とりあえずクライス君を担いで、仲間たちの隣に並べて寝かせる。
回復系最高位の『聖域』で回復魔法の魔力消費量が少なくなっているクライス君が魔力切れを起こすって、どれだけ怪我させられたんだこいつら……。
まあでも見た感じ、やり切った感はあるか。
よく頑張った。
「さーて、と!」
「と!」
そう言って立ち上がると、ライラも真似をする。
大穴の前に立ち『狙撃』を使って視力を上げて暗視に対応させて、ライラの帽子を目元まで深く被して。
大穴に飛び込んだ。
まあもちろん、風魔法で減速しながらだ。
暗視で見る限り、この穴は消滅魔法で消し飛ばして崩れないように側面を土魔法で固めているようだ。
それにご丁寧に風魔法で換気も行っている。
この空気の流れを使わせてもらって魔力を節約しよう。
「おー……? んー?」
帽子で視界を奪われて見えてないライラが浮遊感を不思議がっている。
……いーや想像以上に深いぞこの穴、ライラの気圧調整と気温調整に全神経を集中しよう。
つーか上がるのどうしよ……結構骨が折れるぞ、クロウになんとかしてもらうかポピー嬢が目覚めるのを待つか……まあ何とかなるか。
そして数分の低速落下を楽しんで。
地下約二万メートル地点で、着地した。
そこは真っ白な部屋だった。
白すぎて遠近感が狂って、ものすごく広いように思えるほど真っ白。
光源の特定は白すぎて出来ないけど、かなり明るい。
さらに空気も動いており、気圧も気温も地上と同じになるように調整されている。
真っ白な空間に黒いペンで直接描いたような、白い大きな扉が三枚並んでいて。
その内、真ん中の扉に両手をついてこちらに背を向ける。
この白い空間で際立つ、黒い髪と黒いコートの男。
何かに偉く集中しているようで、俺たちの来訪に気づいていないようだった。
俺はライラの帽子をゆっくりずらして、顔を見る。
ライラはきょろきょろと初めての場所への好奇心で、色々なところ見回す。
「よし、ライラあいつに向かって、よろしく!」
「あーいっ! おー!」
俺の言葉に愛らしく、手を上げて答えて。
黒い男は同時にこちらへ振り返り、真っ黒な眼を丸くして驚愕した表情の残像を置いて。
超高速で真っ直ぐこちらへ向かって来て、ライラに手を伸ばしたところで。
ピタリと止まる。
「……よおクロウ、ご機嫌じゃねえか。腹を割って話そうぜ、俺はおまえと話をしに来たんだ」
「だあーっ」
俺はニヤリと笑ってクロウに宣うと、ライラも俺の真似をして眉を上げて宣ってみせた。
通常、スキルの確認は文字が読めるようになってから自身のステータスウインドウを確認し、自主申告にて行われる。
早くて五、六歳……、遅くとも十歳頃には大体自身のスキルを把握することが出来る。
俺も大体このくらいに『狙撃』を認識した。
ただし貴族や教会の人間、もしくは常時発動で赤子の頃から何かしらの効果を発揮し続けている場合は鑑定魔法を用いて確認を行ったりもする。
だから俺やリコーがライラのスキルを知ることになるのはもっと先の話だと思っていた。
だが前にクロウがサウシスに来て、ライラとコイン当てで遊んでいる時に。
クロウは『超加速』を用いてコインを消したり出したりする、種も仕掛けも速すぎるというだけの手品をライラに披露していた。
だが、その中で一度クロウはコインを落とした。
あの違和感が離れなかった。
『超加速』を使ったクロウからしたらコインは止まって見えていたはずなのに、落とした。
単なるミスとしても良かったが、親馬鹿な俺はもしかして『超加速』にも干渉しうる珍しいスキルなんじゃないかと思って魔法学校の図書館に
『無効化』という可能性に行き着いた。
だがこの『無効化』というスキルは、発動条件が認識という曖昧なもので敵意や警戒心に依存するらしい。
だから信頼出来る家族である俺やリコーには『無効化』は発動しない。
嬉しい限りだ、思いもよらないところで娘からの信頼を知ることになったのは良かった。
閑話休題。
「バリィ……、すまない。僕は急いでいるんだ、頼むから『無効化』を解いてくれ。今はまだ『超加速』が必要なんだよ」
珍しく焦り気味にクロウは俺に言う。
「まあ落ち着けよ。どんなに急かしても俺はライラに『無効化』を解除させねえし、おまえも力技でライラをどうこうすることはない。おまえの最速最短は……俺が納得するまで話に付き合うこととだ。まあ、座ろうぜ」
俺はそんな焦りを無視して、そう言いながら座ってクロウに着座を促す。
クロウは女子供に、病的なほどに甘い。
これは、いざとなったらその限りでもないとか、なるべくとか可能な限りな範囲でとかじゃあなくて絶対的なものだ。
魚が泳ぐ以外に移動する
故に病的、これはもう
だから絶対にクロウはライラに危害を加えない。
俺を畳んだとしてもライラは、大好きなパパを虐める悪いやつとしてクロウへの敵意が固まり『無効化』は解かれない。
だからこいつは、こんな馬鹿みたいな提案ですら断れない。
「……んで? 何がどうしておまえはこんなところにいるんだ? 帝国と手を
俺は抱っこ紐からライラを降ろして膝の上に座らせて、ライラに水筒で水を飲ませながらクロウに問う。
「……俺は子供の頃、一人の異世界転生者に会った――――」
観念したクロウは、ここからつらつらと語り出した。
元々はクローバー侯爵家の嫡男であったこと。
苛烈な英才教育についていけず、殺されかけたこと。
そこに現れた家庭教師の先生に命を救われたこと。
その先生が異世界転生者だったこと。
先生から様々な魔法やスキルの使い方やらを学んだこと。
なんか色々あって不本意ながらスキルやステータスウインドウや魔物は異世界転生者たちが後付けで世界に組み込んだこと。
その為に本来の魔法と違い現在の魔法は
そもそもこの世界に無かったシステムに
そんな思想を語ったら家を追い出され再び親に殺されかけたこと。
また先生とやらに救われたこと。
いつまで経っても進歩がなくて相変わらず魔物から町を守り続けなきゃならなかったこと。
スキルに
それに耐えられなくなってトーンの町を出たこと。
帝国と組み、魔族の異世界転生者と出会ってシステムがある装置がセブン公国中心地から地下二万メートルにあることを知ったこと。
地下二万メートルを掘るために公都を落とすことにしたこと。
そこで父親であるグレイ・クローバー侯爵と姉の騎士スノウ・クローバーとやり合ったこと。
そのままメリッサたちとやり合ったこと。
扉を開けて装置を破壊する為に四十八億の四乗通りのパスコードを『超加速』で解析していたこと。
そんなことをつらつらと語り。
「……だから僕はこの世界を正しい姿に戻す為、ここにいるんだ」
大真面目にクロウはそう結論を出した。
「なるほど……」
俺は満足気にふんぞり返るライラのオムツを替えながら、呟く。
世界を正しい姿に戻す、か。
なんつーかスケールの大きい……、そんな大義の為に動いていたのかこいつは……。
確かにスキルに依存して、魔物にひーこら言わされてりゃあ世界は停滞する。
そんな世界を加速させようって話か。
……なるほどなるほど…………はー、そうだったのか。
なんて。
俺はそんな話に
「……別にそれ、おまえがやることじゃねーだろ」
オムツを替え終えて両足を