受話器を持っていた男の胸ぐらを掴んで壁に叩きつける。
「初めまして、極東支部トーンギルドのクロウ・クロスです」
そう言いながら混乱する男の頭を鷲掴みにして、記憶読取で彼の個人情報を抜き取る。
これは暇が出来たら会話が成立しない父上から討伐隊を組んで僕を殺しに来た日のことを聞き出すために覚えた魔法だ。
結局忙しくて町を離れられないのだが。
「……公都東地区表通り……、花屋の隣の白い建物……二階、女房がいるのか」
僕は男から読み取った情報を呟いてから、男が持っていた『通信結晶』の受話口を取り上げて、片手で握り潰して粉にする。
「今からひき肉にした貴様の女房を食うのと、真面目に仕事をするかを選ばせてやる………………っ、早く答えろおッ‼」
目から真っ黒な火が噴き出すのが止められないまま、男へと詰め寄る。
こうして僕は、あらゆる要求を通してギルドが抱えている優秀なヒーラーからセツナとブライが治療を受けられるように斡旋した。
申し訳なさそうに落ち込み、復帰を望む二人に。
「この怪我じゃ無理かな……? 二人とも……、ちゃんと治してもらいましょう……」
心配しつつ僕はそう言って、二人を公都へと送り届けた。
二人が抜けてメリッサ一人では依頼をこなせない為、バリィパーティからブラキスを外して二人ずつに分けて。
三人目の枠に僕が入ることで、無理やり二つのパーティを成立させるという無茶をすることにした。
バリィパーティでは前衛火力を。
メリッサパーティでは後衛魔法使いを。
久しぶりに僕専用装備の槍……、ジスタたちから『棒ヤスリ』と名付けられてしまったものを空間魔法から取り出して戦った。
いやマジに『超加速』で常に体力回復速度を加速させていなかったらとっくに過労死している。
ギリギリだが何とか回し、何度もギルド本部や軍に応援要請をしたが取り合ってはもらえず……、この間の本部職員恫喝が良くなかったのかな……。
また恫喝をしに行きたかったがそれどころじゃないくらいに忙しかった。
さらにそこで畳み掛けるように。
リコーが妊娠した。
もちろんバリィの子だ。
驚いたが、道理だ。
二人はずっと前から恋仲だったし、付き合う前からどっちもから色々と相談は受けていてバリィが巨乳にメロメロって思われがちだが実は結構リコーの方がどっぷりバリィに惚れていることも知っている。
故に彼らが、身を固めて危険な冒険者業を引退するというのは道理でしかない。
ただ、バリィが普通に僕へ報告して引退を伝えても僕は祝福以外しないのをわかっている癖に、何かずるいことをしている引け目を感じていたのは少し腹が立った。
狡猾に行くなら狡猾に行け。
僕の自分でもどうしようもない先生譲りの優しさを利用しろ馬鹿野郎。
僕は彼らの幸せを祈って送り出した。
これでトーンの冒険者はブラキスとメリッサだけになったので、僕を含めた一つのパーティで依頼をこなすしかなくなった。
メリッサはかなり大変だったと思うし、リコーに次ぐ体力自慢のブラキスもかなり疲弊していた。
そんな頃、ブラキスの父親が倒れた。
魔物に襲われて危ない状態らしく、すぐにでも故郷に戻らなくちゃならないらしい。
正直、僕には理解不能な話だったけど一般的に父親がそんな状態なら家に帰るのは道理だ。
だけど心優しいブラキスはずっと申し訳なさそうに、心苦しそうにしていた。
子供にそんな心配をさせてしまう僕はまだまだ未熟な大人だなぁと痛感しつつ彼を見送った。
そこからメリッサと二人で、依頼をこなすことになったが。
ここでメリッサの『盗賊』が『勇者』へと覚醒した。
まさかここで『勇者』が覚醒……、そっか西の大氾濫は勇者イベントだったのか。
覚醒条件は不明、サポートシステム担当だったビリーバーがいれば答えが聞けるかもしれないけどクロス先生もGIS担当だったからこれは本当に不明なものだ。
父上も焦がれて、渇望したが、結局『勇者』に至ることはなかった。
かなり特別なスキルで、実際強力なスキル。
あらゆる職モノスキルの効果を内包しているし。
何よりステータスに関しての成長限界がない。
まあ人の人生には限りがあるので天井はあるのだが、それでも驚異的なものだ。なんせメリッサは若い。
十年後にはメリッサはアカカゲを超える機動性を持ちながらブラキスを超える一撃を当たり前に放てるようになるだろう。
だが、デメリットとして勇者イベントが発生する。
勇者のステータスが一定値を超えるとエネミーシステムが強力な魔物を大量に生み出す。
ゲームとやらにしようとしていた頃の名残りで、大人数で仲間たちと協力して魔物をやっつけようみたいなコンセプトのイベントシステムらしいが。
当事者からすれば、最悪の災害でしかない。
このままここで、戦い続けていたらメリッサはどんどん強くなり次の勇者イベントが起こってしまう。
この国の決まりで『勇者』持ちは国で保護というか、貴族扱いで公都に迎える決まりがある。
メリッサはとても嫌がった。
でも、ごめんよ。
僕はその好意には応えられない。
大泣きするメリッサに心を痛めながら、僕は彼女を見送った。
さて。
これでトーンギルドには、冒険者が居なくなり。
職員であるはずの僕だけが残った。
毎日、応援要請は送り続けているが完全に無視されている。
一人で依頼を受け付けて自分でこなして報告書を作る。
もうブラック体制を超えている。破綻している。
超ブラックギルドのワンオペ職員が、完成した。
でもまあ……、何とか出来てしまうのが『超加速』の恐ろしいところだ。
体力も魔力も疲れる前に回復してしまうし、通常一日に出来る行動の何百倍も行うことができてしまう。
つまり、僕の体感時間も何百倍だ。
加速した世界の中で僕は、何十年も先生を待ち続けていた。
それが辛すぎた。
でも、僕はこの町を離れられない。
ここを捨てられないんだ。
今すぐにでも、探しに行きたいけど。
この町がないと先生が来てくれないかもしれない。
だから僕は町を守らなきゃいけない。
どうしてクロス先生は現れないのだろうか。
うっかり忘れているのだろうか。
何をしたら気づいてもらえるのだろうか。
この国でも落とせばいいのか。
世界に轟く何かをすれば気づいて貰える?
クロス先生が興味があること……ああそうか。
エネミーシステムとサポートシステムだ。
先生は後悔していた。
これを世の中から消したら流石に僕が何かをしたと気づいてくれるんじゃ……。
でも、僕はこの町で待たなくちゃ……、ここで僕がこれを辞めたら、町は魔物に滅ぼされる。
どうしよう、どうしたらいいんだ。
あと、何百年僕は先生を待ち続ければいいんだ。
そんな考えが頭からぐちゃぐちゃと離れないほど、限界が近づいていた頃。
山脈を越えてライト帝国から、山岳攻略部隊がトーンの町へと侵攻してきた。
当初は煩わしいものが増えただけだと思っていたけれど。
すぐに僕には彼らが、救世主に見えた。
僕は帝国に町を統治してもらうように頼み。
しっかりと引き継ぎを行って。
それなりの基礎も叩き込み。
副隊長のジャンポール君には擬似加速も仕込んだ。
気の良い連中で、帝国が安定している理由もわかった。
彼らに町を任せれば問題はない。
先生が僕を探しに町へ現れても、彼らが僕のことを伝えるだろう。
僕は山岳攻略部隊に見送られて、トーンの町を出た。
さあ、今まで出来ていなかったことをしよう。
とりあえず公都に行って父上から記憶を読み取り、あの日に何が起こったのかを確認しよう。
それと、エネミーシステムやサポートシステムの場所を特定したい。
世界を正しい姿に戻せば、きっと先生は僕に気づいてくれる。
もう何がどうなろうと。
スキルや魔物が消えて、世界がどんなことになろうとも、知らない。
僕はもう一度先生に会いたい。
その為には、使えるものは何でも使う。
僕は世界を