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04勇者とは勇敢な者であり強いかどうかは関係がない

 消滅魔法……? いや、放った素振りはなかっ……設置していた?


 クライスがダイルに刺さった『棒ヤスリ』を引き抜きに接近すると読んで、どこかのタイミングで消滅魔法を設置していたんだ。

 そして、この逃げる立ち回りは回復魔法を使える私がクライスを回復出来ないように遠ざけつつ、クライスと私の間に割って入る立ち位置に調整ちょうせいしている。


 腹が立つほど巧みだ……っ。

 ジャンポールとの同速対決を制して、加速した世界で戦えると思っていたけど……、流石にここはクロウさんの世界だ。基礎的な技量が違う。


 だけど、私はダメだけど


 ポピーは私のカバーが望めないと判断して、クライスに駆け寄る。

 賢者で『大魔道士』を持ち、全系統の魔法を使えるポピーが回復魔法を使えないわけがない。

 ポピーは医学的な知識は学んできておらず、完全に専門外な為に使ってこなかったがそれでもある程度の回復は問題なく行える。


 普段はクライスがいるし、私もいるので後衛火力としての役割に専念せんねんしているにすぎない。

 私はこのままポピーがクライスを回復する時間を稼いで、さらにそのままクライスがダイルを起こす時間を稼ぐ。

 やることは変わらない、私がクロウさんを抑える。


 身体強化や魔力感知と観察魔法をフル稼働させて、多角的飛んでくる『棒ヤスリ』を躱しながらクロウさんを厳しく攻め続ける。


 ぶっ飛ばすなんてぬるいこと言ってられない。

 私は今、トーン最弱の小娘じゃなくて勇者パーティの勇者。

 パーティのリーダーとして、全員生存の上で目標達成することだけを考えろ。


 ぶっ殺す。

 もう、迷わない。


 ナイフを的確に首や腋、内腿や肋骨の隙間を通すように狙う。

 対人戦は私の専門、ブライとセツナとアカカゲ、それにクロウさん。あんたたちから学んだんだ。


 クロウさんは私の攻めをギリギリで、時には服にかすらせながら躱しつつ。

 もうちょいで届くかも感を出して、私が前のめりになるのを誘ってくる。


 これは私も望むところだ。

 私はその誘いに乗って、前のめりに突っ込む。


 それと同時にクロウさんは全く起こりの無い、予備動作も気配もなく、リコーがライラの口元を拭く時のような無意識の一撃を放つ。


 見えなかったし、もちろん反応も出来なかったけど。


 私はを使った。


 ギリギリ間に合った。

 これは対クロウさん用に開発した魔法だ。

 最強攻撃魔法である消滅魔法をというものだ。

 バリィとの模擬戦で高濃度酸素対策に風魔法を身体に纏ったことにヒントを得て生み出した。


 単純なものだが、完成させるのはめちゃくちゃ大変だった。

 何回も消滅の出力や動きへの追従をミスって腕がちぎれかけたり脇腹が欠けたり……。

 クライスが夜まで一人居残ってこんを振ってなかったら私はとっくに死んでいた。


 だが消滅てんちゃくは完成した。


 クロウさんとの戦いはこの集団擬似加速改を用いて同速で戦うことが前提となる。

 そうなれば、遠中距離の魔法戦にはならず必ず接近戦があると思った。

 そして、私は必ずクロウさんの攻撃を貰うことになる。

 つまり、必ず間違いなく確実に接触する瞬間が訪れるということだ。


 だったら、触れないようにしてやろうというのがこの策だ。


 しかもギリギリまで、魔力感知もさせない、接触する寸前での展開。

 消し飛んだ左手は、気が向いたらクライスに治させるよ。


 私は勝利の確信をして、ゆらりと迫る左手を顔面で消し飛ば――――。


「eえEぇっ‼」


 私は思わず声を上げる。


 クロウさんの左手が、私の顔を鷲掴みにする。


 理解が追いつかない、消滅魔法を素手で貫く? 意味が――――あ。


 混乱する私をよそに、クロウさんは集団擬似加速改の魔力消費を加速させる。


 これは前回会った時、鬼神スノウにやっていた、あれだ。

 そうか。これを狙っていたんだ。

 ダイルを潰し、クライスを誘い出し、ポピーを引き付けて、私を孤立させる。


 超人……いや怪物だ。


 魔力切れで集団擬似加速改が解かれたのと同時に、私は瓦礫の山へと投げられ。


「がふ……っ」

「あがっ!」

「かは……っ!」


 間髪入れずに、三人も瓦礫の山へと弾き飛ばされる。


 同時にダイルが弾いた『棒ヤスリ』が音を立てて周りに散らばった。


「……メリッサ、今のはマジで良かった。本当に強くなった」


 クロウさんが少し疲れた声で私に向けて語り出す。


。一部の大きな鳥のような魔物が使うもので、魔法自体を分解して魔力として散らしてしまう完全魔法防御魔法だ。それを使った。もしこれがなければ僕は左手から消し飛んでいたし、そこから生まれる隙で多分戦況はひっくり返っていた」


 淡々とさっきの決まり手の種明かしをする。


 魔法融解…………、ああそういえばポピーとブラキスが公都近くで消し飛ばしたデカいカラスみたいな魔物が消滅を掻き消したって話があったっけ。


 人間が使うとは想像してなかったが、怪物が使って来ることは想定しておくべきだった。


「本当に凄いよメリッサ、一人前だ。君は『勇者』なんか無くっても立派に生きていける。よく頑張ったね」


 クロウさんは瓦礫の山に埋まり、隙間から覗くことしか出来ない私にそんな言葉を向け。


 振り返って立ち去ろうとした。

 私はそれを聞いて、見て。


「…………ぶばっ、ぶざげんだああああああああああああああ――――ッ‼」


 鼻血と吐血を撒き散らしながら、瓦礫を弾き飛ばして立ち上がりながら叫んだ。


 ふざけんな。

 ああ、頭きた腹が立つ目が燃える。


「……散々ガキ、扱いして! セツナと付き合ってたんなら言えよ馬鹿がぁ‼ ガキだから傷つけたくなかったってか、若い子にしたわれて気分良かったってか! 調子乗ってんじゃねえぞ馬鹿垂れ目ジジイ‼ 私は子供じゃあねえぇぇんだよ馬鹿野郎おおおおおおおおおお‼」


 私は勢いのままに、胸中をぶちまける。


 トドメも刺さずに去ろうとしてんのが腹立つ。

 戦い中も大して似合ってないコートを脱がなかったのが腹立つ。

 何ヶ月も鍛えてきたのが無駄にされたのが腹立つ。

 垂れ目が腹立つ。

 一撃も当たらなかったのが腹立つ。


 優しく褒められてちょっと嬉しくなった自分が腹立つ。


 格好つけて去ろうとしていたクロウさんは驚いて垂れた目を丸くして振り返りこちらを見ていた。


 ははっ、気分が良いね。

 私はトーンの町一番の悪童で、トーンの町で最もイカれた対人戦パーティ所属の元冒険者。


 そして今は。


「はっ……、知らなかったのかい?」


 私は精一杯、毅然な態度で。


「勇者はここで立ち上がる。ここで立ち上がれるから、勇者なんだ。舐めんじゃねーぞ馬鹿垂れ目馬鹿」


 そう宣って、ニヤリと笑ってみせる。


 ああ、本当はここでバリィの考えた秘策を使うべきなんだ。

 対クロウ・クロス最強の策。


 


 泣いて謝って、甘えてり寄って、優しさを見せたところを刺すという。

 クロウさんが病的に優しいことと、私がクロウさんからいつまでも子供として見られていて、私がクロウさんに好意を持って接しているからこそ成立する策だ。


 卑劣だし卑怯だけど確かに有効だし、そのくらいしなきゃこの怪物を討つことはできない。


 でももう、この策を使うこと自体が私にとっちゃあ負けだ。

 もう、私には、この人の優しさは必要ない。


「…………そうか、それはすまなかった」


 クロウさんは冷たく、平らな声でそう言って。


「その勇者ってのは単なるスキル名称でしかない、勇気もただの言葉でしかない」


 真っ黒な目で冷静に続け。


「在るのは、徹底した遂行のみだ」


 てつくような圧力を放って。


「一秒で畳むぞ、勇者」


 そう言いながら、クロウさんは構える。


 私はそれを見て、背筋がこおりつきそうになりながら瓦礫の山から下りて構える。

 クロウさんの構えと全く同じ構えで、対峙する。


 私はこの時初めて、クロウさんの優しさ以外に触れたのだった。


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