この『無効化』というスキルは、認識によって効果が発揮される。
だから、私の『無効化』は父や母には発動されない。
絶対的な信頼がある者に『無効化』は発揮できない。
私の視る力と、この数十秒にも満たない彼の真摯な主張により。
私は彼を家族と同じくらいに、信頼してしまったんだ。
私は涙を撒き散らしながら、彼に向かって走り出す。
「……っ、総員クリアを護衛! 指一本触れさせるな!」
走り出してすぐに父の声が飛ぶ。
父は私を止めるのではなく、護ることを指示した。
これは後で納得したけど、父は『観察』のスキルを持ちあらゆる視る魔法を極めた者だ。
彼の心も、私の心も、お見通しだった。
そんなものを見せられて父は影響されてしまった。
私たちの心の熱に、あてられていたんだ。
私は第一強襲制圧部隊が開いた道を走り抜けて、額を擦り付ける彼の元へと辿り着く。
「……顔を上げて、もう『無効化』は解除した。治療を、私も手伝うから!」
私は彼の熱を持つ肩に手をおいて言うと。
「……ありがとう……っ」
彼は顔を上げて額から血を垂らしながら、涙でぐずぐずになりながらそう返した。
私たちは顔を拭ってすぐに処置に入る。
「この機械は肝機能……、これが膀胱の役割をしている、消化器はほとんど欠損。経口摂取による栄養補給を考えられてないみたい」
「心拍も弱いな……、ここから処置をせねば単純に欠損部位を再構築しても血液が回らない……血液自体も足りていない」
泣き腫らして鼻まで真っ赤な二人で診察を行う。
この人、医者だ。
キャミィさんと違って、回復役としての経験ではなく専門的に医学を専攻して実務経験も豊富な人間だ。
しかも診察魔法も私と遜色がない。
さらに触診で血液や神経系や魔力の流れを把握ている。
欠損部位も、キャミィさんが『完全復元』に覚醒して行った完全治癒のように治せることを前提に進めている。
これが公国最高の回復役……、凄まじい。
「おい! いい加減にしろッ‼ その『箱』は騎士団所有の――」
「――不躾に失礼、黙れ」
クライスに叩き伏せられた男が第一強襲制圧部隊の制止を振り切って迫ろうとしていたのを、父がクロウさんより教わった疑似加速で接近して再び叩き伏せる。
ありがとう、お父様。
「……よし、おおよそわかった。一挙に完全治癒を行うと機器を巻き込んだり急激に心臓に負荷がかかる。バイタルを見ながら順番に機能を回復させつつ欠損部位を埋めていく。だが、部位構築はかなり集中力を要する…………バイタル観察を任せて良いか?」
彼は診断を終え、治療プランを組み立て私に向けて協力を仰ぐ。
「うん、任せて……っ!」
もちろん私は力強く、返事する。
「抜管と同時に消化器の復元……バイタルは」
「心拍、腹腔内圧問題なし……抜管時出血なし、消化器機能不全……なし」
私は彼の目になりながら、治療と同時にバイタルを伝える。
凄まじい。
医学の最高峰を私は今、目にしている。
私の中の医学知識が毎秒、加速度的に更新されていく。
凄い経験だ……。
こんな調子で、迅速に、確実に、堅実に、治療を行い。
あっという間に。
「…………ふーっ、手術完了だ」
クライスは治療を終えた。
『箱』の中で顔も見えず装置に埋もれ、管に絡まり、手足もなかった為に一見しただけじゃわからなかったが。
子供だった。
鑑定魔法で見る限り、恐らく四才と少しの。
女の子だった。
「後は精神的なケアや……日常生活が送れるようにする為の教育や環境が必要だが…………、帝国に頼みたい。この国の人間に任せることは出来ない、頼めるか?」
彼は穏やかに寝息を立てる彼女に、着ていた上着で包みながら私に尋ねる。
「必ず。医療に従事する者として安全な保護を約束します」
私は真摯に回答する。
どういう手続きや、軍との話し合いがあるかはわからないけど絶対に私はこの子を守る。
かつて私を救ったヒーローたちのように。
そして、今目の前に現れた新たなヒーローのように。
「……名前を、聞かせてくれないか?」
クライスは立ち上がりながら、私に名前を
「クリア・クラック……、ただの勝手な小娘よ」
私は笑顔で自己紹介をする。
「クライス・カイル、ただの…………勇者パーティの回復役だ」
優しい顔で、彼も名乗りそっと手を差し出す。
私はその手を取って、握手をする。
「あっちの肉が好きそうな男が戦士のダイルで、あっちのやたら肉付きの良い女が賢者のポピー、そして今はいないが、努力家の女で勇者のメリッサというのがいる」
クライスは私の手を握りながら、拘束された仲間たちを紹介する。
「大切な、本当に大切な仲間たちなんだ。死なせたくはない……」
少し悲しい顔で、続けて。
「だから、
眉をひそめてそう言うと。
私の身体の力が抜けて、立っていられないほどの眠気に襲われる。
これは、麻酔……?
「――ポピーッ‼ 跳ぶぞ――――――…………」
辛うじて私が倒れる前に、そんな彼の声が聞こえたと同時に彼は転移魔法でどこかに跳んだ。
ああ、馬鹿をした。
騙され……いや、彼は嘘をついていない。
彼の麻酔魔法であれば危険もないだろう。
私は彼を、あの日の私を助けることのできた彼を。
これ以上ないほどに信頼してしまっている。
どちらにしても私が彼を止めることは出来ない。
身勝手に、彼は仲間を助けに行ったんだ。
私は心が満たされながら、堪えられない眠気に溶けるように。
気持ちよく、眠りについた。