翌朝、というか夜明け前。
ギルドの屋根で煙草をくゆらせながら、真っ赤な朝日を待つ。
最早日課だ。
毎日見ても飽きない、俺はこの時間が好きなんだ。
咥え煙草で真っ赤な朝焼けを待ち望んでいると。
「……アカカゲー、アカカゲー?」
俺を呼ぶ声。
声の方へとギルドの屋根から顔を出すと。
「あ、居た。ちょっと待ってて私も登るから」
そこに居たのは薄暗い中そう言って手を振るキャミィだった。
屋根に上がるのに少し手こずるキャミィに縄ばしごなどを下ろして手伝い、屋根に招き入れる。
「よいしょ……っと、わっ、結構高いのね。ここ」
キャミィは屋根からの景色を眺めつつそんなことを言う。
「どうしたんだ? こんな時間にこんなところで、何か用か?」
新たな煙草に火をつけながら、キャミィに
「……実は、あんたに頼みたいことがある」
キャミィは真摯な顔つきで話を切り出す。
「私は今のところ回復役としては……まあ一応やれることはやっているけど。戦闘には参加出来ていない、私が狙われた時は現状アカカゲだったりシードッグがカバーに入るしかないでしょ」
キャミィは語りを続ける。
「それが嫌なの。私は最低限、私自身が回復役を維持できるようにする立ち回りを身につけたい。だから私に戦い方を教えて欲しい。強くなりたいの」
空が
「……お、俺が教えるのか? 格闘戦ならミラルドンやシードッグの方が専門だ。俺は暗殺の応用というか……、騙し騙しそれっぽく動いているだけで別に強くはない」
キャミィの申し出に驚きながら返す。
確かに立派な心がけだし、実際問題キャミィ自身がある程度自分の身を守れる程度に戦えるようになればカバーが要らなくなる。
そうなれば火力を維持できて戦闘時間自体は短くなり、負傷のリスクは減るそれもまた後衛回復役としての役割ともいえる。
だが暗殺者としての立ち回りならまだしも、格闘戦となると俺も未熟だし半端もんだし対魔物に関しちゃキャミィと俺の習熟度は変わらない。
躰道や忍道だったりの基礎的な身体操作というか身体の使い方や運足だったりで正中線を晒さない立ち回り程度なら俺にも教えられるが……。
それでも俺じゃなくておっさん共から習った方が良い、全員馬鹿だが実力は本物だ。
「ミラルドンやシードッグは確かに強いけど倒すのを目的としている前衛火力としての立ち回りだし、後衛として戦闘持久力を延ばすための立ち回り、護身に近いものを知りたい。それにアカカゲはブライ相手に勝ったじゃない! トーン最強はあんたなのよ!」
嬉々として熱量を持って、俺に迫るようにキャミィは言う。
まあ確かに……?
だがブライに勝ったのは俺がブライより強いからじゃあない。
勝負において強さは重要な要素ではあるが、絶対じゃあないからだ。
暗殺は通らず、ナンセンスで死に至らない悪足掻きの一撃だけがハマっただけにすぎない。
「だから教えて! お願いっ!」
身を乗り出してキャミィはさらに熱意を見せる。
んー……、まあでも基礎的な身体操作というか身体の使い方で身体能力を上げるのに躰道がかなり良いのは事実だが……。
クロウあたりから習った方が対魔物向けにも最適な立ち回りが――――。
何て考えたところで、朝日が昇る。
真っ赤な朝焼けに包まれて、真っ赤な世界でキャミィの大きな瞳が赤くきらきらと輝きを放つ。
あまりの美しいその輝きに、俺は吸い込まれるように顔を近づける。
朝日を映し出して
心が奪われた。
「え、ちょ……ちょちょっ、何してんだコラァああああああ‼」
「ご……っ」
俺は顔と顔がくっつく寸前で、キャミィにぶん殴られて屋根から落ちる。
「うわっ! え、死んだ⁉」
「死なないよ……」
外壁に指を掛けて回転して屋根に戻り、慌てるキャミィに落ち着いて返す。
あー痛え……、特に何の訓練も受けずにこれか……才能があるんじゃないか?
完全に夜が
「……いいだろう。と、言っても基礎的な身体操作くらいだけどな」
俺はキャミィへ、殴られて赤くなった顔をマフラーで隠しながら答えた。
そこから。
「前後、左右、
地面に八方向に書いた線の上で構えを左右で入れ替えながら、躰道の運足を実践しつつキャミィに説明する。
「うん、いい感じ。もっと胸を開いて肩甲骨を立てる。そうすると背筋が通るから上半身が骨盤の上に真っ直ぐ乗っているイメージで腰を
そんな俺の言葉を真面目に、キャミィは聞きながらひたすら基礎稽古を行う。
ここから、早朝と晩飯後に基礎稽古に付き合った。
俺は未熟で依頼時に怪我をすることが多い、キャミィには毎日迷惑をかけている。このくらいなら安いもんだ。
そして数ヶ月の後。
「一匹抜けたぞ‼ アカカゲはキャミィをカバーッ‼」
「必要ないわ!」
ジスタの指示で俺が動こうとしたのをキャミィが拒否する。
魔物は角の生えた大きめの犬みたいな姿。
この辺りの魔物ではかなり小さい方だが、それなりに機動力もあり牙も角も脅威な魔物だ。
噛みつかれたらキャミィの細腕くらいなら食いちぎるくらいには、強い。
そんな魔物を相手に半身に構え、運足を用いて距離感で躱して常に軸をずらして立ち回る。
的を絞らせず居着くことをしない、基本通りの動きだ。
キャミィの動きを見て、カバーに向かわず俺はキャミィに意識を向けつつ撹乱を続ける。
ここにキャミィの努力を知らない奴はいないし、キャミィの実力を疑う者はいない。
だが躰道ベースの立ち回りは確かに有用で強いが、それだけで何とかなるなら里は滅んでいないのも事実だ。
いつでもカバーが出来るようにはしておく、これが連携だ。実際キャミィが一匹引き付けてくれているだけで討伐効率が落ちていない。
しかして、魔物は狡猾だ。
直線的な動きから無理やり頭を振って、生物的ではない不自然な動きで軸をずらしたキャミィに牙を向ける。
カバーに動こうとした瞬間。
キャミィの大きな瞳から、真っ赤な炎が噴き出したのが見えた。
その熱が俺の心に火を
俺はワイヤーを通した十字手裏剣を投げて、ワイヤーを魔物の上顎に引っ掛ける。
上顎を支点に返って来た十字手裏剣をシードッグが大剣でワイヤーを
俺とシードッグでワイヤーを引いて、一瞬だけ魔物の動きを止める。
居着き、殺しが最も成立するタイミング。
キャミィは魔物の喉元に、運足からの推進力を乗せた旋状突きを放つ。
そのまま構えに戻しながらの足運びのまま更に、突き。
腕を中心軸に戻しながら、くるりと回って更に旋状突き。
さらに戻して裏拳。
旋状突き、突き、中段突き、裏拳、旋状突き、中段突き、突き、突き、裏拳、中段突き、旋状突き。
くるりくるりと足を運び。
常に推進力と重さを両の拳に乗せ続け。
回復魔法を唱えて拳の怪我を常に治しながら。
魔物の頭蓋骨を砕いて潰し。
キャミィはほぼ単独で、魔物を討伐した。
しかも素手で、殴り殺し。
そこからキャミィを狙う魔物はいなくなり、より迅速に討伐することが出来た。
「……いやはや、まさか魔物を素手で討伐するとは恐れ入った。本当に格闘戦の才能があるな」
「いや、あんたは魔物戦の才能なさ過ぎ! なんで最後の最後でこんな怪我してんのよ! アカカゲの動きなら私なんかよりもっと綺麗に戦えるはずでしょ⁉ 馬鹿過ぎるわよあんた……」
俺はうつ伏せに倒れてキャミィに回復されながら素直な感想を述べると、間髪入れずにキャミィは捲し立てる。
いーや……、ぐうの音も出ん。
かなり魔物戦にも慣れてはきているはずなんだが、どうしてもここぞと言うところで駆け引きを挑んでしまうというか考えてしまう癖が出てしまうな……。
冒険者になった俺でこれなら、暗殺者なら初手から駆け引きを挑むだろうし相討ちもするだろうし……、そりゃあ里も滅びるか。
「……よし! 全員集合、話がある」
俺の回復が終わるのを待って、ジスタが号令をかける。
「実はちょっと前から、シードッグには相談していたんだが。そろそろパーティを二つに分けようと思う」
ジスタはギルドの机を囲むパーティ全員に、そう告げる。
「単純に六人は多いし、前衛過多気味だし、キャミィもアカカゲもかなり育った。だから俺、ミラルドン、テラの三人とシードッグ、アカカゲ、キャミィの三人で分ける」
そのまま具体的な編成を語る。
「上級依頼は俺らの方で受ける、まあバリィたちも上級を受けられるようになってきたし全然回せる。中級以下をシードッグたちの方で受けてもらう。しばらくはバリィたちも中級メインで受けるだろうから、ここも問題なく回せるはずだ」
続けて淡々と考えを語る。
流石ベテラン冒険者でパーティリーダーだ。基本は馬鹿だが。
結構考えてやがる。基本馬鹿だけど。
「俺とミラルドンとテラからすれば元々のパーティからシードッグが抜けるような感覚で、もっと言うなら前衛火力をミラルドンへ一任することになるが……、まあ別になんとかなんだろ」
後半投げやりになりつつ、編成内容について語る。
「シードッグ、アカカゲ、キャミィからすると、テラの後衛火力がなくなるし、前衛盾はアカカゲの回避盾のみとなり、前衛火力はシードッグ一枚になる。かなり未知な編成ではあるが……俺は可能であると判断した」
続いて俺らの方の編成について、自信ありげに語る。
まあ確かに未知ではあるが、シードッグは元々軍人でかなり柔軟に連携を取れる。
キャミィは言わずもがな、バトルヒーラーとして芽が出て来ている。
不安要素といえば俺が前衛回避盾としてはヘボ過ぎることだが……、いや、しかしそれを見越しての中級以下の依頼で慣らして行く感じなのか。
で、あれば確かに何とかなるか。
「…………勿論文句は受け付けるが……、まさか、ごめんなさい僕には無理ですぅ。なんて泣き言ぬかす奴はいないよな……? そんな雑魚がいるなら全然相談してくれても構わねえけどなぁ」
ジスタのそんな煽り混じりの実質一択な確認に対し、全員無言で肯定を示して。
「よし! じゃあ、そゆことでよろしくちゃん」
にやりと笑って、ジスタはそう締めくくった。
そこから俺はシードッグパーティの回避盾として活動することになった。