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01勇者とは勇敢な者であり強いかどうかは関係がない

 私、メリッサ・ブロッサムはセブン公国所属の勇者である。


「…………くっそ、あー! ふー…………っよし」


 私は涙を拭って、息をととのえる。


 よしとは言ったけど、何も良くは無い。

 でも一旦涙は止めないと、単純に前が見えない。

 まだ頭も心もぐちゃぐちゃのままだ。


 私は今、かつてパーティを組んでいた仲間のセツナを畳んだところだ。


 セツナは私にとって、姉のような存在だった。

 まあブラキスみたいな舎弟感こそなかったけど、私が冒険者として生きていく上でかなり頼りにしていた存在だった。


 かなり世話にもなった。

 相談にも乗ってくれた。

 色んなことを学んだ。

 信頼していた。


 でも、セツナは隠していた。

 とっくの昔から、セツナはクロウさんと付き合っていたんだ。


 いや……、別に悪いことは何もしちゃあいない。

 クロウさんを好きになる理由は誰より私が理解しているし。

 セツナの良いところも沢山言える。


 でも、何か嫌だった。悔しかった。


 言語化も上手くできない、私は馬鹿だから自分の気持ちすら上手く言葉にできない。

 裏切られたわけでもないのに、裏切られた気分で。

 ただ恥ずかしくて、悲しくて。


 クロウさんの子供が出来たセツナを、叩いてしまった。


 頭の中がぐちゃぐちゃだ。

 嫌悪感や罪悪感。

 同時になんで私がこんなに傷つかなくちゃならないんだという、怒り。

 でもそんな怒りも、嫌悪感や罪悪感を加速させる。


 ああダメだ、油断すると涙がこぼれる。

 心がくすんでいく、ドロドロと嫌な気持ちがあふれて身体が重くなる。


 これから私は世界最速最強のクロウさんを畳まなくちゃならないのに、こんなんじゃ……。


 そもそも私はなんでクロウさんと戦うんだ?

 セツナと付き合っていたから?

 この国の脅威だから?

 私が勇者だから?


 強くなったと、褒められたいから?


 自分の浅ましさが、急激に恥ずかしくなる。

 身体が重くなり、座り込んでしまう。


 最悪の気分だ。

 初めて、依頼で人を殺した時とも違う。

 そうだ、あの時も話を聞いてはげましてくれたのはクロウさんとセツナだった。


 また、涙が止まらない。

 私はあの二人が大好きなんだ。


 叔父さんは、無関心な人だった。

 私に意地悪もしなければ虐げることもない、怒りもしなければ愛しもしない。

 ただ無関心、私に対する興味が微塵もない人だった。


 両親が死んだ私を押し付けられ、私が死なないように衣食住を与える以外、まともに会話すらできない。


 私が嫌いで無視とか空気として扱うとかじゃなくて、そもそも他人との関わりに能動的な人じゃなかった。


 だから私は、愛され方も愛し方も知らなかった。

 暴れて迷惑をかけて嫌われて注目を集める以外、自分で自分の存在を確認することが出来なかった。


 でもクロウさんはしかってくれた、褒めてくれた、優しかった。

 セツナは話を聞いてくれた、話をしてくれた、甘くはなかったけど優しかった。


 私は二人を、同時に失う……いや、初めから私は二人の世界には居なかった……?


 呼吸が早くなる。

 苦しい。

 心臓が胸骨をきしませるほど暴れ回る。

 視界が狭くなり、音が歪む。


 ダメだ、考えれば考えるほど。

 頭がぐちゃぐちゃで。

 何を考えても。

 涙を止めないと、立たないと。

 何で?

 手に力が入らない、ナイフが。

 どうするの?

 私は、勇者で、この国が。

 それが?


 ああ、助けて……、私は――――。


「……ッサ…………メリッサ!」


 私の両頬をばちんと挟むように顔を上げられながら大きな声で名前を呼ばれる。


「しっかりして! 大丈夫なの? 何があったの?」


 不安そうに焦りながら問いかけるのは、ポピーだった。


「クライス! 診てやってくれ!」


「もう診ている……。過呼吸だな、やや脱水の様子も見られる。とりあえず血中酸素濃度を調整する。それと水……、裏に井戸があった。ダイル、んで来い」


「わかってらあ!」


 ダイルとクライスが慌ててそんなやり取りをする。


 パーティメンバーが揃っていた。


 あの場の戦いは制したんだ。

 凄いな、ガクラの部隊は精鋭揃いだから『無効化』されても色々とやりそうだったのに。


「ほら、飲んで。ゆっくり……そう」


「大丈夫なのか? なあ?」


「うるさいぞダイル。バイタル問題なし、頭痛も治まったはずだ」


 ポピーが私に水を飲ませつつ、ダイルが不安そうに私を覗き込み、クライスが私を回復させる。


 すっと視界が広がり、身体が少し軽くなる。

 水が冷たくて美味しい。

 ダイルが汲んでクライスが浄化を掛けてポピーが冷やしてくれている。

 熱を持ちすぎた頭と心に染みる。


「……どうしたのメリッサ、大丈――――……っ」


 私の顔を見ながら訪ねようとしていたポピーは、途中でぐっと下唇を歪ませて私を抱き寄せる。


 私はポピーの胸に顔を埋める。


 どうやら私は全然大丈夫じゃない顔をしていたらしい。

 思わず抱きしめてしまうような、今にも壊れそうな、そんな表情をしていたみたいだ。


 そのポピーの優しい柔らかな体温に、吸い込まれるように。


「……ぅぅぅぅああ……うあああぁあぁああああああぁあぁああああああ――――――ぁあん……っ、ぅうううぅぅえぇえ――――――ぇああぁ――あっ、ひっ、ぅうう……ぅああああ――――」


 大泣きする。

 子供のように、ただただ泣きじゃくる。


 今、公都は帝国によって強襲を受けている。

 あらゆる軍の拠点や貴族ならなんやらが現在進行形で制圧されていっている。

 勇者パーティの標的であるクロウさんが公都に来ている。


 そんな状況で、私はただ泣いた。

 声も抑えず、なんの警戒もせずに。


 心の中のドロドロしたぐちゃぐちゃものを吐き出すように、ただ泣いた。


 数分が経って、私があらかた心を吐き出した頃。

 私はポピーに膝枕をされながら話し始めた。


 私の叔父さんのこと。

 トーンの町のこと。

 クロウさんのこと。

 セツナのこと。

 さっきのセツナとの戦いのこと。

 セツナの妊娠報告。

 どうしていいのかわからないこと。

 何のために戦えばいいのかわからなくなったこと。


 つらつらと、話が前後しながら、語った。


 ポピーは時折私の髪を撫でながら。

 ダイルとクライスは私に背中を向けて警戒をしながら。


 しっかりと全部を聞いてくれた。


「なるほど……、辛かったね。難しすぎるし、でも多分その思考の延長線上に答えもないのかもしれない」


 ポピーは話を聞き終えたところで、私の話を咀嚼するように真摯な声色で語り出す。


 膝枕からの体勢だと胸でさえぎられて顔が見えないけど、多分少し悲しそうな顔をしている。


「でも一つだけ確かなことは……、メリッサが深く傷ついたことは確か。何がどうとかどれが一番とかそういうのはわからないけど、それだけは確かなこと」


 少し力強く、続けて。


「だからメリッサ、シンプルに、らしく行こう。何かよくわからないけど気に入らないからぶっ飛ばす。それでいいのよ」


 やや身体に熱をびながら、ポピーはそう言った。


 何かよくわからないけど気に入らないからぶっ飛ばす……。

 そっか確かに、それでいいんだ。

 私はずっとそうだった。


「私はクロウ・クロスのことを全然知らないし、そこで寝ているセツナさんについても何も知らない。でも仲間を傷つけられて単純に腹が立つ。だからぶっ飛ばす」


「俺もだあっ‼ はらわた煮えくり返ってんだよ‼」


「右に同じ……、ぶっ飛ばしてやろうじゃないか」


 ポピーの燃える戦意の言葉から、続いてダイルとクライスも熱を込めた言葉を口にする。


 そんな言葉たちが私の中に染み渡り、ぐずぐずに腐っていた心に熱を伝える。

 熱は爆発的に身体中に駆け巡り、心に火をともす。


「――――わぶ……っ、よっ……いしょ!」


 私は心のままに勢いよく立ち上がろうとしたが、ポピーのでっかいおっぱいに顔が埋まってはばまれたので、両手でおっぱいを持ち上げて背筋をバネのように使って立ち上がる。


 立ち上がった私に、注目が集まる。


 勢いは出たけど、何を言おう。

 おっぱいの重さに驚き過ぎて言葉が飛んじゃった。


 なんて私が言葉に詰まったところで。


「メリッサ! 好きだあっ‼」


 私の両肩を力強く掴んで、告白をしてきた。


 ……はあ? え……? なにこれ。


「フラれたからってしょげるな! 俺は、ちゃんと努力家で生意気で優しい、おまえを知っている! おまえは素敵で無敵だ! 別にわけのわからん初恋が実らなかったからって、おまえが弱くなったり価値がなくなるようなことはない‼ 俺がおまえを好きでいてやる! だから、落ち込むな‼ ……いや、俺の好意に対する返事は後でいい、この戦いが終わってからにしてくれ」


 耳を真っ赤にしてダイルは熱力そのままに、熱く暑く厚く語る。


 私はそんなダイルの告白に。 


「え、嫌なんだけど。何か傷心につけ込んでる感があって、なんか嫌」


 逆に冷静になってそう返す。


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