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13だから東に昇って西に沈んだ

 次の日。


 俺は早朝、宿の屋根に登って夜明けを待つ。

 だが、西からじゃ朝日は綺麗に見えなかった。

 遠くに来たんだと、実感した。


「今日から前線に参加する。とりあえず聞いてきた感じ俺らの他は昨日食堂に居た奴らだ、先んじて関係値を作っておいて良かった。全体指揮は軍の……なんつったか……、ナントカって軍人が務めるらしい」


 前線の仮設拠点に向かう馬車の中でジスタはざっくりと、討伐会議の内容を共有する。


「そのナントカは当たりっぽいのか?」


 シードッグがジスタに問う。


「どうにも大当たりっぺえんだわ、これが。ギルドから参加者全員の情報も頭に叩き込んでいたし、基本方針は既存パーティでの行動での足止めから魔物の形態によって前衛後衛での火力配分を決めるとか基礎的なことはわかってそうだった」


 嬉々としながらジスタ答える。


「ちょっと喧嘩売ってみたけど、ちゃんと反応出来てたからそれなりに使うやつっぽい。それに、何とそのナントカはトーンの出身だった。メリッサの糞叔父と同級生だってよ」


 さらにさらりと物騒なことを付け加える。


 いい年こいて何やってんだこのおっさん……。

 四十過ぎだろこいつ……? ブライですら二十代後半であれは相当問題があるのに四十過ぎで軍人に喧嘩売るのはもうなんかしらの疾患を持っている、一度入院をした方がいい。


 それはさておき、トーン出身か。

 だったらかなり魔物という脅威を知っているだろうし、それを知るならスキル頼みだけでどうにかならないことも知っているだろう。

 俺らからしたらかなりやりやすい指揮官だ。同郷……まあ正確に言えばトーン出身の冒険者はメリッサくらいだが、同じ米や魚や酒を食ってきたのなら親近感は湧く。


「まあ変にパーティをバラされたりしなきゃいいか。かなり大当たりだな」


 話を聞いていたミラルドンがさらりと返す。


「えっ、パーティ解体とかあるの?」


 キャミィが驚いて返すと。


「連携もわからぬ指揮力のない馬鹿が小隊単位での動かし方が出来ない間抜けの場合、前衛は前衛で後衛は後衛で一緒くたにしてわかりやすくした結果、指揮官にかかる情報精査の負担をみずから増やすという大馬鹿者ってのは、それなりにいるもんだ」


 テラが懇切丁寧にキャミィに説明する。


「まあもちろんそんな馬鹿に任せていたら絶対に死ぬから、早い段階で囲んでフクロにして吊るして勉強させるか田舎に帰らせるんだけど。その手間がないだけで大当たりだよ」


 シードッグも続けてそう語る。


 確かにそれは手間だし、その手間をはぶいたら死ぬ。


「だが油断はすんな、しかし気負うな。別にこの程度は順調とはいえねえが生存率は下がってもねえ」 


 ジスタがそう言ったところで、馬車は前線の仮設拠点へと到着。


 だだっ広い荒野が広がる。


 視認性はかなり良い、大型と戦いやすいといえば戦いやすいかもしれんが高低差を利用したり遮蔽物に身を隠したりみたいなことはやりづらい。

 まあ土系統の魔法を使える魔法使いが適宜、地形を変化させやすいか。


「誘導開始ッ‼ 討伐戦開始予想、五分後‼」


 指揮官のナントカは簡易的なものやぐらから、大きな通る声で全パーティに通達する。


「テラ、詳細だ」


「集束魔力感知……、全高約十八メートル! 全幅約九……十メートル! 全長二十五メートル! 四足、獣型、爪有り角有り! 牛と狼を合わせたような風貌! 時速約七十キロ……いや、突進時のみの加速! 足は速くはないが歩幅は広い、移動力はあるぞ!」


 ジスタの指示でテラは索敵して得た情報を共有する。


 テラの魔力感知による索敵力は、トーンで一番だ。範囲ではセツナと変わらないが範囲集束して長距離まで感知する。

 しかも感知した魔力の流れ方からおおよそのサイズや形状や移動速度などまでを割り出す。


 それだけの情報をジスタに与えれば。


「――俺ら二パーティが足を奪って釘付けにする! 動きが止まったらスイッチしてフクロにしろ‼」


 ジスタは大声で全パーティに通達し、俺たちは前に出る。


 荒野の先からテラの言う通りでっかい牛みたいな魔物が、ヘイトを稼いで飛行魔法にてこちらに誘導する軍の者を追ってこちらに向かっていた。

 あれは多分『鳥人』だとか『空挺』だとかのスキルを持つ奴らを集めた空挺魔法部隊ってやつらだ。


 ボンクラ揃いの騎士団や軍のやつらが大型魔物の誘導ってリスクだらけな役割をどうすんのかと思ったが……、なるほど飛ぶのは賢い。移動力の差が圧倒的だ。

 それでも、かなりリスキーではある……。まだこちらに来てから騎士団は姿すら見てないが軍人は割と気合いが入ってるみたいだな。


「…………さて」


 俺は咥えていた煙草を携行しているあ灰皿缶につぶし入れて呟いて。


 ジスタと二人で、魔物に駆け出す。

 前衛盾役、一番初めに接触するのは俺たちだ。


 まあ、もっと言えば俺が先。

 単純に俺の方が足が速いからな。


 偽無詠唱で、魔物の目元に白煙爆と多重空間魔法を展開しワイヤー付き棒手裏剣を束で無限落下させる。

 さらに土竜叩きを使って、擬似的に気配を分身させて魔物の挙動をバグらせる。


 爆裂系の魔法はヘイトを高く稼げる、白煙爆も損傷は与えられないが魔物から見ると爆裂系と認識するようで魔物は俺の気配に夢中だ。

 そんな俺の気配が突然増えたなら、混乱もする。


 魔物は大きな左前足を見当違いなところに、振り下ろす。

 その振り下ろしにジスタが合わせる。


「ぐ……ぉっ、らっあぁあぁぁああああぁ――――ぃいッ‼」


 雄叫びと共にジスタは盾と剣で体重を乗せようとしていた前足の振り下ろしを弾いて、魔物は足払いのような形で崩される。


 ジスタの身体強化と部分硬化によるパリィ。


 魔法の効果時間は短いが、要所で使えばジスタの強度は瞬間的にリコーを上回る。

 その見極めが出来る経験値、トーン最強パーティのリーダーは伊達じゃあない。


 さらに。


「――――せぁッ‼」


 崩れた前足に、ジスタと入れ替わるようにミラルドンが飛び出して前足から鋭く伸びた爪を不可視の剣速で斬って落とす。


 ミラルドンは斬れるものは何でも斬る。


 丸太だろうが岩だろうが鉄だろうが鋼だろうが、魔法をも通さない硬い魔物だろうが。

 あまりにも容易たやすく、音もなく斬り裂くので斬られたものの硬度がわからなくなる。


 爪という脅威が無くなったところで、ミラルドンと入れ替わるように。


「――しぃぃいいィィイイィイアアァアッ‼」


 奇声を上げて、シードッグが大剣で爪を無くした前足を叩くように斬り落とす。


 シードッグは冗談みたいに大きくて重い大剣を使う。


 俺じゃあ身体強化を使っても持ち上がらないほどの、同じ『重戦士』を持つリコーか怪力馬鹿のブラキスか怪物クロウくらいしか持ち上げることも出来ないような鋼の塊を軽々と振り回している。

 剣の形状をした、あんな質量爆弾を食らって無事に残るものはない。


 前足が斬り落とされたのと同時。

 俺も動く。


 終端速度に達したワイヤー付き専用棒手裏剣の束を一斉に射出する。


 狙いは右前足。

 左前足付近にいるジスタたちを狙う薙ぎ払いを、止める。

 昨日の食堂で行ったように、縫い付ける。


 終端速度棒手裏剣は肉を貫通し、地面に深く突き刺さる。

 これも、大して魔物に損傷を与えられるようなものじゃあない。体積から考えれば人間の手の甲にまち針が刺さったようなものだ。痛いだけ。


 だが、空間領域からワイヤーの端を腕に巻き付けて、身体強化全開で思いっきり引く。


 ――ッ‼ 腕が折れて摩擦で血が吹き出す……っ、それでも。


「――――ぉぉおおおおおおおおぉぉおおおらぁああぁぁぁぁああ――――あッ‼」


 心の熱が目から炎として吹き出して、気合いで声が出る。


 根性で引いたことで、がっちりとワイヤーが前足に食い込み一瞬動きが止まる。

 この一瞬、これで十分だ。


「――――っ、つあぁあッ‼」


 一瞬の隙を突くように、テラが偽無詠唱で光線魔法を連射して束ねて極太光線を放つ。


 テラは若かりし頃、この国最強の魔法使いが得られる称号である賢者の候補だったことがあるほどの天才魔法使いだ。

 あらゆる系統の魔法を使いスキルの『魔法速射』でほぼ同時に複数の魔法を発動させることが出来る。

 さらに偽無詠唱を覚え、自身が使える魔法の半分近くを偽無詠唱で発動させることが出来る。

 ちなみにバリィは使える魔法全てを偽無詠唱で使うが、テラはバリィの五倍以上様々な魔法を使えるので圧倒的にテラの方が偽無詠唱で使える魔法の数は多い。


 だが、魔力量が多くないというか魔法使いとしては並程度。

 使える魔法の数と『魔法速射』による同時発動に対しては少なすぎる。魔力量だけで言うならセツナと同程度らしい。

 だから戦術級や戦略級や転移などの魔力消費の大きい魔法は使えない。


 故に、テラは魔法を外せない。

 だから俺が、目標を縫い付ける。


 極太光線魔法は魔物の巨大な右前足に直径二メーター以上の風穴を空けて、魔物は崩れ落ちる。


 流石の威力。

 そりゃそうさ、もしテラが膨大な魔力量を有していたら、間違いなく賢者だったんだから。


「しゃあッ‼ 引けえ‼ 他パーティとスイッチだぁ‼」


 ジスタが意気揚々と号令をかける。


 俺は多重空間魔法を使って一気にワイヤーと棒手裏剣を回収して魔物からすたこら走って離れる。


「アカカゲっ!」


 キャミィが並走しながら俺を呼んで手を伸ばす。


 俺はへし折れて血が吹き出す右腕を差し出すと。


「――滅菌、骨癒着、骨折治癒、裂傷治癒」


 キャミィは俺の腕を触りながら一気に俺の腕を治す。


 トーンがほこる、凄腕バトルヒーラー。

 スキルの『復元』だけでなく、独学で医学知識を学んでここ数年は多少の医療的な心得のあるテラからも学び。

 こんな本当ならリタイアしてしまうような負傷も、走りながら完全に元通りにしてしまうくらいに凄腕となった。


 俺は治った右手で、俺を治療していたキャミィの左手を握る。


「? なによ」


 キャミィは少し驚いた顔で、頭に疑問符を浮かべる。


「別にいいじゃんか」


 俺はマフラーで口元を隠しながら、そう言うと。


「まあ別にいいけど」


 キャミィは俺の手を握り返しながらそう言って、手を繋いで走る。


 ナンセンスだ。


 大型魔物の討伐戦、いつ死んでもおかしくないような災害級の脅威。

 まだ終わってないし、なんなら明日も明後日も続く。

 油断なんて絶対にしてはならない、集中と徹底した遂行をしなくてはならない。


 でも。

 俺は今、この時が


 マフラーの裏で笑みが零れる。

 仲間たちと連携して、仲間を信用して怪我をして。

 でっかくておっかない魔物を、ぶっ殺す。

 それが楽しくて仕方がない。


 ああ、俺はこのナンセンスが好きになっている。

 仲間たちとの日々が、素晴らしい。

 冒険者になって、良かった。


「……はぁ、はぁ……、おまえら……お手手繋いでイチャついてないで、俺も回復してくれ」


 走り抜けて他のパーティとスイッチしたところで、ジスタは魔物の一撃を受けて外れた肩を見せながら呆れながらそう言った。


 ここから他のパーティの尽力により、十数分後には討伐が完了した。


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