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01透明なひび割れが埋まる時

 私、クリア・クラックは医師を志す、ただの小娘です。


 現在は第三騎兵団及び魔法族秘密部隊合同公国侵攻作戦拠点であるリーライ辺境伯領で、衛生治療班補佐として撤退してきた負傷した兵士のトリアージや軽傷治療や応急処置を行っています。


「いっでえぇぇええぇぇえ‼ 死ぬ、死ぬうぅぅ!」


「あんの大盾女ぁあああ! あんなんいるなんて聞いてねぇぞお!」


「ああぁぁぁぁあああぁあっ!」


 負傷した兵士たちが悲痛な叫び声をあげる。


 軍人の娘である私は、今までも軍関係者の治療を手伝ったことはあるがここまで多くの負傷者が運ばれてくるのは初めてだ。


 第三騎兵団というか帝国軍はかなり屈強で世界最強と名高い軍隊のはずだ。

 それに加えてクロウさんとセツナさんの協力で様々な魔法や戦い方が共有されたり、デイドリームで魔道具と魔動兵器を量産したり。

 当初の想定より大幅に生産量を増やした小隊規模での転移が可能な『小型範囲長距離転移結晶』の規模縮小版である『小型長距離転移結晶』によって負傷時の離脱や戦線への復帰を容易にした。


 戦場での応急処置や治療行為にく人員や、隙を無くす画期的な戦術である。

 だから今のところ拠点内のスピーカーに流れる『携帯通信結晶』による通信網から共有された戦死者報告は流れてこない。


 もう既にいくつかの軍施設の制圧や主要貴族の捕縛に成功しているようで、非常に優勢ではあるようだが。

 その分、負傷兵の治療を行う医療現場は大忙しだ。


「まだか衛生兵! 早く戦線に復帰をさせろお‼」


 腕を負傷した一人の兵士が興奮した様子で、トリアージを行う私に怒鳴り散らす。


 興奮するのはわかるけど、緊急医療において治療の優先順位は絶対だ。

 ただちに命に別状のない外傷ならば、応急処置以上の治療に時間を使えない。


 でもただの小娘の私にはこの気迫で迫られるのは困る……、どうしよう。


 なんて困惑したところで。


「……うるっせえんだよおっ‼ 馬っ鹿野郎ッ!」


 そう言いながら兵士に見事なアッパーカットをかまして、兵士を天井に跳ね返るほど吹っ飛ばしたのは。


 凄腕美人バトルヒーラーの、キャミィ・マーリィさんだった。


「……ここじゃあ私たちが正義だ。調子に乗ってしょーもない怪我して離脱してきた馬鹿雑魚イキリ野郎が、はしゃいでんじゃないわよ。の抜かすんなら、ボコボコに畳んで治療の優先順位上げてあげるけど?」


 キャミィさんは半身に構え、握り拳を向けてかっこよくそう宣う。


 およそ医者とは思えない行為だけど、キャミィさんは元冒険者の回復役であって医療従事者ではない。

 公国で起こった大型魔物の氾濫に伴う大討伐に参加し、野戦病院で回復役を最後まで勤めきった実績を持つ。

 だからこういった荒っぽい患者への対応も慣れたものなのだろう。


 回復魔法の腕前はピカイチ。

 流石『復元』のスキルを持つだけのことはある。

 医学的な知識は正直そこまであるわけではないけれど、それを上回るほどの経験値がありトリアージも戦線復帰に必要な治療も的確で迅速だ。


 それに、びっくりするくらいスタイルも良くて美人。

 幼年期の栄養失調が原因で今もちんちくりんな私からすると羨ましい限りだ。


「クリアちゃん大丈夫? ああいう元気なのは一回殴るのがいいわよ。三節棍とか借りてこようか?」


「いやいらないしそんな難しい武器扱えないし多分第三騎兵団は三節棍を武器採用してないよ……」


 あっけらかんと心配をしてくれるキャミィさんに私は呆れながら返す。


 クロウさんやセツナさんもそうだけど冒険者関係の方々がそうなのか、たまにとんでもなく乱暴な解決を提示することがある。


 でもこの状況下においてキャミィさんの強さはとても心強い。


 そんな話をしていると。


「……――ガガッ……――――第一強襲制圧部隊、勇者パーティと交戦を開始――――ガガ、ガッ」


 スピーカーから『携帯通信結晶』を用いた通信網によって共有された戦況が、拠点内に周知される。


 第一強襲制圧部隊……、私の父であるガクラ・クラックが率いる部隊だ。

 山岳攻略部隊をベースに父が見込んだ才能のある兵士を集めて、クロウさんから直接指導受けて、鍛錬に修練を重ねて訓練し続けた。


 屈強で頑強で最強の部隊だ。


 副隊長にはあの、ジャンポール・アランドル=バスグラムさん。

 父やクロウさんが天才と称する、曰く第三騎兵団の超新星。

 クロウさんの厳しい修行に加えて、自主的に軍の推奨する訓練カリキュラムの三倍をこなしている努力する天才。


 キャミィさんの恋人でもある。


「勇者か……、忙しくなるよクリアちゃん! 重傷者は片っ端から私に投げて! 一人だって死なせやしない」


 ウェーブがかった綺麗な髪をささっとって、そう言いながら足早に持ち場へと戻る。


 そうだ。

 私も気を引き締め直そう。


 相手は公国最強のパーティだ。

 間違いなく多くの負傷者がここにやってくる。


 私に出来るのはトリアージ、これには父から視る力を叩き込まれた為に少々自信がある。

 特に魔法に対する才能がなかった私は鑑定魔法や診察魔法だけは必死に覚えた。

 父の子であるという何かが、欲しかった。


 なんて考えている間にも次々と、負傷者が『小型長距離転移結晶』にて跳んでくる。


 複雑骨折や刃物による裂傷が多い、でも引き際が上手い全員命に別状は無いが戦闘継続には難のある負傷のラインで転移撤退を行っている。

 早過ぎず遅過ぎない、流石今回の侵攻作戦におけるエース部隊だ。ギリギリのラインを見極めている。


 それにセツナさん考案の『魔法防御外装』もあってか魔法傷による離脱は今のところ見られない。

 範囲魔法で部隊全体で致命的なダメージを受けたりはしていない。

 つまり、そこまで劣勢ではないようだ。


 そう考えながら診察魔法を用いてトリアージを行い、状態に応じた色札を貼り付けつつ出血が見られる場合には止血程度の回復魔法で応急処置をほどこす。


 そんな中で。


「ぐ……っ、あのお嬢さんなかなかやるようになったじゃあないか……」


 膝を付きながら跳んできたジャンポールさんは苦い顔をしながら呟く。


「ああクリア嬢か。済まない、回避の為に転移を使ってしまった。すぐに戻――――ぶはあ……っ⁉」


「ジャンポールさん⁉」


 私に気づいて穏やかに状況を説明しようとしたところで思いっきり吐血したジャンポールさんに驚きながら駆け寄る。


 肋骨の複雑骨折、六七八と折れて六番が肺に突き刺さっている。

 さらに左腕の骨折、骨がズレて腱が伸びて炎症を起こし始めている。

 そして右肩口の刺傷……、全然浅くない動脈まで届いている。


 全然戻れる負傷状況じゃあない。

 無理に動けば命に関わる。


「裂傷回復……っ! キャミィさん! 重傷者! すぐに処置が必要です!」


 私はすぐに肩口の止血の為に回復魔法をかけつつ、キャミィさんを呼ぶ。


 私の回復魔法じゃあ止血が精一杯だ。

 肺組織の回復やしっかりと骨を繋げるのは難しい。


「ジャン……っ、こっちに!」


 駆けつけてきたキャミィさんは驚愕しつつも私と一緒にジャンポールさんを担いで、治療台へと乗せる。


「右の肋骨六七八番が複雑骨折、六番が肺に刺さってます! 左腕骨折、肩口の出血は止血のみで裂傷自体は塞がってません!」


 私はジャンポールさんの鎧を外しながらキャミィさんへ診察結果を伝える。


「! ……了解、ごめん舐めてた」


 キャミィさんも鎧を外しながらやや驚きながら私に返す。


 舐めてたんだ……そんな気はしていたけど……。

 実際私は医者でもないただの学生だし。

 回復魔法もつたないし、実務経験もとぼしい。

 身体も小さいし、乱暴な発想もできない。

 年齢も私の方が一つ上のはずなのに、どうにも年下みたいに思われているとは思ったけど……。


 まあ仕方ないし、別に私をあなどってもらってかまわない。

 でも、父から学んだこの視る力は、侮って貰っては困る。


「滅菌、裂傷治癒、……ジャン、こっから根性」


「…………頼む」


 流れるように肩口の傷を治してキャミィさんはメスを握って見せてそう言うと、ニヤリと笑ってジャンポールさんは返す。


「ぐぅあぁぁぁあああああぁああぎいぃいいいいいぐんんんんん――――――――ッ!」

「…………滅菌、部分止血…………、組織治癒、骨癒着、骨折治癒、裂傷治癒……よし」


 麻酔や麻痺魔法を使わずに、キャミィさんは脇腹をメスで開き、詠唱しながら肺に刺さった骨を肺組織を治しつつ手で引き抜いて骨折を繋げ、開いた脇腹を閉じてくっつける。

 ジャンポールさんは根性だけで痛みに耐え、歯を食いしばりながら叫び声を上げる。


 かなりキツそうだが、麻酔や麻痺を使うと感覚が戻らずに動きが悪くなる。すぐに戦線復帰を望む兵士には、麻酔や麻痺を使えない。

 キャミィさんなら完全回復や完全治癒も使えるので一瞬で全負傷箇所を治すことも出来るのだが。

 流石に『復元』持ちとはいえ、日に何度も使えるものでもないので意識不明や瀕死の状態の兵士にしか使わないようにしている。


 故に可能な限り魔力を温存した上で、的確な処置が求められる。


 キャミィさんはそれを完璧にこなし。

 ジャンポールさんはそれを根性だけで耐えきった。

 二人とも凄まじ過ぎる……。


「……はあっ! はあ……、はぁ……ふーっ……ふーっ、こちらも頼ん――うぐぁっ!」

「骨折治癒、炎症鎮静、よし! 栄養補給して休養!」


 ジャンポールさんが言い終わる前にキャミィさんは左腕を鷲掴みにして骨を合わせて回復魔法をかける。


 あの重傷をあっという間に治してしまった……、これは『復元』が云々より圧倒的な経験値だ。

 超大規模討伐経験者……、舐めていたのは私かもしれない。


「はあ……はあ……っ、い、いや、すぐに戻る……本当に助かった。ありが――」


「栄養補給と休養つったでしょ! 休んで行きなさい、この馬鹿ぁっ‼」


 立ち上がってすぐに鎧を着装して戻ろうとするジャンポールさんにキャミィさんは声を荒げる。


「約束……、絶対死なないって言ったでしょ。私は、何があっても生きていてくれそうなジャンに惚れたんだよ。勇者……メリッサは甘くない、万全以外で行かせることは出来ない」


 やや悲しそうに、真摯に、キャミィさんはジャンポールさんへ訴えかける。


「………………っ、でもキャミィ俺は――――」


 と、ジャンポールさんが眉をひそめて何かを返そうとした時。


「……――ガガ、ガ……、――――第一強襲制圧部隊が勇者パーティへ『無効化』の使用に成功――――ガ、ガガガッ」


 スピーカーより第一強襲制圧部隊の戦況が周知される。


「…………やっぱ休んでこうかな、ごめん熱くなりすぎてた。俺は死なない。君の為に死ぬんじゃなくて君と生きることの出来る男でいるつもりだよ」


 そう言ってジャンポールさんは、点滴用の椅子に座る。


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