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04この物語の主人公は世界を顧みない

 さあ、閑話休題。


 トーンの町には米や酒、魚の燻製以外にも名物がある。


 悪童、メリッサ・ブロッサムの凶行である。

 盗みや器物破損、魚の養殖場に飛び込んだり、他人の家の屋根を跳び回ったり、いわゆる悪ガキだ。まあ正直やりすぎなところもあるけど、ギリギリイタズラの範疇にある。


 だがメリッサは『盗賊』のスキルを持ち、逃げ足が速すぎた。

 とっ捕まえて説教しようにも、ゲンコツ食らわせようにも町の人々ではメリッサを捕まえられなかった。

 なのでギルドに依頼に出されることもしばしば。


 ジスタたちも、バリィたちも、ちょこちょこやってくる他の町の冒険者たちも、メリッサの逃げ足には相当煮え湯を飲まされていた。

 この町の冒険者を手玉に取るほどの運動神経……、すごい子なんじゃないか。何か陸上競技とかをさせれば賞を総なめにしそうだけど。


 なんだかんだ捕まえてきたメリッサを、ギルドで相手をするのは僕の担当になった。

 どうやら僕は喧嘩両成敗以降、暴力的なイメージが定着してしまったようで、おっかないギルド職員としてメリッサに説教をかます役割にされてしまった。


 でもまあ……、正直貴族の身でスキル不要論を語って追放されたあげく討伐されかけたのをブチ切れて、討伐隊たちを皆殺しにした僕が人に道理を語れるわけもないし。


 僕は結局、ギルド応接室で不貞腐れるメリッサの話を聞くことしかできなかった。


 多分、寂しかっただけなんだと思う。

 何度か保護したメリッサを家に送った時に、彼女の親代わりの叔父に会ったけど。

 人に興味のない、関心のない人。

 穏やかな物腰なのに、目の焦点は人を通り抜けてどこか遠くにあるような。


 そりゃあ構って欲しくもなる。認めて欲しくもなる。

 境遇は違えど、似たような気持ちを味わってきた僕は優しくならざるえなかった。


 そもそも先生も子供に優しかった。

 僕に子供を傷つけるようなことは出来ない。


 クロス先生の教えは絶対なのだから。


 そんな日々が五年ほど経ち、二十三になった。

 すっかり同年代パーティの四人も冒険者として一人前となっていた頃。

 トーンギルドに、二人の新人が現れた。


 一人はキャミィ・マーリィ。

 スキルに『復元』を持つ回復役で、とんでもない美人だ。

 どうにも優秀な回復系のスキルに目をつけた教会からのしつこい勧誘に嫌気がさして故郷を出てトーンに流れ着いたらしい。


 もう一人はアカカゲ・ブラッドムーン。

 スキルに『忍者』を持つ暗殺者。

 セブン公国が王国だったくらい大昔からある隠れ里の暗殺者一族として日々里で対人用の技を磨いていたが里を魔物の群れが襲い全滅し、一人生き残ってフラフラしていたらトーンに辿りついた。


 超優秀な新人で、また僕が講習を行おうと思っていたところベテラン勢が新人研修担当に名乗りを上げたので任せることにした。

 どうにも僕がバリィたちに教えていたのを見て、自分たちも後輩を育ててみたくなったらしい。

 実際、ジスタたちはかなり優秀な冒険者だから不足も不満もない。彼らにとっても良い刺激しげきになってくれればと思う。


 さらにそこから二年くらい経って、僕は二十五……? 六? くらいになり。

 キャミィもアカカゲもシードッグのパーティで大活躍をしていた頃。


 さらに新人が二人やってきた。


 一人はブラキス・ポートマン。

 巨躯で筋肉質で見るからに前衛火力向きな若者。

 見た目よりも若くてまだ十五歳になったばかりで、実は小心者。


 もう一人はなんと、悪童メリッサ・ブロッサム。

 まあ確かにティーンエイジャーになってからめっきり悪さをしなくなったとは思っていたけれど、更生したようだ。


 二人の育成にはバリィたちがパーティを分けて行うことになり。


 バリィとリコーはブラキス。

 ブライとセツナがメリッサ。


 この新体制でやっていくことになった。


 だが、しかし。


 人も増えてなかなか忙しくなってきたのに、ギルド職員は増えるどころか次々と減っていった。

 他所の街や新ギルドへの異動や、単純に退職などで減っていった。


 いやもちろん僕のようにトーン以外お断りみたいな人間はいないので、今までもそういうことはあったが基本的に入れ替わりであって減り続けることはなかった。


 ぽつりぽつりと減り続け。

 僕が二十……七? いや六? くらいになった頃。


 ギルド職員は僕一人になった。

 後にわかることだけど、これは僕が生きていることに気づいた父上、クローバー侯爵の仕業だった。

 もう常に『加速』を使って、本来十人くらいで回す仕事を一人でこなした。


 セツナとの時間も作れなくなった。

 流石に忙しすぎる。


 一人で依頼受付をして、報酬設定を依頼者と相談し、依頼書と依頼受理の書面を作成し、報酬管理、依頼達成報告書、消耗品の発注、ギルド内の掃除……。


 加速した世界で、ひたすら仕事をこなした。

 普通ならとっくに辞めている異常事態だ。

 でも僕はクロス先生を待っているから、この町から動けない。


 そんな激務で、僕のスキル『加速』は『超加速』に覚醒した。


 何が変わったのかといえば、今まで数十倍だった加速限界や自分以外の生物や物質や概念への影響に対する制限がほぼ無くなった……いや、この辺はそもそもこの加速した世界を体験出来るのが僕だけなので説明するのが難しいのだけれど。


 まあなんか……。

 世界から自分だけ隔絶されたみたいな寂しさがあって、あんまり好きじゃない。


 そんな激務が続く中で、ギルド本部から西の果てで大型魔物の氾濫が起こったので至急冒険者を派遣させろと通達が来た。

 断ることも出来ないし、実際戦力は必要だ。


「クロウ、俺らが行く。バリィんとこにはまだ荷が重いしブライんとこは対人専門だ」


 いつの間にか長い付き合いになったジスタは、ベテラン勢を引き連れて僕に言う。


「まあ死ぬつもりはないんだが、万が一の時にはキャミィを生かす。これはアカカゲも含めた全員の総意だ、もしそうなった時にはキャミィのことを気にかけてやってほしい」


 シードッグが照れくさそうに続けて言う。


「……わかったよ。まあ、死ななきゃいいさ」


 僕はそう返して、彼らを見送った。


 ベテラン勢パーティ二つが抜けて、トーンのギルドはかなり逼迫することになった。

 大きな街に比べたらそれほど依頼があるわけじゃないけど、それでも毎日魔物討伐はしなくてはならない。

 苦肉の策として、対人戦特化であるブライパーティにも魔物討伐をやってもらうことになったのだが。


「――クロウさんッ‼ セツナとブライがぁ……っ!」


 血まみれのメリッサが仲間の二人を抱えて、焦燥した様子でギルドに駆け込んできた。


 ブライは右腕がちぎれており、セツナは両眼を怪我していた。


 僕は最速で二人同時に多重回復魔法をひたすら掛けまくる。

 幸いブライのちぎれた腕は回収出来ていたので、無理やりにでも繋げる。

 だけど……、僕はクロス先生が見せてくれた様々な魔法を大体再現出来るようになったが。


 回復魔法は得意じゃあない。


 こればっかりは専門的な知識量がものを言う。

 クロス先生は医学の心得があったというか、元々異世界では医学分野を専攻していた。

 凄まじい時間と勉強量で得た知識を、十二の子供が数ヶ月で理解できるはずもないので本当に初歩的な回復魔法しか習わなかった。


 キャミィもまだ西から帰ってこない。

 西からキャミィを連れ戻そうにも、西の果ては行ったことがないから転移でも跳べない。

 僕はもうほとんど怪我をしないし、回復速度も加速出来るので回復魔法に関しては後回しにしていた。


 こんなことなら最初から回復魔法を鍛えれば良かった……っ。


 ああ、頼むセツナの光を奪わないでくれ。

 まだ一緒に色々な景色を見たいんだ。


 好きなんだ……、頼むから、治ってくれ。


 僕はひたすら、魔力回復加速を上回るほどの回復魔法を使い続け。

 十五年近くぶりに魔力が枯渇して倒れた。

 まあ、一秒で回復して起きたけど。


 そこからは怪我で離脱する二人のアフターケアの為に『置型通信結晶』でギルド本部へ連絡をとった。


 リタイアした冒険者への就職斡旋制度や補助金など、ありとあらゆるものを通すために、うだうだと話を進めない担当者へ「殺す」「潰す」「知るか」「お前の親の家を燃やす」「子供は犬に食わせる」などと恫喝したが。


「あー怖いですねー、まあとりあえず申請は規定の用紙を記載して郵送してくれたらこちらで検討を――――」


 と、舐めたこと返してきたので。


「今行く」


 そう言って公都に転移で跳び『超加速』全開でギルド本部へ向かい。


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