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02だから東に昇って西に沈んだ

 翌日の朝。

 男に言われた通りにギルドへと向かった。


 簡単な椅子と机が並び、奥にはカウンターと大きな掲示板。

 椅子と机で冒険者らしきやからが何かを話し合っている。


「またブライは遅刻か……、なんで酒やらねえあいつが一番寝るんだ。馬鹿だからなのか?」


「いやバリィ、実際集合早いよこれ……。多分昼前集合でも依頼取られないから……ふあ……、ねーむいわ……」


「やっぱそうよね? リコー、これ早いよね? 私も朝弱いからギリギリなのよね……、もうちょい朝に余裕欲しいんだけど」


「……確かに、ジスタたちは朝来ねえから先に良い依頼受けちまおうと思ったが、そもそも朝イチは美味い依頼もそんなねえしな……やめとくか次から」


 そんな話が耳に入りつつ、ギルドの受付に進むと。


「冒険者登録かい?」


 受付に座る、黒髪に黒い瞳で垂れ目の恐らくギルド職員の男に声をかけられる。


「登録……そうだな。仕事を受けた……っ⁉」


 俺はギルド職員にそう返そうとしたところで、


「ああごめん、僕はクロウ・クロス。なんか凄い速い職員だと思ってくれ」


 カウンターから離れた棚から何かの書類を取りながら、なんか凄い速いギルド職員のクロウ・クロスはそう言って。


「じゃあこれに名前とスキル、もし以前に武術経験や何か戦闘職経験があれば使用武器なんかも書くんだけど。まあ、全然偽装してもいいよ。でもスキルとかは隠しすぎるとパーティ組んだ時に連携に支障が出るから、少なくとも仲間になる人たちには教えた方がいいよ」


 棚の前に残像を置いて、突然目の前で記入用紙を広げながらクロウは淡々と説明をする。


 ……いや、もうこの速さに驚くのはやめよう。なんか凄い速いでいい。


 それより偽装有りって、なんていい加減な登録なんだ……。

 名前とスキル…………まあ別に隠す必要もないか。

 里はないし、既に俺は暗殺者ではない。

 世の中に存在を隠す必要もない……が。

 流石に元暗殺者は書かなくていいだろう。

 人殺しは一般的にはあまり良いイメージがない。こんなことで食いっぱぐれるのは面倒だ。


「アカカゲ・ブラッドムーン……スキルは『忍者』で、魔法系統は火と無属性の二つ……空間魔法と身体強化が得意で使用武器は何でも……、武道武術の心得は有り……おもたいどうと家に伝わる古武術……冒険者経験は無し……ふむふむ」


 俺が記入した内容をクロウは咀嚼するようにぶつぶつと読み上げる。


「この町で依頼を受けるということでいいのかな?」


 クロウは書類にサインをして、登録証を発行しながら俺に問う。


「ああ、そのつもりだが……問題があるのか?」


 俺は問いに答えつつ、意図が読めなかったので確認をする。


「いやいや、当ギルドは常に新人大歓迎だよ。でも、このギルドのおもな依頼は魔物討伐。もちろん対人や採取系もあるけど、基本的に山から湧く魔物を減らしに行ったついでに採取をしたり隙間に商人護衛などをやったり、野盗を捕まえに行ったりって感じになる」


 クロウは丁寧に説明をする。


「君は対人戦の心得はそれなりにあるように見えるし身体も鍛えているが、魔物討伐には明るくない。でもここで冒険者をやるからには魔物討伐、魔物戦闘においての立ち回りが要求される」


 続けて俺の中にもある懸念点に触れる。


「だからとりあえず数日は基礎講習から始めて、ある程度かたちになったらどこかのパーティに混ざって依頼をこなす感じになるから……すぐには稼げないけど、それでいいならって感じかな」


 淡々とそんな説明をしてくれる。


「問題ない。こちらとしても基礎を習えるのは非常に助かる」


 俺は説明に対して簡潔に答える。


「よし、善は急げだ。とりあえずさくっと今ある仕事終わらせて講習用の部屋を抑えてくるから十分待ってくれ。講習は頼りなくて申し訳ないが僕が担当しよう」


 そう言ってクロウは残像を置いて消える。


 流石に慣れたが……、頼りないってのは謙遜が嫌味に化けているぞ。

 今の状況じゃあ殺す方法が見つからない。

 寝込みを襲うとかもっと完全に暗殺を成立させないと不可能だ。


 俺がとりあえず講習を待とうと思ったその時。


「ちょーっと待てクロウ! その坊主はうちで預かる!」


 背後から昨日聞いた声が飛ぶ。


 振り向くと男が四人、内二人は昨晩会った酔っ払いだった。


「その坊主は俺が目をつけてたんだ。おまえに任せといたら間違いはねえかもしれねえが、冒険者じゃねえおまえじゃあ冒険者として一番根っこの熱いところは教えらんねえからな」


 二日酔い気味の男は、そう言って俺の頭に手を置こうとしたのでける。


「まあ僕としてはジスタたちが良いなら構わないけど……」


 クロウは垂れ目を細めて穏やかにそう言ってから。


「おざなりに教えて新人潰すようなヘマしたら……、全員畳むぞおっさん共」


 瞬きの間に男の目の前に移動して凄まじい圧力を放ちながらそう言う。


「誰相手に言ってんだクロウ。調子乗んなよてめえ……」


 男も凄まじい圧力を放ちながらそう返す。


 ええ……、何故争う……?

 俺としては仕事のやり方教えてくれるのならどっちでもいいんだが……。


 謎の緊張感が走る中、やや俺が困ったところに。


「ちょっといい? 冒険者登録ってここで出来るって聞いたんだけど」


 ぶっきらぼうな女の声。


 全員がほぼ同時に女の声の方へと向く。


 そこにいたのは。

 きらきらと光るウェーブがかったマロンブラウンのつやのある髪をふわりと揺らし。

 健康的だが白くんだ肌。

 ぱっちり開かれ長いまつ毛の隙間からは青空のようにあおひとみが覗かせ。

 桜色の唇をへの字に歪ませた。


 美人、いやだった。


 俺はあまり人間にそういう価値観を持たない。

 殺すの標的を判別する為の身体的特徴でしかない。

 大人か子供か、男か女か、大きいか小さいか、人にはその程度の差しかない。

 そう思っていたはずなのだが……。


 目を奪われた、見蕩れてしまった。


「ああ、ここであっているよ。これに名前とスキル、もし以前に武術経験や何か戦闘職経験があれば使用武器なんかも書いて。まあ、全然偽装してもいいよ。でもスキルとかは隠しすぎるとパーティ組んだ時に連携に支障が出るから、少なくとも仲間になる人たちには教えた方がいいよ」


 職員のクロウは気づいたら記入用紙を手に取り、一瞬で超絶美少女の前に現れて先程と同じようなことを言いつつ記入用紙を手渡す。


「……っ!」


 超絶美少女は大きな瞳をさらに大きく広げて驚きながらも用紙を受け取る。


 驚きつつも近くの机で美少女は記入を始めた。


「よし! こっちも俺らで預かる!」


 男は強く机に手を乗せて宣う。


「おいだから、あんたらでちゃんと新人を――」


「だからはてめえだクロウ! だからこのジスタ・スタンドを舐めんじゃねえって‼」


 クロウの言葉に被せるように、冒険者ジスタ・スタンドは堂々と不敵に笑いながら言ってのけた。


 こうして俺は暗殺者から冒険者になり、見習いとしてパーティに属することになった。


 パーティリーダーはジスタ・スタンド。

 スキルは『片手剣士』で片手剣と丸盾を装備して前衛にて攻守共にバランス良く戦い、それなりに攻撃魔法も使う。

 前衛から後ろを見ずに全体を把握して連携指示を出す。

 万能型なスタイルでかなりの手練だ。


 前衛火力一枚目はミラルドン・ミラーマン。

 スキルは『侍』でニホン刀を使う。

 抜刀速度は不可視に近く、鉄をも斬り裂き丸太のような魔物の手足も斬って落とす。

 魔法はそれほど得意ではないが最低限身体強化を使う。

 前衛火力特化なスタイル、これまたかなりの手練。


 前衛火力二枚目はシードッグ・セサミ。

 スキルは『重戦士』で大剣使い。

 状況判断力が高く、連携を重視して臨機応変にミラルドンとスイッチして高火力な一撃を叩き込む。

 魔法も多少なら援護程度に攻撃魔法も使え、大剣を遮蔽にした防御の立ち回りも出来る。


 後衛火力兼サポートはテラ・ギガメーガ。

 スキルは『魔法速射』で魔法使い。

 やや前衛火力に寄ったパーティ構成の中で、後衛を一手に担う凄腕魔法使い。

 魔法の連続使用による一人波状攻撃での畳み掛けや、的確な魔法援護によって後衛の仕事を完璧にこなす。


 そして同期というか、同じ新人であるキャミィ・マーリィ。

 スキルは『復元』で現状は後衛で回復役を務めている。

 多少の医学的な知識を持つテラから日々座学的な医療知識を吸収して、よく怪我をする俺で実践的に試している。


 まあ、そして俺はというと……。


「……てんめぇ……っ、いい加減にしろ‼ 死にてえのかッ‼」


 ミラルドンは俺を怒鳴りつけながら掴みかかろうとするのを、俺は躱す。


「落ち着けミラルドン。だがアカカゲ、おまえもおまえだ……、何故あんな捨て身な攻撃を選ぶんだ? おまえの動きの良さならもっと他にもやりようはあるだろ?」


 シードッグはミラルドンを止めつつ、落ち着いて俺に問う。


「同感だ。貴様の機動性であれば、撹乱に徹してヘイトを集めて火力役に回すことが出来るだろう。わざわざ危険を侵す理由がわからん」


 テラも眉をひそめながら疑問を投げかける。


「……まあ熱くなって無茶をしちまうのは新米冒険者には、ままある話ではある。俺も勿論、ここにいる奴は大抵そうだった。だからまあ別に仕方ないし、俺たちはそんなよくある話に目くじらを立てたりはしない……」


 話を聞いていたジスタは頬杖をつきながら、淡々と語り出す。


「だがアカカゲ。おまえはそういうタイプでもねえ、おまえのはただ自分の生命に無頓着なようにしか思えねえ。なんでそんなことになってんだ? それは直せるもんなのか、それとも、そもそもが死にたがりなのか。聞かせて貰おうか」


 そのままジスタは真摯な眼差しで、俺に話すように促した。


 流石に言うか……。

 実際問題、俺の動きで連携が乱れて迷惑をかけたわけで。

 不信感に対する説明責任は確かにある。


 …………仕方ないか。


「……俺は暗殺者として生まれて、暗殺者として育った暗殺者だった――――」


 俺は語った。

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