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08だから東に昇って西に沈んだ

 これは『加速』や転移と違って空間魔法の出入口全てに俺のがある。

 ブライやバリィもそうだがリコーは気配や魔力を感知して反応に従い追ったり予測することで、高速戦闘に対応する卓越した盾捌き実現している。


 だがこの土竜叩きは違う、高速戦闘ではなく擬似的な分身だ。


 気配や魔力だけで状況を見れば複数人の俺が囲んでいるように感じる。

 前衛回避盾として撹乱と混乱を目的として考案したが、どうにも魔物に絶大な効果を発揮した。

 クロウ曰く、魔物のバグ……? という混乱から来る認識異常が起こっているらしい。


 気配を感じることに長けたリコーも、魔物ほどじゃあないがかなり刺さるはず。

 そしてバリィは出入口に罠を張りたいだろうが、ここまでリコーに接近していたら使える魔法は限られるし『狙撃』でも分身する気配に狙いを絞り切るのは難しい。


 さらに。


「……うおっ⁉」


 距離を一気に詰めて、キャミィが旋状突きでバリィに攻め込む。


 リコーのカバーはない、後衛同士の単純な殴り合い。

 キャミィの格闘センスは天才的だ、バトルヒーラーは伊達じゃあない。

 このままリコーを釘付けにする裏で、俺は自身の持つ最大火力の技を準備する。


 出入口を上下に設置。

 上から専用の棒手裏剣複数本を落として、下の出入口に入れる。

 同時に上の出入口が棒手裏剣が出てきてそのまま落下して下の出入口に入る。

 そしてまた上から出てきて下に落ちる。


 無限に落下を繰り返し、やがて棒手裏剣たちは終端速度へと到達する。


 まずは一本。


「――ッ⁉」


 出口を変えた棒手裏剣は凄まじい速さでリコーの鎧ごと左大腿部を貫通する。


 一度射出された棒手裏剣は別の出入口を通って無限落下位置に戻り再び終端速度への加速が行われる。

 魔力的なエネルギーを与えたわけでもなく俺が投げているわけでもない、ただ落下して空間魔法から飛び出している棒手裏剣にリコーは反応出来ない。


 ちなみにクロウに当たるか試したら容易くけられた上に、スキルの『加速』で落下工程をすっ飛ばして直接速度をあたえて、そのまま空間魔法から射出する改良を加えて真似された。

 つーかどんな飛び道具より速く動けるのに、飛び道具必要ねえだろ……。同速での戦いでもない限り使うことはないだろう。


 閑話休題。


 俺は多角的に棒手裏剣を射出させながら、多角的に模擬短刀と蹴りで反応を引き出して弾かれ捌かれつつも確実に通していく……が。


 硬すぎる……っ。


 大盾がとか鎧がとかそういう話じゃなく、リコーの耐久性は異常だ。

 流石に心臓や脳幹を撃ち抜くことはしないが、人間であるならとっくに倒れてるくらいには叩いている。

 回復役が居るとはいえ、単純な持久力は圧倒的にリコーの方が上だ。既に俺は疲労を『忍者』で補正された忍耐力によって抑え込んでいる。


 俺は魔力量もそれほど多い訳じゃない、空間魔法の魔力消費が少ないとはいえずっと展開し続けられるわけでもない。

 俺が落ちたら、リコーはバリィのカバーに向かう。流石にリコー相手にキャミィの拳は届かない。


 まあ、これは想定内なんだけど。

 そもそも勝てるわっきゃあねえんだから、いやマジに。

 最初からわかりきっていた。


 俺は今、この条件下で一番勝てる見込みのある戦い方をしてはいるがそもそも最初から勝ち筋はない。


 …………だが、……。


 デートを邪魔されたことや。

 体良く使われたところ。

 勝手に煙草を吸われたことや。

 甘ったれた後輩のごと


 それらがゆっくりと、普段あまり湧かない感情をじわりじわりと熱して。

 怒りとして心が燃え上がり、目から炎が噴き出す。


 ふざけんな……っ、こいつら本気で、畳む。


 無限落下で終端速度に到達させた鉄球をリコーのチェストプレートにぶち当てる。


「ご……っ、だっらあぁあッ‼」


 リコーはチェストプレートにめり込んだ鉄球を、腹筋だけで弾き返す。

 それにより、チェストプレートは砕けて弾け飛び。


 ! と、本当に音が鳴ったくらいにバストが揺れる。


 戦闘状況下において心頭滅却なんてことは無理だ。

 実際どうにも俺は巨乳好きらしい。

 だから俺は他の好きなもので、思考を上書きする。


 夜を退しりぞける真っ赤な夜明け。

 白米と魚。

 鮭と煙草。

 ミラルドンとテラのガチ喧嘩に巻き込まれて畳まれるジスタ。

 阿吽の呼吸で連携を合わせるシードッグ。


 それに、キャミィ。


 一瞬の内にキャミィで頭の中が埋め尽くされて、さらに目から心の炎が燃え上がる。

 対策通り、俺は巨乳を克服した。


「……ぶごへぁッ⁉」


 巨乳に見蕩れて隙だらけになり、キャミィの旋状突きで水月を打ち抜かれてバリィが声を上げる。


 ……馬鹿が、対策出来てなかったな。


 鎧が砕けてリコーの防御力は低下した。

 ここに畳み掛ける。


 模擬短刀での突きに反応させて、終端速度棒手裏剣を盾裏の左腕に打ち込む。

 盾が止まったので延髄蹴りからの膝蹴りでかち上げる。


 不屈の精神で、打たれながらリコーは短剣を振るが空間領域を出たり入ったりする俺に当たることはない。

 このままリコーは落としきって一気にバリィを――――。


「……あがっ」


 畳み掛けようとしたところで、


 視線を送ると、バリィのこんがキャミィのみぞおちに深く突き刺さった瞬間だった。


 バリィの目からゆらりと炎が燃える。

 向こうも畳み掛けにきてやがった……っ、まさか後衛魔法使いにキャミィが負けるなんて……先に落ちるとしたら絶対に俺だと思っていた。


「……水刃波っ!」


 バリィが崩れるキャミィに向けて詠唱したのと同時に、俺は空間領域から飛び出してキャミィのカバーに駆け寄る。


 いや、引きずり出された。


 二歩目でバリィは偽無詠唱を用いて魔法を使う、あからさまな詠唱なんかしないことを思い出す。

 思い出した時にはもう遅い。


「……っ‼」


 三歩目で偽無詠唱で出したであろう空気の塊のようなものに激突して弾き返される。


 転がるように受け身を取って即座に立ち上がる。


 冷静になれ、機動力は俺の方が上だ。

 リコーも消耗している。

 キャミィを回収して、バリィの攻撃魔法を躱しながらリコーを落と――――。


「……がっふ……っ‼ ……?」


 俺は吐血する。


 なんだ? 毒……? いや、酸素……か。

 最初から狙い通り、キャミィと戦いながら偽無詠唱でここに酸素を集めていた。

 実際、高濃度高純度の酸素にこんな即効性のある毒性は無い。


 だが魔法は想像力で効果が発揮される。

 毒として集められたこの酸素は、毒として効果を発揮する。


 俺がリコーを引き付けていたのではなく、全ては俺をここに誘導するための時間稼ぎ……引き付けられていたのは俺の方だった。


 おい、ブラキスふざけんな。

 テメーの仲間は怪物だ。

 二度と迷うな、仲間を信じろ。


 と、意識を失う瞬間。

 最後の悪足掻きで、模擬短刀をブラキスに投げたが。


 容易くリコーに弾かれたのが見えて、俺は気を失った。


「……ア……ゲ……、アカカゲっ」


 目を覚ますと、一番に飛び込んできたのは心配そうなキャミィの声と顔。


 俺は安心させる為に、そっと頬に触れる。

 俺が無い眉を上げてにこりと笑うと、呆れるようにキャミィは微笑み返す。


「イチャつくんなら他所でやれよおまえら、後で良い場所教えてやっから」


 呆れるように、バリィが俺に言う。


「マジで助かった。多分これでブラキスも俺らを信用して前衛火力として活躍出来るだろう……まあそれはそれとして……」


 そのまま続けて頭を下げながら真面目な口調でそう言って。


「おまえら実力つけ過ぎだ‼ リコーをギリギリまで追い詰めるってどんな怪物だよ! 殺す気だったらいつでも殺せてるって対人性能高過ぎだ‼ もう二度とアカカゲとはやり合わねえ、もし模擬戦やりてえならブライかクロウに頼め!」


 捲し立てるようにバリィは語る。


「キャミィもおまえ……っ、後衛の癖に殴り合いが上手すぎんだよ! 確かにテラも魔力が切れたら殴り合いをしてたし俺もその影響でじょうじゅつを仕込んだクチだが……、キャミィのは異常だろ! 才能あり過ぎだ!」


 さらにキャミィにもバリィは捲し立てる。


 いや誰がどの口で言っているんだ……。そもそもリコーはあれで倒れてない方がおかしいし、後衛の癖に殴り合いが上手すぎるのはバリィだ。

 使える魔法は全部偽無詠唱で発動なんて、テラでも偽無詠唱発動で実用可能な魔法は全体の半分以下だってのに……。


 まあいいか。

 こいつらはクロウを基準にしている限り、自分の異常性を自覚することはないからほっとこう。


「……まあ何でもいいが、埋め合わせは俺たちの依頼代行一回と飯代一回分。飯にはシードッグも連れてくから覚悟しろよ」


 キャミィの膝枕から身体を起こしつつ、煙草を咥えてそう言った。


 そこからブラキスは変わった。


 バリィとリコーのことを兄貴や姉貴と呼び、兄弟分としてしたうようになった。

 さらにクロウがギルド経由で要請していたブラキス専用の馬鹿が作ったとしか思えない大斧が届き、武器の強度にも心配がなくなった。


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