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02愛する者がいる方が強いとかじゃなくていないのが弱すぎる

 ここからお出かけセットを準備。

 替えのオムツに離乳食、水筒にタオル、ブランケット、一応着替えと、帽子も被せて、お気に入りのおもちゃを一つ、その他もろもろかばんに詰め込んで。


 リコー宛にメモを残す。

 クロウを畳みに……、いやそれは無理だな。

 殴りに……、ぶっ飛ばしに……いや。

 つーか俺はクロウを殴りたいのか……? 正直勝ちたいとは思っているが、別に……。

 じゃあ、まあこれか。


 クロウと話してくる。


 一言だけそう書いておいた。

 謙遜抜きで俺がクロウに出来るのはそれだけだしな。


 抱っこ紐でライラを前抱っこして、俺たちは家を出た。


「おー……、おーっ、ぱーぱ! ぱーぱ!」


「お、なんだ? あー野菜だな、あの赤いのがトマトで、橙なのがニンジンだ。ニンジンは今日食べた離乳食にも入ってるんだぞー」


 きょろきょろして街並みに興味津々なライラに、ひとつずつ説明していく。


 街は不自然なほどにいつも通りの光景だった。

 だがなんとなーく街の人々も。

 なんか起こってるっぽいけど軍とかから特になんの警報やら指示とかないし、とりあえずいっか。

 みたいな空気感で日常生活を送っている。


 試しに少し軍施設に近づいて『狙撃』の強視力で遠くから覗いてみたが、思いっきり制圧されていた。

 争った形跡が極端に少ない……、これまさか転移魔法で一気に強襲して交戦準備が整う前に制圧したのか……?


 それを公都中の軍拠点や……、主要貴族の屋敷に行う。

 『通信結晶』を抑えて連絡手段断ち、何もさせないまま公都を落とす。

 民間人には悟らせないほどに鮮やかな同時多発的強襲制圧……、クロウの好きそうなやり口だ。


「よーし、……ほいっ」


「わーっ! きゃっきゃ!」


 俺は再び拡張した『狙撃』で紙ヒコーキをクロウに向けて撃つと、ライラは嬉々として笑う。


 クロウに向かってふわふわとゆっくり飛ぶ紙ヒコーキを歩いて追いかける。

 俺はそんな広範囲の魔力感知も出来ないし、足も速かねえし、勿論転移魔法も使えない。

 だから紙ヒコーキを飛ばして歩くしかない。


 紙ヒコーキは旧王城、公都の中心を向いていた。

 まあまあな距離なのでライラをあやしながら真っ直ぐと向かっていると。


「……!」


 ばったりと、どこかしらの制圧を終えたのであろう帝国軍の部隊と出会う。


 まあ民間人を狙うような真似はしていないので、このまま素通りしてしまえばいいのだが。

 目の良い奴……『鑑定』やら『観察』持ちで鑑定魔法とかが得意なやつがいると厄介だ。

 俺の『狙撃』で何をやっているかをかんづかれたくないのと、ライラのスキルを知られたくない。


 なるべく気にしない様子でやり過ご――――。


「――そこのじん、待つのである」


 帝国軍の隊長らしき男に声をかけられる。


 一瞬身構えるが、なるべく自然に足を止めて男の方に向き直すと。


「奏楽陣形! 第二番演奏ッ!」


 男がそう言うと、何名かの隊員が機敏に陣形を整え武具召喚で金管楽器や木管楽器やバイオリンを喚び出して、演奏を始める。


 驚いて口を開いたままで、優雅な演奏を聴き終えたところで。


「おーっ! きゃー、すごーねーっ」


 ライラがちっちゃい手を叩いてに笑いながら拍手をする。


「喜んで頂けて何よりなのである! 我々は音楽隊上がりなのである!」


 拍手するライラに向けて、帝国軍の男はにこにこと笑顔でそう返す。


「ところで御仁! 現在、少々帝国軍が公都にお邪魔しているのである! 帝国軍は民間人の生活や自由を脅かすようなことはしないのであるが、軍施設などには近づかない方が良いのである! それともし他の帝国軍人から避難ひなん指示しじなどがあった場合には速やかにしたがってほしいのである!」


 今度は俺に向かって男は言う。


「あ、ああ、わかりました。素敵な演奏ありがとうございます……」


 俺はやたらであるである言う男に驚きつつもそう返す。


「いやいや! 音楽は我々のライフワークである! 子供が居たら笑顔にするのは当然である! では! ぜんたーーい、行進!」


 であるの男がそういうと、隊員たちは整列し直して足を高く上げてコミカルに行進していく。

 すれ違いざまに何人かライラに手を振っている隊員もいた。


 いーや、気のいい連中過ぎるだろ帝国軍。

 まあ流石に今のであるの男は帝国軍の中でもとびきり気のいい奴なんだろうが……、微塵も敵意のない連中で助かった。


「あーあーっ、おー、おーうっ♪」


 であるの帝国音楽隊に触発されてか、ライラもご機嫌に歌う。


 天使の歌声すぎんだろ…………っ、こりゃあ将来は歌手になるのか?

 なんて考えながら旧王城へと向かっていると。


 爆発音。


 旧王城の辺りで爆発が起こったみたいだ。

 かなり大きな爆発で、まだ徒歩で十分はかかる距離なのに熱風を感じたくらいだ。


「ぱーぱ……?」


 ちょっとびっくりしてきょとんとした顔で不安そうにライラが俺の顔を覗き込む。


「うーん……ほいっ! そりゃ!」


 俺は滞空する紙ヒコーキを風魔法でライラの回りをくるくると旋回するように動かして、抱っこしながら体を揺らしてあやす。


「うふっきゃきゃっきゃー」


 するとライラは安心して笑顔になる。


 どうにもクロウが誰かと一戦やり合ってやがるらしい。

 やっぱ帰るか……? 流石に交戦中のところにライラを連れて行くわけには…………いや、大丈夫か。


 ここから少し歩みを早めたとしても旧王城まで数分はかかる。

 瞬殺製造機クロウの戦闘が数分に渡ることは、有り得ない。


 着く頃には全部終わってるだろう。

 それに、逃げずにわざわざ交戦したという時はクロウは旧王城になんかしらの目的を持って居るということだ。


 とりあえず行くだけ行ってみよう。

 紙ヒコーキを追って、やや早歩きで進んで行くと途中で紙ヒコーキが下降して地面に落ちる。


「……あれ?」

「あれえー?」


 俺が首をかしげたのを真似してライラも首をかたむける。


 紙ヒコーキを拾って再び『狙撃』を使って撃つがすぐに地面に落ちてしまう。

 なんだこれ……? 俺の『狙撃』効いてない? いや……、もしくは地下にもぐっている?

 よくわからないが、とりあえず歩いて旧王城の裏が見える位置に辿り着き、やや遠目から強視力で状況を見る。


 そこは瓦礫の山だった。

 恐らくここでさっきの爆発が起こったのだろう。

 それと、瓦礫の他にクロウの『棒ヤスリ』が散らばっていて。


 一人の人影。


「…………クライス君? クライス君か!」


 俺は声を上げながら、クライス君の元へと駆け寄る。


「……バリィ……さん、か……」


 こちらは見ずに声だけに反応して、クライス君は返す。


 右腕と右脚、右耳などのほぼ右半身が一度消し飛んだのか部位欠損を回復させたようだが、万全ではなく所々皮膚が再生されておらず痛々しい見た目をしていた。


「よし……、これで治療完了……だ」


 クライス君はそういうと倒れるダイル君を引きずるように運んで、先に治療を終えていたのであろうメリッサとポピー嬢の近くに寝かせた。


「お、おい、おまえは大丈夫なのか? 見た目めちゃくちゃ痛そうだぞ?」


 俺は瓦礫がれきに座り込むクライス君に慌てて聞くと。


「……大丈夫……だ、ギリギリ、ポピーの回復魔法が……間に合った……。私には脈動回復を掛けてあるもう少し休めば、皮膚組織の再生が終わる……。魔力切れが怪しまれたので、自分は最低限に、先に仲間たちを回復させ……た」


 疲労困憊の顔で、クライス君は答える。

 どうにも勇者パーティはクロウと一戦やり合って、負けたようだ。


 メリッサは泣き落とし騙し討ちを使わなかった。


 まあ、仕方ない。

 卑劣で卑怯だし、これはメリッサにとって精神的に負けることになる戦術だ。


 真正面からクロウを倒せなくては意味がない、そう考えるのは仕方がない。

 状況を把握していると、クライス君が不意に指をさす。


 指をさした方向を見ると。

 そこには、大穴。


 二メーター四方くらいの、大きな四角い穴。

 強視力でも底が見えない……、かなり深いぞこれ。


「……クロウ・クロスは、地下……だ。神……いや異世界転生者たちが……造った、この世界にスキルやステータス、魔物を生み出す装置を破壊することが奴の目的」


 クライス君は起きているのが辛そうに、荒唐無稽な話を語り出す。


 …………いや、この状況でわけのわからんことを言い出すような奴じゃあない。多分マジに言っている。


「……貴方に、頼むのは筋違い……なのは、わかっている…………。だが……っ、頼む……、あの怪物に一矢報いてくれ…………後生だ」


 悲痛な顔で、クライス君は無茶を言う。


 だが。


「……任せろ。クロウの野郎泣かしてやらあ」


 俺は笑顔でそう返す。


 それを聞いて、クライス君は少し笑って気を失った。

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