私、セツナ・スリーはフリーの魔道具技師だ。
ついこの間まで私は公都に自分の工房を持っていたのだが…………。
恋人に誘われて、捨ててきた。
いやまあ私が居なくてもあの工房は何とかなると思うし、
軍で『予備魔力結晶』の運用試験も決まって、まあまあ波に乗っていたところでの離脱は申し訳ないけれど。
私としては、離れるというより帰るという感覚でしかない。
私はサウシスの街で生まれ、魔道具技師になるべく魔法学校でそこそこの成績を
だが、私の親は私を売ろうとした。
元々ダメな人たちだった。
祖父の代にそこそこ
家族を
まともに顔を合わせれば噛み合わない会話未満の雑音。
わかりやすくダメで、破綻していた。
それでも私は家族を見捨てられなかった。
…………いや。
私が単純にまだ子供で、家族と共にある以外の生き方を知らなかっただけなんだ。
情も信頼も愛も、何も無かった。
親たちは私を知り合いの貴族の
貴族たちが政治的主導権を握る公国において、貴族に逆らうなんてことは許されない。
私は内定を取り消して、貴族の家に放り込まれた。
まあ魔道具技師も、私のスキル『魔力操作』を活かして一番お金になるものだっただけだ。
それなりに楽しかったし向いていたけれど、それほど情熱もなかった。
私は諦めていた。
ダメなものから生まれてきた私もダメなのだと、諦めていた。
だが、貴族の男に押し倒され服を脱がされたところで。
猛烈な嫌悪感が身体中に駆け巡り。
爆裂魔法で、貴族の頭を弾け飛ばしてしまった。
人を殺めた恐怖や、貴族に逆らった絶望で、どうしようもなくなり。
混乱し、焦燥し、頭が真っ白になって。
貴族の屋敷を燃やして。
その足で実家に向かい、酔って寝ていた両親を家ごと爆破した。
私はそのまま、サウシスの街を出て記憶もあやふやなままふらふらと町や村を渡り歩いて。
東の果て、トーンの町へと流れついた。
そこでなし崩し的に、攻撃魔法を使えるからという理由で冒険者になった。
私はその時から、今までの名前を捨ててなんだかんだでセツナ・スリーと名乗ることにした。
理由はなんだっけ、一瞬しか使わないからセツナで三つ目の偽名だからスリー……だっけ。
適当に決めたけど、それが私。
今や親に付けられた名前を思い出せない程度には気に入っている。
同時期にトーンの町に流れ着いた、バリィとリコーとブライでパーティを組んで冒険者としての日々が始まった。
同世代で比較的話しやすかったし、みんな何かがあって流れ着いた人たちだから変な踏み込み方をしなかったのも良かった。
でも、私以外の三人は多少なりと冒険者としての経験があって右も左もわからず言われた通りの場所に魔法を放つので精一杯。
明らかに三人の足を引っ張っていたのは私だった。
だから私はギルド職員に、何か冒険者としてのセオリーというか魔法使いの基礎のような講習を受けられないか相談したが事務方の人たちが多く難しそうだったが。
ギルドで一番新人の職員だった、クロウ君が引き受けてくれた。
私は魔法使いではあるけれどどちらかといえば学者畑というか、技術職で魔道具に落とし込む為にいくつかの攻撃魔法を覚えたに過ぎない素人。
そんな私にクロウ君は本当にゼロから、前衛後衛の役割についてとか魔物との距離感とかそんなことからわかりやすく懇切丁寧に教えてくれた。
スキルの『魔力操作』を使った魔法の発動遅延や、放った魔法を遠隔操作したり、魔物に有効で使い勝手の良い魔法も習った。
私の動きが良くなったことに気づいたバリィもクロウ君に話を聞きたいということになって、クロウ君は初級者講習会を開いてくれた。
これによって、私たちは飛躍的に依頼成功率が上がった。
そして私はクロウ君に恋をした。
私はダメなものから生まれたダメな生き物だと思っていた。
曲がりなりにも親だったものを殺し、貴族も殺して、人生を捨てて名前も捨てて。
ふらふらと流れ着いたダメな私は、優秀で完璧に見えるクロウ君に憧れた。
だから嬉しかった。
クロウ君がしれっと口説きにきたのが嬉しかった。
選ばれたことが嬉しかった。
でも彼がただの完璧超人じゃなくて、ちゃん未熟なところがあったり弱いところのある人間だということも知った。
例えば無条件に女子供に甘過ぎることだったり。
真面目過ぎて頼まれごとを断らなかったり。
現実逃避で進み過ぎて、それを現実にしてしまったり。
彼もまた、家族不和から殺人を犯し。
名前を変えて生きる者だった。
弱みが弱さに見えないほどの過剰さで、生きている。いや生き急ぎ続けている。
私はそれに気づいた時に、それが可愛く思えてしまって愛しくも思えた。
共感と投影、罪の意識と秘密の共有によって生まれる共犯関係。
完璧な姿に恋したはずだったのに、むしろ私の中の熱は高まっていた。
恋が愛に変わっているのにも、この時に気づいた。
どうしようもなく、加速度的に、強烈すぎる魔法に掛けられたように。
私は彼に溶けていった。
でも私と彼は違った。
彼はどんどんと人の域を超えていく。
相変わらず仲間たちの中で一番足を引っ張ったのは私。
そんな私が彼の特別になれるわけがなかった。
キャミィやアカカゲがベテラン勢と共に実力を発揮するようになり。
悪童メリッサが冒険者登録をして、ブラキスが北から辿りついてパーティを二つに分けた。
バリィ、リコー、ブラキスは魔物討伐メインに。
ブライ、メリッサ、私は対人戦メインに活動することになった。
魔物を相手にするより悪人を相手にする方が楽……いや、気持ちを楽にした。
親や貴族を殺したという事実が、悪人を殺したという正義によって上書きされる気がした。
悪行が善行に埋もれていく気がした。
ブライも対人戦を好んでいて、この方針に私は噛み合った。
メリッサは最初辛そうだったけど。
トーンの町が生んだ悪童、メリッサ・ブロッサム。
盗み食い、窃盗、暴行、器物破損……、とくに窓ガラスを割るのがお気に入りだった。
殺人放火強姦みたいな凶悪犯罪以外の悪事、軽犯罪は大抵を網羅している、悪童。
悪さをしてはスキルの『盗賊』を用いて逃げる。
捕獲の為に町民からギルドに依頼が来るほどだ。新人の頃はかなりメリッサの相手をさせられた。
強姦されかけて殺人して放火をした以外は比較的に真っ当に生きてきた私とは、真逆。
早くに両親を亡くして、ガラス職人の叔父に育てられ……いや、育児放棄されて生きてきた。
この叔父についての人間性は語れるほど
メリッサはただ愛されたくて、構われたくて、悪さをしていた。
でも残念ながら、どれだけ悪事を働いても、逃げ損なってジスタにゲンコツを貰おうと、叔父が作った窓ガラスを何枚叩き割ろうと。
結局、メリッサは叔父に構ってもらうことはなかった。
その代わりに、彼女をひたすら真摯に、甘いほどに優しく
メリッサは優しいクロウ君に恋をした。
クロウ君に捕まえてもらうためだけに悪さをした。
だからメリッサは冒険者になった。
クロウ君に褒められたいから、頑張って人を殺すことにした。
私はそれを知りながら、彼に抱かれていた。
私が特別なんだと実感する為に。
メリッサの恋心を知りながら、黙っていた。
まあその頃くらいから、時間的なすれ違いで終わったと思っていたけど。
終わってなかった。
むしろ、私が本当の特別になるのはこれからだ。
これは始まりなんだ。
「…………
私は『転移阻害転移結晶』の発動を確認して、呟く。
「――――っ⁉ ……セツ……ナ?」
転移先と違う場所へ跳んだことに気づいたメリッサは驚きながら私の名を呼ぶ。
「久しぶりメリッサ、転移は封じたよ。貴女はクロウ君のところには行けない」
私はメリッサにいつもと同じような穏やかさで説明する。
「何を――」
「ああ『転移阻害転移結晶』のこと? ほら、転移魔法って正確に言えば時空間跳躍じゃない、目的地までを物理的な干渉を受けない時間の経過って概念すらない時空トンネルを通って行くみたいな。もちろんそのトンネルを人間の感覚器官で観測することはできないから体感としても事実としても瞬間移動になるわけだから、そのトンネルに干渉してクイッとやっちゃえば転移先を変えられるというか……、ほら魔法ってイメージの世界だから魔力で生み出されたトンネルなら原理がわかってさえいればなんとかなるのよ」
驚くメリッサが状況の説明を求めそうだったので、丁寧に答える。
「…………そんなのポピーだって出来ないでしょ……、しれっと賢者超えてるんじゃないわよ」
顔を引き
いやいや賢者なんて、私がそんな特別な存在を超えられるわけがない。
別にこの理論も魔法学校で論文を閲覧することも出来たし、賢者ならきっとやろうと思えばこんなことも簡単に出来る。
私にはこれを個人で魔法として発揮するには魔力も足らないし、系統資質もない。
だから魔力回路に刻んで魔道具として自動化させただけだ。
それでも魔力が足りないから『予備魔力結晶』で
私は一人で何かを生み出したりなんて特別なことは出来ない。
でも、既存の理論や技術の再現や効率化程度ならできるだけ。
「まあとにかく貴女はクロウ君の元には辿り着けない。悪いけど、足止めさせてもらうわよ」
そう、これが私の役割だ。
クロウ君が地下二万メートルを掘って、異世界転生者の造った魔物とスキルやステータスウィンドウを発生させる装置を破壊するまでの時間稼ぎ。
私はクロウ君の邪魔になりそうな人、例えば有り得ないほどの広範囲を魔力感知で索敵して高位の魔法である転移魔法で跳んでくるような脅威を『転移阻害転移結晶』で釘付けにする。
騎士団の隊長級や賢者、それに勇者とか。
基本的に帝国軍第三騎兵団の実力は本物だ。
私の作った『小型範囲長距離転移結晶』や『携帯通信結晶』だったり『予備魔力結晶』に『魔法抵抗剤外装』『超加熱式溶断機』その他魔法再現系の魔道具等を提供したところ魔動結社デイドリームで改良量産され、それらを用いた作戦や戦術を組み立て実戦で使える域にまで使いこなしている。
そもそも公国に、第三騎兵団を打倒するほどの戦力は恐らくない。
優秀なスキルを持つ人員だけで固めている騎士団も『無効化』による制圧や、そもそも民間人でないので問答無用での強襲制圧が行われるはずだ。
なので、私の役割は万が一の保険程度でしかない。
でも、ちゃんとメリッサは現れた。
「……どいてくれセツナ。私はちょっくらあの垂れ目のおっさんを畳まなきゃなんねえんだ。今の私は全然余裕であんたもグーでぶん殴るよ」
怒りを滲ませながらメリッサは構える。
そうか、そうだよね。
私は大好きなクロウ君の女。
嫉妬や焼きもちみたいなものだけじゃ片付けられないよね。
でも。
「……違うでしょメリッサ、
私は眼帯に手をかけながら。
「――
そう言って右眼から眼帯を外す。