私はジャンポールさんの袖をまくって点滴針を刺す。
「ありがとうクリア嬢。そうだ、ガクラ隊長なら心配はないよ。俺が離脱したことで『無効化』を切ったようだけど、少なくとも勇者パーティに『無効化』も『無効化』対策が出来る奴も居なかった。我々の勝ちだよ」
ジャンポールさんは椅子に深く腰掛けて目を閉じ、休養の体勢に入りながら穏やかにそう言う。
私はジャンポールさんの言葉に少し安心するが。
むしろ、ここから第一強襲制圧部隊がどんどん撤退してきた。
ほとんどが的確に急所付近の裂傷による負傷。
最後の悪あがきにしては暴れすぎだ。
勇者パーティはスキルを失った状態でも問題なく動くことができる……?
あのジョージ・クロス氏やクロウさんと同じくらいに卓越した技量を持つような人間がいるの?
「……――ガガ……――――第一強襲制圧部隊、制圧難航。勇者パーティ側より情報にない双剣士……ガ、ガガガッ……――――至急増援求、……ガガ――――」
スピーカーから戦況が共有された、瞬間。
「ごめんキャミィ、だが約束は必ず守る。だからこの場で愛の言葉は語らない、ジャンポール・アランドル=バスグラムが
ジャンポールさんはそう言いながら点滴針を引き抜いて、言い終わると同時に詠唱せずに外装召喚と武具召喚を使って一瞬のうちに戦闘準備を整え。『小型長距離転移結晶』で戦線へ復帰した。
「…………戻ってきたら絶対に殴る……っ、クリアちゃん! 止血次第がんがん私に回して!」
「はい!」
私はキャミィさんの言葉に勢いよく返事をして、次々に跳んでくる負傷者を診察魔法で的確に応急|処置を施してキャミィさんへと渡していこうとしたが。
ジャンポールさんが転移して、すぐ。
ほんの三、四十秒後。
忘れ物でもしたのか、なんて思う間もなく。
両腕が切断され。
左耳も切り飛ばされ
腹部には剣が刺さり。
身体中傷だらけで顔をボコボコに腫らし。
毒の反応で傷口が変色した。
謎の男に。
一見しただけで異常な事態だと理解が出来る。
私は即座に駆け寄って、謎の男をジャンポールさんから剥がそうとするが信じられないくらいに、油圧魔動機械が如くの人を超えた力で深く噛み付いていた。
ジャンポールさんも首に力を込めて身体強化の魔法でなんとか首を食いちぎられないように耐えているが、呼吸が止められ動脈からの失血でチアノーゼ気味だ。
私が離そうとしている間にも、首の肉や
こんな瀕死の状態で……っ、なんの力なんだ? この謎の男は、どこからこの異常な力を――――。
なんて思考した瞬間。
「クリアちゃん、離れてえっ‼」
キャミィさんがそう言いながら駆け寄り、謎の男の
「――ッ! 滅菌、止血! 裂傷治癒っ!」
顎を砕かれたボロボロの男が剥がれたのと同時にジャンポールさんへ回復を施す。
流石、バトルヒーラー。
元冒険者ならではの荒っぽい最適解だ。
「……なっ、ブライぃ⁉ なんであんたが……っ、クリアちゃん手伝って! 滅菌、
キャミィさんはそのままの流れで、謎の男の治療を始める。
「きゃ、キャミィさん、その人は敵の者です! まずは第三騎兵団から誰か呼ん――――」
「医者が救う生命を選んでんじゃねえっ‼ 気に入らねえなら治してから畳め‼ 死にそうなやつは全員治すッ‼ 文句あんなら私を畳め‼」
私の言葉に被せるように、キャミィさんは力強く語る。
その気迫に私は思わずたじろぐ。
これは侵攻作戦、言うなれば戦争だ。
確かに国力とは民の豊かさであり民とは宝であると考える帝国は、可能な限り被害を出さずに侵攻を終えようとしている。
だが、それは政治や武力に関係の無い民間人に限った話だ。
この人は明らかに公国最大戦力である勇者パーティに関係して、かなりの脅威であると判断できる。
そんな人物、しかも瀕死の状態で時間やコストのかかる難しい治療に人員を割くのはナンセンスだ。
だけど。
キャミィさんの言葉は、私の心を撃ち抜いて爆発的に加熱させた。
私は知っている。
敵だろうがなんだろうが、自分を殺そうとしている相手に飛びついて回復を施し。
ああ、これは
クロウさんと同じ
加熱された心が燃え上がり、目から炎が溢れ出る。
「……顎の骨折を治して! 挿管します!」
私そう返して、謎の男の治療に加わる。
キャミィさんの処置で出血と毒の反応は収まっているが、大量出血の影響と両腕部の欠損で体に上手く血液も酸素も回っていない。
診察魔法で見る限り、正直なところ延命も難しい。
がんがん輸血をしながら心臓マッサージしつつキャミィさんは片っ端から回復魔法を施していた、その時。
キャミィさんの身体が光り輝く。
何が起こったのか私は鑑定魔法で視ることが出来た。
キャミィさんのスキル『復元』が『完全復元』へと
スキル覚醒の条件は細かくはわかっていないが、基本的には使用回数によるものだと言われている。
クロウさんの『超加速』や公国勇者の『勇者』や魔族隊のグリオン氏の『超再生』なども、具体的な回数や期間は違えども、普通に生きていたらたどり着けないほどの使用回数によって覚醒するに至った。
キャミィさんも冒険者時代に手のかかる同期を毎日回復させていたと言っていた。
さらに大討伐の際に野戦病院での実務経験。
通常では有り得ないほどのスキル使用により。
たった今『復元』は『完全復元』へと覚醒に至った。
体感的にそれを理解したキャミィさんの大きくて長いまつ毛の瞳から、炎が漏れ出す。
「…………完全治癒……っ」
キャミィさんは、最上級回復魔法を唱える。
すると、謎の男の傷がみるみる塞がっていき。
輸血パックから血液が異常な速度で減り。
両腕や耳、欠損部位まで復元されるように元通りになる。
これは昔、私がジョージ・クロス氏に施された回復魔法と同じく再現不可能な域にある回復魔法。
まるで最初から怪我なんてなかったかのように、ただ穏やかに眠っているような。
診断結果も異常なし。
文字通りの、完全復元だ。
「…………もう私の前で、死ねると思うな馬鹿野郎ども……」
キャミィさんは完治した男の前で、膝から崩れるように座り込んで静かに呟いた。
その呟きが聞こえたのか。
「…………あ……? …………キャっ⁉ ああっ⁉ なんだこりゃあ‼ なんでテメーが……って何処だ…………ッ⁉」
男は混乱しつつも跳ね上がりように起き上がり、すぐにジャンポールさんを視界に捉えて詠唱なしの武具召喚にて二本の剣を握って振る。
同時に、ジャンポールさんも剣を握って男に向けて振る。
「……ガチャガチャ、騒ぐなっ馬鹿共があああああぁああああぁあああああああ――――ッ‼」
剣を振る二人に割って入るように、下から突き上げるようにキャミィさんはそう叫びながら二人のアゴを殴り抜ける。
二人は声を上げる間もなく天井に突き刺さる。
え、ええ……。
キャミィさんってこんなに強かったの……?
「クリアちゃん手伝って! 千載一遇の一撃だから! こいつが冷静になって暴れ始めたら相当な被害が出る! 今のうちにガチガチ縛って吊るすよ!」
そう言いながら男を天井から引き抜いて、医療用拘束具をグルグル巻きにする。
「お知り合いなの……?」
私は拘束具を固定しながらキャミィさんに尋ねる。
「こいつはブライ、元トーンの町の冒険者。勇者のメリッサがいたパーティのリーダーで、対人戦だけで言うならベテラン勢含めても最強の男だけど、マジで暴力を用いないとビンの蓋も開けられないくらいに超馬鹿。公都に居るってのは聞いてたけど……、まあ兎に角ここでこいつを畳めたのはかなりラッキーだよ。昔こいつ一人にトーンの冒険者が総出で畳まれかけたこともあるからね……っと、よし! こんだけ固めれば動けないでしょ!」
そう言いながらキャミィさんはブライ氏を拘束具でグルグル巻きにして、そのまま診察台の横のカーテンレールに吊るす。
なるほど、元々仲間だったんだ。
でも決して第三騎兵団を裏切るというか、公国に加担するわけでもない。
勝手に助けて、勝手に責任もって捕まえる。
それが、冒険者……。
「あ、クリアちゃん。ちょっとそっちのベッド空けてくれる? ジャン寝かすから」
今度はジャンポールさんを天井から引き抜いて、担ぎながらキャミィさんは言う。
「お、起こさなくていいんですか?」
ジャンポールさんをベッドに放り投げるキャミィさんに素直に聞く。
「起こさない。ちょっと頑張り過ぎの顔をしてたから、このままだと多分死ぬまで頑張る気がする……。そういう死に方する奴を私は何人も見てきた。別にブライと一枚交換なら悪くないしね」
とても優しい顔で、ジャンポールさんのおでこを撫でながらキャミィさんは答える。
何となくわかる気がする。
これは軍人の家の子、そして女としての考えだけど。
男、というか軍人はどこかで死ぬことに正当性を求めている。
大義の為、国の為、家族の為、恋人の為……。
何か理由を作って、如何にかっこよく死ぬかをどこかで考えている。
そして、これは浅ましい話かもしれないけれど。
キャミィさんは、美し過ぎる。
同性の私ですら憧れてしまうほどに、さっぱりとした性格や、
仕事もしっかりとこなして、とても優秀。
優しくて、可愛らしい一面もある。
非の打ち所がない、心も容姿も、素敵だ。
だから、
彼女の為に頑張り過ぎてしまう。
彼女を好きになり過ぎてしまう。
それは時に凄い勢いのようなものを生むものなのかもしれないけれど、戦場ではその勢いがそのまま死に繋がってしまうこともある。
きっと彼女はそういう死に方をする人間に、人より多く出会ってきた。
そして、それを止めることが出来なかったんだ。
彼女は
死にゆく男たちを、癒すだけじゃなく殴ってでも止められる強さを手にしたんだ。
私はそれが、彼女の一番美しい一面だと思った。
だから、私も――――。
「……――ガ、ガ……――――第一強襲制圧部隊、敵部隊に援軍到着。援軍内に『無効化』を確認――――」
私の思考を掻き消すように、スピーカーから戦況が流れる。
ジャンポールさんが撤退後、
援軍は『無効化』を使用し、第一強襲制圧部隊の『無効化』を後出しで無効化した。
その隙をついて勇者が離脱。
それに対して、スキルを使わない技量のみで戦い、別部隊に居た『無効化』持ちの方を喚び出したが。
公国の『無効化』は、どうやら認識外に居たようで、敵『無効化』の無効化に失敗。
この『無効化』というスキルは発動範囲が、使用者の認識によるもので、やや曖昧なものだ。
見えていなくても通すこともできれば、見えていても通せないことがある。
さらに、報告の中にある『箱』というもの……。
第三騎兵団が抱える『無効化』持ちは現在、全員出払ってしまっている。
第一強襲制圧部隊はこれ以上ないほどに劣勢だ。
「キャミィさん、
私はキャミィさんにまず謝罪をする。
これは、第一強襲制圧部隊の窮地にジャンポールさんという戦力を呼び戻そうとか。
そんなことではなく。
「私、行くね。私も勝手に、身勝手に、助けたい人を助けてくる」
そう言って、私は看護服を脱ぎ捨ててスカートのポケットからセツナさんから渡された『小型長距離転移結晶』を取り出す。
「……わかった。ここは任せて行ってきて! でも頑張り過ぎないで、正しくあろうとし過ぎないでね」
キャミィさんの言葉に、笑顔で返し。
私は『小型長距離転移結晶』で、跳んだ。