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01だから東に昇って西に沈んだ

 俺、アカカゲ・ブラッドムーンは暗殺者だ。


 殺せと言われたら、殺してくる。

 手段は選ばない、必要なのは結果のみ。


 騙し討ちや人質、毒や刃物、時には金銭、自分の命ですら何でも使う。

 我々は躊躇ためらわず、いとわない。


 それだけの為に存在する殺人用自動人形のようなものだ。

 意思や感情や感傷はなく、任務のためだけに動く。


 ここはそういう者たちが生存する場所。


 セブン公国が王政だったころから、ここには暗殺をする為の殺人用自動人形を育てあげる為の場所だ。

 名前はない、本来存在しない場所だから必要がない。通称は隠れ里とかそんなふわっとした呼び方をしたりしている。


 俺もそこで、殺人用自動人形として育った……というか造られた。

 暗殺者として強制され矯正されてきた。


 別に辛かったとかそう思ったこともない。

 俺はつま先から髪の毛一本までそれで出来ている。

 疑問もないし、それについて特に何かを思うことも考えたこともない。


 だが、困った。

 困ったことが起きた。


 里が魔物によって滅んだ。

 いやはや……流石にこれは参った。


 この里には魔物防衛用の人員、軍の者やいわゆる冒険者のような者はいない。

 まあ、そもそも公国には存在していないものとされている場所だ。存在しないものを守るなんてことは出来ない。


 だがこれでも俺が属するブラッドムーンを含めて四つの暗殺者一族がいる、女子供も含めてここには殺しに関してはそれなりの腕を持つ者しかいない。

 だから昔からこの里が魔物から被害を受けたことはなかった。


 しかし、今回は数が多かったのと屈強な魔物が多かった。


 混同されがちな話だが、殺しと戦闘は別のものだ。

 戦闘状況下での殺しということも無くはないが、殺しは状況が戦闘になる前に終わらせるのが基本だ。


 戦いの中でしか人が死なないのであれば、世の中の殺人事件の犯人は全員屈強な戦士だ。

 女子供老人でも、殺しは成立させられる。


 俺たち暗殺者にとって、戦闘は殺しを成立させる為の状況の一つでしかない。


 そして魔物には殺人でのセオリーが効かないこともままある。

 肉体の構造や、そもそもの死に至る条件も違う場合があるのだ。


 だから滅んだ。

 まあ一応、三日三晩耐えたが割とあっさり滅んだ。


 俺はたまたま唯一生き延びてしまった。


 鍛錬の為に、近くの山の頂上にそびえる一本杉の天辺で気配を殺して三日三晩木の一部に成るというものだった。


 そう、丁度この間に里は滅んだ。


 里に戻ったら、ありとあらゆる建物は無惨にも破壊され。

 激しく損壊した死体が飛び散り、皆殺しにされていた。


 いや……ギリギリ一人生き残っていた。

 だがもう死ぬ。

 医者じゃあないので正確な診断は出来ないが、死に至るかどうかを見極めることは出来る。


「……アカ……カゲか……、魔物襲撃により…………我々は全滅……した、生き残……りは、おま……えだけ……だ……」


 半身を食いちぎられて血溜まりにう男は途切れ途切れ、細かく意識を失いながら最後の力を振り絞って俺に言う。


「……こ、の里……は、終わ……りだ。後は……おま……え、の……好きに、しろ……、勝手……に、おまえは……、自由だ」


 そう言って、男は死んだ。


 面識のあるはずの男なのだが、損傷がひどすぎて誰だか特定は出来ない。


 これは困った。


 好きにしろ。

 勝手に。

 自由だ。


「一つもわからんぞ……そんなもの」


 俺は男の言ったことに対して、一人呟く。


 とりあえず。

 俺が最初にしたのは、死体集めだった。


 里に散らばる死体を、一箇所に集めて木材と一緒に火をつける。

 火葬……と言えば聞こえは良いが、これは処理だ。

 俺たちは存在していない場所にいる存在しない者たちだ。

 このままここを放棄して、死体から俺たちの存在を暴かれてはならないし、知っている者にも俺たちが既に滅んだことを悟られてはならない。

 故に、痕跡は全て消す。


 一晩かけて死体を全て処理し終え。


「……空間魔法」


 建物から回収出来る金銭や武器などを、空間魔法に詰め込んでいく。


 俺はそれほど攻撃魔法は得意ではないというか、詠唱が必要になる攻撃魔法は暗殺に向かない。

 だが、空間魔法や身体強化などの汎用性が高いものに関してはそれなりに習得している。


 可能な限り、食料や必要な日常品や武器類を空間魔法に詰め込んで建物にも火を付けて回る。

 全ての建物が焼け落ちたのを確認して、俺は里だった場所を出た。


 しかし、行くあてなんて俺にはない。

 公都に行って、どこかの貴族から仕事を受けるか……、軍にでも話を通して仕事回してもらうか……。


 ああ、わからん。

 俺は状況判断は出来るが、思考するのが極端に苦手だ。


 受動的に仕事をこなすこと以外の行動原理を知らない。

 能動的に自ら考えて行動するなんてこと、殺人用自動人形の俺はやってこなかった。


 だからとりあえず誰かというか、何かの組織に属して命令通りに人を殺すしか思いつかなかった。

 そうするべきだし、それしか思いつかないのだからそうするしかないのだが。

 あの、誰だかわからない男の死に際の言葉が、何故か脳裏にこびりついて剥がれない。


 好きに、勝手に、自由に。


「…………」


 俺は真夜中の空を見上げて、星と月の光をぼんやりと眺めながら、考える。


 夜は落ち着く。

 ……あれ、もしかして俺は……夜が好きなのか?


 確かに闇に紛れるのは暗殺の基本だし視認性が落ちるし朝型の人間は疲れが出る頃合なので、夜の行動は確かに利がある。

 だがこれはあくまでも殺しの状況中で、任務遂行しやすいというだけだ。

 暗かろうが明るかろうが、殺すだけだ。


 じゃあ何で俺は今、夜で心臓がざわつく? 何故俺は落ち着いた……?

 足を止めて考えこむ、ナンセンスだし向いていないが考える。


 やがて空が段々としらんできて。

 東の果てから、朝日が昇る。

 地平線の先にある山脈の隙間から覗かせる、半熟玉子の黄身より赤く輝くそれが網膜を通して心臓……いや、心を触る。


 ああ、俺はこれが好きだったんだ。

 夜を溶かしてき消す、朝日が、待ち遠しかったんだ。


「……好きに、勝手に、自由に……か」


 俺はそう呟いて、マフラーを口元まで上げて朝日に向かって歩き出した。


 真っ赤な太陽に焦がれて、ただ東に向かって、歩みを進めた。

 特に目的もなく、ただひたすら東を目指していたところで。


 東の果て、トーンの町へと辿り着いた。


 このまま山を越えてライト帝国まで行くかどうかを考える為に、町へと寄った。


「…………っ、なんだ……これは」


 俺は不意に声を洩らす。


 何の気なしに入った町の飯屋で出された魚と米が、美味かった。

 里でも穀物は育てていたし、沼には魚もいたので食べなれてはいるはずなのだが……水か? 水が違うとこうも違うのか?

 どうやら俺はここの飯を気に入ったようだ。


 とりあえずしばらくはここに住むか……、特に目的のある行動ではないし、旅をしているわけでもしたいわけでもない。

 仕事はどうするか……、俺は殺ししかやったことがない。


 一応鎌を使えるので穀物の収穫やらは手伝だったことはあるが、基本的に俺のスキル『忍者』は戦闘系職モノに分類されて、隠密性や機動性や運動性やらに補正がかかり諜報や暗殺に用いられる。

 鎌やら刃のついた物なら大抵のものなら扱える程度には訓練をしている。


 一応戦闘訓練も行ってはいるが……、そもそも戦闘の前に終わらせるのが暗殺の基本。殺したことはもちろん、殺されたことすら気付かせない。それも魔物相手ではなく対人想定の殺しの話だ。

 まあつまり俺は人を殺すことしか出来ない。


 うーん……、この町に俺みたいな奴の雇い口はあるのだろうか。


 まあ俺は若くてそこそこに動ける。

 やれと言われればなんでもやるから、何とかなるか。


 して次の日。


 俺は朝から、町の中の店や農家やガラス工房やらを回って求人情報を確認した。

 だが、好感触なものはなし。


 それもそうだ、突然現れたよそ者。

 警戒されるし受け入れ難いのは当然だ。

 しかも何となくだけどこの町の酒造工場や農家も、職人気質というか真摯にその職をこころざす者を求めている感じだった。

 確かに俺は志しなどない、日銭稼ぎ目的でしかない。これは仕方ない。


 一日中町を回った夜、本日最後に訪れた酒場にて。


「……あ? 常連客しか来ないこんな田舎の酒場に人雇う余力があるわけないでしょう。せめて可愛い娘ならまだしも……、愛想もねえし眉毛もねえ野郎を店に出せるか馬鹿。一昨日来たって雇わないわよ」


 と、酒場の女店主にこれ以上なく正論をかれる。


 確かに……、俺に愛想は皆無だ。

 そして眉毛もない。変装で化粧をしやすいようにブラッドムーンの者は眉毛を抜いてしまう……、まさか眉毛の有無がこんなところに影響してくるだなんて思い至らなかった。


「そうか、時間を使わせてすまない。他を当たる」


 俺は店主に礼を言って、まだ町に働き口があるかを頭に巡らせながら店を出ようとしたところで。


「……ちっ、はあぁぁ~…………。ジスタ! ミラルドン!」


 女店主は奥で酒を飲んでいた男たちへ呼びかける。


「なぁんだよママぁ、ツケは昨日払ったろうがよぉ」


「俺が立て替えたんだろうが馬鹿! てめ……っ、今日は自分で払わすからな!」


 呼びかけに酩酊状態の男二人が反応する。


「あいつらはこの町で冒険者をやっている、ああ見えて腕は立つ。よ」


 女店主は俺にそう前置きを入れて。


「この坊主が仕事探してんだってさ。あんたらギルドに紹介してやんな」


 二人の男に向けてそういう。


「ええ? なんだぁ? 坊主、冒険者をやりてえのか?」


「若えなぁ、よくこんな田舎まで来たな。公都に夢見なかったんか?」


 男たちは俺にふらふらと近づきながら、俺を見ながら言う。


 冒険者か……、まあ一応知ってはいる。


 様々な人々からギルドに寄せられた依頼を、パーティという少人数編成の隊で遂行可能なものを選んで受諾し成功報酬を得る者たちだ。

 依頼内容は商人の護送や町村の警備、薬草採取や土木工事など様々だが、おもに行うのは魔物討伐だ。


 もちろん対人想定の依頼もあるんだろうが……。

 あくまでもそういうのは捕縛や制圧を第一として、やむを得ない場合に殺傷する流れのはずだ。

 俺にはあまり向いていないと思うが……。


 でも確かに酩酊状態でふわふわしてはいるがこの男たちはかなり鍛えている。単純な筋量だけでなくて身体操作が染み付いているというか……、良い意味での脱力が出来ている。


 と、俺が何の気なしに男たちを見て。

 本当に何の気なしに、どう殺すかを頭の中で組み立てた際に滲んだ殺気に反応され。


 ほぼ同時に。

 一人が、喉元へニホン刀の切先をピタリと突きつけ。

 もう一人は、俺が反射で握った棒手裏剣をさやに納めた剣で払う。


「やめとけ坊主、この町のおっさんは甘くねえんだ」


 ニホン刀の男は赤ら顔の癖に鋭い目付きでそう言う。


「……へえ、なるほどなぁ。よし坊主、明日ギルドに来い。小遣い稼ぎに冒険者はぴったりだぜぇ」


「じゃあてめえ酒代払えよ……、稼いだ小遣いでよぉ」


 棒手裏剣を払った男はそう言うと、ニホン刀の男も刀をおさめふらふらと二人とも席へ戻っていった。


 二人ともかなりの手練だ。

 こいつらがその気だったら俺は死んでいた。

 まあ、俺もその気なら相討ちには持ち込めたんだろうが……試すつもりもなかったのに思いがけず実力を見せつけられてしまった。


 いや本当に、この頭の中で殺し方を思い浮かべてしまうのは単なる職業病なんだ。

 理容師が髪の長いやつを見て、こんな髪型が似合いそうだとか考えてしまうように。

 料理人が野菜を見てこんな味付けが合いそうだとか考えてしまうように。

 人を見たら殺し方を考える、これは仕方ない。


 まさか頭の中で耳から棒手裏剣を脳に刺したことを想像しただけで反応されるとは……。

 冒険者か……、想像以上に凄まじいのかもしれん。


 まあ、でも他に良い話もない。

 小遣い稼ぎに丁度いいのならやらない理由はない。

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