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03だから東に昇って西に沈んだ

 魔物の襲撃で滅んだ里のこと。

 殺人用自動人形として造られたこと。

 暗殺者として完成してしまっていること。


 故に、殺しにおいて手段を選ばず何でも使うこと、自らの命ですら状況のひとつとして扱ってしまうこと。


 習性として、殺しを遂行する為に相討ちをいとわないこと。

 殺しの状況は時間が短ければ短いほどに良いとされること。

 今回のも撹乱中に、つい、今ここで刃を通せば状況が完了される。という相討ち前提の行動をしてしまったこと。

 そんな俺を止める者が居ることを想定していなかった為に連携を乱してしまったこと。


 それらを語った。


「……なるほど暗殺者、だからおまえちょいちょい俺らの首を狩り取りそうな雰囲気出してたのか……合点がいった」


 ジスタは煙草を吹かしながら、俺の話を聞いて平らな声でそう言った。


 やはり良いイメージはないか。単純な話、俺は人殺しなわけだし実際俺は十六年の人生で二十六人は殺している。

 一応国というか貴族からの依頼なわけだが、非合法な殺人である。だから、俺はただの大量殺人犯でしかない。


 俺を捕らえて軍にでも売っぱらうか、正義感で俺を殺すか、まあいずれにしろ逃亡しかない。

 山脈を越えてさらに東のライト帝国にでも行くか。


 なんて、巡らせていたが。


「……いーや、良かったぁ。じゃあ別に自殺志願者とか、死に場所にトーンを選んだとかじゃねえんだな……」


 ジスタは笑顔で、安心したようにそう言った。


「いやたまに居たんだよ。せめて戦いの中で死のうとか考えて山脈の魔物にいどみに来た馬鹿な軍人崩れとか指南役崩れとかが」


「「俺らじゃねーか」」


 続くジスタの語りに、テラとシードッグが反応する。


「要するに地域的な風習が染み付いちまってるだけなんだろ? じゃあ直るさ、思ってる以上に人は柔軟だ」


 そう言いながらジスタは空間魔法から酒と煙草を取り出して俺に放り投げる。


「まずはそっから始めろ、おまえは少々が足りてねえ」


 にやりと笑いながらジスタはそう言って鼻と口から煙を吐いた。


 俺はこうして、暗殺者から新米冒険者で喫煙者になった。


 煙草、一切の栄養素もなく呼吸器の機能低下を引き起こし心臓疾患などのリスクを上げ、体内の栄養素を破壊し、依存性によって思考力も低下させる。

 まさに百害あって一利なし。


 酒、アルコールによって肝機能の障害や脳へのダメージも与える。酩酊状態であれば判断力や記憶力や身体能力自体のいちじるしい低下を引き起こす。感情の抑制と言語中枢にも影響を与え意思の疎通が困難になる。

 人の甘えが生み出した世界を腐らせる毒液だ。


 合理性の欠片もない、みずから行動に自らかせをつけることほど愚かな行為はない。

 パフォーマンス維持において健康は前提だ。

 もちろんどんな状況でも最高のパフォーマンスを発揮するのも前提だが、それでも健康的な肉体を維持することは大前提だ。


 確かにこれはナンセンスだ。


 なんて考えながら。


「あー……くっそ、飲みすぎた…………ちっ、おらあ!」


 例の酒場でおっさんたちに飲まされまくって酩酊した俺は、同じくドロドロに酩酊して抱きつくジスタを膝蹴りで剥がして立ち上がる。


 くっそ……思考が遅い。

 足に力が入らん……、あー酔った。

 あの後、飲み方を教えてやるとか言われて連れてこれて夜通し飲まされた。

 キャミィは最初の一時間くらいで帰りやがった……、まあ仕方ねえか。


 そのまま店のママに視線を送ると、あんたはさっさと帰りな。と、言わんばかりの呆れた表情で見送られ酔いつぶれたおっさん共を置いて店を出る。


 外は空がしらんできていた。


 俺は不意に、東を向く。


 山の隙間から赤い光が漏れ、一瞬で町を赤く染め上げる。

 逆光で真っ黒な山から、真っ赤な朝が夜を蹴散らして行く。


 赤い世界で口元を覆う赤いマフラーをずらして、口を出し。

 空間魔法から貰った煙草を取り出し一本くわえて、ブーツのかかとでマッチをって火をつける。


 勢いよく煙を吸い込んで、むせそうになるのを根性で耐えて肺が煙で満たされる。

 ニコチンで頭がくらりと揺れるのと同時に、鼻と口から煙をどっぷりと吐き出す。


 喉が痛い。

 肺も辛い。

 頭がふらつく。

 煙が染みて涙が出る。


 ああ、ナンセンスだ。


 飲酒による酩酊状態で感情が抑制できない。

 喫煙による肺への締め付けが、まるで心に染みているように感じてしまう。


 だからだ。

 これは、酒と煙草による状態異常だ。


 真っ赤で美しい朝日に、俺を包む朝焼けに、涙が止まらない。

 天体として必然の動作における単なる気象現象に、感動してしまっている。

 こんなものはナンセンスだ。


 でも。


「……悪くない」


 俺はそう呟いて、マフラーで涙を拭い煙草をくゆらせながら夜が退しりぞいていく様子を眺め続けていた。


 数ヶ月後。


「マジ……か、ついにやりやがった……」


 ギルド併設の訓練場で、ミラルドンが片膝を着いて俺に言う。


「向こう一ヶ月の酒代……、だったよなあ? ミラルドン」


 俺は煙草に火をつけながら、脇腹を押さえて苦悶の表情を浮かべるミラルドンに堂々と宣う。


 これは模擬戦……とは名ばかりの、単なる喧嘩だ。

 一応木刀や袋竹刀を用いて、殺傷力の高過ぎる魔法は使わないようにしている。あくまでも稽古の範囲で行われている。


 まあ、駆け引きの部分だったり対人用の技は魔物戦にはあまり意味はないが、戦闘状況下想定での緊張感の中で体を動かすのは意味がある。

 だが一対一想定での戦闘状況下などパーティで動く俺らにはあまりないので、正直意味はない。

 ちょっとしたレクリエーション、つまりナンセンスだ。


「くっそ……てめぇ対人だとこんなにやれたのか……油断した、それともキャミィに手当されたいが為にいつもは手ぇ抜いてんのか? 畜生……一ヶ月か……あんま高ぇ酒は飲むなよ馬鹿」


 ミラルドンはにやりと笑ってそう返し、脇腹を押さえながらギルドへと戻っていった。


 まあ、格闘戦らしい格闘戦はしていないからな。暗殺の応用、不意打ちや奇襲というか徹底して意識外からの攻撃をしまくった。

 さて、ミラルドンにツケて酒でも飲みに行くか。せっかくだしキャミィにも声をかけて――――。


「おい待て馬鹿眉なし馬鹿、俺とも遊んでけよ」


 俺の思考を斬り裂くような鋭い殺意を背後から飛ばして、馬鹿が声をかけてくる。


 振り返って視界に入るのは案の定、二本の木剣を握って構える喧嘩屋ブライ・スワロウだった。


「……ブライ俺は今からミラルドンの金で酒を


 俺はあたかも適当にあしらって去ろうする風のことを言いつつ流れのまま魔法で煙幕を展開する。


 ブライは頭がおかしいので会話は成立しない。

 結局、なんだかんだで戦うことになる。


 先手必殺。

 トーンギルドでトップクラスの近接技量を有するブライとまともに打ち合って勝てるわけがない。


 視界を奪い、暗の状況からの一撃必殺。

 つまり暗殺の状況は整った。

 気配を殺し、音もなく、ブライの尖った殺意を辿るように接近し。

 顎を打ち抜いて寝かせ――――。


 なんて想定通りに振った、短木刀は寸前でブライの木剣で止められる。


 その瞬間。

 余計なことはせず、一心不乱に俺は離脱をする。


 もう一度、煙幕に紛れて牽制を混ぜてもう一度狙う。


「こっっ…………ざかしいんだよぉおおおおお――――ッ‼」


 と、声を荒げながらブライは双剣を大きくぶん回して煙幕を散らす。


 無茶苦茶だこいつ、せめて風系統の魔法を使えよ。

 俺の姿を目視確認した瞬間、歪んだ笑みを浮かべて膝抜きを用いた縮地のような移動術で距離を詰めてくる。


 一見あらく見えるが緻密な身体操作でコンパクトに振り抜かれるブライの反撃をギリギリで躱して距離を取ろうとするが。

 双剣による厳しい追撃が迫る。


 勘が良すぎるだろこいつ……っ、必殺を反応だけで対処すんじゃねえ。


「――空間魔法、っ!」


 俺はブライの剣撃を躱しつつ、空間魔法から棒手裏剣を取り出して意識の隙間に投げる。


 棒手裏剣に反応させたところで喉元に殺意を飛ばして、さらに反応を引き出して距離を取る。


 このままブライに張り付かれたら死ぬ。

 まずは投擲とうてきで距離感を保って、勢いを殺す。


 棒手裏剣や十字手裏剣を投げまくり、ひしを撒いて運足を制限して、地道に削っていく。


「空間魔法……」


 俺は再び空間魔法を展開して、空間領域に手を入れる。


 同時にブライは双剣で細かく菱を砕きながら、俺に接近し前蹴りを放つ。

 俺は空間領域から閃光弾を取り出して起動しながら、背を向けて倒れ込むように蹴りを躱す。

 炸裂音と閃光、一瞬の怯み。


 今、


 倒れ込んだ動きのまま、手を地につけて頭を地面に向けて振る勢いのままテコの原理のように足を突き上げるように蹴り抜く。


 海老蹴り。


 里では身体操作の基礎に、躰道を習う。

 けることに重きを置き、機動性と運動性を上げる。

 さらにコンパクトからダイナミックを生み出す躰道の技は出処が分かりずらく初見での対応は不可能。


 しかし、逆さの視界には二本の木剣を遮蔽にして防いだブライの姿。

 反応……いや勘だろ……っ、だが木剣はへし折った。これで『双剣士』による補正はなくなった。


 四肢を中心軸に集めて高速回転して向き直し。

 短木刀を喉に向けて突き出す。


 しかして、スキルを封じた程度でこの馬鹿は止まらない。

 俺の突きに合わせて、オーバーハンド気味の右フックをカウンターで合わせて来る。


「ぐぇ……っ」

「ぎあ……っ」


 俺の突きはブライの喉に浅く入り。

 ブライの右フックは俺の左側頭部にギリギリ届き。

 同時に二人で勢いのままに、飛ばされる。


 脳が揺れるほど入らなかったが、これで鉄菱でも握られていたら死んでいた。失態だ、くそ。


 俺は勢いのまま構え直し、ブライも喉が通るか確認しながら体制を整える。


「っ…………武具召喚」


 ブライは喉が通ることが分かると、真剣を二本び出す。


「空間魔法」


 俺もそれを見て、短刀と毒付きの棒手裏剣を空間領域から取り出して構える。


 ブライは馬鹿だが最強だ。

 俺のような半端で未熟な奴が、本気で勝つのなら殺す気でやるしかない。

 そして殺す気でやれるのなら、俺が勝つ。


 本当にすまん。

 バリィたちには本当に悪いが。

 ブライは殺す。

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