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15だから東に昇って西に沈んだ

 バレてたのかよ……。

 確かに殺気はにじんだが……まあ後ろを見ないで前衛から気配だけで連携を把握して指示を出すジスタなら俺の気配を感知するなんてのは造作もないか。


 俺は偽無詠唱の多重空間魔法で、天井をすり抜けるように入室する。

 突然現れた俺に、ジスタとシードッグ以外は驚きの表情を見せる。


「…………俺がしくじるとでも……?」


 俺はジスタに返す。


「いや、おまえはしくじらねえとは思う。だが騎士団というか貴族ってのは思った以上に馬鹿なくせに性格が悪い方向には半端にさかしくて有能なんだ。『追跡者』や『探偵』持ちを使って残留魔力などのわずかな痕跡から探し出して来るし、家族や故郷などの外堀に圧力をかけてくる」


 ジスタはつらつらと俺に答える。


「アカカゲ、極端な話おまえや俺たちには家族もいないし故郷もないしトーンが狙われたとしてもクロウが居る限りトーンがどうこうなること絶対にない。だが……、


 シードッグの語りに、俺はハッとさせられる。


 そうだ、故郷も家族もない俺と違ってキャミィには故郷に家族がいる。

 貴族に手を出しても無事に生き延びる為には、故郷も家族も名前も捨てて東の果てで暮らしていて、恋人という弱点が最速の怪物で心配の必要がないセツナみたいな奴くらいだ。

 そもそも俺も、キャミィを狙われたらどうしようもない。


 そんなことをされたら、この国から人がいなくなるまで人を殺すことになる。現実的には無理だが、多分俺は死ぬまでその為だけに動き続ける殺人用自動人形となるだろう。

 それは……、嫌だな。


「……もう一度、今からこちらで各戦力から導き出した討伐計画を纏めて上告することは出来ないのか?」


 シードッグはナントカに提案をするも。


「…………既に我々が纏めた報告書は……っ、目の前で燃やされている。会話は……成立しない、これは決定事項だ」


 ナントカは下唇を噛んで震えながら返す。


 怒りと殺意を封じきれずに漏れ出している。

 相当食い下がったんだ。

 馬鹿との会話は、マジでしんどい。


 知能指数の低さに自覚的で、馬鹿だとわかっている馬鹿との会話も疲れるが。

 自覚すら出来ない、自身の足りない知能で捉えた世界を常識としてしまう本物の馬鹿とは会話が成立しない。


 暖簾に腕押しというか、馬の耳に念仏というか、ぬか床に釘というか、虚無だ。

 基本的にはそんな馬鹿は、死ぬまで治らないと無視して生きていけばいい。

 自覚的でない本物の馬鹿は、そんな風に扱われていることにすら気づけないのだから切り捨ててしまえばいい。


 だが、時に社会ってのにはそんな馬鹿と向き合わなきゃならない場面が必ず存在する。

 それが今ここにぶち当たるか……、スキル至上主義の生んだ愚かさのしわ寄せがこんなところに影響してくるとは……。


「…………わかった。とりあえず明日は何とか乗り切るぞ」


 眉をひそめて考えていたジスタが口を開く。


「だがズルはする。とりあえず空挺魔法部隊には可能な限り近接も魔法火力も通りそうな奴を誘導させて、ナントも軍から引っ張れるだけ人員を引っ張ってこい」


 そのままジスタはナントカに凄みながら語り出す。


「そこで俺らはほぼ全滅したと報告しろ。もう一度冒険者を招集して編成し直すことにして、その間に俺らは休養して補給を受けて新たな討伐隊として仕切り直す。とりあえずこれで一旦立て直しの時間は稼げる」


 淡々と偽装工作や虚偽の申告について語る。


「空挺魔法部隊と兵集めは私が何とかしよう。だが、そんな虚偽の申告は看破されるんじゃあないのか? 一度全滅を装って同じ人員で再編成なんて……、全滅時と再編成時の報告書を見比べられるだけで虚偽がバレるぞ」


 ジスタの語りにナントカは答えつつ、疑問をなげかける。


「大丈夫だ。お貴族様たちは俺たち冒険者を個別で認識なんかできねえし、報告書なんて読むような殊勝さはねえし、知能もねえよ」


 にやりとジスタは不敵に笑いながらナントカに返して。


「だから、とりあえず明日を乗り越えてる。何としてでも生き残って、へべれけになるまで飲んでどろどろに眠るぞ」


 ジスタがそう言うと、全員の心に火がいて疲れた目から炎がゆらりと漏れ出た。


 そこから各パーティで、リーダー会議の内容をパーティメンバー達に周知を行われた。


「……把握した。万全ではないがやるしかないだろう」


 テラが椅子に深く座り、濡れタオルで目元を冷やしながら言う。


「刀の予備は残り一振り……まあ今のを軽く研いで騙し騙し使いつつ一回ならなんとかなる」


 刃こぼれや歪みを確認しながらミラルドンは言う。


「…………わかった……けど、再編成をしても根本的に馬鹿な騎士団が仕切ってる限りこんな無茶を何度も強いられるんでしょ? 今回を乗り切ったとしても、何度もこんな無茶を通せるとは思えない……」


 俺の膝を枕にして横たわるキャミィは弱音を漏らす。


 確かにこれは根本的な解決じゃあない。

 その場しのぎでしかないし、結局なにも変わらない。

 馬鹿が仕切っている限り、終わりはない。

 そんな現実的な絶望を聞いて。


「……今回を乗り切ったらクロウを呼び出す」


 腕を組んで椅子にふんぞり返ってジスタは、最強の切り札の名前を出した。


「あいつは町を離れたがらないが……、これでも付き合いは長いし奇跡的にギリギリ一応貸しも残してある……多分三日くらいは付き合ってくれる……はずだ」


 眉間に皺を寄せて、苦しそうにジスタは洩らす。


 確かにクロウは町を離れたがらない、離れる時は最速で用事を済ませてくる。

 俺らを公都に送ってくれたのもわりと奇跡だ。


「だが呼ぶのは一旦ここを乗り切ってからだ。今呼ぶとナントがさんざっぱら食い下がったのに、一瞬で魔物が討伐されて流石に不自然だ。再編成時に紛れ込んだ謎の怪物ってことにしたい」


 付け加えるようにジスタは語る。


 確かに、今クロウが来るのならそれは助かるがあいつの異常さはどんな馬鹿でも流石にわかる。

 詳しくは知らないがクロウはどうにも昔貴族と揉めてきた節がある。

 つーか恐らくあいつ貴族を殺してる。何となく感覚的な勘でしかないが、人殺しの匂いが消せてない。


 多分、貴族殺しの罪から隠れるために名前を変えて田舎町に潜んでいるみたいな、セツナと同じ感じだと思う。

 だからあんま目立たせるようなことは出来ない。

 ただでさえワンオペで糞忙しいクロウに泣きついて面倒事まで引き起こさせるのは最悪だ。

 そもそも冒険者でもないクロウに泣きつくのは、死ぬほどダサいことだが死ぬよりはマシなだけで最悪だ。


 だが実際、クロウは最強だ。

 背に腹はかえらねえが……、来てくれるんならマジで助かる。


「だからとりあえず明日を乗り切れば大丈夫だ。一旦、一回だけの無茶をすることだけに集中しとけ」


 ジスタはそう言って、その夜は解散となった。


 次の日の早朝。


 雨が降っていた。

 雲におおわれていて、朝日は見えなかった。


「……誘導開始ッ‼ 討伐戦開始予想、六分後‼」


 最早お決まりになっている、ナントカによる十二回目の通達を行う。


「テラァ!」


「集束魔力感知……。全高約十六メートル、全幅約十二メートル、全長約三十メートル! 四足、爬虫類型、爪無し角無し! 馬鹿にデカいウシガエルみたいな風貌……、時速約二十キロ。足は速くはないが跳躍力と突進力はありそうだ。空挺魔法部隊の奴ら、しっかりと柔そうなやつを選んでいるな」


 ジスタの呼びかけにテラが誘導されてくる魔物の情報をまとめて伝える。


「よし! カエル型は斬ると毒が出る! 毒浄化と解毒の準備ができるまで打撃と土魔法のみで跳ねさせないように釘付けにする‼ 斬るのは殴って焼いて毒を飛ばしてからだ‼」


 ジスタは得られた情報から戦略を全パーティに共有する。


 カエル型はトーンにも出た。

 毒や酸は厄介だが、確かに攻撃は通りやすい。

 跳ねないように釘付けにすりゃあサンドバッグにできる。

 強いて言うんなら雨が降っていてカエル型にやや地形的な有利はあるが、あのサイズならそれほど関係ない。


 すぐに魔物が戦闘範囲へとやって来た。


「…………ぶは――――――っ、……しゃらッ‼」


 俺は咥えていた煙草を一気に吸い上げて、どっぷり煙を吐いて柄にもなく気合いの声を上げる。


 そこから多重空間魔法を展開、土竜叩きと終端速度ワイヤー付き棒手裏剣を準備。

 ワイヤーにはオイルを塗りたくっておく。


 火のついた煙草を指で上空に弾いて、俺も空間魔法で移動して魔物の前へと出る。

 セオリー通り、偽無詠唱の白煙爆で視界を奪って土竜叩きで挙動をバグらせる。


 一瞬挙動が止まった所に、終端速度ワイヤー付き棒手裏剣を射出して地面に釘付けにする。

 だが今回はいつもと違い、本体に棒手裏剣を当てられない。カエル型は体液が毒なことが多い、下手に傷つけるとめんどくさい。

 地面に打ち込んでワイヤーで固定する。


 さらに先程打ち上げた煙草をキャッチして。


「……着火種っ!」


 俺は煙草の火種の火力を上げてワイヤーへと撃ち出す。


 攻撃魔法が使えない俺の最大火力魔法、煙草という外部の火種を使ってやっとライターにオイルを入れ過ぎてけた時にちょっと驚く程度の火しか飛ばせない。

 だが、雨の中でワイヤーに塗ったオイルに着火するなら十分だ。


 魔物の身体に巻きついたオイルが一気に燃え上がる。

 まあ天気も悪いし揮発性が高いオイルだし火もワイヤーも二秒も持たないが十分だ。これで若干肌が凝固して動きが悪くなる。

 魔法使いたちの魔力も節約できた。ワイヤーもオイルも安かねえが終わったらナントカに補給させる。


「拡大土錠凝固ッ‼ 火炎弾!」

「岩石牢ッ‼」

「樹巻拘束ッ‼」

「……岩石牢ぉッ!」

「土錠凝…固ォっ!」


 この隙にテラを初めとした後衛魔法使いたちが魔物を釘付けにする為、一気に魔法を発動する。


 これで跳ねられない、つまり。


「近接火力行くぞおッ‼」


 峰打ちに持ち替えたミラルドンを先頭に、各パーティの打撃武器持ちの前衛火力たちが魔物に突っ込む。


 ここからは近接打撃でダメージを与えつつ、火系統の魔法で焼いてかなり固まったら斬撃や貫通力のある魔法でトドメを刺す流れだ。

 変に動かれないように、俺は土竜叩きで魔物を撹乱させ続ける。

 …………のだが、妙だ。


 言語化が難しい違和感……、確かにこの魔物は動きは止まってはいる。

 でも、これは土竜叩きによるバグ挙動なのか?

 色々な魔物で試しているし、反応というかバグ挙動も魔物ごとに違うからこの魔物はこう反応すると言ってしまえばそれまでなのだが。


 俺の大量の気配に反応している気がしないというか……、混乱によって動きを止めている様子じゃあない気が……いや確証は何もない。


 実際に動きが止まっている以上、挙動バグは起こっていると考えるのが自然だ。止まっている理由が他にない。


「範囲火炎旋風ッ‼ ……よし! 準備は出来たぞ!」


 テラがデカい火系統の魔法で魔物を焼いて、ジスタへと報告する。


「こっちも準備出来てるよ!」


 キャミィも回復役たちと共に毒対策準備を整えて続けざまに報告する。


「よし、畳み掛ける! 行けッ‼」


「……了解ィイィイいぃい――――――っやァアッ‼」


 ジスタの号令にシードッグは奇声と大剣を振り上げて応える。


 何重にも身体強化を重ねがけて、大剣には刃渡りを伸ばすように風魔法の刃を纏わせている。


 シードッグの最大火力、

 相当な溜めが必要であり身体に相当な負担がかかるし魔力をほぼ使い切ってしまうので実戦ではまるで使えないが、シードッグはこれで山の形を変えたことがある。戦術級魔法と同等な火力だ。


 ここで決めるつもりだ。

 みんな相当良い動きをしてはいるが、疲労の色は濃い。

 長期戦は無理だ、ここで決め切るしかない。


 俺は山割りに巻き込まれないように前から離脱したところで。

 地面が揺れるほどの轟音とともに、シードッグは大剣を振った。


 巨大な刃が魔物の頭にめり込んだのと、同時。


 魔物の背中が裂けるように、それこそガマ口財布のように、

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