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01この物語の主人公は世界を顧みない

 僕、クロウ・クローバーは……いや、もうクローバーではないか。


 先日、僕はクローバー侯爵家から勘当されて家を追い出された。


 まあその経緯はいいか。

 重要なのはだ。


 とは、執拗に痛めつけられボロボロの状態で公都の東のスラムに捨てられた後。


 先生から習った無詠唱の回復魔法と『加速』を用いた高速回復で傷を癒し。

 でも魔力回復を加速させるのを忘れて魔力切れにおちいり。

 何とか廃教会に隠れて、ぶっ倒れて。


 目が覚めた、この今の話だ。


 とりあえず僕はただのクロウになった。

 別にそれはいい、遅かれ早かれ僕はクローバーの名は捨てていただろうから構わない。


 僕が話したい今の話とは、そんなことじゃなくて。

 僕の空間魔法の保存領域に、入れた覚えのない魚の燻製と金銭が入っていたのだ。

 他人の空間魔法に干渉して、こんな粋なことをする人物を僕は一人しか知らない。


 クロス先生が来ていた。


「……ありがとうございます」


 僕は一人呟いて、魚の燻製をかじって水を飲む。


 やはりあの人は、優しい。

 粗野でぶっきらぼうに振舞ってはいるが、あんなに優しい人はいない。


 僕が追い出されたのを心配して、来てくださったみたいだ。

 魔力感知……なのかな? 魔力切れ状態の人間を見つけるなんてやはり先生は凄まじい。


 ただ自称子供嫌いで意地悪で汚い大人のジョージ・クロスが僕に顔を見せるなんてダサいことはやらないか。


「…………いや、おまえが会いに来いってことか?」


 僕はふと魚の燻製を食べながら思ったことを呟く。


 まあ確かに会いたいのは僕の方で、頼りたいのは僕なわけだからそれがすじだ。

 とは言っても……、僕の魔力感知は魔力との親和率を上げたことでかなり広がったとはいえ、せいぜい数百メートル程度。

 探すとなると大変だ……、しかもあの人は気配も消せるし姿も消せるし魔力感知も阻害できる上に根無し草だ。


 何かヒント――――。

 なんて考えながら食べている魚の燻製を見て気づく。


 この魚の燻製は確か、東の果て……確かトーンの町で作られたものだ。

 さらにクロス先生は東の酒にハマっていた。


「…………行ってみようか」


 僕は一人、東に向かう決意を固めた。


 まあその前に、ボロボロの服を新調したりなんなりした。

 クロス先生に習って黒いズボンとジャケットを買った。

 やっぱり黒はかっこいい。


 黒ずくめになって上機嫌になった僕は、さっさと公都を出た。


 移動速度と体力回復速度を加速させつつ、東に向かう。

 馬車で二週間はかかる距離を、道中通過する町や村で地方の食事や温泉を楽しみつつ。

 三日でトーンの町へと辿り着いた。


 東の果てにあるライト帝国との国境にそびえる山脈のふもとに位置する町。

 山脈から流れる水が綺麗で、水量も多く稲作や作られた米を用いた酒造、川魚の養殖などをおもな産業にしている。


 かなり牧歌的というか、のどかな場所ではあるのだが山脈に湧く魔物はかなり強力なので危険も多い。

 山脈に流れる魔力が濃い為、エネミーシステムにより生み出される魔物にも影響があるのだろう。


 なので町には屈強な冒険者たちが常駐していた。

 パッと見た感じで騎士団級の技量を持つような人もちらほら混ざっている。

 すごいな……、やっぱ優秀なスキルを持つ精鋭揃いの騎士団こそが最強で至高ってことはないなんだな。


 とりあえず宿を取り、酒屋や燻製を扱う店に向かい。


「かっこいい真っ黒なスーツに真っ黒なコートで黒髪のくたびれた男が現れたら教えて欲しいです」


 店の方々にそう言って回った。


 僕はとりあえずクロス先生がトーンの町へやって来ることを信じて、待つことにした。

 幸いクロス先生が僕の空間魔法の許容領域に入れてくれた潤沢な金銭があったので、宿に泊まる分には問題はない。

 宿もクローバー家の離れより清潔で過ごしやすい。ベッドも柔らかくて快適だ。


 僕も早いところ自力でお金を稼げるようにならないと……、でもとりあえず最優先はクロス先生との再会だ。

 僕はトーンの町で、教わった魔法や身体操作を復習しながら待ち続けた。


 そして、数週間後。

 トーンの町の暮らしにも主食を米とするのにもすっかり慣れてきた頃。


 町に来訪者。


 待ち人来たる……、なんてことはなく。

 現れたのはクロス先生ではなく。


 父上であるグレイ・クローバー侯爵だった。


 しかも、騎士団の若手やらを引き連れて…………、嫌な予感しかしない。


 僕を追ってきたのか?

 勘当して追い出しておいてやっぱり連れ戻そうなんて倫理観をあの人は持ち合わせていない。


 まあ多分、殺しに来たんだ。

 というか多分殺すことを前提に家族のえんを切って家から追い出したんだな。

 クローバー侯爵家の人間じゃあない、ただの孤児として始末するために。


 面倒過ぎる……もう、あの人たちの相手をするのは……嫌だ。


 めんどくさいことからはトンズラぶっこく。

 僕は面倒嫌いの家庭教師を見て、そんな生き方を学んだ。


 一旦山脈に入ってやり過ごそう。

 強靭な魔物が出る山脈に入れば追いたくないはずだ。

 足の速い僕なら魔物からも逃げられる。


「……よし」


 僕は荷物を空間魔法に詰め込んで、宿から山脈へ走ることにした。


 山脈の根元の森をある程度進んで、気配遮断を使って木の上に隠れる。

 僕の魔力感知じゃ山から町には届かないけど、まあ何日かここで過ごせば流石に帰るだろう。

 空間魔法に食べ物は詰めてきているし、とりあえずなんとかなるだろう。


 なんて考えながら、念の為魔力感知で警戒していると。


 僕を殺すために集められた討伐隊が、こちらに向けて中々の速度で進んできていた。

 流石に騎士団から集めた面々だ……、魔力感知が広いし身体強化も万全だ。

 僕の魔力は完全に捕捉されている。


 クロス先生を待つ為に町に戻らなくちゃならないのに……、ああ。


「ふーっ…………やるしかないか」


 僕は一人呟いて、覚悟を決める。


 討伐隊はここで迎撃する。

 全員畳んで返り討ちにする。

 僕を狙うのはコストパフォーマンスが悪いと思わせれば、多分もう追っては来ない。

 気配遮断をかけて、思考を加速させ迎え討つ。


 そんなことを考えながら木の上で、集中していると。


「水刃波!」

「岩石撃!」

「空撃砲!」


 と、魔法の詠唱とともに三発の魔法が飛んでくる。


 でも遅い。

 詠唱聞いてから反応して余裕だ。


 魔法、特に攻撃魔法において詠唱という発声行為は不要が過ぎる。せめて偽無詠唱くらいは出来るようになるべきだ。


 それに火や雷の系統なら射出速度が早いので僕にも当てられる可能性があるかもしれないが、それらは森林火災を起こす可能性があるので積極的には使えないはずだ。

 空気や重力の影響を受けやすい魔法を使うなら、最低限偽無詠唱での発動と設置や発動後の物理影響を使わなくては効果的には使えない。


 僕はクロス先生から、そんな魔法の基礎を習っている。


 どうにも彼らは基礎が出来ていないようだ。

 そんな奴らに、クロス先生の生徒である僕が負けるわけがない。

 負けていいわけがない。


 次々に放たれる魔法攻撃や弓矢を躱して、圧縮空気弾を放つ魔法で前衛を盾ごと飛ばす。


 風魔法は視覚的にとらえにくい。

 無詠唱ならさらに見えない。


 圧縮空気弾は貫通性や傷を負わせる効果はないが、単純に飛ぶ。

 ここは木々がしげる森の中。

 飛んだら木にぶつかるし、飛ばないように踏ん張れば骨を砕く程度には威力がある。


 前衛を剥がして、後衛魔法使いに移動加速で接近し、左フックの当身から腕を取って脇固めから膝を踏み抜いてあごと腕と脚を砕く。


 格闘戦は得意じゃあない。

 でも僕はクロス先生から合気ベースの身体操作を学んだ。

 どんなスタイルで戦うにしても基礎に合気の概念をもっておくことは、あらゆる面で重要だと教わった。


 毎日毎日投げられて受け身を取り続けたことで、戦闘という状況に流れる力の流れについて少し把握できるようになった。ついでに受け身は全身運動で腹筋が割れた。


 理合と術理、そして力の流れ、それらを用いた身体操作さえ出来れば技とは状況にそくした行動でしかない……らしい。


 この調子で後衛魔法使いを畳んで行くと別角度から回復魔法が飛んで、さっき畳んだ魔法使いが回復して再び攻撃魔法が飛んでくる。


 回復役がいるのか……、厄介だな。

 先に落としたいけど回復役に向えば魔法使いから魔法が来るし前衛盾役たちも駆けつける。


 戦いは連携、流石に騎士団もそのくらいはわかっている。

 だったら僕は僕で、なんでもやるだけだ。


「……やめてください! なんでっ、僕を……、僕はただの子供で、何もしてないんです! 父の勘違いなんですっ‼」


 僕は涙を浮かべて、大声でそう訴えかける。


 すると、僕の言葉に数人の隊員が少したじろぐ。

 はい、見つけた。


 僕の言葉で迷いが生まれた方に『加速』で接近したいきおいのまま膝蹴りで顎を砕いて圧縮空気弾で回復役の回復範囲から吹っ飛ばす。

 さらにその勢いのまま、動揺した人のみぞおちをぶん殴って頭突きで顎を砕いて意識を失ったところを首に手を回して。


 耳を食いちぎる。


「ヒャ――――アッハァア――――――――――ッ‼ 騙されたな馬鹿どもがあ‼ ただのガキにテメーらみてえな大人ががんくびそろえて集められるわけねーだろうが、ばぁぁ――――か!」


 僕はなるべく狂気的に、そんなことを大声で叫ぶ。


 そんな僕を見て怒りを滲ませる人、恐れる人、心のざらつきや機微を把握する。

 耳を食いちぎった人も回復範囲外に飛ばして、移動加速でビビった奴から畳んでいく。


 怒った人はほっといても来る。

 今は役割云々じゃなくて数を減らす、連携に対する枚数を減らす。


 ビビった人を回復範囲から吹っ飛ばしたところで、怒った人に鋭く剣で突かれるが怒気で気配が大きくてけやすいので、突いた腕を取ってねじってへし折りながら地面に叩きつけて、回復範囲から飛ばす。


 ここで、僕への警戒が強まり陣形を整え直そうと討伐隊が動く。


 じゃあ、こんなんはどうだろうか。


「メリンダ、アカネ、シンシア、エスメラルダ、エリー、アンジェリーナ、アビゲイル……今頃なにしてんだろうなあ⁉」


 僕は適当に居そうな女性の名前を並べて、あたかも何かありそうな風なことを叫んでみる。


「き、貴様ぁッ‼ シンシアに何をしたあ――――ッ‼」


 そう叫んで、一人の隊員が陣形を無視して突っ込んでくる。


 よし、釣れた。

 陣形を組み直されると厄介だ、だから常に乱し続けるしかない。


 焦って突っ込んでくる隊員の攻撃を躱して、三日月蹴りで肋を砕いて、くの字に曲がったところを一瞬だけ身体強化を使って背負い投げで回復範囲からぶん投げて離れさせる。


 クロス先生から言わせれば、僕は馬鹿な雑魚だ。

 僕自身その評価は順当なものだと思うし、自覚的だ。


 僕は弱いから勝ち方や戦い方、手段や方法を選ぶことなんか出来ない。

 使えるものは全部使う、出来ることは何でも行なう。

 教わったことは全部やる。


 僕はここからひたすら挑発や奇襲を繰り返して『加速』を用いてき乱す。

 体力回復速度も魔力回復速度も上げている、長期戦なら僕に分がある。


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