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16だから東に昇って西に沈んだ

 開いた背中には、ぎっちりと球体が入っていた。

 球体は直径約一メートル。

 生存に必要な骨格や臓器ではなく、皮一枚の中に球体が詰まってカエルの形を保っていた。

 魔物に生物学は当てはまらない、だから対人戦とはまるで考え方が違い、俺みたいな殺人用自動人形は対魔物で何も出来ない。


 だがこれは流石に意味が――――。


 なんて思考をする間もなく、魔物に詰まっていた球体が勢いよく弾けて飛ぶ。


 炸裂、いや爆発に近い。

 乱雑に無秩序に、超高速の球体が散らばる。


 これにより、六割が負傷。

 内二割が戦闘継続不能。

 死者、三名……? これで?


 なんて、飛び交う被害報告を把握し切る前に。


 散らばった球体が一斉に割れて、中から小さいカエルの魔物が現れる。

 小さいと言っても人間とほぼ同等かそれ以上のサイズの魔物だ。


 数は三十……四十? 把握出来ない、下手したら百以上いるのかもしれない。

 正直あのサイズの魔物であれば一日で十以上は討伐出来るだろう。敵じゃあない、トーンじゃ雑魚にも入らないレベルだ。


 だが最悪のタイミング……、こんな消耗したところに……、何より数が多すぎる。

 つーかこれが詰まっていたから、土竜叩きの反応がおかしかったのか。土竜叩きは単体にしか効かない……、流石に気づけねえだろ。ふざけんな。


「各パーティで陣形を立て直せ! 慌てる状況じゃあない! 大型魔物の討伐は既に完了しているッ‼ 雑魚は数を減らしながら撤退すれば良い!」


 大きな通る声でナントカが号令をかける。


 確かに、大型魔物の討伐という目標は達成され既に状況は大量の魔物からの撤退戦に移っている。


 俺はキャミィとシードッグと合流するが。


「……っ! 骨折治癒、炎症沈静、筋肉修復! なるべく息を吸って身体に酸素を巡らせて! アカカゲ! 水!」


 山割りの反動でボロボロになったシードッグを回復させながらキャミィは言う。


 俺は空間魔法で水のボトルを取り出してキャミィに投げる。

 雨でわかりづらいがシードッグは汗だくで顔色も悪い、魔力が枯渇している。

 キャミィの回復魔法じゃ魔力は回復しないし、体力自体は戻らな――――。


 思考をさえぎるように、カエルの魔物が俺に突進してくる。

 空間魔法から丸太を出して、変わり身で防ぎながら運足で離脱する。

 思ったより速い……っ、しかも重てえ!

 俺の近接火力じゃぶつかり合いは無理だし、シードッグが動けねえと逃げんのも無理だ。


「――ッ!」


 俺は白煙爆で視界を奪って、土竜叩きを発動。


 撹乱しつつ、さらにお守り代わりにクロウから押し付けられたを終端速度まで加速させる。

 挙動バグが発生したので、カエル型のセオリー通りに打撃で牽制し布を被せて射出した棒ヤスリで貫く。


 布で体液の飛び散りを防いだが、想像以上に棒ヤスリの摩擦力が強くて突き刺さったまま魔物が吹っ飛ぶ。

 しまった、あんま飛ばし過ぎると棒ヤスリの回収が――。


 なんて考えたところで、


 自爆……? かなりの威力だぞ、危ねえ……っ、近距離で仕留めていたら巻き込まれていた。

 暗殺者かこいつは、もっと命を大事にしろ馬鹿。


「気をつけろ! こいつら自爆す――――」


 周知をしようとしたナントカが爆発に巻き込まれて上半身が消し飛ぶ。


 即死だ。

 皮肉にも、これ以上ない危険性の周知になった。

 指揮官が死んだ。

 最悪の流れだ。


 畳み掛けるように至るところで、爆発音と阿鼻叫喚が響き渡る。

 爆発音の数だけカエル型も減ってんだろうが、確実に冒険者の方が減っている。

 と、状況を確認しているところでシードッグを回復させているキャミィに魔物が迫っていた。


 くっそ、ヘイトが取れねえ……!


 俺が急いでカバーに回ろうとすると。


「……っ、らあッ‼」


 ジスタが割って入って荒っぽく魔物を弾き飛ばす。


 弾き飛ばされた魔物をテラが氷漬けにして、ミラルドンが粉々に斬り刻む。

 流石に慣れてやがる、自爆対策とかもあんのかよ。


「シードッグ立て! 撤退するぞ!」


 ジスタが警戒しながらシードッグに声をかける。


「……ああ、かなり回復した。もう動ける。助かったありがとうキャミィ、アカカゲ」


 そう言ってシードッグは根性で立ち上がる。


「ヘイトは俺が取る、アカカゲは撹乱と援護! テラが凍らせてミラルドンが砕く! キャミィはシードッグの護衛、シードッグももう少し回復したらミラルドンと交代で前に出ろ。可能な限り戦闘はけながら、まず戦闘範囲から離脱する‼」


 ジスタは背中を向けたまま指示を出し。


「「「「「了解‼」」」」」


 俺たちは、各々の役割位置に立って応える。


 爆音と阿鼻叫喚の中を、俺たちは丁寧に対応しながら歩みを進める。


 相当死んでるな。

 まあ基本的に生き死にで揺らぐような造られ方をしていないが。酒を飲み交わした奴らが死んでいくのはそれなりに、悲しい。


 全員の疲労の色が濃い。

 リコーほどじゃあないが、かなり体力に自信のある俺ですらかなり消耗している。


 だが、ここを乗り切れば。

 俺はそれだけを考えて、こちらに迫る魔物を変わり身や簡易土竜叩きでジスタに誘導する。


 ジスタは魔力温存の為に身体強化を使わずに身体操作のみで、魔物を弾いていく。

 そこをテラが凍らせて、今はシードッグが砕く。


 のだが。


「――⁉ テラっ‼」


 氷結魔法が飛んでこないことで、ジスタが振り返ってテラを確認する。


 テラはうつろな目で、手を前に出して何とか魔法を発動しようとしていたがあからさまに朦朧としている。

 ガス欠……魔力切れだ。

 テラは御歳五十、冒険者としてもなかなか高齢ではあるし魔法使いとしてもピークは過ぎている。

 じじいにしては滅茶苦茶動けるが、それでもじじいはじじいだ。


 俺は即座に空間魔法から最後のワイヤーを取り出して、ぐるぐる巻きに拘束する。


「……ィイィ……っやァッ‼」


 シードッグが奇声と共に魔物を打ち上げるようにぶっ叩き、上空で魔物は爆発をした。


 テラはガス欠、もう魔法は撃てない。

 ミラルドンの刀も刃こぼれだらけで疲労困憊。

 シードッグも踏ん張りが利かず大剣に身体が振られている。

 ジスタも魔物と接触する度に骨が砕けている。

 俺も、もう武器が短刀が二本だけだし疲労が忍耐力を上回って身体が重い。


 野郎共はほとんど同時に、足を止める。


「……え、なに? 帰ろうよ……」


 雨で濡れた髪をかき上げながら、キャミィは弱々しく言う。


 野郎共に言葉はなく。

 しかして、全員が同じ答えを持つことを全員が把握する。


 ああ、


 俺は煙草を咥えて火をつけて、野郎共に煙草を差し出すと一本ずつ抜き取って俺のライターに群がるように火をつける。


「はぁ……っ⁉ 何で一服? 流石に悠長すぎ――」


「今から退路を確保する。俺、テラ、ミラルドン、シードッグ、アカカゲは迎撃担当だ。可能な限りここで引き付けて数を減らす」


 煙草をくゆらせながら、ジスタは驚くキャミィに被せるように言う。


「……退路の確保が出来次第、その時点で撤退しろ」


 そう言ってジスタは吸っていた煙草を握り潰して消す。


「「「「了解」」」」


 俺とテラとミラルドンとシードッグが同時に答えて、吸っていた煙草を地面に叩きつける。


「…………? 生き残った者? 何言ってんの……? みんなで帰ろうよ……、ねえ」


 状況を把握し始めてきたキャミィが混乱しながら、泣きそうな声で悲痛な問いかけをする。


 俺は、心臓が握り潰されそうになりながらマフラーの裏で下唇を噛んで短刀を構える。


 実際、もうダメだ。

 冒険者はほぼ壊滅、その割に魔物は残りすぎている。


 俺たち二つのパーティも消耗しきっている。

 まともに動けるのは、もうキャミィだけだ。


 このまま騙し騙し、戦闘を繰り返しても全滅必至。

 だったらここで、死ぬまで魔物を引きつけて減らせるだけ減らす。


 野郎共五人。

 一人一殺でも五匹は減らせられる、まあでも一人頭五匹、二十五匹は道連れにしねえと無理か。

 死ぬまでに俺たちで、キャミィの安全を確保する。

 キャミィだけは、生き残らせる。


 俺はキャミィが好きだから。


 そりゃあ喧嘩もしたし、俺が馬鹿なせいで迷惑かけて怒らせたこともあるし、俺が馬鹿なせいでなかなか理解出来ずに腹を立ててしまったこともある。

 でも、全てを好きが上回る。


 長いまつ毛の隙間からきらめく瞳。

 桜色の唇。

 ふわりと軽くしかしてつやのある髪。

 すらりと長い手足に健康的な肉付き。


 そんな美しく凛々しい容姿とは裏腹に。

 泥臭くて。

 負けず嫌いの根性論者で。

 お節介焼きで。

 変なところで面倒くさがりで。

 実はおんぶや抱っこや膝枕が好きな甘ったれで。

 全然似合わないことが分かりきっているのにも関わらず定期的にツインテールにしたがったり。


 しんが強くて喧嘩も強い。

 でも傷ついた人を放っておけない、芯の通った優しさを通して生きる。

 俺はその美しく強い優しさに、心を奪われた。


 朝日が好きだ。

 真っ赤な太陽が夜を退しりぞけるのが、好きだ。

 里が滅んだあの日に見た朝日が殺人用自動人形俺に心を、身体の真ん中に火をともした。


 だから俺は太陽に焦がれた。

 だから東に向かった。


 東で俺は、冒険者……いや、人になった。

 出会いがあった。

 飯も酒も美味かった。

 すっかり煙草が手放せなくなった。

 朝日が最高に美しかった。

 毎日が楽しかった。

 死にたくなくなった。

 生きていたくなった。


 キャミィの太陽のように美しい優しさが俺の中の夜を蹴散らした。


 だから俺はキャミィに恋をした。

 だから俺は西に来た。


 だから俺は西で死ぬんだ。


 キャミィの為なら、俺は死ねる。

 いや、俺はキャミィの為に死にたいんだ。


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