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02筋肉で解決できないことは大体そもそも解決不可能な問題

「ふははは! 公国のスキル研究を舐めるな! 『無効化』の発動条件や効果範囲は把握済み! 後出しだけが『無効化』対策ではないのだあ!」


 騎士団の副隊長だかなんやらの人が、慌てる帝国軍を見て嬉々としてそう宣う。


 凄い、何をしたのか知らないけど向こうの『無効化』を返したんだ。騎士団って凄いんだな……。


「鑑定、観察、視察、診察、看破! からくりをあばくッ! 引き続き防御陣形を保て!」


 帝国軍の隊長が即座に片っ端から鑑定の類いの魔法を詠唱して指示を出す。


 五つくらい一気に唱えなかったか? 帝国軍も凄まじいな……。


「見つけた! あの『箱』が…………なっ、‼」


 すぐに何かに気づいた帝国軍の隊長が声を荒げる。


 なんだ? 『箱』……?

 騎士団の一人が担ぐおそらく鉄製の、やや大きめの……引っ越した日にそのまま一旦テーブル代わりにするのに丁度いいくらいの大きさの箱を指して、かなり激高し髪の毛が逆立つほどの怒りを身体中から滲ませている。


 何を見たのか気にならない訳じゃないけど、何だかんだで勇者パーティのスキルは戻っている。結局状況は変わらない。


 再び斧を構えなおした、その時。

 これまた突然。


「っ! きゃっ!」


 


 視界の端で捉えていたけど、帝国軍の上、空中に突然転移して現れてそのまま落ちて尻もちをついた。


「いたたた……思ったよりも高いところだったのね」


 お尻をさすりながら、ゆっくりと女性は立ち上がる。


 とんでもなく異質。


 かなり小柄でメリッサよりもやや小さい。

 顔立ちもやや幼く少女のような風貌。

 服装もロングスカートに白いシャツを腕まくりをしている。

 清潔感のある……いや、


 およそ戦場にはつかわしくない。

 透明だからこそ目立つ異質さ。


「「「またかよ!」」」


 なんて異質にさに気を取られていると、今度は勇者パーティが騒ぎ出す。


 え、じゃああの少女は帝国側三枚目の『無効化』……?


「……ど、どうしてクリアがここに居るんだあっ⁉ 帰りなさい! 一体、何をしているんだ‼」


 少女を見て帝国軍の隊長は驚愕の表情で声を荒げる。


「申し訳ございませんお父様、説明は後で行います。とりあえず勝手ながら、相手の『無効化』は封じました」


 クリアと呼ばれた少女は先程の『箱』を指さして毅然とした態度でそう返す。


 どうにも少女は帝国軍の隊長の娘らしい。

 そして、この登場は軍として用意していた策ではなく個人的な身勝手……?


「……動くな、つのなしマッチョマン。武装を解除し手を頭の後ろで組め、やらねば殺す。一人じゃ跳べんのだろう?」


 困惑こする俺の頭に手のひらを向けながら、先程上半身が弾け飛んだはずの魔族の人がそう言った。


 スキルの『大魔道士』による補正が無くなり、ポピーさんが魔法を迎撃できなくなったことにより魔族の方々に取り囲まれた。


 いや、つーかこの人って、さっき死ななかったか……?


「ああ、さっきの一撃必殺は気にしなくていい。俺のスキルは『超再生』だ。『無効化』が間に合って再生が出来た。不死鳥のグリオンと呼べ」


 驚愕する俺に向けて得意げに、不死鳥のグリオンはそう言った。


 ちらりとポピーさんを見る。

 かなりくやしそうに、ゆっくりと手を上げていた。

 俺もそれを見て、ここで不用意に暴れて彼女を危険に晒すことは出来ないと思い。

 斧から手を離して手を頭の後ろに回した。


 ここの戦いは『無効化』の枚数差により、俺たちの負けだ。


 でも一応、メリッサを送り出すことには成功した。

 正直、ただの木こりである俺にはこの侵攻でこの国がどうなるとかよく分からない。

 もっと言うなら俺にはクロウさんが悪いことをしたってだけで悪人だとも思えていない。

 何度も命を救われたし、親父のかたきを討ち取ったのもクロウさんのおかげだ。めちゃくちゃ世話になっている。


 それでも、この数ヶ月をクロウさんを捕まえる為に鍛え続けたんだから、せっかくならポピーさんたちにもクロウさんと戦って欲しかったとは思う。


 俺には絶対に無理だけど、バリィの兄貴をもうならせ、ブライさんを畳むことの出来る今の勇者パーティなら……もしかしたらクロウさんを捕まえてあげられたのかもしれない。


 後はメリッサに任せよう。

 せめて勝敗に関係なく、メリッサが抱える心の熱量を全て吐き出し切れるように祈るばかりだ。


 なんて。

 この話はまだ締めくくれない。


「……ふっざけるなッ! このポンコツがあ‼」


 完全に制圧されつつある騎士団の副隊長が『箱』を蹴り飛ばす。


 敗戦に苛立って乱暴になり物に当たり散らしているようだ。昔のメリッサがよくやってたやつだ。むしゃくしゃしてやったってやつだ。


 蹴られた『箱』はにぶい音を立てて、転がり。

 その拍子で蓋が外れ、中身が露呈する。


「……っ、あ、え………………」


 思わず固唾を飲んで、言葉を失う。


 その『箱』に入っていたのは、

 ただし、明らかに人間だとわかるのに、人間の形はしていなかった。


 手足を切り落とされ、身体中にくだを刺されて色んな魔道具や機械に繋がれ、い傷だらけの、人間。


 ゆっくりと喉とお腹が動いている、呼吸をしている。生きているんだ。


 死体を入れていた方がずっと正常だ、いや、それも異常だけどこんな……生きている人間をこんな、理解が追いつかない。何のために、何があればこんなことを出来るんだ。


 狂気。


 身近で一番頭がおかしいブライさんですら、どんなに怒り狂って人を畳んでも人の形じゃなくなるようなことはしなかったし殺すにしてもなるべく一瞬で即死を狙っていた。


 意味がわからない。

 しかも今、こんな戦闘状況下に何であんな状態の人を連れ出す……?


「…………気味が悪い、そして気持ちが悪いな。つのなしのスキル至上主義というのは……、たかが『無効化』なんてものへの恐れからあんな非道な管理しか出来ない。やはりスキルなんてものはいっそ無くしてしまった方が良いのかもしれないな」


 俺を組み伏せて拘束しながら不死鳥のグリオンが、うんざりしたような口調で語る。


 む、『無効化』の管理……? あれが? あんなことが必要なのか? だって帝国の『無効化』持ちは三人とも普通に、いや三人目は異質ではあったけど、普通にしていたじゃないか。


 俺にはわからない、俺が馬鹿だからなのか? 何か馬鹿な俺にはわからない、のっぴきならない事情が――――。


「っ…………うぅぅううううをおぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおアアアアアアアアアアあぁぁあああ――――――――――ぁああッ‼」


 俺の混乱をかき消す、痛いほどの叫び声。


 声の主は、勇者パーティ世界最高の回復役クライス・カイルさんだった。


 目からは炎が溢れ出し、髪が逆立ち、周囲の空気が歪んで見えるほど怒りを滲ませて。

 組み伏せられた体勢から、無理やり肩を外して抜け出し。

 武具召喚でこんを手に持ち、そのまま肩をはめながら組み伏せていた魔族の足をこんすくって転がし。

 取り抑えようとする帝国軍をするりするりと躱して、真っ直ぐ『箱』に向かって駆け抜け。


 蹴り飛ばした『箱』に近づこうとしていた騎士団の副隊長を、こんで力強く殴り飛ばして。


 そのまま首にこんを引っ掛けて地面に思い切り叩きつけて一瞬で畳んだ。


 突然の行動に、俺もダイルさんもポピーさんも呆気に取られる。


 そのままクライスさんはこんを放り投げて『箱』の中の人に触れ。


「脈動回復! 欠損復活! 部位復元! 完全回復! 完全治癒……ッ! あああああっ‼ 完全回復、完全治癒……っ!」


 慣れない詠唱有りの回復魔法で『箱』の中の人の治療を行おうとするが。


 俺のような医学や魔法がからっきしの素人にもわかるほど、効果がなかった。


「…………っ、私の『無効化』を解いてくれえええっ‼ 私なら助けられる! 私に『聖域』を戻せえ! 私なら救えるんだ! こんな、こんなものがまかり通っていいはずがないんだ‼ 私なら、私なら助けられる! 頼む……っ、後生だ‼ こんなことを、こんなものを私に見捨てさせないでくれ……頼む……っ」


 クライスさんは土下座をして、帝国軍に懇願する。


 涙を流し、ひたいを地面にり付けて、悲痛な声で懇願する。


 突然のことに場の空気が変わる。


 驚いた、いつも冷静で高飛車なようだけど温厚で穏やかなクライスさんがあんなに声を荒げて、感情を爆発させるなんて。


 馬鹿で単なる木こりの小僧に、この場をこれ以上語るのは無理だ。

 多分この状況を理解出来るのは当事者……、そう『無効化』のスキルを持つ人たちだ。


 俺は混乱しながら、自分が完全に単なる背景になって行くのを感じた。



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