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01家族だからといって愛が生まれるとは限らない

 私、スノウ・クローバーは騎士である。


 現在、この国はライト帝国に侵攻を受けている。


 これは大局的に国境線付近で小競り合いが起こっているとかそういう話ではく。

 現在とは今、本当に現在進行形の話。

 なんと帝国軍はセブン公国の中心地である公都に、転移魔法を用いて超大規模な強襲制圧作戦を実行した。


 確認できているだけで、帝国兵の数約三万。

 しかも負傷や補給をする度に転移を使って入れ替わって勢力を維持している。

 待機兵も合わせれば推定四万……いや五万は居てもおかしくない。


 それをこの国の中心部に跳ばして、公都を強襲制圧など……そんなふざけた策を想定が出来るか。


 帝国からの攻撃が始まりまだ一時間も経っていないが、既に公都内の公国軍拠点の八割が制圧され大多数の主要貴族も捕らえられている。

 残り二割の軍拠点も劣勢であり、緊急で各方面支部からの援軍を公都へ向かわせてはいるが到着する頃には公都は落とされているだろう。


 西の大討伐で減った兵を埋めるべく徴兵によって、なんとか数は合わせたがまだまだ練度はかなり低い。

 帝国軍は個人の技量も連携の練度も高い……、せめて五年、いや三年あればもう少し戦えたはずだったが……タイミングが悪過ぎる。


 我が騎士団二番隊は、副隊長のサンド・ハヴィーラに指揮を預け勇者パーティの援護に向かわせた。

 間違いなく、このまま公都は占領される。

 だが『勇者』のスキルがあればまだ公国は戦える。


 帝国は大陸一の大国、人口も多く民の幸福度も高い。

 それが故に『勇者』の一都市を消し飛ばす戦略級消滅魔法によって、交渉の余地が生まれる。

 地方貴族と各方面支部の兵を集め、再度戦力を立て直す。


 まだ戦える。

 戦いは数ではあるが、時に圧倒的なスキルはそんな常識すらひっくり返す。

 『勇者』があれば公国はまだ十年戦えるってやつだよ。


 故に『勇者』の死守はマストで行う。

 あの小娘は気に入らないどころか、嫌悪感しか抱かぬが『勇者』のスキルはこの国に必要だ。


 我が騎士団二番隊は優秀なスキル持ちで構成された部隊である。

 さらに今回は試作段階である『箱』を携行させている。

 どんな卓越した戦力であろうと、人である以上『無効化』には抗えん。


 スキルを消すなど、忌々しいスキルではあるが背に腹はかえられぬ。

 それにまだ試作段階ではあるが全ての『無効化』持ちを『箱』にしてしまえるなら、完全な対人兵器となる。

 として生まれながら、兵器として国家防衛に参加できるのだ。『無効化』持ちも本望であろう。


 しかし、まあ……。

 現実的なところで言うなら、敗戦は前提だ。


 だが敗戦後に『勇者』をちらつかせて公国軍や貴族による独立自治権をねじ込む。

 そこから再びセブン公国を再建すれば良い。


 騎士団として、そしてクローバー侯爵家としてなんとかしてみせる。

 不可能ではない……、公国のスキル選別は完璧だ。


 だが、が一つ。


 私の『能力向上』によって向上された魔法適正により、精度を上げ拡大した魔力感知に覚えのある魔力が反応する。


 これは、クローバー侯爵家……いやこの国最大の汚点。


 売国奴にして落伍者で、狂人。

 最凶最悪の犯罪者である、クロウ・クロスのものだった。


 数ヶ月間に町をひとつ帝国に売り渡し。

 軍本部の破壊。

 騎士である私への殺人未遂。

 勇者パーティへの暴行傷害。


 そんな一連の犯行の後、逃亡を続けていた男がこの混乱にじょうじて公都に戻ってきている……?


 いや、そもそもあいつは帝国と通じている。

 この公都への強襲にもあいつが絡んでいるのか……?


 確かに狙う先が的確過ぎる。公国民からの情報提供があってしかりだ。

 内通して公都強襲に協力……、外患誘致で国家転覆を……。


 同じ血が流れていることが、恥ずかしい。


 もう既にあいつがクローバー家の血を引いているという書類上の情報は全て抹消させている。

 最早あいつはクローバー家に縁のある人間ではない。

 ただの下劣な凶悪犯罪者だ。

 それでも虫唾が走る。


 それだけでなく、あいつは勇者のメリッサ・ブロッサムとも面識がある。


 しゃくだがあれの強さは本物だ。

 勇者を狙ってくる可能性もある。

 しかもあの雑魚勇者はクロウに、恋心などという疾患を抱えている。

 クロウが勇者をかどわかすことも考えられる。


 ここで殺しておくしかない。

 あいつの存在を完全に消すことで、クローバー侯爵家の誇りも保たれる。


 恐らくクロウはスキル覚醒に至っている。

 覚醒の条件はわからんが……、運良くあの速さを手にしたのだろう。


 奴は不可視の速さで動く。

 生きている時間軸自体がずれているかのような速さだ。


 だが、奴を殺す方法がないわけじゃあない。


 幸い奴の、虚弱性は見抜けている。

 そしてそれに対する回答も準備は出来ている。


 二番隊はサンドに預け、我々は魔力感知でクロウを追い。


 公都の中心、旧王城裏にて。


「ああ……なんだ姉さんか。今公国は未曾有の危機のはずなのに騎士団……だっけ? 貴族のお友達と国防ごっこはしなくていいのかい? こんなところで油売ってる暇あるの――――…………へえ、なるほど」


 前回同様クロウは私を見つけ次第、減らず口を叩くが異変に気付く。


「お久しぶりですね父上……、あー良かった。ハゲてたら僕もそのうち来るんじゃないかと心配してたけど…………まあ大丈夫そうだね」


 クロウは父上に向け、感情を表に出さぬように軽口を返す。


 そう、

 グレイ・クローバー侯爵である。


 クロウ抹殺の為の切り札だ。

 これは父上にしか出来ないことだ。


「まだ生きていたのか……、何故自分で命を絶たなかった? 今すぐに自害しろクロウ。貴様はこの世界における害でしか――」


「いやあんたがマヌケ晒したから生き延びたんだろ。ガキ一人殺すのに大勢連れ回した挙句、玉潰されて泡吹いて追い返されたから僕は生きてるんだ。頭悪いな、こいつ姉さんより馬鹿じゃん」


 父上の言葉にやや苛立ちながら、クロウは被せるように返す。


 ほら、やはりそうだ。

 間違いない。


 しかし父上は一度、奴を殺そうとしていたのか。

 先見の明がある、奴は殺しておくべき害悪だ。


「あの時はあの男の邪魔が入らねば貴様をバラバラにして魔物のえさにしていた……、あの男はどうした? 『無効化』を鹵獲して帝国にでも売り飛ばしたのか?」


 父上は挑発には乗らず落ち着いた様子で煽り返す。


「さあね、どこかで美味い地酒にでもハマってるんじゃないかな。それと『無効化』の彼女は幸せに暮らしていて医者を目指して勉強中だ。どっかの国のクソ勘違いゴミ貴族と違って立派な人間として生きているよ」


 クロウも煽りを気にせずに淡々と返――――……いや? こいつ父上と目を合わせようとしない。


 やはり、上手くいっている。

 であれば、この策は通る。


「……貴様を殺し損ね、隊を動かすわけにも行かずギルドと軍に圧力をかけ、あの町ごと貴様を消すつもりだったのだが……呆れたぞ貴様のしぶとさには。そして、敵国にひれ伏してまで生き延びるとは……、恥知らずにも程がある」


 父上は変わらずに淡々とクロウに語る。


 町ごと消す……?

 いや、正しい。この怪物を殺すのなら町一つ程度なら安すぎる犠牲だ。


「やっぱあんたの仕業だったのか……、あの超ブラック体制は……、何回かマジで公都に乗り込んで本部を消し飛ばそうかと思ったよ。良かったね僕が辛抱強くて、その馬鹿で甘えたクソ嫌がらせで町一つじゃ済まない人数の人間が死んでたところだったよ。感謝しろクズ」


 クロウはうんざりした顔で、言葉にトゲを纏って返す。


いさぎよく死を選ぶことすら出来ず、無様に恥を晒して生き延びる貴様はやはり騎士どころか男ですらあらず。死ぬならあざやかに死ねと教えたことすら出来ないとは、気分が悪いな」


 トゲなどまるで気にせず父上はクローバー家の教えを語る。


「いや玉無しカマ野郎が男を語ってんじゃねーよ。気色悪ぃ、テメーがヘボで僕がそこそこ優秀になっちゃったからあんたは僕を殺せず僕は悠々自適に暮らせてるって話だろ。マヌケ晒してんのはあんたで、仕事が出来てモテるのが僕、そういう話だろ玉と一緒に脳みそも潰れちゃったのか?」


 クローバー家の教えに対しクロウは酷く下品に返す。


 舌戦の才能はあるようだが、誇り高きクローバーの血統である我々にこんな安い挑発は効かない。


 しかしてクロウ、


「……減らず口だけは上手くなったな。貴様やはり産まれるべきではなかったのだ。……スロウが命を賭してまで産み落としたのがこんなクズだったとは……、自ら死ぬことすら出来ぬのならここで首を跳ねてやる。光栄に思え、この私に殺されることを――」


 そう言いながら、ただならぬ殺気を放ち父上は剣を抜く。


 父上のスキルは『剣聖』だ。

 剣術系では最高位にあるスキルで、剣術のみに限って言えば勇者パーティの『万能武装』をも超える補正が入る。

 そもそもが高位スキルである『剣豪』が覚醒に至ったのが『剣聖』である。

 あらゆるものを斬ると思った時には斬れているほどの行動補正は、常に刃筋は最適解を描く。


 さらに父上は今回最強装備である『トゥルーブレイバー』を帯刀している。


 公国屈指の『鍛冶師』持ちや『錬金術師』などの優秀な技術系職モノスキルを持つ者たちが集まり、あらゆる知と技術を鍛えて出来た鋼鉄すらも容易たやすく斬り裂く最強の一振である。


 だが切り札はこれじゃあない。


 私は父上と対峙するクロウの、心の隙を突いて『能力向上』であらゆるステータス値を向上させて後ろに回り込んで。


 羽交い締めにして同時に、完全硬化を使う。


 

 やはりそうだ。


 クロウは精神的な揺らぎ、動揺を戦闘状況下に持ち込みパフォーマンスをいちじるしく落とす悪癖がある。


 駄勇者メリッサ・ブロッサムに向けたあの、罪悪感やらの感情により生まれた一点の隙。


 あれは奇跡なんてくだらないものではなく、単なるこいつの習性でしかない。

 童女趣味なのかなんなのか知らんが、あの愚かすぎる勇者の乙女に過剰に反応して隙を見せた。

 こいつはあの勇者に、どんなものか知らないし知りたくもないが、何かしらの思いや想いを抱えている。


 故に、こいつのトラウマである父上を会わせた。


 そして、母の死という罪悪感をぶつけた。

 母のスロウ・クローバーはクロウの出産時に難産で亡くなった。

 別にこれは奴をかばうとかじゃあなく、単なる事実として不慮の事故だ。

 勝手に産もうと決めたのは母上であり、産ませたのは父上だ。

 産まれたくて産まれたわけでもなく自我もない小便垂れの赤子に責などない。


 だが、奴はそう思っていない。


 これが奴の致命的な虚弱性。

 この状況以上に、奴の心を揺さぶるものはない。

 想定通り、私はクロウの動きを封じることに成功した。


 だが、奴はスキルを用いて他者の魔法効果発揮時間に干渉し魔力消費を加速させる。

 この完全硬化も一瞬の内に、私の魔力消費速度を加速させて解除してくるのだろう。


 だが、父上の『剣聖』を用いればこの一瞬は首を跳ねるに十分過ぎる時間である。


 さあ死ね、今死ね、もう生きるな。

 この世界に混乱をもたらすな。

 私を苛立たせるな。

 クローバー侯爵家を汚すな。

 死に晒せ。

 死ね死ね死ね。


 まばたきに満たない時の中で、凄まじい高揚感に包まれ。


 父上はクロウの首に刃筋を通――――。


 


「………………は?」


 私は状況が把握出来ずに間抜けな声を上げてしまう。


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