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03勇者とは勇敢な者であり強いかどうかは関係がない

「あらら、まあ仕方ないか……。確かにこの状況を見たらそう動くのが自然だよ。でも多分クローバー家の姉さんはあざやかに死ぬことを美学にしていたからスキルという価値観がまだ存在しているうちに死ねた方が良かったとは思うけど、メリッサは間違ってないよ。正義感のある行動だったね、偉いよ」


 クロウさんは柔らかい笑顔で『棒ヤスリ』を地面から引き抜いて空間魔法に仕舞いながら私に向けて言う。


「……何が目的なんだ? この公都襲撃がクロウさんが仕組んだってどういうことなんだ? 自分の姉を殺そうとしたり……、あんたは何がしたいんだよ‼」


 私はクロウさんに声を荒げながら尋ねる。


 だが、別に私はそれほどクロウさんの動機に興味があるわけでもない。

 クロウさんは私を舐め腐っている。いつでも畳めるし私がクロウさんに挑むなんてことがないと思っている。

 だからこんな会話にも乗ってくる。


 この時間を使って私は魔力を練り上げて準備をする。


「そうかガクラからの伝言を聞いたのか、ってことは第一強襲制圧部隊を退しりぞけてきたんだね。本当に凄いな強くなった……、ああごめんごめん、目的だったね」


 クロウさんはしみじみと私たちを見て納得するようにそういって優しく語り出す。


「僕の目的はこの世界からスキルとステータスウインドウと魔物などのシステムを消し去ること。大昔に異世界転生者がスキルやら魔物やらを生み出す装置をこの地の地下二万メートルに作った。それを掘って壊すために軍や騎士団を抑えておく必要があったんだ」


 淡々と荒唐無稽な話を始めた。


 は? 何だこの話……、馬鹿にしているの?


「…………び、ビリーバーが造ったものが、この国の地下に…………?」


 クライスが驚愕しながらそう洩らす。


「……へえ、なるほど君は教会関係の人か。そうか、信仰の方からでも歴史を辿れば情報があったのか……。その通り、デイドリームというかサプライズモア時代のビリーバーたちが元々ここらへんの土地は魔力が濃かったから土地の魔力を使うために地下に造った。そしたら魔力が吸われすぎて逆に魔物が湧かなくなったから人が住み始めて旧セブン王国が出来た、みたいな感じ……まあそれは置いといて」


 クライスの言葉に嬉々としてクロウさんは返すが、話を戻そうとする。


 え、なに? マジなの……?

 異世界転生者……?

 スキルや魔物を消す……って、そんなこと……。


「スキルを無くした場合、このセブン公国は混乱におちいる。それを帝国であればしっかりと統治することができる、他の国に落とされるよりは絶対に帝国が良いと思う。メリッサもトーンの町を見たんだろう? 彼らは変に隷属させたり虐げたりはしない」


 私の疑問をよそに、淡々と話を続ける。


 確かに……、トーンの町は安定していた。

 なんならしっかりと帝国軍が魔物から守ってくれる分、前より安定しているまであった。


 大陸一の大国を上手く統治する政治は、全然よくわからないけど確かに優秀だ。


「それに……、強力なスキルを持って生まれた君たちも公国のスキル至上主義に人生を振り回されたこともあっただろう。良いこともあったかもしれない、でもそうじゃあないこともあったはずだ。その最たる例として『無効化』を持つ人々の非人道的管理体制が挙げられる」


 語りは続く。


 これも各々が色々と思い当たることがある。

 まあ、私は元々『盗賊』だったから少しみんなとは違うけど、三人は私より思うところがあるだろう。

 それに『箱』の話を聞いた私は『無効化』に対する非人道的管理体制についても思うところは出てきている。


「でも苛烈な魔物との生存競争にはスキルやステータスウインドウが必要……ということは同時に魔物が消えれば不要だ。人が人として人の世界で生きていくのにこんなもは必要ない、そもそもこの世界にはなかったもので異世界転生者……ビリーバーすらも不本意に造ったシステムなんだ」


 やや眉をひそめて続き。


「だから僕はこの世界からこの不毛なシステムを消す。世界を正しい姿に戻す」


 力強くそう言ってクロウさんは語り終える。


 まずい……。

 正直話の正誤はわからないし、どうだっていいんだけど。

 想像以上に、クロウさんは大義を持って大きいものを背負ってこの場に居る。


 実の姉を殺してでも、進もうとしている。


 まあ何かあるとは思ってたというか、誰だって何かはある。

 でも、思ってたより何かあったな……。


「いや話がなげえよ、おっさん。テメーの垂れ目見てたら眠くなっちまっただろ馬鹿。……言ったれメリッサ、俺たちが何をしに来たかよお!」


 少したじろぐ私に、ダイルが茶化すように私へと振る。


 そうだった。

 別に大義だろうと何だろうと関係なかった。


「クロウさん……、私は馬鹿だからクロウさんがやろうとしてるのが正義なのか悪なのかもわからない……、つーか…………、知らねえ!」


 私はぐつぐつと心の熱が身体の中を焼いて燃えていくのを感じながら、クロウさんに返し。


「なんか気に入らねえから、ぶっ飛ばすッ‼」


 そう言って目から炎があふれ出す。


 そして、言い終わりと同時。

 私は練り上げた魔力で、を発動させる。


 これは擬似加速の改良型である、擬似加速改をパーティメンバー全員に掛ける、対クロウさん用に造り出した新魔法だ。

 当初の擬似加速は身体強化や反射神経や思考速度を上げることだけにフォーカスした魔法だったが、自由落下時などの自分の力だけではどうしようもない部分での加速に対応していなかった。

 そこを空間や重力、そして時間など、概念にも干渉を及ぼすように改修したのが擬似加速改だ。


 その擬似加速改を、他者にも影響を及ぼすように有効|範囲を拡大させたのがこの、集団擬似加速改である。

 かなりの魔力を消費し、練り込まなくちゃならないが。


 これで同速。


 クロウさんも同時に『超加速』を発動し、音すらも歪む超高速の世界で驚きの表情を見せる。

 この集団擬似加速改は加速状態に多少慣れが必要だし発動中は音より速く動いてしまう為に発声ができなかったり使えなくなる魔法も存在はするが、基本的な動作や体感的な部分に通常時との差異はない。


 いくら『勇者』で飛躍的に底上げされた魔力量とはいえ、効果時間は時間にすると長くても四十秒ほどだが、それはあくまでも現実の時間であり加速するこの世界での体感は何十倍も長い。

 つまり、この数ヶ月間鍛えた成果をたっぷりまるっとそのままぶつけることが出来る。


 先陣を切ってダイルが双剣を握って突っ込む。

 ブライに影響を受けた結果、ダイルは双剣を好んで使うようになった。


 ダイルの厳しい連撃を躱しながら、空間魔法から『棒ヤスリ』を取り出してポピーに投げる。


 ダイルはしっかりと反応して剣で弾き、ポピーも返しで光線魔法を放つ。

 クロウさんは光線魔法をバリィのように魔力導線で捻じ曲げて私に向けて牽制し、真っ直ぐにクライスへ迫る。


 想定通り、クロウさんはセオリー通りに回復役から狙いに行った。


 だがクライスはこんを使って器用にクロウさんをいなす。

 バリィの影響を受けた結果、クライスは合気じょうじゅつベースにこんを使うようになった。


 落とされないことだけに注力するクライスを落とすのは、ブライですら手こずる。

 即断即決で早々にクライスには見切りをつけて、クロウさんはぬるりと流れをそのままにポピーを狙う。


 慌てず引かず動じずポピーはどっしりと構えて光線を的確に乱射する。

 ブラキスに影響を受けた結果、ポピーは仲間の援護を信じる胆力を手に入れた。


 私がすぐにカバーに入って光線魔法をけるクロウさんに厳しくナイフを振り、ダイルも攻めを切れさせないように双剣を振る。


 クロウさんは鋭いステップでダイルを使って魔法の斜線を切りながら距離を取り。

 空間魔法から直接『棒ヤスリ』を大量に超高速で射出する。


 弾幕。

 あんな使いづらい馬鹿な武器をこんなに大量に造ってたのか……っ。


 私がナイフで弾こうと構えるより速く、ダイルが前に出る。

 とてつもない反応速度で『棒ヤスリ』を双剣で弾いていく。


 完璧な迎撃、いやマジにダイルは強くなった。

 惚れるかどうかは置いといて、頼りになる前衛だ。

 『超加速』を用いて加速した世界の中でもなお速く迫る『棒ヤスリ』を一切後ろに通さないように弾き続けた。


 だが、奇妙な事象。


 弾いた『棒ヤスリ』が、ちゅうに浮かぶ……いや空間に固定されたように停滞して周囲にまっていく。


 何だこれ、何か特殊な魔法――……、いや違う。


 この『棒ヤスリ』の射出には『超加速』が用いられていた。

 つまりスキル効果によって速度を与えられていた。


 これは減速。

 正確には『超加速』の部分解除だ。


 『棒ヤスリ』の『超加速』を解けば、普通の自由落下速度に戻る。

 加速した世界の外にある『棒ヤスリ』は、加速している私たちから見たら止まって見える。


 すっげえ、こんなことも出来るのか。

 私の擬似加速改じゃあこんな部分解除なんて緻密な調整は出来ない。

 スキルだからこその自由度だ。


 クロウさんは減速させ宙に固定させた『棒ヤスリ』を足場にして、ポピーの光線を躱しながら縦横無尽に動いて接近してくる。


 しかも、足場として蹴った『棒ヤスリ』に『超加速』で速度を与えて再射出する。

 テクニカルが過ぎるでしょ……っ、何でもありだとは思っていたけど何でもあり過ぎる。


 多角的になり、ダイルの捌きが厳しくなって来たところでクロウさんは的確に空中の『棒ヤスリ』を私とポピーを狙って射出する。


 ダイルは私に迫るのは無視して、ポピーに射出された方だけを弾く。

 冷静だ、私なら自力で弾けるからね。

 ちょっと惚れるかも――――。


「ァあGuwaArrrぐうaあぁaアawaGaaAaaあガあGaぁぁAう」


 私の思考を切り裂くような加速して歪んだ、ダイルの叫び声を耳が捉える。


 ダイルの右の大腿部に『棒ヤスリ』が貫通し、地面に釘付けにされる。


 私が『棒ヤスリ』を弾くことに注視し。

 ポピーはカバーに入ったダイルで斜線を塞がれ。

 クライスの注意が回復優先度の高いポピーに向けられた。


 これらが重なった一点。

 ここに、新たに空間魔法から『棒ヤスリ』がダイルへ射出された。


 即カバーに入ろうとするが、地面に釘付けにされたダイルは下がれずにスイッチが出来ず一拍遅れが出る。

 その一拍はクロウさんがダイルを畳むには十分すぎる隙、最悪の居着きだ。

 クロウさんは流れるようにダイルの顎、両腕、肋骨を砕く。


 最悪だ、しかし。

 私はダイルと滞空する『棒ヤスリ』を踏み台にして、クロウさんへナイフを振る。


 クライスがダイルを回復させる時間を稼ぐ。

 こういう立体的に足場が散らばるパルクール的な場所での戦闘なら元々『盗賊』だった私の方が得意。

 同速であれば、地の利は私にある。


 私の軽快なカバーに、クロウさんは少し後退気味に逃げるようなかたちで立ち回る。


 よし、時間は稼げる。

 クライスの回復を舐めんな――――。


「dDarrrrアあnmEえっ!」


 歪むポピーの叫びが聞こえたのと同時。


 視界の端で、クライスの右半身が消し飛んだのが見える。


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