俺、バリィ・バルーンは魔法使いで魔法学校の教員も勤めている。
と、いっても現在は勇者パーティの武術指南というか……。
冒険者時代の仲間たちと一緒に冒険者時代の後輩が率いるパーティを鍛え直してる。
ちゃんと学校の方も休職扱いになってるし、満足すぎる給金とわりと良い家を借りれているので問題もない。
そして、父でもある。
「よーし見てろよ~……ほいっ!」
俺は紙ヒコーキを飛ばして偽無詠唱の風魔法でふわりと揚力を与え続ける。
「おー……きゃきゃきゃっ」
紙ヒコーキに手を伸ばし宇宙で一番可愛らしいライラは嬉々として笑う。
今日は宇宙一尊敬をしている妻のリコーに、少し休めと言われ今日は一日ライラと一緒にいることにした。
既に洗濯は終え、食事と洗い物も終わり今はつかの間のお遊びタイムだ。
確かに最近ちょいとばかし忙し気味だった。
昔の仲間たちと仕事が出来んのが楽しかったってのもあるが、才能のある奴らを教えるのもなかなかどうして面白い。
実際目に見えてメキメキと成長するのは、教えがいがある。
だが、勇者パーティより目を見張る成長を見せるのが。
「ぱーぱ、あーい」
落ちた紙ヒコーキを掴んでライラはそう言って俺に紙ヒコーキを渡す。
いんや育ちすぎだし可愛すぎだろう。
ついこの間までリコーの乳を吸っていたと思ったら、離乳食をパクパク食べるし結構喋るし掴まり立ちもするし。
こりゃあ仕事にかまけてたらダメだ……。
気づいたら大人になっちまう。
リコーには感謝しかない。
今はリコーも息抜きに公都を散策がてら買い物をして回っている。
せっかくなので羽を伸ばしてきてほしいところだ。
「ありがとー! ……ほいっ!」
俺はライラから紙ヒコーキを受け取って、羽を整えてまた飛ばし風魔法で揚力を与える。
部屋の中をふわふわと飛ぶ紙ヒコーキを見ながらきゃっきゃと笑うライラの頭を撫でていると。
突然、壁に掛けていた
リコーが武具召喚を使った……?
街中で交戦……、魔物ってことはないだろうし……、輩にでも絡まれたか……?
いや、リコーならそんじょそこらのチンピラ相手なら素手でも畳める。
引退して
武装した相手……それも集団相手じゃないとリコーが盾を持ち出すなんてことはない。
魔法使い相手か? 街中で魔法をぶっぱなすような奴が出たみたいな、やべえ事件に巻き込まれた?
流石にリコーを落とせるような野良の魔法使いやチンピラがいるとは思えないし、そんなやばい事件ならすぐに軍やら冒険者が動くはずだ。
そこまで心配する必要はないが……、念の為メリッサに連絡してポピー嬢に魔力感知でリコーを探索して跳ばしてもらうか?
ライラは一旦…………、クライス君あたりに預けるか?
だが、そんなことをしている間にリコーの戦闘は終わる……。
まあ動くだけ動くか、念には念を、
なんて『置型通信結晶』に手をかけたところで。
二枚目の盾が消える。
嘘だろ? 一枚目が破られたのか?
ブライの連撃でもブラキスの一撃でも捌いてきて、魔物討伐でも二枚目を使ったのは十回に満たない。
急いで勇者訓練場に通信を繋ぐが。
「…………出ねえ」
何度呼び出しても、誰も出ねえ。
訓練場には管理の人間やらそれなりに人がいるから通信番くらいは居るはずだ。
一応公都内の軍施設にも連絡してみるが、同じく繋がらない。
公都で何か起こっている……? リコーが二枚目の盾を喚び出すほどの何か……。
魔物の出現はない、リコーが歩いて移動する範囲にそんなやばい魔物が出ていたら騒ぎがここまで届いてくる。
大規模な犯罪組織によるテロ行為……としても、この辺りに政治的な要所なんてない。もっと貴族街の方とか旧王城の方だとかでやるだろう。
つーかそれだと軍に連絡がつかねえ説明がつかねえ。
いや軍拠点自体が標的だとしたら……?
他国の侵攻作戦、まあ来るならライト帝国だろうな。
だが公都だぞ? 端っこのトーンとは話が違う。
でもそれなら軍や訓練場なんて要所に繋がらなかった理由にはなる……あるのか?
なんてライラを抱っこして鼻を摘まれながら思考をしていたところで。
二枚目の盾が元の場所に返ってくる。
武具返還をしたのか、戦闘が終了した?
盾一枚割ってくるような相手にしては早すぎる……。
盾にも傷が増えていない、二枚目を喚び出してから大して戦っていない。
二枚目を見せた時点で相手が折れたってのが一番考えられることではあるが……、リコーが戦わずに降伏するパターンってあるのか?
リコーの戦闘持久力は常軌を逸している。
二十四時間どころか三日三晩戦えてしまう、単純な体力なら誇張抜きで世界最強だ。
リコーの辞書に『疲れ』の文字はない。
ライラ出産直後すぐに普通に歩こうとして産婆にめちゃくちゃ怒られていたくらいだ。
相手が折れないのならリコーが諦めることは相手が絶対に勝てないような技量を持つ――――。
頭に、ちらりと
リコーが無条件で諦めるような絶対勝てないような技量を持つ相手なんて、クロウしかいねえ。
そしてクロウは帝国と繋がっている。
トーンの町を任せるくらいだ。ズブズブの関係である。
それにこの……いきなり公都を、しかも主要拠点だけを狙って強襲なんて、馬鹿過ぎる最大効率を実現させるような馬鹿もクロウしかいねえ。
だとするとクロウも公都に来ている……?
「あーい、ぱーぱ?」
ライラは考え込むの頬をぺちぺちと叩きながら、紙ヒコーキを渡す。
「……うん、ありがとう」
俺はそう言って紙ヒコーキの羽を整えて集中し。
「……ほい」
紙ヒコーキを真っ直ぐ飛ばす。
俺は今『狙撃』を全開で使って紙ヒコーキを飛ばした。
この『狙撃』というスキルは、遠距離攻撃の命中率が上がったり視力が良くなるというものだが。
スキルというものは、認識や解釈や理解度によって効果が拡張される。
例としてはブライの『双剣士』だ。
剣を二本握れば動きやステータスに補正が入るという、まあ標準的な職モノスキルだが。
その剣を二本という部分に関しては認識や解釈が非常に関係する。
鉄剣や木剣や刀は剣として認識出来るので『双剣士』が発動するがナイフや包丁だと『双剣士』は発動しない。
だが、目隠しをしてゴボウを二本握らせた場合『双剣士』は発動する。
もちろんゴボウだとわかって握った場合は発動しない。
自身の認識でスキル発動条件が拡張されるのだ。
クロウの『加速』もそうだ。
俺は『加速』というスキルについて調べたことがあるが、どれだけ調べても脚力や反射神経などの速さに対するステータスに補正を受ける程度のスキルとして書かれていた。
あんな空気抵抗や自由落下速度や時間にまで干渉するようなスキルではない。
空気や重力の影響を受けず網膜に残像を残すような速度で動くことの出来るような効果はない。
でも実際クロウの『加速』はそうしていた。
あれはクロウ自身の『加速』に対する認識と解釈と理解度によって、世界そのものに干渉することで成り立っていた。
じゃあ俺の『狙撃』なら……、これを拡張するとしたら。
狙って撃つ、狙ったものを撃つ……、狙われたものは撃たれる。
俺は公都にいるであろう
俺にクロウが何処にいるかなんてことはわからないが『狙撃』が『加速』のように世界に干渉しているのであれば。
公都内にクロウが居る場合、この紙ヒコーキはクロウに向かって飛ぼうとするはずだ。
真っ直ぐ飛んでいた紙ヒコーキは、不自然に急旋回して壁に当たっても進もうと張り付いて数秒後に落下した。
クロウが公都に来ている。
現在ゴリゴリの外患誘致やら殺人未遂やらで指名手配中のクロウが、のこのこ公都にいる理由が他にねえ。
どうにも俺の推測は当たってたようだ。
なら一旦、安心だ。
クロウがリコーを傷つけるような真似はしねえ。
病的なほどに女と子供に甘い。
出会った女はとりあえず一回口説くし、子供にはとりあえず味方をする。
セツナもリコーもキャミィもとりあえず一回口説かれてる。キャミィに関しちゃセツナとくっついてから口説いていたからな……。
ブラキスもメリッサも相当甘やかされていた。
まあその辺は飴と鞭で、ギルド職員のクロウが担ってくれていたと考えれば役割としての甘さもあったんだろうが……、なんつーか義務感のある無機質な甘さだった。
まあとにかく、クロウがリコーを畳むなんてことはないという確信がある。
そうなると次に考えるべきは勇者パーティの安否だが……、懸念があるとしたら『無効化』を使われた場合か……。
あいつらには対クロウ戦を叩き込んできたが『無効化』想定は教えてねえ。せめて俺が居りゃあ対『無効化』攻略戦術を指揮してやれるが……まあブライとブラキスを信じるしかねえか、あいつらは『無効化』が効きづらい。
訓練場への強襲を捌いたら、勇者パーティはクロウの元へ向かうはずだ。
ポピー嬢の魔力感知ならクロウが公都に来た時点で場所を特定出来ている。多分転移で直接跳んでやり合う感じだ。
仮想クロウ相手に力をつけて飛躍的に技量を挙げ、さらに集団擬似加速改と消滅纏着という超弩級戦術があるが……。
恐らく勝敗は、メリッサが本当の奥の手を使えるかどうかで決まる。
泣き落としての騙し討ち、もし俺が女で子供でクロウを畳むのなら間違いなく、クロウの習性につけ込むだろう。
クロウの一番弱い点は、優し過ぎるという習性が欠陥としても良いほどの虚弱性だと俺は思っている。
まあ、メリッサがクロウに勝とうが負けようがこの国は落ちるだろう。
何をどうやったのかは知らないが、同時多発的に公都内の主要拠点や主要貴族をピンポイントで強襲して公都を制圧……、その後地方貴族への降伏勧告を出して……鮮やか過ぎんだろ。
とはいえ、俺にはそれほど関係がない。
帝国が国民を虐げる政治を取るんなら死ぬほど暴れることにはなるが、貴族でも軍人でもない俺は家族と無事に過ごせるのなら公国だろうと帝国だろうと、どうでも良い。
ライラとリコーが居ればそれでいい。
俺の人生はこれで完成している。
出来ることもないし、やらない。
冒険者でもない、ただの教師で父親の俺には関係が――。
なんて考えながらライラのほっぺをぷにぷにしていると、不意にライラが壁に向かってはいはいをして紙ヒコーキを取って。
「あーい、……ぱーぱ?」
そう言ってライラが俺に再び紙ヒコーキを渡す。
俺は紙ヒコーキを受け取り構えて、ふと壁を見る。
この先にクロウがいる。
俺には関係ない、多分俺はこの物語においてなんの役割もない。
勇者でもなければ、クロウのように物事の影響の中心にいるわけでもない。
ただの教員がちょっと巻き込まれてちょっと手伝っただけだ。
でも、それでも――。
「……よし! じゃあちょっと、パパとお出かけしましょうか!」
俺はライラを抱っこして笑顔でそう言った。
「おーっ!」
抱っこされたライラは仰け反るように両手を上げて返す。