「おまえ自身は魔物にも困ってねえし、スキルも全然超強いし、家族とも決別出来たんだし……異世界転生者……ビリーバーだっけか? その先生とやらから話を聞いたとしても、おまえには関係ない話だ。その魔族のビリーバーやら帝国のビリーバーとかその先生やらが動くんならわかるが……別におまえがやることじゃあねえよな」
俺はそのまま続けて、話の違和感を片っ端から挙げていく。
思想の影響を受けたところでこいつには実害がねえ。
もっとスキル面で冷遇されている人間も他にいるし、女にもモテて、金にも困ってねえ。
世界云々はこいつがここにいる理由にはならない。
「その大義っぽく世界とか絡めてそれっぽく
俺は寝転がるライラにお気に入りの猫のおもちゃを風魔法で動かして見せながら、クロウへさらに切り込む。
クロウは真面目だがマトモじゃねえ、そんなことでクロウはこんなことをしない。
「……ならスキルという異常なものがどんな悲劇を起こしているのかを、聞いて欲しい――――」
そこからクロウはスキル至上主義による人々の異常性や、スキル自体の危険性について語った。
クロウの父親、クローバー侯爵は元々『勇者』への覚醒を目指していたが結局『剣聖』になった為、そのコンプレックスから苛烈に加虐的に自分の子供たちへ厳しく接していただとか。
メリッサの『勇者』は魔物を生み出すシステムと連携していて『勇者』覚醒の少し前と『勇者』持ちが一定の強さに達した際に起こる勇者イベントという、大型魔物の氾濫についてとか。
ミラルドンたちが死んだ西の大討伐も『勇者』覚醒に伴うイベントだったとか。
公国のスキル至上主義によって管理される『無効化』の話とか。
完全に自由を奪われ、非人道的に対人生物兵器として強制され矯正されるとか。
ライラの『無効化』も公国に知られれば、取り上げられて管理されるだとか。
そんな話を真摯に、鬼気迫る口調で語る。
「僕は実際に『無効化』持ちが、非人道的な扱いを受けていたのを見た。世界からスキルが無くなればライラもそんな扱いを受ける危険がなくなるしこれから生まれる『無効化』たちも救える。魔物が居なくなり『勇者』も無くなれば、ジスタやシードッグたちのような悲劇も起こら――――」
「違えだろ。それはメリッサ自身や俺とリコーが必死になる時の理由だ」
つらつらと語るクロウの話に俺は、猫のおもちゃに夢中のライラを膝の上に乗せながら口を挟む。
「ライラを守る為なら俺は誰だろうと何人でも殺すし世界なんか百回でも千回でも滅ぼしてやる。でも、おまえは別にライラの親じゃあねえ。それはおまえの理由じゃあねえだろ」
俺はやや苛立ちながら、続けて語る。
そう、これはクロウがここにいる理由じゃあない。
これは俺を味方にする為の話でしかない。
ライラに対する危険が減るなら、ありがてえ限りではある。
西の大討伐みたいなことも起こらないに越したことはないし、あの世のジスタたちも大喜びするだろう。
だが、別にこれもクロウが背負うことではない。
「……っ、バリィ……、何が気に入らないんだ? 確かに公国は落ちるがスキルを失った混乱の中で他の国に侵攻を受けるより帝国に統治されれば混乱の中でも民を導くことが出来る! 確かに魔物やスキルという脅威を失って、バランスを崩した世界は混乱に
「だーかーらー……さあ」
焦って
「帝国の民度が高いのはよくわかってるし、帝国の手に落ちても一応教員として帝国史覚え直さなきゃならないくらいの影響しかねえだろうさ。確かに世界のバランスとやらが崩れた時の混乱は恐ろしいが、そんなん俺が心配したところで何が出来るわけでもねえから関係ねえ、俺が話してんのはそんな話じゃあねえんだ馬鹿」
俺は言葉が荒くなるのを予感してライラの耳を塞ぎつつ、やや言葉を強めてクロウに語り。
「俺は腹を割った話をしに来たんだ。聞かせろ、吐け、おまえはどうしてここにいるんだ」
改めて、俺は真摯にクロウに問う。
「………………っ、僕は、ただ……」
苦い顔でクロウは言葉に詰まる。
俺は黙って待つ。
別にクロウを止めようだとか、この国の存亡だとか、この世界のバランスだとか。
マジで何にも考えてない。
俺はただ、無茶をする親友の話を聞きたいだけ。
俺が十七の頃だから……九年、いや十年近くか。
気づけば長い付き合いになった。
俺らのパーティが成り立つようになったのはクロウから学んだ戦闘思考がベースだし。
リコーと付き合えたのもクロウのおかげだ。
クロウの助言がなけりゃあライラは生まれてないってことだ。
そんなに恐ろしいことはない。
だからクロウには感謝しかない。
だからせめて俺は、親友としてクロウが何をしたいのかを聞いておきたい。
このままだとこいつは、公国を落として世界のバランスを崩壊させた怪物になってしまう。
まあ事実その通りなのかもしれない。
でも俺は、せめて俺だけは理解してやりたい。
ただの身勝手だ。
俺に
心を焼いて、身体を駆け巡り、頭を
俺の燃える瞳が、クロウの真っ黒な垂れた目に熱を伝え。
そして、ぽつりと。
「…………
クロウは一言、そう洩らした。
「……ビリーバーの先生じゃ出来なかった……エネミーシステムとサポートシステムを消すことが出来れば……、世界の何処にいても、気づくはず……僕がやったってわかるはずだから――――」
ぽろぽろと、垂れ目から涙を流しつつクロウは先生について、語る。
いつものように饒舌ではなく、しどろもどろに、途切れ途切れに、語る。
スキルによる思考加速が切れているのもあるが、こいつは一度も誰にも語ったことがないことを語っている。
本当に大切な思い出は、言葉にする度に薄れてしまうからってやつを守ってきたのか。
命を救われ。
美味い飯。
乱暴な言葉遣い。
革新的な魔法理論。
厳しいが優しく、甘くはない。
女にだらしなく。
酒好き。
クロウにおいての、絶対的に
スキル至上主義に壊れた父親からの執拗な虐待で壊れ、殺されそうなところに現れた。
様々なことを学び生き方を知った。
知らない間に空間魔法に魚の燻製と金銭を入れてくれて。
また命の危機を救われた。
憧れて、焦がれて、崇拝し、神格化した。
そんな先生に見つけてもらいたいだけ。
シンプルだ。単純明快過ぎて、笑えない。
でもそれが、このクロウ・クロスの全てだ。
根幹であり、地下二万メートルに、ここにいる理由。
スキルの『加速』を『超加速』に至らして。
全系統の魔法を無詠唱で使い。
あらゆる武器術と格闘戦闘を極め。
女、子供には優しく。
仕事には真面目に。
酒と魚の燻製をこよなく愛す。
全て先生の言いつけを守って。
自分を置いていったであろうトーンの町で待ち続ける為だけに、たった一人になっても町を守り続けた。
こいつは、虐待されて壊れたまま大人になった子供だ。
強大な力と膨大な知識を持つただの子供。
世はそれを、怪物と呼ぶ。
でも。
俺にとっちゃあ、ただの親友なんだよ。
「……そうか。引き止めて済まなかったな、背中は任せとけ」
そう言って俺はライラのお腹をぽんぽんと叩く。
「うー? うーんっ!」
ライラは宇宙で一番愛らしい笑顔をこちらにむけて『無効化』を解除した。
そこからクロウは再び扉に張り付いて『超加速』を用いて四十八億の四乗通りのパスコード解錠に乗り出し。
ライラが遊び疲れ、ブランケットにくるまって眠った頃に話に聞いていた魔族のビリーバーが現れ。
静かに角ありのおっさんと雑談したり目が覚めたライラが角ありのおっさんに魔法を見せてもらったりしながら、邪魔が入らないように警戒を続け。
そして、夜が明けた頃に。
扉は開いた。