。

 単純にそのダメージで立つ根性もそうだけど。

 思っていた以上に、メリッサは大人になっていたんだ。

 それは確かに……、悪いことをした。


「はっ……、知らなかったのかい?」


 驚く僕に対してメリッサは不敵に笑って、精一杯、毅然な態度で。


「勇者はここで立ち上がる。ここで立ち上がれるから、勇者なんだ。舐めんじゃねーぞ馬鹿垂れ目馬鹿」


 燃える瞳に震える足で、僕に言う。


「…………そうか、それはすまなかった」


 僕も覚悟を決めて、認識を改めて謝罪をしてから。


「その勇者ってのは単なるスキル名称でしかない、勇気もただの言葉でしかない」


 励ましでも優しさでもなく。


「在るのは、徹底した遂行のみだ」


 単なる事実を突きつけて。


「一秒で畳むぞ、勇者」


 僕は一人の大人として、そう言って。


 メリッサを畳んだ。


 そこから僕はひたすら地面を掘った。

 最大出力の消滅魔法で掘り進めながら、土魔法で壁面を固めて、風魔法で空気を動かす。

 耐熱障壁も展開しつつ、自由落下速度も加速して。


 地下二万メートル地点に辿り着く。


 真っ白な場所だった。

 明るくて清潔で、たった今出来たんじゃないかと思うくらいに綺麗だった。

 空気も室温も全く問題がない。

 どんな技術なんだ……、やはりビリーバーたちの技術力は凄まじい。


 真っ白な空間に、両開きの扉が三枚。

 白すぎて遠近感が狂い、何も無いところに張り付いているように見えた。


 近づくとステータスウインドウのような表示が出る。

 左からエネミーシステム、サポートシステム、相互GISと表示されていた。


 僕がサポートシステムの扉に手をつくと、パスワードを求められた。

 さて、ここからが地味だけど大仕事だ。


 僕は『超加速』を全開で使って四十八億の四乗通りパターンのパスコードを、総当りで入力していく。

 今から僕はそれだけを行う機械になる。


 そのぐらい集中しなければ、こんなイカれた作業は終わらない。

 作業に使う部分だけを『超加速』で可能な限り加速させて、この作業を終えるまでの時間も加速させる。結果までの時間を加速させる。


 終わり次第タヌー氏を呼んで、エネミーシステムの扉を開けてもらう。

 相互GIS装置は既に停止しているはずなので、エネミーシステムとサポートシステムの二つの扉を開けばいい。


 ああ、もうすぐだ。

 これで世界がかつてのデイドリームビリーバーたちが愛したものに戻る。


 きっと先生も、気づく。

 驚いて飛んでくる。


 はやる気持ちを抑えつつ確実に、しかして常に亜高速でパスコードを総当りしていく。


 だが、ここで。


 僕の『超加速』が、使えなくなった。

 これは何度か体験したことがある。

 間違いなく『無効化』だ。


 僕は一瞬で振り返り、見えた人影に擬似加速を用いて突っ込む。


 が、僕は突き出した手をピタリと止める。

 止めざるを得ないだろ、


「……よおクロウ、ご機嫌じゃねえか。腹を割って話そうぜ、俺はおまえと話をしに来たんだ」


「だあーっ」


 そこに立っていたのは、ご機嫌なライラを抱いてニヤリと笑うバリィ・バルーンだった。

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