なんだ? あの頭の悪い小娘勇者と違って、父上がこの場面で
クローバー家に家族愛なんて弱者の甘えによる美化を用いた弱さのすり替えは存在しないのだ。
父上の『剣聖』から放たれる『トゥルーブレイバー』の一太刀は必殺のはずだ。
「……ぐっぎ……っがああぁぁぁぁああああ……ひぃぃっ、ひっ、ふーッ! 止血回復っ、裂傷治癒……ぐぅぅぬぬ……っ」
困惑しながらクロウの拘束をする私は、剣ごと両腕を失い顔を歪めながら
何が起こっ――――。
「………………なんなんだ。やめてくれよ……、こんなの、時間の無駄なのに……」
加速する混乱の中、私に拘束されるクロウはうんざりするように呟いたと同時に。
一気に魔力が消費され完全硬化が解ける。
同時に飛び後ろ回し蹴りで肋骨を砕かれながら弾き飛ばされ城壁に叩きつけられめり込む。
さらに両肩、両大腿部、腹部の五箇所に鋼鉄の槍が突き刺さる。
私を
槍というより巨大なトゲ。
ほぼ垂直なほど鋭角な円錐状で表面も
すぐに『能力向上』で魔法適正と魔法回復力と身体回復力を上げて、出血だけでも止める。
痛みで意識が飛びそうだ……っ、忍耐力を上げて居なかったら回復すら行えなかった。
何が起こった? あの状態からどうやってこうなった……そうか。
思考力と理解力を上げてようやくわかる。
完全硬化まで拘束出来たところまでは目論見通りだった。
だが父上の剣速よりも速く、奴は消滅魔法を使って父上の腕を剣ごと消し飛ばした。
そこから前と同じように私の魔力消費を加速させて、不可視の速度で蹴り飛ばし。
武具召喚か何かで喚び出した槍で私を貫いた。
無詠唱魔法……、しかも消滅魔法だと?
私ですら魔法適正と魔力をかなり向上させないと発動出来ない高位魔法を……、何の才もないこいつが? 思考力を上げても答えは出ない。
「……別に適当なところに転移させてしまえばいいだけなのに、わざわざ付き合ってやる時間も理由もないのに……、忙しいんだ僕は、なんで――」
クロウは両手で顔を
「――どうして僕の怒りに障るんだ、あんたらは」
そう言って正面を向き直し、手を下ろしたクロウの目からは真っ黒な炎がゆらりと
「爆炎裂――ぐぎぃッ⁉」
両腕を失った状態から、父上は魔法を詠唱しようとするが左の裏拳で
続けて膝を踏み抜かれ。
倒れようとした所にボディアッパー。
上体が浮いたところに回り込んで、上段回し蹴りのような形で足を頭に掛けられて。
地面に叩きつけられる。
「何してんだ? 相手の攻撃は来る前の意識で躱すんだろ? 視覚でも聴覚でもなくて感覚で感じるんだろ? おい、手で捌くんじゃなくて身体で軸を動かすんだろ? 手ぇなくても出来んだろーが、何やってんだ。つーか何寝てんだ寝室以外で倒れるなんて恥なんだろ? さっさと起き上がれよ、足が折れようがちぎれようがすぐに体勢を立て直せなきゃなんねーんじゃねーのかよ。それじゃあ飯も食えねえし、寝るのはゴミ捨て場だぞ。で? 回復は? 顎砕かれようが肋を砕かれようが回復魔法は鍛えてりゃ無詠唱で使えんだろ? だから僕の顎砕いて離れに放り投げておいたんだろ? おい、つーか立てよ、誇り高きクローバー侯爵家の人間が地に伏せてるってギャグは面白過ぎて逆に笑えねーんだよ。なんだっけ騎士団? 『剣聖』? なんとかしろよ、僕は落伍者で欠陥品なんだろ? 何とか言ってみろよ、おい、何とか言えって言ってんだろうがあッ‼」
真っ黒な殺意を全身から滲ませて、クロウは捲し立てるように言いながら父上をボールのように蹴り飛ばし続ける。
何とか蹴りを受けようと父上は丸まって防御体勢を取るが、お構い無しに蹴って踏んで骨を砕く。
地面を転がされ壁に打ち付けられ、皮も肉も削られて真っ赤な塊になっていく。
完全に狂っている。
だがこれは、かつてクロウがクローバー侯爵家で受けていた扱いだ。
クロウが捲し立てていることも、全て父上が言っていたことだ。
客観視をすると、こんな狂気を日常としていたのだと痛感する。
……嗚呼。
あの怪物を造り上げたのは、紛れもなく我々なのだ。
クロウの中にある真っ黒な殺意と狂気は、我々が育てたものなんだ。
私の中で絶対的な強さを持つ父上が無惨に人の形を失って行くの見て、心が折れていく。
やめてくれ、もう、お願いだから。
「……あ! そっかごめんごめん、顎が砕けてたら聞いても答えらんねえよな。じゃあここで誇り高き騎士の家系であるクローバー家で高位スキル『剣聖』を持つグレイ・クローバー侯爵閣下に今のお気持ちをインタビューしてみましょう! どうぞ!」
クロウは嬉々としてそんなことを言いながら父上の髪を掴んで持ち上げて、木になったままグズグズに腐る果物のように
「――――……
父は回復されたと同時に、詠唱して迷わず自爆特攻をする。
私は咄嗟に多少回復させた魔力で、完全硬化を使う。
核熱自爆……、爆発系の魔法の中でも高威力なものだが発動には自身の魔力全てを使う必要があり魔力を
発射などを行わず直接体内で魔力を圧縮して爆発させるために、使用すれば必ず死ぬ自爆技だ。
父上は蹴られ続けながらも、これを狙って魔力を圧縮していたのだ。
剣士である父の魔力量や魔法適正は高くはないが、それでも核熱自爆は凄まじい威力だ。
流石、騎士団長にまで上り詰めた誇り高きクローバー侯爵。
流石のクロウもあの至近距離で、旧王城が
衝撃により城壁が砕けて、刺さっていた槍が動かせるようになる。
「……ぐ……あぁ……っ、があ……っ、ぐぅ……、あっ!」
爆煙舞う中で、私は刺さった槍を引き抜きながら回復魔法を施して回復力を向上させる。
これで死ぬような奴じゃあない。
油断はしない、ここで必ず殺す。
父上から受け継がれた意志が、私の心を燃やして目から炎が溢れ出す。
武具召喚で剣を喚び出し、私は爆煙の中心地へと構える。
「……まさか自爆なんて…………危なかった、何とか――――」
煙の中から影と声、やはり生きていたか。
動体視力と反射神経、洞察力を向上させ注視しながら踏み込みの為に重心をやや前足に移したところで。
「ギリギリ
煙が晴れる間際で、クロウが何かを私に投げつける。
剣で弾いても良かった。
避けても良かった。
当たってもダメージもなかっただろう。
だが私はそれを受け止めないわけにはいかなかった。
私は抱えるように、それを受け止め。
「……う、うあああぁぁぁぁああああぁああぁぁぁぁああ――――――――ぁああッ‼」
私は堪らず叫んでしまう。
無造作に投げつけられたそれは、父上の頭部。
グレイ・クローバー侯爵の生首であった。
あの一瞬。
父上が体内の圧縮した魔力を爆発させ、身体が爆裂して砕け散る寸前に。
クロウは父上の首を落としたのだ。
「あーうるせえな……、騎士様なんだろ? そのくらいで
気怠そうにクロウは言う。
私は絶望する。
父親の生首を投げつけられたことだけでなく。
煙が晴れて、姿を見せたクロウが全くの無傷だったことに、絶望した。
父上による決死の特攻がまるで無駄だったのだ。
「……はは、ははははっはは、ははは……」
私は何故か笑ってしまう。
もう自分でも何がどうして笑っているのかわからない。
人は、自分が何も出来ないと悟ると笑ってしまうのか。
時に絶望的な状況は人を笑顔にするらしい。
「……まさかここまで壊れるなんてね。人のことはさんざっぱら虐げて追い詰めて壊してきたのに、いざやり返されたらこれか…………」
クロウはそう言いながら、例の槍を喚び出して。
「生きるのも大変だからね、まだ世界が今のままの内に死なせてあげるよ」
平らな口調で語り、クロウは槍を構える。
もう立ち上がる気力もない。
スキルでいくらステータス値を向上させても、この状況を
気力……、いや、勇気というやつだろうか。
そんなステータスウインドウに表示のないものに、この私がすがるなんて。
これが絶望か。
槍をゆっくりと振り上げるクロウを見て、私はゆっくりと目を閉じ――――。
「……な、何やってんだよ。クロウさん」
声。
私が父上の頭を抱えたまま、死を受け入れたその時。
聞き覚えのある声が。
私はゆっくりと視線を向け、その人物を確認する。
声の
さらに賢者ポピー・ミーシア、戦士ダイル・アルター、神官クライス・カイル。
勇者パーティが揃い踏みだった。
「ああメリッサか、なんか前も似たようなタイミングだったね。前回は姉弟喧嘩だったけど今回は……、憂さ晴らしだ。気に入らねえからぶっ殺すんだよ」
クロウは穏やかに勇者へと返す。
「……ポピーッ!」
「オッケェイ!」
クロウの返しを受けて、勇者は賢者とそんなやり取りをした瞬間。
「……!」
私の目に映る景色は一変する。
一瞬戸惑うが…………、そうか私は転移されたのか。
ここは……公都の外れにある勇者パーティのセーフハウスか……ああ。
生き延びてしまった。
同時に震えと、涙が止まらない。
鮮やかな散り際など、もうここには存在しない。
私にはもう、あれをどうにかすることは叶わない。
虫唾が走るほど虫の良い話ではあるが……。
頼む勇者、あいつを殺してくれ。
あの怪物からこの国を救ってくれ。
世界を守ってくれ。
父上の頭を抱えながら、心の中で、心から私の失った勇気を持つ彼女たちに懇願する。
私は産まれて以来、涙を流して来なかったこともあり。
蓋をしていた色々な思いが吹き出して。
そのまま一人、ただ泣き続けた。