そしてさらに数ヶ月後。
メリッサも心の持ちようを覚え、精神的な成長をした頃。
「アカカゲ、ちょっと頼まれてくれねえか」
シードッグが二日酔いの為、急遽休みになったのでキャミィと二人でどこか別の街にでも出かけようとしていたところで、バリィに声を掛けられる。
「いやマジにせっかくのデートを邪魔してすまねえが、話を聞いてくれねえか。必ずどっかで埋め合わせのために依頼の代行をするから! 頼む!」
かなりの勢いでバリィは俺たちに言う。
「別に聞くだけならいいんじゃない? デートじゃないし、暇だし」
あっけらかんとキャミィは俺に言う。
まあ確かにデートではない。
別に恋仲というわけでもないし大体一緒に居てたまに手を繋ぐこともあったり同じ布団で寝たりもするが、それだけだ。
「いやさっさと付き合えよおまえら……じれってぇな……、まあその話はいいか。とりあえず聞いてくれ」
バリィに言われるがまま場所を移して俺たちは話を聞くことにした。
「ブラキスが失敗を恐れて動きが悪くなることがある。それを改善させたい」
神妙な面持ちでバリィは端的にそう言った。
「……へえ、向いてねえんだな」
俺は煙草をくゆらせながら端的に返す。
「そんな元も子もない返しあるの……?」
俺の端的な返しにキャミィは驚愕する。
「これでも俺も前衛だ。前を張る以上どんな状況でも臆したらダメだ。確かに失敗も許されねえが、そもそも臆することや躊躇うことが失敗に繋がる。失敗したとしても迷ったらダメなんだよ」
俺はキャミィにしっかりと説明をする。
「いーやその通りだ。特にうちのパーティの火力はブラキスに依存する……、俺の魔法火力じゃあ中型以上の魔物を討伐するのは……まあ出来なくないが魔力も時間もかなり使う。リコーも鉄壁で持久力もあるが近接火力はそんなにない。このままだと火力不足だ」
バリィは眉をひそめて俺の説明に、同意する。
まあ何となく話はわかった……けど。
「前衛の心構えみたいな話なら、俺なんかよりシードッグやジスタやミラルドンにでも喝入れさせりゃあいいんじゃねえか? あのおっさん共は馬鹿で恥知らずだが、冒険者としては一流だろ」
俺は灰皿に灰を落としながら、バリィに返す。
「確かに、言っちゃなんだけど対人戦のことならまだしもアカカゲは前衛としてはわりとポカするし、巨乳に弱いし、そもそも前衛でも回避盾だし、前衛火力のなんたるかみたいなことに一家言ないわよ。ポカカゲよ」
キャミィはさらりと俺の言葉に同意を示す。
いやまあその通りなんだが……、そんな元も子もない同意があるのか……? つーかポカカゲって……そんなバリエーションまであったのか。
「ああ、だからこそアカカゲに声をかけた。おまえは結構堂々とミスる、だが依頼自体を失敗したりしない。それはアカカゲがどうなっても仲間がなんとかすると割り切っているからだ。実際多少ミスってもシードッグとキャミィならなんとかする、これは甘えとかじゃなくて信頼関係だ。それと巨乳に弱くない男なんていねえ、それは仕方ない」
しれっと俺の煙草を一本抜き取って火をつけながらバリィは言う。
堂々とミスるって……まあポカカゲだからな。未だに引っかからない誘導とか挟んで無駄に被弾する。まあかなり減ったけど、駆け引き癖はなかなか治らない。
「つーか前衛ってもんに完璧は有り得ない、攻撃を外すこともあるし攻撃を受ける確率も高い。だからサポートをする後衛がいるわけだ。俺やセツナ、テラとキャミィは前衛がベストなパフォーマンスが出来るように援護やらサポートを行い、時には討ち漏らしにとどめを刺す。それが連携だからな」
煙草を吹かしながらバリィは続けて語る。
まあその通りではあるんだが……、リコーとバリィの防御性能は異常だ。
完璧は有り得ないが鉄壁ではある、リコーは援護なしでも大抵の魔物を引き受けて通さない。
さらにリコーを
正直、単純な戦闘継続能力はトーンでもトップクラス。
流石に回復役のいるうちには敵わないが、むしろ回復役がいないのにのも関わらずうちに匹敵するのは常軌を逸している。
「でも、ブラキスはどうにも攻撃を外したり攻撃後の隙を狙われることを恐れて、迷いや躊躇いが出ちまうことがある……。まあ前衛は脅威との距離が物理的に近い分、恐怖は感じやすいのはわかるが……」
そう言ってバリィは煙草の煙と共に深くため息を吐く。
「……? 恐怖って言うのは、パーティに脅威が迫ることに恐怖を感じるということか?」
俺は煙草を灰皿に押し付けて火種を潰しながら問う。
「…………そうだな、それもあるんだろう。でも単純に自身の怪我や死に関しての恐怖も大きいんだろ。あいつは身体はデカいが十五になったばかりの子供だ、ジスタがこの町で冒険者を始めた頃にはまだ生まれてもなかったくらいに若く幼い……甘やかすつもりは無いが、ある
バリィも煙草を消しながら俺に返す。
なるほどな。
まあ俺は逆に十五の頃は死に対する抵抗などまるでなかったというか、人は遅かれ早かれ必ず死ぬのにも関わらず、死にたくないなんてナンセンスな考えを持つようになったのはわりと最近だ。
しかも別に俺は、依頼の中で仲間たちの無事を確保出来るのなら回避盾として死ぬことに関してはそこまで
だから正直、ブラキスが感じる恐怖とやらにピンとこないんだが…………まあ、つまりどういうことなのかは理解出来る。
「信頼……、いや、ブラキスは
俺の考えと同じことを呆れるようにキャミィが呟く。
そうブラキスは仲間を信頼出来ていない。
本来リコーとバリィの技量に疑いの余地はない。
単純にブラキスが未熟でバリィとリコーの異常なほどの技量を測れていないのもあるだろうが、
リコーによる鉄壁な物理防御。
バリィによる変態的なヘイト誘導と魔法防御。
そこに、完全に無防備な状態の魔物へ超火力を叩き込む。
今は大木槌や大木削り出し棍棒とか色々と試してるみたいだが、武器の方が耐えられないほどの怪力。
まだまだ成長期でマジに一週間会わないだけですぐデカくなる。
そんな恵体から繰り出される一撃必殺を、バリィの組み立てた気持ちの悪いほど的確な状況で放つだけで良い。
だが、それが出来ていない。
「田舎に帰らせるか」
俺はマフラーで口元を覆いながら俺は冷たい結論を出す。
「どっこい俺はあいつを帰らせる気はねえんだ。それを踏まえてポカカゲ君、おまえの意見を聞きたい。おまえは何故そんなにも堂々とミスすることが出来る? おまえとブラキスの違いはなんだと思う?」
にやりと不敵な笑みを浮かべながらバリィは俺に問う。
……なんか狙ってやがるな。
いや、もう狙い通りに動かされている……?
気分は良くないが、狙いが読み切れないし俺はこういう読み合いは向いてない。
乗るなら思い切り乗ってやるしかない。
「……おまえらがヘボで不甲斐ないから新米が不安ってだけだろ。俺は優秀な仲間が居るから伸び伸びやれてるだけだ。それが俺とブラキスの違いだろ馬鹿」
ふてぶてしく、俺はバリィの欲しがっている答えを返す。
「……へえ、ご機嫌じゃねえか殺人眉なし。人殺しくらいしか取り柄のねえ馬鹿が調子乗ってんじゃねえぞ。証明してみろよ、俺たちがヘボで不甲斐ないかどうかをよ」
嬉しそうにバリィは、狙い通りの流れに誘導する言葉を並べる。
ああ、そゆこと……。
ここからリコーとブラキスが合流し、お決まりの訓練場へと足を運ぶ。
「はぁ……回りくどいわねバリィも、まあでも確かに流れは大切か」
キャミィは呆れつつ、深く伸脚をしながら言う。
「あの……アカカゲさん、バリィさんたちと何が――」
「
不安げなブラキスの言葉を
「ただ俺はそんな、この町で対人戦最強のブライに何回か勝っている程度には喧嘩が強い。そこのキャミィは素手で魔物を殴り殺す程度には使い手だ。今からおまえの仲間が戦うのは、そんなやべえやつらだってことを
俺は咥えていた火のついた煙草を素手で握り潰しながら、無表情で語った。
「――――火傷治癒。……熱いっていうか痛いでしょ、何やってんの? それたまにジスタもやってたけどジスタは革手袋してたでしょ。馬鹿でしょあんた」
こっそりと俺の手のひらを回復させながらキャミィは呆れるように言う。
「……ごめんなさい。ありがとうございます…………まあ、でもとりあえずこれで俺たちのハードルは上がった。後は
俺はブラキスに聞こえないようにキャミィへと感謝を伝えつつ状況を伝える。
これは、茶番だ。
ブラキスが自分を取り巻く仲間に不足がないことを知らしめるための茶番劇だ。
ブライだとやり過ぎる、メリッサやセツナだと役不足、クロウだと不自然過ぎる。
だから元暗殺者でブライを何度か畳んだことのある俺が選ばれた。
しかもそれでも一対一なら俺に分があるし、二対一なら人数有利な為に目的が
キャミィを含めての二対二でやり合って俺たちが惜しくも負ける姿をブラキスに見せる。
この惜しくもってとこが難しい……、ブラキスの馬鹿筋肉ダルマが畜生……、バリィとリコー相手に接戦を演じるなんて本気でやんなきゃ無理だろ……。
「はあ……、こんな面倒なことに巻き込まれるんならバリィ無視してデート行けばよかったね……」
うんざりした顔でキャミィはため息混じりに呟く。
「デートはまた今度だ。バリィのパーティには上手く機能してもらわないと俺らの休みも作れないし、まあ仕方ないさ」
武器類の準備をしつつキャミィに返す。
まあ俺もデートはしたかったけど……、休みを作りやすくする為には必要なことではある。
「そうね。んで、作戦は?」
眉を上げてキャミィは俺に問う。
「そんな立派なもんはねえが……、恐らくバリィはキャミィを狙う。こっちは魔法防御が皆無に等しいし『狙撃』がある以上、立ち回りだけでの回避は不可能だ。だから初手から俺が全力全開で攻めて、バリィが攻撃よりもリコーをサポートしなくちゃならない状況を押し付け続ける。リコーを固めてバリィの注意を引いたらキャミィはバリィに格闘戦を挑んでくれ」
俺は淡々と武器類の準備を完了させながらキャミィへと作戦というか流れを伝える。
「んー、わかったけど。あんた大丈夫なの?」
「……何がだ?」
何かを心配するキャミィに俺は問い返す。
「おっぱい。あんた巨乳に弱いでしょ」
キャミィは自分の胸を寄せながら半分は真面目に答える。
そのポーズを止めろ、別におまえも大きい方だということを自覚しろ。俺に効く。
「……一応対策済みだ、安心しとけ」
俺は情けない声で、そう返す。
「おーい! イチャイチャしてんなよー! もういいか――――」
「多重空間魔法」
バリィが言い終わる前に、早速こちらから仕掛ける。
リコーの周囲にいくつもの空間領域の出入口を展開する。
ブライとやり合った時にも使った、空間魔法暗殺術の応用というか発展型だ。
空間領域を通って俺の機動性と併せて擬似的な瞬間移動を連続して行うというものだ。
通称、
テラに相談したら次の日に完成させてきた新魔法だ。
転移魔法より魔力消費が少なく視線で出現先を悟られない利点はあるが、出口は決まっているので自由度は少ないし予想も出来てしまう。
故に本来は煙幕と併用しての運用が前提なのだが、今回はブラキスに一部始終を見せる必要があるので視認性を悪くは出来ない。
でも見えているからこそ、バリィは俺に対応せざるを得ない。
リコーの死角に展開させた出入口から、模擬短刀を背中側から右手で突く。
だが勿論リコーは俺の気配に反応して大盾で弾く。
流石……、リコーたちの世代はクロウからの影響を強く受けている。世界最速相手に訓練してきたこいつらの高速戦闘対策は万全だ。
でも、土竜叩きは別に高速戦闘を実現する為の技じゃあない。
弾かれたと同時、さらに死角から蹴りを放つ。
勿論反応されるが。
「ぎ……っ⁉」
さらに同時に放った肘打ちが、リコー足下の出入口から三陰交に刺さる。
痛みで一瞬動きが止まったところに、多角的にかつ同時に、様々攻撃を仕掛ける。
「っ……?」
ここでリコーは気付いたようだ。