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02この物語の主人公は世界を顧みない

 僕のスキルに対する理解度は、この世界じゃあトップクラスだ。

 なんせスキルをこの世界に組み込んだ異世界転生者から教わったんだから。


 父上が姉さんの下位互換としたこの『加速』で、僕は勝つ。

 と、僕が勝ちを確信したところで。


 僕から『加速』が失われる。


 あらゆる速度が僕から抜け落ちる。

 何だこれ、何をされ――――。


 混乱したところを、魔法攻撃の弾幕が迫る。


 ギリギリで魔力導線と魔法障壁を多重展開して耐える。

 反応速度も落ちている……っ、魔力回復も遅い……!


 なんだ? なんだっけ、思考加速されてなくて考えが纏まらな……、いや焦っているんだ。

 スキルに依存し過ぎていた……、だから僕は雑魚なんだ。

 考えろ、流れを止めるな、これは……そうかこれが『無効化』か……っ!


 文字通り対象のスキルを無効化するスキル。

 クロス先生いわく、対人戦最強として作られたスキルだ。


 対策方法は……具体的には習ってない。

 多分魔法の基礎を覚えて応用できるようになって、身体操作だけじゃなく様々な近接格闘を身につけていった延長線上にあるものなんだと思う。


 つまり今の僕には対策は不可能だ。

 せめて『無効化』持ちを見つけ出せれば……。


 僕は魔法防御を張りながら、身体強化で離脱して全体を見回す。


 すると、後衛のさらに後ろに異常を見つけた。


 鎖に繋がれ、引きずられてボロボロの子供。

 僕よりもずっと幼い。

 四、五歳くらいの子供……多分女の子だ。


 直感的に僕は彼女が『無効化』持ちだと理解する。


 ああ、スキル至上主義のこの国では『無効化』はこう扱われるのか。

 彼女の境遇を察してしまい、クローバー侯爵家での暮らしが頭を駆け巡る。


 僕はクローバー家の中で、ひたすら虐げられて育った。

 理由はまあ……、色々ある。


 僕のスキル『加速』が姉さんの『能力向上』より劣っていると判断されたことや。

 騎士としての資質に欠け、ステータスの伸びも悪かったこと。

 姉さんと比較してあらゆる成長度が遅かったことなど、色々あるけど。


 まあ、母が僕を産んだ時に死んだってことも大きいのだろう。

 体調不良と逆子と早産と天候不良で回復魔法を使う医者が来れなかったことが重なり。

 難産で、母は死んだ。


 流石に「おまえが母を殺した」とか「おまえのせいで母は死んだ」とか直接的なことは言われたりしなかったが。


 うっすら、そう思われていることだけは伝わっていた。

 姉さんの容姿が母に瓜二つだったこととか、色々とあって僕は家族から愛されなかった。

 執拗に打ちのめされるのは当たり前だったし、いつも顔を腫らしていた。姉さんとは食事も睡眠も衣服も全てに差をつけられて育った。


 それが僕の中で少しづつ、真っ黒に膨らんでは萎んで、がちがちに固まった鋼を超える硬度の殺意を生んだ。


 姉さんはいつか殺す。

 四肢を潰して、骨を砕いて、臓物を引きずり出しててめえに食わせてから殺す。

 父も殺す。

 姉さんを殺してから死体と騎士団の鎧をどろどろに煮込んだスープを、口から流し込んで体内から焼き殺す。


 そんな真っ黒で鈍く光る鋼鉄の殺意が抑えられなくなり、ある日僕は剣の指導中に無茶をした。

 がむしゃらに、ただ我を忘れて食ってかかった。

 でも当然のように、半笑いで、嘲笑うように父と姉と指南役の家庭教師は僕をいつも以上に、執拗に徹底的に、ぐちゃぐちゃになるまで打ちのめした。

 そのまま僕は離れのボロ屋に投げ捨てられ、放置された。


 顎も砕かれ、肋もめちゃくちゃで、息をするのも困難な状態で回復魔法の詠唱も出来ない。

 やがて痛みすら感じなくなり、冷たい氷の沼に沈んで行くような中で。

 真っ暗な沼の底で、そのまま眠った。


 このまま死ぬんだ。

 冷静に、僕はそう思った。


 しかし、夢を見た。

 氷のように冷たい沼の中で、暖かい光のようなものが身体を包む。


 心地良さと、安心。

 何より、誰かが居てくれているような気がしてさみしくなかった。


 そして目覚めた。


 僕は死ななかった。

 一命を取り留めたどころか、怪我は完治していて動けるようになっていた。


 こっちが夢なのかすら疑いながら、部屋を出ると。

 そこには一人の、くたびれた男が居た。

 それが僕の人生を変えた、いや僕を生まれ変わらせて、生き返らせてくれた人。


 完全無敵の家庭教師、ジョージ・クロス先生との出会いだった。


 先生は僕の怪我を治しただけでなく、食事をくれた。

 あんなに美味しい食事は初めてだった。


 そこからクロス先生は僕に、様々な知識を与えた。

 スキルの認識と使い方、魔力や魔法、魔物との戦い方、対人戦のセオリー、女性の口説き方、喧嘩の売り方と買い方と勝ち方、本当に色々なことを教わった。


 クロス先生が教える内容は僕がその時点まで習ってきたものより、遥か先にある叡智だった。


 僕はクロス先生の教えによって『加速』を本来の使い方が出来るようになり。

 クロス先生の魔法理論によって、無詠唱での魔法使用が出来るようになった。


 クロス先生の魔力、魔法やスキルやステータスに関する理解度は常軌を逸していた。

 間違いなくクロス先生はこの国、いや世界最強の魔法使いだ。


 僕はそんな世界最強の魔法使いに命を救われただけでなく、僕の人生じゃ辿り着くことの出来なかったスキルの本質や魔法理論を教えてくれた。


 ぶっきらぼうで口は悪く。

 いつも酒と煙草の匂いを纏い。

 金と女性以外に興味なくて子供嫌い。

 天邪鬼で意地が悪い。


 そんな世の中から見て、良いとは言えない人だったが。

 クロス先生は僕を諦めなかった。


 常に僕を馬鹿だと言いながらも、仕事だからだと気怠そうにしながらも、決して僕を諦めなかった。

 僕が課題を達成したり理解度が上がる度に笑いを噛み殺して眉をひそめて喜んでいない風でいるのに気づいた時は、僕の方が笑いを堪えるのに必死だった。


 初めて優しい人に会った。

 僕は先生に救われた。

 心にあった父上や姉さんへの真っ黒な殺意を、心の奥底に封じ込めることが出来るくらいに。


 満たされていたんだ。


 僕はクロス先生に会いたい。

 だからトーンの町で待たなくちゃいけない。


 だけど――――。


 僕は『無効化』の少女を狙うことは出来ず、身体強化を全開にして山を駆け上って逃げる。


 出来ない、僕には彼女を撃つことは出来ない。

 きっとクロス先生も、子供に優しい先生も絶対に手を出さない。

 むしろ鮮やかに僕の時と同じように救ってみせるだろう。


 でも今の僕にはそんな力はない。

 ここは、逃げる。


 山脈に深く潜れば、それだけ魔物に遭遇する危険性も上がる。

 単純に山も険しいので、追いづらいはずだ。


 これで引いてくれれば、何とかなる。


 僕は何とか魔法や鋭い剣撃を捌きつつひたすら山を登る。

 でも、かなり消耗してきた。


 山を登って木々が減ってきたことで発生の速い雷や火系統の魔法が飛んでくるようになり、火傷をおったり遮蔽物が減って剣撃が捌ききれずにかすったりするようになった。


 都度、回復魔法で治してはいるけど身体強化との併用で魔力消費がいちじるしい……。

 大人と子供じゃあ体力も違う、単純に疲れてきた。


 でもここは山脈を登るしかない。

 根比べだ。早く諦めてくれ。


 そんな僕の思惑は外れて、願いは通じず。

 森を抜けて山の中腹あたりの岩場で、崖の下へ追い詰めれた。


 勝利を確信し、討伐隊の雰囲気が浮つくのを感じる。

 優越感にひたる顔……、姉さんみたいで腹が立つ。

 心の中で封じ込めていた感情が熱を持ち始める。


 こうなったら、何人かは必ず持っていくからな。


 嘘の降伏をして接近した隊員を人質に取ったり、なけなしの魔力を使って範囲魔法を放ったりしてギリギリまで耐えたけど。


「――――ッ⁉」


 頭に強い衝撃。


 投石……、誰かが投げたんだ。

 薄れゆく意識の中で、それだけ理解して。


 僕は気を失った。


 夢を見た。

 クロス先生と、旅をする夢。

 何故かあの『無効化』の少女もいた。


 色々な場所に行って、大きくなって、僕が酒をいでもらっていた。


 夢の中の先生は、笑っていたような。


 まあ、夢は夢だ。

 だから起きた時にはおぼろげで、もう忘れた。


 目覚めた僕はトーンの町に居た。

 怪我も治っていて『加速』も戻っていた。

 理解は出来なかったし、意味もわからなかったけど。


 僕の心を燃やしたのは、怒り。

 封じ込めていた真っ黒な殺意が、顔を覗かせ。

 黒い炎が噴き出して、目から漏れ出した。


 気づいた時には『加速』を全開にして走り出していた。


 僕はクロス先生から異世界の話や、株式会社デイドリームの話を聞いて。

 この世界から魔物やスキルが無くなれば良いと思った。

 異世界はほとんど全てのことが人の責任として、物事が動く。

 だから人に責任感が生まれる。


 この世界はほとんど全ての出来事を魔物のせいにする。


 人が死ぬのも魔物のせい。

 発展しないのも魔物のせい。

 優秀なスキルを持たないものが冷遇されるのも魔物のせい。

 子供を殺そうとするのも魔物のせい。


 だから僕はクロス先生の話を聞いて、魔物とスキルは消し去り、世界を正しい姿に戻すべきだと思った。


 それを父上に伝えた。

 もう既に僕はその時点で完全に見限られ居ないものとして扱われていたけど。

 誇り高きクローバー侯爵家の人間なら、理解出来る話だと思った。


 でも僕はボコボコに殴られて、縁を切られた上に、討伐隊まで組まれて殺されかけた。


 父上は理解した上で、貴族としての利権を選んだんだ。

 スキル至上主義の中で得た地位を、守ることを選んだ。


 誇り高きとか言っておいて、全部を魔物のせいにする楽さを手放せないでいた。


 この家には誇りなどなく。

 あるのは自身が『勇者』に成れなかったコンプレックスと。

 妻が死んだことを魔物ではなく僕のせいにする責任転嫁。


 それに気づいた時には、むしろ諦めがついた。

 どうでも良くなったし、縁を切られて良かったと思った。


 でも、こうなったら話は別だろ。

 これはもう、この喧嘩は、あんたらが売ったもんだ。


 クロス先生の生徒であるこの僕が、あんたらみたいなクズには負けない。


 ぶっ殺す。


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