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03透明なひび割れが埋まる時

「――っ! きゃっ!」


 私は跳んだ先で尻もちをついてしまって、思わず声を上げる。


「いたたた……思ったより高いところだったのね」


 私はお尻をさすりながら、そんな感想を呟きつつ立ち上がった。


 ちなみに落下する前に情報にあった『箱』を認識することができた。

 つまり相手の『無効化』は無効化し、この場の第一強襲制圧部隊以外の人間のスキルを無効化した。


 私からしたら正直、トリアージよりも簡単だ。

 これをする為だけに生きていたことがある。


 多分『無効化』の扱いに関して、帝国で私より上手い人間はいないだろう。誇れることでもなんでもないんだけれどね。


「「「またかよ!」」」


 背後から数名の声が上がる。


 ちらりと見る、鑑定魔法で視る限り彼らが勇者パーティのようだ。


「……ど、どうしてクリアがここに居るんだあっ⁉ 帰りなさい! 一体、何をしているんだ‼」


 父が目を丸くして、慌てて私に声を荒げる。


「申し訳ございませんお父様、説明は後で行います。とりあえず勝手ながら、相手の『無効化』は封じました」


 私は『箱』を指さして、堂々と父へ返す。


 これは本当にただの勝手だ。


 クロウさんにさとされ。

 セツナさんに語られ。

 キャミィさんにせられて。


 色んな影響によって、私は勝手にここに居る。


 きっと間違っているだろう。

 たかだか『無効化』を持つだけの小娘がこんなところに来るのはナンセンスだ。


 でも、それでも。

 私はただ身勝手に、私を救ってくれた父を救いたかったんだ。


 今、私はただの身勝手で冒険をしている。


 私の後出し『無効化』によって勇者パーティは無力化され順に取り押さえられ。

 スキルを失った援軍も順次制圧されていく。


 この場は『無効化』の枚数差により、帝国の勝利で幕を閉じる。


 ことはなく。


「……ふっざけるなッ! このポンコツがあ‼」


 援軍の指揮官らしき人が、例の『箱』を怒声と共に蹴り上げる。


 鉄製の『箱』は大きな音を立てて転がって。


 転がった拍子で蓋が開き、中身がこちらから見えるようになる。


 それは私が予想していた通り。

 最悪の光景だった。


 その『箱』の中には、手足を切り落とされ。

 生命維持用の魔動装置にくだで繋がれ。

 口にも目にも魔道具が繋がれ意思表示も出来ず。

 全ての感覚を操作されている。


 スキルに『無効化』を持って生まれただけの人が、そこには居た。


 通信網による周知から『箱』というものを聞いた時から気づいていた。


 スキル至上主義における『無効化』持ちの管理体制に人権や道徳はない。


 かつての私も発声できないように舌を切られ、自由に歩き回れないように足の指を切られ、逆らわないように鎖で繋がれ、暴力によって『無効化』という対人兵器であることを強制され、矯正されていた。


 私の頃よりさらに苛烈に現在の『無効化』は徹底的に兵器へと矯正されているようだ。


 能動的に思考することすら許されず、魔動装置や魔道具によって認識をも操作されて完全に『無効化』を発動するためだけの装置である『箱』の部品として組み込まれている。


 そして普通の『無効化』なら、あの『箱』に相手の『無効化』が入っているとは想像できない。

 つまり認識ができない、だから帝国側の『無効化』は相手の無効化に失敗をした。

 あれは公国が造った管理と対策を一遍に詰め込んだ、完全な対人生物兵器。


 心が握りつぶされるように、軋む。


 あの『箱』に入っているのは、私だ。

 ヒーローが現れなかった場合の私なんだ。


 あの状態からじゃあもう、人には戻れない。

 キャミィさんの『完全復元』ですら、難しいと思う。

 欠損部位が手足だけじゃなくて内臓器官や脳にまで及んで、魔道具に置き換わるような改造手術が施されている。

 魔法は知識とイメージ、あの状態から治すのは人を最初から造り上げるのと変わらない。


 ああ、やはり一度公国は落ちるべきだ。


 こんな、ただ『無効化』というスキルを持って生まれただけで人が人をこんな風に扱って良いとする思想は無くした方がいい。


 そもそもスキルなんてものがあるからこんなことになる。

 クロウさんは正しい、早くこんな間違った世界に決着をつけよう。


 その為にも勇者パーティはここで抑える。

 クロウさんの邪魔はさせな…………あ、そうか勇者はひとりで先に離脱をしたんだっ――――。


「っ…………うぅぅううううをおぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおアアアアアアアアアアあぁぁあああ――――――――――ぁああッ‼」


 突然の叫び声。


 私は驚きで咄嗟に声の方を見ると、ひとりの男性が拘束しようとする第一強襲制圧部隊の隊員を振り切って駆け出していた。


 まずい、私がやられたら『無効化』が――。


 なんてことを考える間もなく、男性は私を無視して第一強襲制圧部隊をひらりと躱して。


 武具召喚で喚び出した棒で真っ直ぐ『箱』を蹴り上げた兵士を殴り、棒で引っ掛けて地面に叩きつけ。


 そのまま棒を捨てて『箱』の中の方に、触れ。


「脈動回復! 欠損復活! 部位復元! 完全回復! 完全|治癒……ッ! あああああっ‼ 完全回復、完全|治癒……っ!」


 回復魔法を唱える。


 全て高位の、キャミィさんが本気の時に使うような回復魔法を片っ端から唱えている。

 服装から見るに聖職者……、勇者パーティの回復役だと思う。


 でも『無効化』の影響で、スキルの補正が無くなって回復が発動出来ていない。


「…………っ、私の『無効化』を解いてくれえええっ‼ 私なら助けられる! 私に『聖域』を戻せえ! 私なら救えるんだ! こんな、こんなものがまかり通っていいはずがないんだ‼ 私なら、私なら助けられる! 頼む……っ、後生だ‼ こんなことを、こんなものを私に見捨てさせないでくれ……頼む……っ」


 興奮し涙を流しながら、回復役の男性は地面に手をつけて頭を下げながら懇願する。


 公国の信仰でいうなら神から与えられたスキルは何より重要なものだと考えられており優秀なスキルこそが美徳とされ、そのスキルを消し去る『無効化』は悪しきものだとみ嫌われ恐れられている。

 その思想が前提にあり、私や、今目の前に転がる『無効化』を持って生まれてきただけの人は、人としてではなく対人兵器として扱われて管理されてきた。


 なのに、こんなあからさまに信仰を重んじてそうな聖職者な人が『無効化』を助けようとしている…………?

 私は軍人の子だけどただの医師を志すただの小娘だから、策略や謀略などの話はわからない。


 でもこれは流石に……、罠だと思う。

 自身のスキルを取り戻したら何かしらの攻撃をしようとくわだてている……んだよね……?


 私は視ることに関しては少しだけ自信がある。

 でもどうしても私には、この人が嘘をついているようには見えないんだ。


「っ……何をしているクライス・カイル! 神官の貴様が騎士に殴り掛かり、敵に泣いて懇願してまでそんなものを治そうとするなど、神の|意向にそむく――――」


「誰に、神を語っているんだ馬鹿者があッ‼ 貴様は何万時間神に祈りをささげた? 何万回教典を読んだ? この中に私より、神の教えについて深く考えてきた者がいるはずがないだろ……っ、考えてものを語れ、れ者があ‼」


 先程叩き伏せられた『箱』を蹴り飛ばした男がクライス・カイルに声を荒げるが、被せるようにクライス・カイルは怒鳴り返す。


 頭は下げたままだが、少し顔を向けて丸まった背中から怒りが滲み出ている。


 この怒りは、本当だ。

 この人は本当に、憤っている。

 悲しくて、虚しくて、どうしようもなくて、怒っている。


「人が人を……っ、こんな風に歪めて閉じ込めて……こんなことが許されていいはずがないんだ。人は身勝手で、自由なんだ……それでいいんだよ。それが神が愛した、この世界なんだ……っ、私には見過ごせない。私は細胞組織一つまでそうやって出来ている。これを治せなくては、救えなければ、私が私でいる意味がない」


 ひたいを地面こすり付けながらクライス・カイルは語る。


 これは。

 これは、不味い。


 私には彼が言っていることが、わかってしまう。

 私は医師を志す『無効化』だ。

 これ以上ない、この話を私以上に理解出来る者は世界中探してもいない。


 むしろ彼はなぜ『無効化』でもないのに、スキルによって人生を強制され矯正されることにこんなに真摯な思いを持っているのだろう。


 ああ、彼の主張が、心が、本心が、私に流れ込んでくる。

 その重い思いが、身体を駆け巡って頭を掻き混ぜる。


「医者が救う生命を選んでんじゃねえっ‼ 気に入らねえなら治してから畳め‼ 死にそうなやつは全員治すッ‼ 文句あんなら私を畳め‼」


「それでもって思ったのならそれを使うといい。身勝手に、ただ暴れたいでも、誰かを守りたいでも、好きにやっちゃいなさいな」


「ずぶ濡れで失礼! 大丈夫か⁉ 何があっ……凄い熱だぞ、おいおい……、私は回復魔法は使えんぞ……」


「これはもう、そういうことなのよ。私たちに会いにこの子はここへ来た」


 私の頭の中で、色んな引き出しから色んな言葉が飛び出して。


 最後に。

 あの笑顔になる手前の人間が持つ一番優しい表情が、浮かぶ。


 涙があふれ出る。

 止まらない、止め方がわからない。

 どうしようもない。


 もう、ダメだ。私は彼を、クライス・カイルを


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