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06だから東に昇って西に沈んだ

 何だかんだで依頼をこなし。

 相変わらず怪我してキャミィに回復してもらって、キャミィに格闘戦を教えたり。

 真剣無しでまたブライと何度かやり合って、負けたり勝ったり。

 リコーの稽古に付き合う為に模擬戦を行い、必中の奇襲を成立させるも盾裏の巨乳に驚愕した隙を突かれ突き上げるようにみぞおちへ一発貰って完全敗北をきっしたり。

 そこからしばらくキャミィから「巨乳好き」や「チチカゲ」と呼ばれるはめになったり。

 シードッグからマジであれは仕方ない絶対に勝てないとなぐさめられたり。


 酒を飲み、煙草をくゆらせ。

 相変わらず毎朝、朝日が昇るのを眺めて。


 トーンの町にたどり着いてからもうすぐ三年が経とうとした頃。


 ギルドに新人が二人やってきた。


 一人はトーン一番の悪童、メリッサ・ブロッサム。

 冒険者になったばかりの頃、メリッサ捕縛依頼を何度か受けたことがある。  

 スキルに『盗賊』を持ち、俺の『忍者』と同系の職モノスキルではあるが……。

 どうにも運動性への補正が『忍者』より高く、さらに生まれ育った町ということで土地勘もあり、逃げに徹されると捕まえるのはかなり難航した。何度も煮え湯を飲まされた。


 もう一人は筋骨隆々の大男、ブラキス・ポートマン。

 メリッサと同じ十五そこそこのはずなのだが身長は百八十センチは越えて筋量もかなりのもので、しかもまだまだ成長中だという。

 スキルに『潜在解放』という自身の潜在能力を遺憾無く発揮するというもので、屈強な肉体を持つブラキスにはかなり噛み合う。

 戦闘訓練などは受けてきてはないが、まあここは誰に聞いたって基礎は叩き込んでくれる。すぐに戦力になるだろう。


 この二人の新人は、中堅のバリィたちが育成することになった。


 大きい方の新人はバリィとリコーが。

 小さい方の新人はブライとセツナが。

 パーティを二つに分けて、活動することになった。

 実際、バリィとリコーとブライとセツナはめちゃくちゃ優秀な冒険者たちだ。


 まあ……。


 喧嘩に高濃度の酸素溜まりを使ったり。

 巨乳を餌に完全防御を完成させたり。

 一日数回はブチギレて暴れだしたり。

 何故か人殺しの空気を纏っていたり。


 人格的な問題を除けば……、いや除けるほど小さな問題じゃないか。やべえ奴らだ。


 気のいい連中ではあるが、ちょっとおかしい。

 しかも全員自身のおかしさに自覚的じゃないところが特におかしい。

 俺やジスタたちも大概馬鹿でおかしい奴ではあるが、流石に自覚はしている。

 多分これはクロウ・クロスを基準に冒険者像を作り上げていることに起因することなんだと思う。


 クロウは人を超えている。


 俺はどんな人間でも殺せる。

 過不足なく、事実として、殺すだけなら必ず殺せる。

 そう出来ている、そう造られたのだから当然だ。


 でも、俺が殺せるのは人間だけだ。

 魔物相手は勿論、家畜の屠殺すらも適切には行えないだろう。人間専門の暗殺者だ。


 人の形をして人として暮らすクロウをどんな想定をしても殺せる気がしない。

 人の姿をした怪物……、人を超えた何か……。

 クロウ・クロスはそんな異常なものだ。


 世の中から何かが決定的にずれてはいる。

 だけど、悪意や敵意があるわけではない。

 なので特に問題もない、ただ有能過ぎて強過ぎて速過ぎる、単なる無害な垂れ目の男として生きている。


 今のところは、だが。


「アカカゲ、ちょっといいかい?」


 ある日、俺は依頼終わりでキャミィと訓練場で日課の稽古をしようとしていたところをクロウに呼び止められる。


「すまんが少しメリッサにも稽古をつけてくれないか? 対人戦想定の模擬戦をしてやって欲しいんだけど、僕だとどうしても厳しくなり切れないしブライだとやり過ぎてしまう。スキルも同じ軽業系職モノだし少し手本というか……、対人戦というものの緊張感を教えてやってほしい」


 クロウは足を止めた俺にそんな話を持ちかける。


 対人戦……、まあ対魔物よりは心得はあるがそういう技術的なところはもう既にクロウがにクロウが仕込んでいるだろう。

 要は、殺し合いという状況下の疑似体験。

 里でも必ず行われる、生命のやり取りに対する演習……というかミスったり臆することがあれば本当に殺されるんだが。


 心技体は掛け算、冴えた技と屈強な肉体を有していても心構えが出来ていないゼロの状態ならば、それらは発揮されない。


「頼むよ、酒と燻製を奢るからさ。煙草も付ける!」


 空間魔法から酒やら燻製やらを広げてクロウは更に食い下がる。


 ちらりとキャミィの方を見ると。


「ん? 私はいいけど、見るのも稽古になるし。怪我したらどの道私呼ぶんでしょ?」


 あっけらかんとキャミィは俺に言う。


「……わかった、まあやるだけやってみよう」


 俺はクロウにそう返して、諸々の準備を行う。


 そして、準備が終わった頃。


「え? アカカゲが相手……? いや、私はクロウさんに技を習ってんのよ。あんな眉なし相手にならないわよ」


 がっかりした顔で訓練場に現れたメリッサは、俺を見てそう漏らす。


「ぷっ、アカカゲ舐められてるじゃん。まあ確かに、あんたって地味だもんね」


 にやにやと嬉しそうにキャミィが俺に言う。


 いや全くもってその通り、反論はない。

 隠密暗殺を得意として撹乱を行う回避盾の俺には派手さってのは縁遠いものだ。

 相変わらず眉毛もないし。


「一応状況想定を伝えておく。メリッサはパーティでの野盗集団捕縛依頼中に単独の賞金首に遭遇。他のパーティメンバーは現在交戦中でカバーや連携は望めない、単独での戦闘になる。って感じかな。今回アカカゲには賞金首役をやってもらう」


 クロウが模擬戦の状況設定を俺たちに告げる。


 つまり俺が襲いかかる側で、メリッサが対応をいられるわけか……。中々メリッサに厳しい設定な気がするけど、まあ仲間が健在ってところで襲う側の俺は急がなくてはならないってことか。


「要はタイマンって話でしょ? 全然大丈夫――――」


「ああ、メリッサ。君はいつものナイフを使え。木短剣じゃあ意味がない」


 訓練場備え付けの木短剣を手に取ろうとするメリッサに、俺は言う。


「これは殺しも想定した訓練だ。殺す気で来い。俺は飛び道具以外は刃の付いてない模擬短刀を使う。刀身にはしゅを塗ってあるから、斬られたら色が着くだけだから安全に死ねるが――」


 そう言いつつ、俺は意識外から癇癪玉をメリッサの顔に投げて一瞬隙を作り。


「――死ぬほど痛いから、気いつけな」


 模擬短刀でメリッサの首をぶっ叩いて、伏せて俺は言う。


 メリッサの頸動脈に朱で綺麗に直線が描かれる。

 真剣なら即死、これでメリッサは死んだ。


「……痛……っ、こんの、おらあぁあああ‼」


 メリッサは飛び上がるように声を荒げて、突っ込んで来る。


「白煙爆」


 俺は煙幕を張って視界を奪う。


「なっ⁉ どこ――がぁッ‼」


 声を出したメリッサの内腿を模擬短刀で叩く。


 大腿動脈を横切る朱色の線が引かれる。

 これで


 メリッサの『盗賊』の隠密性は『忍者』と遜色ない。なので声や怒気を抑えれば、気配をかなり消せるはずだが……、まあこれで覚えてくれればいい。


「ふっ、風爆ッ‼ ……痛っ」


 メリッサは風の魔法で一気に煙幕を晴らすが、足を止めていたので棒手裏剣を左大腿部に打ち込む。


 毒は塗ってないが、塗っていたら死んでいる。

 これで


 メリッサは刺さった棒手裏剣を引き抜いて、俺に投げ返す。

 おお、これは悪くない。

 しかも結構投擲のセンスもある。

 まあ居着くことのない俺には当たらないが。


 そして、足を封じたことで『盗賊』の強みは活かされない。

 ここからはメリッサは迎撃体勢を選択する。


 このまま遠距離から棒手裏剣でサボテンのように刺しまくってもいいが、流石にやめとこう。

 俺も先輩方にはかなり世話になった、後輩には勉強させてやりたい。


「空間魔法、空間魔法」


 俺は接近しながら空間領域に手を入れて、メリッサの後頭部付近に設定した出口から首の裏側を模擬短刀で打つ。


 これで


「ぐ……っ、この……っ!」


 涙目のメリッサが、かなりしっかりとした動きで接近した俺にナイフを振る。


 流石クロウだ。

 合気ベースに丹田を流動的に動かす身体操作、ブライに比べたら全然だがかたちにはなっている。


 そんじょそこらの野盗と喧嘩してもおくれをとることはないだろう。

 でもこれは喧嘩じゃあない、殺し合いだ。


 鋭く振られ続けるナイフを届かない距離で躱して。


「空間魔法、空間魔法」


 と、俺はメリッサへ聞こえるように詠唱する。

 だがこれは嘘だ。


 メリッサは先程の後ろからの不意打ちを警戒して視線を一瞬逸らしたので、それに合わせて内側から肩口を模擬短刀で打つ。


 腋窩動脈に朱色で線が付く。

 


「痛~~~っ! こんっ…………じょおお‼」


 腕を弾かれたところで、メリッサはそう言いながら歯を食いしばって下がらずに前に出てナイフで突きを放つ。


 悪くない。

 今下がっても混乱や疑念を広げるだけだ。

 だったら接近しているという事実だけに目を向けて、迎撃に徹するべきだ。


 じゃあこれはどうだ?


 俺はナイフの刃に

 顎を上げて向かい入れる。


 ほら、殺せるぞメリッサ、どうする?


「――――ッ⁉」


 メリッサは俺の首に刃が通る寸前、咄嗟に刃を止めてしまう。


 まあそうなるよな。

 流石に、ここで人を殺せるような精神性は持ち合わせていない。

 人を殺すのは、窓ガラス割ったりものを盗んだりするのとは違う。


 俺にはもうない感覚だが、迷わない方がおかしい。

 ブライやセツナやクロウや俺がおかしいんだ。メリッサは正常な反応だ。


 でも対人戦とはこういうことだ。

 ここで迷ったから死ぬ。


 あ、ちなみにマフラーの内側にはくさり帷子かたびらが仕込んであるので俺は死にはしない。それなりの安全性は確保しての行動だ、俺もここで死ぬつもりはない。


 迷って動きの流れを止めて、居着きを見せたメリッサのナイフを模擬短刀で弾いて。

 水月、のど、壇中、肋骨の隙間、アキレス腱、などを模擬短刀で打ち。


 最後にもう一度、首をぶっ叩いて頸動脈に引かれた朱色の線を濃くして。


「これで……、キャミィ! 回復してやってくれ!」


 そう言って倒れるメリッサの元にキャミィを呼ぶ。


 キャミィはメリッサに駆け寄って、回復魔法を施す。


「ありがとうアカカゲ。かなり良い経験になったと思う。対人戦は実戦の中で学べるような機会はあまりない。技量に差があっても、相手があからさまに格下でも、心の持ちようで死ぬことは全然ある。実戦ならそれがわかった時には死んでいるから……、今のうちにそれがわかって良かった」


 クロウは少し辛そうに、回復を受けるメリッサを見ながら語る。


 まあ、その通りだ。

 魔物であれば自身の力量に応じて小型だったり、あまり強くないものなどを選んで戦うことも出来る。

 だが人と人とじゃ技量の差や強さは重要ではあるが、殺しに対する抵抗がなくなった者が制することはままある。


「……う…………はっ‼」


「終わりだよ、メリッサ。お疲れ様よく頑張った」


 回復されて、意識が戻ったメリッサが跳ね上がるように立ち上がったのとほぼ同時にクロウが残像を置いてメリッサの隣に移動して頭を撫でながらそう言う。


「…………っ」


 メリッサは悔しそうに下唇を噛んで、涙目で俺を睨む。


 まあ悔しいよな。

 クロウやブライから習ったことがまるで発揮できなかったのは辛い。


 だが俺は、クロウほど優しくはない。


「メリッサ、今君に描かれている朱色の線は全て対人戦で有用な急所だ。今日風呂に入ると時にでも鏡で確認するといい」


 線だらけのメリッサには屈辱に聞こえるようなことを俺は言う。


「牽制や駆け引きはあれど基本的に生死を分かつのは一撃だ。即死する条件、死に至る損傷、それを成立させる駆け引きを覚えて、何でもいいから迷いを消す方法を持つんだ。君は弱くはない、でもまだまだ色々と足りていないだけだよ」


 続けて俺は煙草に火をつけながら淡々と、総括を伝えた。


 これは忖度無しで、俺とメリッサにそこまでの身体能力的な差はない。

 機動力や腕力、隠密性や危機察知能力は流石に俺の方が上だが運動性や魔法適性や逃げ足なんかはメリッサの方が上だ。


 後は日々の鍛錬と経験が足りてないだけだ。

 まあ満たされるものでもないんだけど。


「…………腹立つけど……、マジでムカつくけど、……舐めてて、ごめん。あと、キャミィは普通にありがとう」


 ものすごく苦い顔をして、メリッサはそう言って訓練場の出口に歩いて向かい。


「……次はぶっ殺す! ばーか! ばーかっ! 眉毛生やせ馬鹿!」


 そう言って小憎たらしい顔で去っていった。


「……えー、なにあれメリッサめっちゃ可愛いじゃん」


 にこにこして口元を押さえながらキャミィは言う。


 おまえが一番可愛いだろ、と言いかけて、どうせ引かれて終わるだけなのを悟り。


「まあいいや、飯行くぞキャミィ」


 そう言って俺たちも訓練場を出た。


 そこから数日後、メリッサは依頼で人を殺した。


 かなり辛そうだったが、それを乗り越えられた時にメリッサは仲間や自分の命を守るすべを一つ増やすことになる。

 最初から人殺しをするように造られた俺には、乗り越え方や向き合い方は教えられない。

 クロウやセツナみたいに、向き合ったことのある者が支える番だ。

 心の中では応援しておこう。

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