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02勇者とは勇敢な者であり強いかどうかは関係がない

「っていうかダイル、ちょっとずつズレてるよ。タイミングもズレてるし、多分そういう話でもあるにはあるんだけど芯食ってないわよ。ブライさんの修行で流れを汲むのを鍛えたんじゃないの?」


 ポピーもすかさず冷ややかな目で言う。


「あとそれ、やめろ。この戦いが終わったら~的な文法は人を殺すんだぞ。ここは任せて先に行けの時にも思ったが、ベタ過ぎて逆に死亡率を下げにいってんのかマジなのか知らんが、不謹慎だ。やめておけ」


 クライスも畳み掛けるように眉をひそめてダイルをいさめる。


「……そ、そんなに駄目だったかあ?」


 愕然として、目に見えるほど意気消沈しながらダイルは言う。


「…………はあ、別に私もあんたのこと嫌いじゃないし、デートくらいならいつでも行ってもいいわよ。それこそ終わってからだけど、何回か遊びに行って割といい感じの雰囲気の時にもう一回告白して」


 私は落ち着いて、落ち込む笑顔でダイルにそう返す。


 なんか逆に落ち着けた。

 なんだかんだでダイルには感謝だ。


「……ってことで、とりあえず一回そっちで何があったかを聞かせて。少しでも状況を把握したい」


 そう言って切り替えて、私は仲間たちへと向き直す。


「…………――――――なるほどねえ……」


 私は、仲間たちから私がセツナと戦ってた時の出来事を聞いて咀嚼するように呟く。


 ブライがジャンポールと消えて。

 騎士団が『無効化』を使った後の話だ。


 帝国側の『無効化』少女と『箱』……。

 さらにクライスの大暴走。


 なかなか熱い感じだったみたいね。

 公国はそんなクソみたいなこともやってんのか。


 まあブライは心配いらない、あいつの悪運は異常だからどうせなんか上手いこと生き延びているので気にしないにしても。

 結局その少女の隙を突いて跳んできたとしてもあの場にはまだ帝国側の『無効化』は二枚残っている。

 スキルに依存する騎士団じゃあ、スキル無しでガクラたちに勝てる見込みはない。


「……多分このままセブン公国は落ちる。中心地である公都が落とされて軍本部や主要施設が占領されているなら、もう帝国軍を退しりぞけることはこの国にはできない。よくわかんないけど、主要貴族たちも捕まってんなら近いうちに地方の貴族たちは降伏する。この戦いは長引かないし、多分民間人の中には戦争になっていることすら気付けないまま終戦を迎える人もいると思う。信じられない手際の良さ、絶対教科書載るわよこれ」


 私はいつものように、捲し立てるように話す。

 いいね、調子出てきた。


「……でも、それでも。勇者だとかこの国の危機だとか初恋だとか失恋だとか一回全部置いといて…………、なんか気に入らねえからぶっ飛ばしにいくよ‼」


 頭の中に張り付く色々なものを一回払拭して、仲間たちに号令をかける。


「「「オッケイ‼」」」


 仲間たちは同時に力強く返す。


「……だがその前に」


 クライスがそう言いながら私の顔に手を伸ばして。


「泣き腫らした顔じゃあ格好つかんだろう」


 にやりと笑って回復を施した。


「おめーもさっきまでパンパンに目ぇ腫らしてたくせにカッコつけんな」


 ダイルもにやりと笑ってそう言いながらクライスを肘でつつく。


 まぶたが軽くなり目がすっきりとする。

 ありがたい。確かに泣き腫らした顔のままぶっ飛ばしに行くのは格好つかない。


 ……あ、そうだ。


「クライス、ついでにこっちもお願いできる?」


 私は倒れるセツナを指して、クライスにお願いする。


「……なにこれ、凄すぎる。確かに造れなくもないけど……『転移阻害転移結晶』って……しかもかなり小型だし、一昔前なら賢者候補に入れる発明よ。うちのお姉ちゃんと同じくらいの天才……すっごいよ、これ。わりと芸術の域にある」


 セツナの所持していた『転移阻害転移結晶』を見ながらポピーが呟く。


「それがあるとクロウさんのとこには跳べないから、勿体無いかもしんないけどとりあえず今は壊しておいて」


 私がそう言うとポピーは何も言わずに『転移阻害転移結晶』に過剰な魔力を通して粉砕する。


「…………よし、大体わかった。こっちの義眼も素晴らしいな……、だが私の前では無粋だ」


 そう言ってクライスはセツナの義眼を引き抜きながら右眼を復元させる。


「……よし、治った……左目の視力も戻しておいた。問題なしだ」


 そう言いながらクライスは引き抜いた義眼を丁寧に拭いてセツナのそばに置いた。


 少しだけ罪悪感が薄れる。

 ブライの右腕とセツナの目がやられたのは、私が未熟だったからだ。

 もっと私が強ければ二人は離脱せずに済んだんだ。


 でも、これで貸し借りなしよね。


「んじゃあー……、行きますかあっ! ポピー!」


 仕切り直して私はポピーへ転移の指示を出して、クロウさんの元へと跳んだ。


 と、いってもいきなり目の前には跳ばない。

 目の前に跳んだら転移後の隙を狩られる、クロウさんならそのくらいは造作もない。

 なので、数十メートルは離れた場所から視認されないように魔力感知をしながら徒歩にて近付く。


 まあでも私の見立てであれば、多分クロウさんはいきなり仕掛けて来るようなことはしない。

 優しい……いや、そもそもクロウさんは私なんて眼中に無い。まるで脅威に思っていない。

 それに、こういうのは格下から動くものだ。

 ブライもよく言っていたことだが、これはトーンのギルドでの共通認識、そこには無論クロウさんも含まれる。


 一度負けている以上、格下は私たちだ。

 でも、その油断は私たちの勝率を数パーセント上げる。


 私たちはこの数ヶ月、対クロウさんを想定して鍛えてきた。

 この世界で最もクロウ・クロスという個人に対して対策を講じてきたパーティだ。

 バリィやブライから単純な戦闘の癖や、戦術的な思想を学び。


 さらにバリィからは、クロウさんの弱点について聞き、それを用いた策も聞いたけど……。


 それは最終手段だ。出来れば使いたくない、というか今の私には多分無理だ。

 でもパーティを勝利に導く為には、それをやることも頭の片隅に置いておかなくちゃならない。


 油断はしない、出し惜しみもしないけど、願わくば真正面からぶつかってぶっ飛ばしてやりたい。

 そんな希望を胸に、なるべく隠密行動で接近していたところで。


「――――伏せてっ‼」


 ポピーが叫び、多重魔法防御を展開した。


 ほぼ同時に、とてつもない爆発。

 私も魔法防御を張って、ダイルは飛んできた瓦礫を剣で弾き、クライスは熱波で焼ける肌を治す。


 爆発は耐えた、なんだ? 何が起こっている?

 交戦中……? 私たちより先にクロウさんにいどんだ人がいる……?


「……急ぐよ!」


 私は状況を確認しつつ、接近を急がせる。


 そして、私たち爆煙ただよう爆発の中心地にたどり着く。


「……まさか自爆なんて…………危なかった、何とか――――」


 煙の中から声。


「ギリギリ回収できた。墓に入れるもんはあった方がいいだろう。姉さん、これ埋めといて」


 不明瞭な視界の中で、声の主は何かを投げる。


 煙が途切れた隙間から、それが何か一瞬見えた。

 見間違いを疑いたくなるものが、投げられていた。


「……う、うあああぁぁぁぁああああぁああぁぁぁぁああ――――――――ぁああッ‼」


 それ、すなわち人間の頭部を受け取った女性は悲痛な叫び声を上げる。


 女性……、以前会ったことがある。

 鬼神の異名を持つ騎士団二番隊隊長。

 スノウ・クローバー。


 クロウさんの姉に当たる人だ。


 そして、爆煙が晴れ。


「あーうるせえな……、騎士様なんだろ? そのくらいで喚くなよ」


 気怠そうに、そう言った生首を投げた人物は。


 真っ黒な髪に、真っ黒な瞳に、真っ黒なコート。

 私たちの標的である。

 クロウ・クロスだった。


「……はは、ははははっはは、ははは……」


 鬼神スノウは生首を抱えながら、へたりこんで乾いた笑い声を洩らす。


「……まさかここまで壊れるなんてね。人のことはさんざっぱら虐げて追い詰めて壊してきたのに、いざやり返されたらこれか…………」


 そう言ってクロウさんは、武具召喚……いや空間魔法で槍を取り出して。


「生きるのも大変だからね、まだ世界が今のままの内に死なせてあげるよ」


 冷たくぽつりと言いながら槍を構える。


 あの槍はトーンの町でもたまーに使っていたクロウさん専用武器、通称『棒ヤスリ』だ。


 鋼鉄製で円錐状になっており長さは二メートル弱。

 最大の特徴としては表面が粗いヤスリのようになっていて、かなり重いし長いので刺さると抜くことが難しい。

 魔物討伐で、魔物を地面や岩などに釘付けにする際に投げたり突いたりしてたまに使っていた。

 めちゃくちゃ使いづらいし槍として普通に使うには重すぎるしザラザラし過ぎて手が痛いし重心にも癖があって使いづらいが、実際あれは強い。


 それを実の姉に向けて振り上げている。


「……な、何やってんだよ。クロウさん」


 私は理解が追いつかず、間抜けな顔で声をかけてしまう。


「ああメリッサか、なんか前も似たようなタイミングだったね。前回は姉弟喧嘩だったけど今回は……、憂さ晴らしだ。気に入らねえからぶっ殺すんだよ」


 私の声に反応してゆっくり振り返り、真っ黒な瞳を真っ黒な炎で焦がしながら、昔と同じような穏やかな口調で返す。


 空気がかわくほどの殺意が滲み出ている。


 クロウさんは本気で言っている。


「……ポピーッ!」

「オッケェイ!」


 私はポピーに鬼神スノウを転移するように促すと、ほぼ同時にポピーは転移魔法を使って応える。


 鬼神スノウが消えた瞬間、その場所に『棒ヤスリ』が突き刺さった。

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