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10だから東に昇って西に沈んだ

 夜更けに酔い潰れたキャミィをおぶって家まで運んで、ギルドの屋根から朝日でもながめてから寝ようと酔いを覚ましながら歩いていると。


「アカカゲ、話がある」


 さっきまでへべれけだったジスタに真面目な口調で、呼び止められた。


 そこにはジスタ以外の面々も揃い踏みだった。


「とりあえず、早い段階でアカカゲに言わなきゃならんことと、共有しておかなくちゃならんことがあるんだ。聞いていけ」


 俺はジスタに言われるまま、ギルド前の縁石に座らされて水を渡される。


 どうやら真面目な話らしい。

 渡された水のボトルを流し込んで、思考を切替える。


「まずアカカゲ、この大討伐が終わったらキャミィにちゃんと思いを伝えてちゃんと一緒になろうだとか、報酬で家でも買って一緒に暮らそうだとか、そういうことは決して口にするな。考えることも夢想することもやめておけ」


 ジスタは大真面目に、俺がこの後寝る前に考えそうなことに釘を刺す。


「……ナンセンスに感じるかもしれねえが、こういう負のジンクスというか、いわゆるフラグってやつはあるんだ。人は死ぬ時はどうあっても死ぬが、何か未来を夢想した時に人は死にやすくなるんだ。だから一旦、先のことを考えるのをやめておけ」


 続けてミラルドンが、補足するように語る。


 ……言いたいことは何となくわかる。


 俺は殺す側としてだが、それを体感したことがある。

 予定を考えて明日も明後日も日常が続くと思っている人間と、今ここで死んでも良いと思って命を燃やしている人間となら、後者の方が殺しづらい。

 今ここで死んでも良い人間は、死に対する嗅覚が鋭くなる。

 これは単純に危機察知能力というか、平和ボケとかそういう話だ。


「……了解した。引き締める」


 俺は納得し、ジスタへと返す。


「よし、それと次は優先順位についてだ。今から俺たちの命の優先順位を共有する。死ぬ時はこの優先順位に則って死ね」


 ジスタは俺の返事に、そのまま話を進める。


 優先順位。

 そりゃあ重要な話だ。

 このおっさんたちが嫌がる程度には、どうにも大討伐は地獄らしいからな。

 集団としての生存の為には、優先順位をつけて戦闘継続や離脱を行わなくてはならない。


 と、すれば。


「最初は俺だな。一番未熟で魔物への火力を持たず、撤退時に殿しんがりにすれば煙幕や撹乱で時間稼ぎも出来るし死ぬことに抵抗もな――――」


「いや馬鹿ちげーよ? 何言ってんだおまえ」


 俺が話を汲んで語り出したところで、ジスタはきょとんとした顔で被せるように言った。


 え、違うのか……?


「おまえとキャミィは最後だよ馬鹿。まあ厳密に言えば回復役のキャミィが一番最後で、おまえはその一つ前だ」


 シードッグは呆れるように言う。


「最初は俺だよ」


 間髪入れずにテラが口を開く。


「こういうのは基本的に年齢と役割で決めるんだ馬鹿たれ。俺はもう五十、冒険者としてはかなり長生きをした。それに後衛火力の戦闘継続力は魔力に依存する、魔力切れになった俺は単なるじじいだ。だから最初に死ぬのは俺なんだよ」


 テラは少し笑いながら、そう言う。


「んで次が俺なんだな」


 続けてミラルドンが口を開く。


「年齢で言えばジスタなんだが前衛火力は二枚いる。シードッグと俺だと、俺の方が長く生きているしシードッグは連携指揮も取れるし大剣での一撃は大型魔物にも通りやすい。前衛火力しか出来ない俺が二番目だ」


 ミラルドンは指を二本立てて、にかっと笑いながらそう言う。


「その次が俺だ」


 流れるようにジスタが口を開く。


「まあ本当はミラルドンより先が良かったんだが、前衛盾役で指揮力のある俺が後になった。俺が死んでもシードッグが残れば指揮を引き継げるし前衛回避盾のアカカゲも残るから何とかなるしな。俺が三番目」


 ジスタはにやりと笑いながら、そう言う。


「ってことで次が俺」


 当然のように続いてシードッグが口を開く。


「まあ四人の中では俺が一番若くて、おまえらとの連携指揮にも慣れている。俺は一応ブラキスの坊主が来るまではこの町の最高火力だったからな、それなりに大型魔物への攻撃手段を有している。だから四番目は俺だ」


 シードッグは優しい口調でそう言う。


「だから次が俺か……」


 俺も流れのまま、納得しつつ呟く。


 まあ年齢と役割で並べるなら、キャミィが絶対に最後だ。

 俺がもうすぐ二十一、キャミィがこないだ二十歳になったばかりトーンギルドの中でもメリッサとブラキスに次いで若い。


 回復役は大討伐全体で見ても、かなり貴重だ。

 それに部位欠損まで治せてしまうキャミィは、大討伐の達成にすら繋がるほどの価値がある。

 まあ、別に俺をジスタと入れ替えても良いとは思うが……、逃げに関して言うならメリッサ程じゃないが『忍者』を持つ俺もまあまあ補正が入る。

 妥当だ。


「……了解した。…………が」


 俺は納得しつつも、煙草に火を付けながら。


「……俺は、優先順位とかじゃあなくてキャミィを絶対に死なせたくない。例え俺らが全滅するような最悪の事態には、キャミィを生き残らせたい。出来るだけとかなるべくとかじゃあなくて、絶対に。その為には俺は誰でも殺すし何でも殺す」


 そう言って、静かに煙草をひと吸いして。


「おまえらですら……、見殺しにする。俺は俺自身ですら、殺す」


 煙を吐きながら自分の中に熱く燃えるそれを、冷たく言語化する。


 ナンセンスだ。

 これはパーティという組織に属して集団に身を置く人間が、エゴを語るなど言語道断だ。

 仲間を見殺しするなんて冒険者として破綻している。


「じゃあだな」


 俺の言葉にテラが少し笑みを浮かべて言う。


「ああ、俺たちもそうするつもりだ。本当はおまえも生き残らせたいが、最悪ってのはいつだって甘くない。全滅する時はどうあっても全滅する。だが、そんな最悪を無理矢理捻じ曲げてでも、キャミィだけは生き残らせる」


 ジスタはにやりと口元で笑みを浮かべつつ真摯な眼差しで語る。


「俺らの中で生き残るんなら、これから幸せになるべきはキャミィだろう。強いて言うならおまえが生き残ってキャミィを幸せにしてやれるのがベストなんだろうが……、一人生き残らせるのと二人生き残らせるのじゃあ労力が倍違う。そもそも全滅という最悪を回避するのも出来るかわからんのにそんな高望みは出来ない」


 シードッグは申し訳なさそうに笑いながら言う。


 その通りだ。

 魔物の氾濫は、俺と同等以上に動ける暗殺者たちが住まう里が滅ぶ程度にはとんでもない災害である。

 全滅するような窮地で特定のひとりを生存させることも難しいのに、複数人残すのは不可能に近い。

 それに万が一キャミィと俺を残そうとして、俺だけが残った場合。俺は多分、死に急いでしまう。一匹でも多く道連れにする為に無茶をする。


 つまり全滅…………、ああそうか。


 結局、野郎共は誰が生き残ってもそうしちまうのか。

 なら、何が起こってもキャミィだけを生き残らせるのがベストだ。


「まあ、大前提として俺たちは誰一人として死ぬつもりはねえんだけどな。これはあくまでも万が一の最悪を想定しての話だ、トーンで山脈の魔物相手に鍛えた俺たちが全滅するなんて万が一にも有り得ねえ。つーかそんな状況ならこの国は滅びる」


 ミラルドンは指二本をチラつかせて俺に煙草を催促しつつ述べる。


 ……それもそうか。

 俺はミラルドンに煙草を一本渡して、火をつけてやりながら納得する。


「じゃあとりあえず解散! 一旦各自今日は丸一日休息を取ってから準備に一日! 二日後の夜明けに出発する!」


 ジスタは朝日が昇るのと同時に、号令をかける。


「「「「了解」」」」


 夜明けで真っ赤に照らされた俺たちは即答した。


 して、二日後。


 装備や武器類と公都までの糧食などを鞄にまとめて空間魔法にぶち込んで、隣で寝ていたキャミィを起こして夜明け前にギルドへと向かった。


 煙草に火をつけて吸い終わるまでにぞろぞろと、眠そうなつらのままおっさんたちが集結する。


「……眠すぎるが…………、行くふぁあ~~……っ」


 全員が集まったのを見て、ジスタはほぼあくびの号令をかけた。


 そこに。


「あ、見送りに来たよ。こういうの実は嫌いじゃないだろう」


 そう言いながらクロウが現れた。


 さらにバリィとリコーとセツナとメリッサとブラキス、意外なところでブライも来ていた。


「まあ、あんたらには世話になったからな。居ない間は何とか回すからさっさと帰ってこいよ。忙しいのは嫌いなんだ」


 バリィはそう言って不敵に笑う。


「心配とかはないけどさ、さみしいから早く帰ってきなよ」


 リコーはそう言ってにこりと笑う。


「……行ってらっしゃい…………お土産は……食べ物がいいかも…………」


 セツナは半分眠りながらそう言ってふらふらと揺れるのをクロウがそっと支える。


「……長い付き合いだし、私はあんたらがどんだけマヌケでヘッポコなの知ってるから心配ではあるけど……まあ無様に逃げ帰ってこれたら上々なんだから、行ってきな」


 メリッサはそっぽを向きながらそんな軽口を叩く。


「が、頑張って! 俺は臆病だから、一撃必殺しかない馬鹿だから、行けないけど応援はする! 頑張って!」


 ブラキスはやや前のめりに熱く、そう言う。


「…………勿体ねえな。もっとテメーらを畳んで血祭りに上げたかったんだが……、次会う時はあの世……まあ地獄か……、せいぜい楽しみにしておくよ」


 ブライは少し寂しそうにそう言った。


「……偉く縁起の悪いこと言ってくれんじゃねーかよ。ありがとよ、次会ったらボッコボコに畳んでやるから楽しみにしてろ」


 ジスタはブライにだけそう返したところで。


 夜が明けて、真っ赤に照らされ。


「じゃあ公都の西まで送るよ」


 そう言って、クロウは高速詠唱なんて嘘でしかない無詠唱の範囲長距離転移魔法を使い。


 俺たちと共に、公都の西へと跳んだ。


「……は?」


 俺はつい間抜けな声を上げてしまう。


「シャーストには一度行ったことがあるんだけど十年以上前だから転移先が潰れてる可能性があってね。すまないがここからは馬車を使ってくれ」


 あっけらかんとクロウは言う。


「おまえ……こう朝日を背に町から去るみたいな情緒を…………まあいいさ。実際、こんな朝っぱらに公都に放り出されることに目をつむれば……まあ助かってはいるからな。ありがとよ、馬鹿野郎」


 ジスタは眉間に皺を寄せて、クロウに返す。


 まあ……確かに、トーンから公都まで馬車で二週間はかかる。

 公都からシャーストなら馬車で十日ほど。

 全く疲労せずに二週間前倒し出来るのは、確かに有難い。


「僕が出来るのはここまでってことだ。町は任せろ、僕がいる限りあの町は平和に残り続けるよ。…………じゃあ、また」


 そう言ってクロウは転移魔法で跳んでいった。


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